いつだって二人きりがよかった

ひなごとり

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高校生の二人

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 「なんで柊明くんって未雲さんと一緒にいるんだろうね」

 放課後、教室に忘れ物を取りに来た未雲の耳に室内の話し声が聞こえてきた。今日は部活がない日だったので柊明と一緒に玄関まで行ったのだが、忘れ物に気付き慌てて階段を駆け上がってきたところだった。
 柊明の「おれも一緒に行こうか?」という申し出を断って来たけれど、それで正解だったなと未雲は中にいるクラスメイトにバレないよう溜息をついた。

「普段話してる時は優しいのにさ、未雲さんが来た途端すぐそっち行くんだよ? ひどくない?」
「そんなこと言っても好きなくせに」
「あ~、だってまじでかっこいいし優しいんだもん~」
「でも本当に不思議だよね。何であの人気者が暗い未雲といるんだろ?」
「うーん……何か弱みを握られている、とか」
「どこでそんなん仕入れるのよ」

 あはは、と女子の笑い声が廊下にまで響く。未雲が帰ったと知っているからこそこんな話をしているのだろう。
 間の悪いところに来てしまったな、未雲は結局忘れ物を諦めて教室を後にした。




「ごめん、待たせた……」

 玄関で待っているであろう柊明の影が見えて、未雲が声をかけようとしたらもう一つの別の影があるのが見えた。今日に限って何故こうも間が悪いのだろう。未雲は自分の不運を呪いながら慌てて声を抑えて物影に隠れた。

「柊明、一人なんて珍しいじゃん。未雲くんは?」

 柊明と話しているのは――紫苑という生徒だ。あまり話したことはないが誰にでも分け隔てなく接する如何にもな優等生で、未雲にも必要があれば積極的に話しかけてくれる。今は柊明と同じクラスだったはずだ。

「忘れ物したんだって。だから待ってる」
「へえ? じゃあ未雲くんが来るまで少し話してようよ。今日部活ないし暇なんだよ」
「紫苑は他にも友達いるでしょ。何でここにいるの」
「いやさあ……実は他の人から柊明ともっと話したいって相談受けてて」

 ドキリ。何だか嫌な予感がする。心臓が変な音を立てて、これ以上聞きたくないのに足が震えてここから動けなくなってしまった。

「何それ。話す時は話してるのに」
「俺も無理強いするのはって言ったんだけど。みんな転校生のこと気になってるんだよ。それにお前優しいし顔も良いし」
「はあ、うざ。紫苑はそれでおれを売ろうってわけ?」
「そんなことは言ってないだろ」

 それにさ。紫苑は言葉を続ける。脈拍が全身を打ってうるさく鳴り、今こうして立っているのも不思議なくらいだった。

「こんなこと言うのも何だけど、二人ってちょっと不思議な空気というか……もっと他の人とも交流した方がいいんじゃないかなって。特に未雲くんなんか、お前以外と殆ど話さないだろ?」
「……今だけなんだから、それでもいいと思うけど。てか、こんなに話してたらまじで未雲来るかもしれないから早く帰りな」

 追い払うように手を振る柊明に、紫苑は苦笑しながら「まあ二人が問題ないならいいんだけど」と言って去っていく足音が聞こえた。
 潜めていた息を静かに吐いて、ここに隠れていたことがバレる前に廊下へ戻る。
 平静を装って歩き出し柊明の元へ戻れば、彼は何事もなかったかのようにこちらへいつもの笑顔を向けていた。

「遅かったね、忘れ物あった?」
「うん、ちょっと変なところにあって」
 下駄箱から靴を取り出し、すでに靴を履いて扉前で待っている柊明に置いていかれないよう急いで靴を履く。
「帰ろっか」
「うん」

 外に出た途端ぴゅう、と冷たい風が吹いて体を凍らせる。すっかり秋になったと思ったらもう直ぐにでも冬になってしまいそうな勢いだ。ぴたりとくっつく肩だけが熱くて変な感覚だった。
 柊明と隣で歩く時間が好きだ。それを独り占めしていることにどうしても浮かれてしまった――こんな時間がいつまでも続かないことなんてわかっていたはずなのに。
 さっき紫苑が話していたいわゆる「忠告」は、最もなことだった。未雲自身思いつつも奥に閉まっておいた問題
を突きつけられた感覚だ。

 ――今だけなんだから。柊明はそう思っているから、今こうして自分と一緒にいてくれるのか。

(あ、そうか。だから柊明は……)

 どれだけ彼が自分を優先してくれようと、他の生徒同様未雲もずっとそれが不思議で、不安が完全に拭えることはなかった。
 もうすでにこんなにも心を許してしまっているのに、ある日突然特別扱いされなくなったら自分がどうなってしまうのだろうかとふと考えては自己嫌悪に陥っていた。
 しかし柊明が高校限りだというのなら。それはそれで苦しいことに変わりはないが、猶予が与えられたと考えればまだ希望がある気がする。
 「それ」が来ても傷付かないように少しずつ距離を置いていく。
 未雲はもう人付き合いで傷付きたくなかった。自分のために逃げることで精一杯だった。
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