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Ⅰ 【完結】八歳年上で色気過多な幼馴染みの冒険者を捕まえるお話【27472字】
Ⅰ 3.
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「ねぇ?ほんと、かなりしつこくなーい?」
「マティアスが帰らないって言ってるんだからさ、いい加減理解したら?さっさと消えなよ」
「…」
私の優秀フィルターは主に視覚に作用するもので、―今まで彼の周囲の女性陣と直接言葉を交わすことはほぼ無かったから―聴覚的にはまだまだ発展途上と言える。雑音に若干、気を取られながら、彼の返事を求める。
「マティアス…」
「ほんとー!しつこーい!何なのあんた、邪魔、ウザい、消えて!」
「マティアスはこれから私達と二階で楽しむんだから。あ、ひょっとして意味わからないかしら?私達、今から、」
「…三ヶ月前、かな?」
言いかけた女性達の言葉を遮って、マティアスが口を開いた。彼の口元に、小さな苦笑が浮かんで、
「勃たなくなったんだよね」
「っ!?」
「マ、マティアス!?」
衝撃の発言。図らずも、二人の女性と一緒に息を飲んだ。
「全然ね、反応しない。相手が誰でも、何をされても」
「そんなっ!?」
彼の左隣の女性が悲鳴を上げる。その視線がマティアスの下半身へと下がっていくのを、―その気持ちはわからないでもないけれど―釣られないよう必死に視線を固定する。
「軽くね、催淫系の薬やら魔法やら使ってみたんだけど、それでも全然駄目」
「そんなの使って、大丈夫なの…?」
「ははっ。心配してくれるのはそっちなんだ」
「うん、まあ、その、身体の不調の方も心配は心配だけど」
「勃たない」とは直接口に出来ずに、言葉を濁す。確かに、男性にとってはとても大変なことだろうし、これだけマティアスが落ち込んでいるのも納得出来る。だけど「催淫」、つまり精神状態に影響を及ぼすような薬や魔法を、なるべくならマティアスに使って欲しくない。
「お医者さんには診てもらった?」
「うーん、それは未だ、なんだけどね…」
「診てもらった方がいいよ。行きにくいかもしれないけど」
曖昧に笑うマティアスに嘆息する。この反応はきっと、医者に行くつもりなんて無いのだろう。
だけど、そもそも何でこんな爆弾発言を聞くことになったんだろうと考えて、はたと気づいた。
「…ごめん、マティアス。ひょっとして、それが家に帰れない理由?」
「うーん、無関係ではない、かな?」
また、曖昧に笑う彼に頭を下げる。
「ごめん、マティアス。言いにくいこと言わせちゃった」
しかも、こんな公衆の面前で。家に帰れない理由は絶対聞き出すつもりではいたけど、彼にこんな恥ずかしい思いをさせるつもりはなかったのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いいよ。別に隠すようなことでもないし」
「…そう、なの?」
チラリと視線を上げれば、うん、確かに、今は何でもなさそうな顔をしている。「隠すようなことではない」?じゃあ、何で、家に帰れないなんて言うのか。故郷の皆に知られるのが嫌なのかと思ったのに。そうじゃないなら、何で?
「あの、マティアス。隠さなくてもいいなら、やっぱり一緒に帰って欲しい、んだけど、駄目?」
「フィリスは…」
「うん?」
「…俺に、式に出て欲しいの?」
譲歩の感じられるマティアスの言葉に勢い込んで頷いた。
「うん!出て欲しいよ!もちろん!」
「…」
「私達、兄妹、というか、家族?みたいなものになるでしょう?」
花婿の兄と花嫁の姉。家族ではないけれど、ただの「親戚」なんかよりはずっと近い存在。自惚れだとしても、マティアスとの距離がもっと近づくんじゃないかと期待している。
「マティアスに、一緒に門出を祝って欲しい」
「…」
「クリストフがね、マティアスに『花婿付き添い人』をお願いしたいって言ってたんだ。だから、」
言いかけた言葉は、マティアスの深い深いため息に遮られた。
「あー、ごめんね、フィリス。君のお願いなら、何でも聞いてあげたいんだけど。これは、ちょっと、流石にきつい…」
「何で!?」
「そんなの酷い」と無責任に募ろうとした言葉を飲み込んだ。マティアスが、凄く、傷ついた目をしているように見えたから。だけど、その陰は一瞬で、
「んー、式には出られないけどさ。何か、お祝いさせてよ。フィリスは何か欲しいものある?何でも言って?」
「そんなの…」
何も要らない。「モノ」が欲しいわけではないから。ただ、一緒に二人の門出を祝って、それで、皆で笑って。家族の大切な思い出に、マティアスと一緒に居たい。それだけなのに―
「フィリス…?」
「…」
困ったように笑うマティアスの瞳を見つめる。
思い出されるのは、ここ半年のこと。何もかも、完璧だと思えるまで粘って、考えて、飛び回って。その「完璧」の中には、当然、マティアスが居たし、彼に見られた時の私も「完璧」でいたいと、空いた時間を見つけて、何なら無理やりこじ開けてでも、自分磨きだって頑張った。時間はかけられなかったから、今まで稼いだお金をそれなりにつぎ込んで。
―なのに、それも
ここ数日の強硬軍で、台無し、ほんと、台無し。
プルプルだったお肌も、徹夜に野宿、馬での全力疾走で荒れ放題。スキンケアどころか、入浴だってほとんど出来ていない。結わえていた髪紐も気づいたらほどけてしまっていたから、元から癖のある髪はボサボサで、視界にチラチラ入る茶色の毛先に艶がない。
―なんか、なんか、そう考えたら
怒り、ではないけど、悔しい。すごい、悔しい。
「フィリス、顔を上げて」
「…」
私の感情の変化に気づいたらしいマティアスが立ち上がり、こちらに手を伸ばそうとしている。
―だったら、もう、いい、決めた
マティアスが、私のお願いを聞いてくれないくせに、優しくしようとするなら、もう決めた、使う。使ってやる。私の最終必殺技。五歳を過ぎた辺りから、マティアス以外―家族にさえ―通用しなくなっていった必殺技。だけど、マティアスにだけは、ずっとずっと通用してきた。本当は、使った後に自分のメンタルもガリガリ削れるから、長いこと封印してきたんだけど。今のメンタルなら、全然いける。絶対いける。そんな気がして、小さく、拳を握った。
「フィリス?」
頬に添えられたマティアスの掌。そっと顔を持ち上げようとするその手に従って、顔を上げる。ピタリと合った視線、その優しさに誘われるようにして―
「ねぇ?ほんと、かなりしつこくなーい?」
「マティアスが帰らないって言ってるんだからさ、いい加減理解したら?さっさと消えなよ」
「…」
私の優秀フィルターは主に視覚に作用するもので、―今まで彼の周囲の女性陣と直接言葉を交わすことはほぼ無かったから―聴覚的にはまだまだ発展途上と言える。雑音に若干、気を取られながら、彼の返事を求める。
「マティアス…」
「ほんとー!しつこーい!何なのあんた、邪魔、ウザい、消えて!」
「マティアスはこれから私達と二階で楽しむんだから。あ、ひょっとして意味わからないかしら?私達、今から、」
「…三ヶ月前、かな?」
言いかけた女性達の言葉を遮って、マティアスが口を開いた。彼の口元に、小さな苦笑が浮かんで、
「勃たなくなったんだよね」
「っ!?」
「マ、マティアス!?」
衝撃の発言。図らずも、二人の女性と一緒に息を飲んだ。
「全然ね、反応しない。相手が誰でも、何をされても」
「そんなっ!?」
彼の左隣の女性が悲鳴を上げる。その視線がマティアスの下半身へと下がっていくのを、―その気持ちはわからないでもないけれど―釣られないよう必死に視線を固定する。
「軽くね、催淫系の薬やら魔法やら使ってみたんだけど、それでも全然駄目」
「そんなの使って、大丈夫なの…?」
「ははっ。心配してくれるのはそっちなんだ」
「うん、まあ、その、身体の不調の方も心配は心配だけど」
「勃たない」とは直接口に出来ずに、言葉を濁す。確かに、男性にとってはとても大変なことだろうし、これだけマティアスが落ち込んでいるのも納得出来る。だけど「催淫」、つまり精神状態に影響を及ぼすような薬や魔法を、なるべくならマティアスに使って欲しくない。
「お医者さんには診てもらった?」
「うーん、それは未だ、なんだけどね…」
「診てもらった方がいいよ。行きにくいかもしれないけど」
曖昧に笑うマティアスに嘆息する。この反応はきっと、医者に行くつもりなんて無いのだろう。
だけど、そもそも何でこんな爆弾発言を聞くことになったんだろうと考えて、はたと気づいた。
「…ごめん、マティアス。ひょっとして、それが家に帰れない理由?」
「うーん、無関係ではない、かな?」
また、曖昧に笑う彼に頭を下げる。
「ごめん、マティアス。言いにくいこと言わせちゃった」
しかも、こんな公衆の面前で。家に帰れない理由は絶対聞き出すつもりではいたけど、彼にこんな恥ずかしい思いをさせるつもりはなかったのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いいよ。別に隠すようなことでもないし」
「…そう、なの?」
チラリと視線を上げれば、うん、確かに、今は何でもなさそうな顔をしている。「隠すようなことではない」?じゃあ、何で、家に帰れないなんて言うのか。故郷の皆に知られるのが嫌なのかと思ったのに。そうじゃないなら、何で?
「あの、マティアス。隠さなくてもいいなら、やっぱり一緒に帰って欲しい、んだけど、駄目?」
「フィリスは…」
「うん?」
「…俺に、式に出て欲しいの?」
譲歩の感じられるマティアスの言葉に勢い込んで頷いた。
「うん!出て欲しいよ!もちろん!」
「…」
「私達、兄妹、というか、家族?みたいなものになるでしょう?」
花婿の兄と花嫁の姉。家族ではないけれど、ただの「親戚」なんかよりはずっと近い存在。自惚れだとしても、マティアスとの距離がもっと近づくんじゃないかと期待している。
「マティアスに、一緒に門出を祝って欲しい」
「…」
「クリストフがね、マティアスに『花婿付き添い人』をお願いしたいって言ってたんだ。だから、」
言いかけた言葉は、マティアスの深い深いため息に遮られた。
「あー、ごめんね、フィリス。君のお願いなら、何でも聞いてあげたいんだけど。これは、ちょっと、流石にきつい…」
「何で!?」
「そんなの酷い」と無責任に募ろうとした言葉を飲み込んだ。マティアスが、凄く、傷ついた目をしているように見えたから。だけど、その陰は一瞬で、
「んー、式には出られないけどさ。何か、お祝いさせてよ。フィリスは何か欲しいものある?何でも言って?」
「そんなの…」
何も要らない。「モノ」が欲しいわけではないから。ただ、一緒に二人の門出を祝って、それで、皆で笑って。家族の大切な思い出に、マティアスと一緒に居たい。それだけなのに―
「フィリス…?」
「…」
困ったように笑うマティアスの瞳を見つめる。
思い出されるのは、ここ半年のこと。何もかも、完璧だと思えるまで粘って、考えて、飛び回って。その「完璧」の中には、当然、マティアスが居たし、彼に見られた時の私も「完璧」でいたいと、空いた時間を見つけて、何なら無理やりこじ開けてでも、自分磨きだって頑張った。時間はかけられなかったから、今まで稼いだお金をそれなりにつぎ込んで。
―なのに、それも
ここ数日の強硬軍で、台無し、ほんと、台無し。
プルプルだったお肌も、徹夜に野宿、馬での全力疾走で荒れ放題。スキンケアどころか、入浴だってほとんど出来ていない。結わえていた髪紐も気づいたらほどけてしまっていたから、元から癖のある髪はボサボサで、視界にチラチラ入る茶色の毛先に艶がない。
―なんか、なんか、そう考えたら
怒り、ではないけど、悔しい。すごい、悔しい。
「フィリス、顔を上げて」
「…」
私の感情の変化に気づいたらしいマティアスが立ち上がり、こちらに手を伸ばそうとしている。
―だったら、もう、いい、決めた
マティアスが、私のお願いを聞いてくれないくせに、優しくしようとするなら、もう決めた、使う。使ってやる。私の最終必殺技。五歳を過ぎた辺りから、マティアス以外―家族にさえ―通用しなくなっていった必殺技。だけど、マティアスにだけは、ずっとずっと通用してきた。本当は、使った後に自分のメンタルもガリガリ削れるから、長いこと封印してきたんだけど。今のメンタルなら、全然いける。絶対いける。そんな気がして、小さく、拳を握った。
「フィリス?」
頬に添えられたマティアスの掌。そっと顔を持ち上げようとするその手に従って、顔を上げる。ピタリと合った視線、その優しさに誘われるようにして―
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