異世界 恋愛短編 コメディ

リコピン

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Ⅱ 【完結】五歳年下で脳筋な隊の同僚をからかい過ぎた話

Ⅱ 10. Side L (終)

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10.


巨大亀討伐の日以来、クリスタと上手く話せていない。今までに無いほど怒らせた、のはわかるのだが、その理由、クリスタが何にそんなに怒っているのかが分からないまま、彼女に近づけないでいる。

任務中に少々やらかしたくらいで、クリスタがここまで怒りを持続させたことはない。その場ではしこたま怒られても、次の日にはいつも通り、普通に接してくるのが常だったクリスタが、今は目に見えない冷気を放ち続けている異常事態。

そんな中、呼び出された隊長室、隊長の横には無表情のクリスタが立っていて、

「は!?白百合姫とお見合い!?」

耳を疑う言葉に、思わずクリスタの反応を確かめた。けれどそこには、全く反応の無い無表情があるだけで、驚きも怒りも、取りあえず、自分に読み取れるような感情は何もない。

「ま、待って下さいよ、隊長。白百合姫とお見合いって、俺、ただの平民っすよ?貴族のお姫様、お嫁に貰えるような人間じゃあ、」

「うん。まあ、普通そうなんだけどね。ギーアスターの人達って変わってるっていうか、その辺、あんまり頓着無いんだよね」

「…隊長、ギーアスター家と仲いいんすか?」

「そうだねぇ、引き立てて貰ってる、かな?」

では、隊長と姫様は知り合いということなのか。いや、だが、それでも何故自分に見合い話が来るのかがわからない。もう一度、チラリとクリスタをうかがって、

「…何で俺なんすか?」

「多分、この前の巨大亀討伐がきっかけなんじゃないかな?クリフくんにも随分気に入られてたみたいだし」

「いや、でも、俺は…」

確かに、白百合姫を自分の主君、姫だと思っていたし、姫様のために全てをかけて仕えたいとも思っていたけれど、

「うん。ルッツくんの言いたいことはわかるんだけどね?ただ、ルッツくんも気づいてると思うけど、君に拒否権は無いんだ。上からの命令だからね」

「…」

どう反応すればいいのかが、自分でもよく分からない。本当ならきっと、人生で最高に幸運な出来事―

「…どうしても嫌だったら、白百合姫にお会いしてから断ればいいから、ね?」

「…」

(そうか、断る…)

こちらから断ることが出来るのか。憧れのお姫様を貰えるチャンスを、断ってもいい。隊長のその一言に、間違いなく安堵した自分を自覚して、クリスタに視線を向ける。漸く、表情を見せたクリスタ。知らず、すがるようになってしまった視線を、鼻先で笑われた。







(…やっぱり、気が重い)

姫様とのお見合いまでの日々、憧れの相手と結婚出来る可能性について想いを馳せれば、何故かクリスタの顔が浮かんで落ち込む。お見合い当日のその日まで、そんなことを繰り返して挑んだ見合いの場、ギーアスターの王都邸に赴けば、

「…何で、あんたが居るんすか…」

「え?ここ俺の実家だし、俺、白百合姫の兄ちゃんだから」

「…」

確かに、そうなのだが、想定していなかった人物、第一隊隊長のクリフに出迎えられ、そのまま応接室まで案内された。結果、姫を待つ間、馴れ馴れしい男に再び絡まれることになったのだが、

「…俺は、お前がクリスタを好きなんだと思ってたんだけどなぁ」

しみじみと語る男の言葉は無視して、疑問だったことを、直接、男に確かめた。

「…このお見合いって、クリフ隊長が…?」

「あー、いや、俺はまあ、親父に聞かれて、お前について少ししゃべったくらいで、俺が仕組んだわけじゃねぇよ」

「…そうっすか」

「…ルッツ、クリスタのこと。お前が要らないってんなら、俺が、」

まだ何か言っている男の言葉をボーッと聞き流していた、はずが、

「!?」

気づけば、男の襟首を掴んで持ち上げている自分が居て―

「ちょー、待て待て。そんな怒んな、ルッツ。離せ、俺死ぬぞ?」

「…」

流石に、軍務大臣の家で軍の隊長職を殺すのは不味いかと判断し、理性に従わない右腕を無理矢理に男から引き剥がした。それに、男がヘラッと笑って、

「…ルッツ、それがお前の気持ち、答えなんじゃねぇの?」

「…」

改めて言われなくても、もう、わかっていた。

クリフが、クリスタとどうこうなると考えただけでも、もう駄目だったから。

「…ルッツ、俺が、言ってやろうか?お見合い無しにしてやっても」

「…いや、自分で言うっす。ケジメっすから」

戸惑いはした、軽く拒絶もしてみた。それでも結局、今この場に居るのは自分の意思なのだから、責任は、自分でとる。

そう決めて、白百合姫を待つこと暫し、ドアの向こうに、人の気配を感じて立ち上がる。開いた扉、僅かに見えた白のドレス、瞬間、深く腰を折り、必死に頭を下げた。

「姫様!すみません!俺、姫様とは結婚出来ません!俺!今気づいたんすけど、好きな女がいて!そいつ以外と結婚するのは無理っす!折角呼んでもらったのに、ほんと、すみませんっした!」

「…」

頭を下げたまま、叱責、罵倒、何でもいい、言葉を待つが、何も聞こえてこない。代わりのように、こちらへと近づいてくる気配。床を向いたままの視界の端に、白いドレス、靴の爪先がチラリと見えて、

「…今、気づいただと?」

その声に、思わず、礼も忘れて頭を上げた。

「っ!?はぁっ!?」

聞き覚えのある不機嫌な声、目にした姿が信じられない。

「クリスタ!?は!?え!?何で、お前!?ここに!?」

「クリスティーヌ・ギーアスター、お前の言う『白百合姫』は、私だ」

「は?」

思わず、クリフを振り返って確かめれば、満面の笑顔で肯定された。

「う、嘘だろう、だって、お前…」

「女性軍人採用強化の前準備として、私自身が、一軍人として軍内の調査を行っていた。ギーアスターという名を伏せてな」

「…」

明かされた情報に思考が追い付かない。いっぱいいっぱいな頭の中、ぐちゃぐちゃなそれとは別に、視線が、初めて目にしたクリスタのドレス姿を舐めるように這い回る。

いつもの隊服姿も、一度だけ目にした無防備な下着姿も、今のこういう格好も、どれも悪くない。好きだな、と自覚すると、鼓動が急に速くなってきた。右手がフラフラとクリスタに伸びていきかけたところで、クリスタの大きなため息、

「…クリフ、そろそろ、出ていって」

「え?今からが良いところなんじゃねぇの?」

「…出ていけ」

「へいへい」

肩をすくめて立ち上がった男が、横を通り抜ける際、肩を軽く叩いて出ていった。その姿を扉の向こうに見送ったクリスタが、片眉を上げて、

「…それで?」

「は?」

「お前の『好きな女』というのは、誰のことだ?」

「!」

「やっと、『気づいた』んだろう?」

その言葉の調子に、表情に、自分の想いは見透かされている、というよりももう、バレバレだったんだろうと観念して、白旗を上げた。

「クリスタ、俺、お前が好きだ。…自分でもどうしようもないくらい、お前じゃなきゃ駄目みたいだ」

「…」

相変わらず、読めない表情。ブチキレていた時のような冷気は感じないけれど―

クリスタが、小さく息をついた。

「…ルッツ、私も、お前のことは気に入っている」

「…」

「お前が、白百合姫を馬鹿みたいに連呼していた姿に絆され、お前が『私に惚れていない』と言ったことに腹が立ったくらいには、まあ…」

そう言って小さく笑った顔が、―何もなかったけど、俺には人生ひっくり返るくらい大事なものになった―あの日の朝見たのと同じくらい、可愛かったから。今度は迷わず、手を伸ばしてみた。

腕の中、閉じ込めて、抱き締めて、やっぱり、柔らかいなーと思いながら、何だか、わけのわからないくらい良い匂いを胸いっぱい吸い込んで、クリスタを堪能する。

そうやって、浸っていたら、

「…ああ、だが、残念だな」

「え?」

胸元で聞こえた、小さく不穏な響きに、嫌な予感がする―

「ルッツ、お前、言っただろう?…『私とは結婚出来ない』と」

「ちょっ!?ま、待って!待ってくれ!クリスタ!それは!」

慌てて腕の中、クリスタの顔を覗いて確かめれば、焦るこちらの姿を楽しそうに見上げる視線。それはもう、いい笑顔で笑うから、ああ、俺はもう、一生こいつには敵わないんだろうなと、諦念に似た幸福を、思い切り抱き締めることにした。










(終)




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