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Ⅱ 【完結】五歳年下で脳筋な隊の同僚をからかい過ぎた話
Ⅱ 1.
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1.
「ルッツ!お前、クリスタを酔い潰してお持ち帰りしろ!」
「年上の女に優しく童貞奪って貰え!」
「断る!俺にだって選ぶ権利があんだよ!」
酒場の薄暗い廊下、用を足して戻ってきたところで、下品な会話が耳に飛び込んできた
祝勝会という名のただの飲み会で、酒場自体は第三隊の貸切状態だからいいようなものの、一般人に聞かれたらドン引きものの台詞だということに気づかないのだろうか。
(酔っぱらいどもめ)
「この童貞が!」とか「俺の童貞を捧げるだけの相手がまだ見つかってないだけだ!」とか、本当、もう、頭悪いとしか思えない会話を止めるため、わざと大きな足音を立てて席へと戻った。
「あ!クリスタ!お前さ、一応、女だろ?ちょっと女としての意見聞かせろよ。何で俺、モテないの?」
「…」
知るか、と言いたい。
心底、納得がいかないという顔を見せる男は、顔だけ見るならそこそこ。たまに犬のように見えてしまう黒い瞳も、短く整えた黒髪も、人に不快を与えるようなものではない。軍人として鍛え上げられた肉体や、人並み以上の長身を好きだという者も多いだろう。
だが、如何せん、この男はアホだ。
筋肉こそ正義。か弱い女は男に守られてなんぼという行き過ぎたフェミニスト、いや、真のフェミニストに失礼だった。こいつはただの脳筋だ。いや、ただの脳筋ならまだいい。この男は自分が脳筋だと気づかないアホだ。だから、モテない。
酒に酔った赤い顔でニヤニヤしている周りの男達も、似たり寄ったりの筋肉集団。身体に触れたりの行為こそないものの、酒が入れば、女が居ようと何だろうと卑猥な発言を平気で繰り返す。これはうちの隊が、というよりも軍全体の嘆かわしい風潮であり、実際、―今まで幾つかの部隊を回ってきた自分からすると―この隊はだいぶましな方だったりする。誠に遺憾ながら―
ここ十年で、王宮の女性官吏の登用が増えた実績からはだいぶ遅れて、軍ではまだまだ女性兵の数は数えるほどでしかない。事務方での女性採用が幾分増えてきたことは喜ばしいことだが―
と、考えていたところで、目の前にヌッとつきだされた、日に焼けたぶっとい腕。
「俺、メッチャ筋肉あんだよ」
「…知ってる」
思考を邪魔してきたルッツが、筋肉の盛り上りを見せつけるように腕の曲げ伸ばしを繰り返す。だが、そんなことをされずとも、この男の筋肉だけは見事だと知っているし、認めている。直ぐに服を脱ぎたがる隊の男どもの半裸は見慣れているし、ルッツの筋力頼りの戦闘力が、第三隊の主力であることは間違いない。
だが、
「おっかしいーよなぁ?女の子って筋肉好きなんだから、俺がモテないはずないんだけどなー」
「…」
それとこれとは話が別だ。全ての女性が筋肉を好むわけではない。むしろ、そんなのはごく一部。だと言うのに、どうやら、この男の頭の中では、「頼りがい=筋肉」「見目の良さ=筋肉」というわけのわからない変換がなされ、何ならもう「優しさ=筋肉」「財力=筋肉」くらいの勢いで、つまりもう、世の中の女性は全員「筋肉好き」ということになっている。正真正銘のアホだ。
「ルッツ!やっぱ、お前、クリスタに童貞貰ってもらえ!」
「断る!俺の童貞と筋肉はギーアスターの『白百合姫』に捧げてんだよ!」
堂々と、意味のわからない宣言をするルッツに、周囲がどっと沸いた。
「ルッツ!お前、馬鹿!ほんと馬鹿だよなー!」
「どうやって、公爵家の深窓のご令嬢に童貞捧げんだよ!」
「軍務大臣に、いや、その前に大将閣下あたりに殺されんぞ!」
軍において絶大な権力を誇るギーアスター家。ルッツの言う「白百合姫」の身内は軍の要職を担う者ばかりで、確かにこんな戯れ言が彼らの耳に入れば、ルッツは大幅に寿命を削ることになるだろう。
「あー、やっぱ、そうだよなぁー。流石に俺も姫様に童貞捧げんのは無理かなーって最近思うようになって、」
「最近かよっ!」
「まぁ、だから、姫様じゃなくても、俺の童貞捧げられるような相手探してんだけどさ、何でか全然見つかんねーのよ」
「お前、モテないもんなー」
「やっぱりあれかなー。童貞だけじゃ駄目なのかもなー。でも、筋肉はなー。筋肉だけは、姫様に捧げるって決めてるから」
「…」
要らない。激しく要らない。そんなもの捧げられる側の気持ちになってみろ。というか、「筋肉を捧げる」ってなんだ。
再び爆笑する仲間達を気にした様子もなく、ルッツか珍しく悩ましげな様子を見せる。
「は~、やっぱ仕方ないかなー。筋肉を捧げられないような不誠実な男じゃー、一生童貞のまま…」
激しくアホな結論に至りそうになっているルッツに頭痛がして、思わず口をはさんだ。
「ルッツ…。普通に好きな子を見つければいいだろうが。童貞とか、筋肉とかは置いといて」
「いやー、俺、姫様至上主義だから。俺から好きになるって難しいんだよなー。だから、俺のこと好きになってくれる子を好きになろうかと思ってる」
「…」
何だその俺様発言は。本来ならそこそこモテるはずのルッツだが、女の子を会話で引き止められないのは、彼がアホだからだと思っていた。だが、もしや、女性達相手にもこんな俺様な態度をとっているせいなのかと思うと目眩がしてくる。
そもそも、「姫様至上主義」などと言っているが、彼はわかっているのだろうか―?
「ルッツ、お前な。姫様、姫様言ってるが、軍務大臣の末娘は、もうそろそろいい年だろう?」
「…」
「今年、二十五だから、お前より五つも年上だろうが。その年まで独り身ということは、まあ、何だ、何かしらの事情を抱えてるってことだろうから、」
「取消せよ」
「は?」
「姫様を馬鹿にする発言は、例えお前でも許さねぇからな」
「いや…」
馬鹿にしたつもりはない、そう言いたかったのだが。年下の同僚が初めて見せた険呑な眼差しに、何というか、飼い犬に手を噛まれたというか、裏切られたというか、そんな気分にさせられて。
「大体、クリスタだって姫様と年かわんねぇだろ!」
「私は、軍人だ」
「だから何だよ?お前だって同じじゃねぇか!自分が独り身だからって、姫様のこと僻んでんのか!?」
「!」
「いいか!お前みたいな冷血女と違って、姫様はなんか、こう、もっと清らかな存在で、皆から愛されてんだよ!変な男に引っかかんないよう、公爵家で大切に大切に守られてんだ!」
「っ!」
まずい、と思った。ルッツがヒートアップし始めている。そして、それに呼応して、自分自身も。
酒が入っていなければ、もしくは内容が「白百合姫」のことでなければ、もっと冷静でいられたかもしれない。常なら流せたルッツの言葉に噛みつきそうになる自分を自覚して、ギリと奥歯を噛み締めた。
「ルッツ!お前、クリスタを酔い潰してお持ち帰りしろ!」
「年上の女に優しく童貞奪って貰え!」
「断る!俺にだって選ぶ権利があんだよ!」
酒場の薄暗い廊下、用を足して戻ってきたところで、下品な会話が耳に飛び込んできた
祝勝会という名のただの飲み会で、酒場自体は第三隊の貸切状態だからいいようなものの、一般人に聞かれたらドン引きものの台詞だということに気づかないのだろうか。
(酔っぱらいどもめ)
「この童貞が!」とか「俺の童貞を捧げるだけの相手がまだ見つかってないだけだ!」とか、本当、もう、頭悪いとしか思えない会話を止めるため、わざと大きな足音を立てて席へと戻った。
「あ!クリスタ!お前さ、一応、女だろ?ちょっと女としての意見聞かせろよ。何で俺、モテないの?」
「…」
知るか、と言いたい。
心底、納得がいかないという顔を見せる男は、顔だけ見るならそこそこ。たまに犬のように見えてしまう黒い瞳も、短く整えた黒髪も、人に不快を与えるようなものではない。軍人として鍛え上げられた肉体や、人並み以上の長身を好きだという者も多いだろう。
だが、如何せん、この男はアホだ。
筋肉こそ正義。か弱い女は男に守られてなんぼという行き過ぎたフェミニスト、いや、真のフェミニストに失礼だった。こいつはただの脳筋だ。いや、ただの脳筋ならまだいい。この男は自分が脳筋だと気づかないアホだ。だから、モテない。
酒に酔った赤い顔でニヤニヤしている周りの男達も、似たり寄ったりの筋肉集団。身体に触れたりの行為こそないものの、酒が入れば、女が居ようと何だろうと卑猥な発言を平気で繰り返す。これはうちの隊が、というよりも軍全体の嘆かわしい風潮であり、実際、―今まで幾つかの部隊を回ってきた自分からすると―この隊はだいぶましな方だったりする。誠に遺憾ながら―
ここ十年で、王宮の女性官吏の登用が増えた実績からはだいぶ遅れて、軍ではまだまだ女性兵の数は数えるほどでしかない。事務方での女性採用が幾分増えてきたことは喜ばしいことだが―
と、考えていたところで、目の前にヌッとつきだされた、日に焼けたぶっとい腕。
「俺、メッチャ筋肉あんだよ」
「…知ってる」
思考を邪魔してきたルッツが、筋肉の盛り上りを見せつけるように腕の曲げ伸ばしを繰り返す。だが、そんなことをされずとも、この男の筋肉だけは見事だと知っているし、認めている。直ぐに服を脱ぎたがる隊の男どもの半裸は見慣れているし、ルッツの筋力頼りの戦闘力が、第三隊の主力であることは間違いない。
だが、
「おっかしいーよなぁ?女の子って筋肉好きなんだから、俺がモテないはずないんだけどなー」
「…」
それとこれとは話が別だ。全ての女性が筋肉を好むわけではない。むしろ、そんなのはごく一部。だと言うのに、どうやら、この男の頭の中では、「頼りがい=筋肉」「見目の良さ=筋肉」というわけのわからない変換がなされ、何ならもう「優しさ=筋肉」「財力=筋肉」くらいの勢いで、つまりもう、世の中の女性は全員「筋肉好き」ということになっている。正真正銘のアホだ。
「ルッツ!やっぱ、お前、クリスタに童貞貰ってもらえ!」
「断る!俺の童貞と筋肉はギーアスターの『白百合姫』に捧げてんだよ!」
堂々と、意味のわからない宣言をするルッツに、周囲がどっと沸いた。
「ルッツ!お前、馬鹿!ほんと馬鹿だよなー!」
「どうやって、公爵家の深窓のご令嬢に童貞捧げんだよ!」
「軍務大臣に、いや、その前に大将閣下あたりに殺されんぞ!」
軍において絶大な権力を誇るギーアスター家。ルッツの言う「白百合姫」の身内は軍の要職を担う者ばかりで、確かにこんな戯れ言が彼らの耳に入れば、ルッツは大幅に寿命を削ることになるだろう。
「あー、やっぱ、そうだよなぁー。流石に俺も姫様に童貞捧げんのは無理かなーって最近思うようになって、」
「最近かよっ!」
「まぁ、だから、姫様じゃなくても、俺の童貞捧げられるような相手探してんだけどさ、何でか全然見つかんねーのよ」
「お前、モテないもんなー」
「やっぱりあれかなー。童貞だけじゃ駄目なのかもなー。でも、筋肉はなー。筋肉だけは、姫様に捧げるって決めてるから」
「…」
要らない。激しく要らない。そんなもの捧げられる側の気持ちになってみろ。というか、「筋肉を捧げる」ってなんだ。
再び爆笑する仲間達を気にした様子もなく、ルッツか珍しく悩ましげな様子を見せる。
「は~、やっぱ仕方ないかなー。筋肉を捧げられないような不誠実な男じゃー、一生童貞のまま…」
激しくアホな結論に至りそうになっているルッツに頭痛がして、思わず口をはさんだ。
「ルッツ…。普通に好きな子を見つければいいだろうが。童貞とか、筋肉とかは置いといて」
「いやー、俺、姫様至上主義だから。俺から好きになるって難しいんだよなー。だから、俺のこと好きになってくれる子を好きになろうかと思ってる」
「…」
何だその俺様発言は。本来ならそこそこモテるはずのルッツだが、女の子を会話で引き止められないのは、彼がアホだからだと思っていた。だが、もしや、女性達相手にもこんな俺様な態度をとっているせいなのかと思うと目眩がしてくる。
そもそも、「姫様至上主義」などと言っているが、彼はわかっているのだろうか―?
「ルッツ、お前な。姫様、姫様言ってるが、軍務大臣の末娘は、もうそろそろいい年だろう?」
「…」
「今年、二十五だから、お前より五つも年上だろうが。その年まで独り身ということは、まあ、何だ、何かしらの事情を抱えてるってことだろうから、」
「取消せよ」
「は?」
「姫様を馬鹿にする発言は、例えお前でも許さねぇからな」
「いや…」
馬鹿にしたつもりはない、そう言いたかったのだが。年下の同僚が初めて見せた険呑な眼差しに、何というか、飼い犬に手を噛まれたというか、裏切られたというか、そんな気分にさせられて。
「大体、クリスタだって姫様と年かわんねぇだろ!」
「私は、軍人だ」
「だから何だよ?お前だって同じじゃねぇか!自分が独り身だからって、姫様のこと僻んでんのか!?」
「!」
「いいか!お前みたいな冷血女と違って、姫様はなんか、こう、もっと清らかな存在で、皆から愛されてんだよ!変な男に引っかかんないよう、公爵家で大切に大切に守られてんだ!」
「っ!」
まずい、と思った。ルッツがヒートアップし始めている。そして、それに呼応して、自分自身も。
酒が入っていなければ、もしくは内容が「白百合姫」のことでなければ、もっと冷静でいられたかもしれない。常なら流せたルッツの言葉に噛みつきそうになる自分を自覚して、ギリと奥歯を噛み締めた。
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