異世界 恋愛短編 コメディ

リコピン

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Ⅰ 【完結】八歳年上で色気過多な幼馴染みの冒険者を捕まえるお話【27472字】

Ⅰ 2.

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「マティアス!」

王都から三日の距離、そこそこ大きな街の、場末の酒場。煙草の煙とアルコール。すえた匂いの漂うその場所の最奥、ぶら下げられたランプの灯りが微かに届くその場所で、壮絶なフェロモンを漂わせた男がこちらに笑みを見せている。軽いウェーブのかかった金髪をゆったりと一つに結び、菫色の瞳をトロンとさせて、

「見つけた!本当、もう!もう!あなた、こんなとこで何してるの!!」

時間の無い焦りから、口調がきつくなった。

情報を拾って、索敵して、探知して。何とかマティアスの所在を掴めたのが今朝のこと。そこから馬を駆けてたどり着いた街、マティアスらしき人物が居るという酒場に乗り込んだのは、既に日が落ちた後だった。あと三日。前日までに王都に帰るには、今日中にここを出ないと。

「…やぁ、フィリス、久しぶり。『何してるの』、か。…うーん、何してるんだろうね?」

「マティアス!」

テーブルには、散乱するエールジョッキ。だけど酔ってはいないはず。「状態異常」への耐性がついてから、ちょっとやそっとのお酒では酔えなくなってしまったと言っていたから。なのに、こちらをおちょくるような台詞。しかも何だ、その駄々漏れの色気は。ここ数日の疲れがどっと出て、思わずため息をついた。

「もう、わかった。マティアスが何してたとかはいいから。ほら、とりあえず帰ろう?」

「…」

言って差し出した手に、何故か、何だか、マティアスが辛そうな顔をしてる。

「…マティアス?」

「ちょっと、さっきから、何なのあんた?」

「あ…」

差し出していた手とマティアスの間に、ズイッと巨乳がねじ込まれた。マティアスとの間を阻むその存在に瞠目すれば、

「なーんか知らないけど?マティアス嫌がってんでしょー?勝手に帰るとか何とか、バァッカじゃないのー?」

「…」

―なるほど…

酒場に着いた時からマティアスしか見えていなかったが、よく見れば、彼の左右に陣取るように腰かけている二人の女性。エロスの申し子マティアスが女性に囲まれているのは昔から、いつものことなので、私の優秀な「マティアスの周囲の女性は見えない」フィルターが良い仕事をしていたらしい。

殺意や明らかな害意を持っていない限り、なるべくなら彼の周囲の女性は見たくない。だって、私はマティアスのことが好きだから。それもラブという意味で。

「…マティアス、大丈夫?」

「うん?」

さっさと出ていけだの、目障りだのと喚く女性達の向こうを覗く。やっぱりまだ辛そうな視線、それにガンガン秋波を感じて、キュンとした。

―好きだなぁ…

私の初恋はマティアスだった。十年は前、まだ彼がフェロモンを撒き散らす―もしくは、彼のフェロモンを受容する機能を私が持つ―前、八つ歳上のイケメンお兄さんは私に優しく、大抵の我が儘は何だって叶えてくれた。そんな相手に、惚れないわけがない。だけど、彼の周りには自分とは全然違う「大人の女性」がたくさんいたから、初恋はあっという間に砕け散った。

それから何年かたって、私が十五になった頃、私は懲りずにまたマティアスに恋をした。冒険者見習い、カスターヌ商会の隊商に雑用として同行が許された時、どこで話を聞き付けたのか、フラリと現れたマティアスが「お祝いだ」と贈ってくれたアメジストのファーストピアス。痛みに脅える私の両耳に、マティアスが清浄魔法をかけ、穴を開けて、消毒を施した。ピアスに触れるマティアスにお礼を言おうと顔を上げ、そこに見た彼の表情に、何の前触れもなく受信してしまった溺れるほどのフェロモン。初めて、私は彼に欲情した。

忙しない日常の中で、ユルユルと彼を想い続ける日々。会えば、彼を好きだと再確認し、だけど詰めようと思った距離はいつも綺麗に流されて。私も大概気が長いなと思いながらも、好きな間は好きでいようと決めている。

―ああ、だけど

「マティアス、家に帰らないの?帰れないの?何か理由、ある?」

「…」

そんな顔、しないで欲しい。いつもみたいに笑って。何が起きても何だって、何でもないように流し目一つで笑って済ませて来たでしょう?何があなたにそんな顔をさせるのか。連れて帰るのが駄目なのか。こっちが泣きそうだ。

「…式の招待状は、受け取ってくれたんでしょう?」

「うん、貰ったよ。とっても派手なやつ。あれってフィリスが選んだの?」

「う。いや、あれは、母さん達が…」

真っ白な封筒に、金文字で書かれた両家の名前。縁取りは同じく金の薔薇模様。正直、とっても読みにくい。それでも頑張って止めたのだ。中身まで同じ配色、装飾にしようとはしゃいでいた両家の母親を。

「読んでくれたならわかると思うけど、式がもう三日後なの。正直、時間が無くて焦ってるんだけど、マティアスは式に出たくない?」

「…」

「出たくない理由は?言えないこと?」

困ったように笑うマティアス。だけど、返事はない。





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