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どうしても救いたかった命のため不義の子を孕んだ令嬢が、婚約を破棄され、幸せをつかむ

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「アラン様!どうか、お話を!」

「しつこい!貴様と話すことなど、何も無い!婚約者であるシビル殿下の前で、よくも他の男に媚を売れるな!?恥を知れ!」

「っ!アラン様、一時でいいのです。どうしても、お伝えせねばならないことがあるのです!」

追い縋り、伸ばした手を払われる。

「はは!アラン、私のことは気にしなくていいさ。名ばかりの婚約者などよりも、アデリアは幼馴染みの君に執心のようだ。マリアンヌのことは我々に任せて、君はアデリアの話とやらを聞いてやれ」

「…シビル殿下、冗談が過ぎます」

「でも、アラン様、少しくらい、アデリア様のお話を聞いて差し上げても…」

「マリアンヌ、君までそんなことを…。良いだろう、アデリア。話があると言うのなら、この場で聞いてやる。さっさと、話せ」

「あの、この場では…」

アランの周囲を見回す。マリアンヌを取り囲んでいるのは、第二王子のシビル殿下、騎士団長子息のフェイド、宰相家嫡男のジュール。アラン以外はみな見事に第二王子派。こんな場所で、口に出来る話ではない。

「…アラン様、ご婚約者の、ニコル殿下に関することなのです…」

「ニコル殿下?まさか、貴様、ニコル殿下にまでくだらぬ妬心を抱いているわけではないだろうな!?」

「いいえ!違います!決してそのような…」

「では、さっさと話せ」

「お願いでございます、アラン様。どうか、二人だけでお話を、」

「くどい!殿下の名まで持ち出して!そこまでして、私の関心を買いたいなどと!浅ましいにも程がある!」

聞き入れて貰えぬ不甲斐なさと、追い詰められた恐怖に、声が震える。

「…お願いします、アラン様。嘘ではございません、一言だけ、一言、お聞き下さるだけで良いのです、」

「この場で話せぬというのなら、聞く価値も無い話。…マリアンヌ、殿下方も、すまない、待たせた。行こう」

「っ!?アラン様!」

背を向けて去っていくアランの後ろ姿、呆然と見送り、置かれた状況に絶望する。

(…どうしよう、時間がない…)

ニコル殿下の姿を公には出来ない状況で、唯一頼れると思っていた幼馴染みの助力は望めない。ニコル殿下の婚約者であるアラン以上の味方など、一体、誰を望めば良いというのか。

家が中立派だとは言え、自身は第二王子のシビル殿下と婚約している身。第一王子の同腹妹であるニコル殿下の味方、それも、絶対的な味方に心当りなど、有りようもなく。

では、私に出来ること。残された道は―







―――――――――――――――

急ぎ戻った、学園の女子寮。その、人気ひとけの無いリネン室の奥。死角にあるその場所まで辿りつけば、聞こえてきた、獣のような唸り声。

「…ニコル殿下」

手足を縛りあげられ、床に転がる。サイズの合っていない、女生徒用の制服を無理やり着せられたような格好で―

(ああ、もう、瞳の色が…)

血の色に染まり上がった殿下の瞳。普段は澄んだ碧い空を思わせる殿下の瞳が、今は理性なき獣のそれに成り果ててしまっている。

魔女の呪い―

『産まれ落ちた時より、ニコル殿下には魔女の呪いがかけられている』

国中で、真しやかに囁かれ続けていた噂。第二王子派の手によってかけられたとされるその呪いが、決して噂などではなく、真実だったということなのだろう。

呪いの詳細まではわからない。目にした状況から、殿下の姿を男へと変え、獣欲を満たさぬ限り、狂い、死んでいく。魔女が得意とする類いの、人の尊厳と、愛する周囲の者の心を打ち砕く卑劣な呪い。

(…呼吸が…)

細く、短くなっていく殿下の呼吸音。このまま、失ってしまうのだろうか?この、強く、気高い魂を―

常に凛とした佇まい。全ての者に等しく手を差し伸べ、そして厳しく導いて下さる方。憧れていた。淑女として、国を守るべきものとして、斯く在りたいと思わせる殿下に。

失いたくない。この方は、この国に、在らねばならない御方―

(でも、だけど、これ以上、私に何が出来ると…)

殿下の、この逼迫した状況に行きあったのは全くの偶然。ふらつきながらリネン室へと入っていく殿下の姿を目にし、追って入った部屋には殿下の苦しみにもがく姿。駆け寄って確かめれば、殿下の身体が見る間に変化していって。

何も出来ず、唖然と見守るしかなかった自分の側で、シーツを引き裂き、ロープを作り上げた殿下は、それで己の手足を縛り上げてしまった。大粒の汗、荒い呼吸の隙間から、「出ていけ」と男の声で命じた殿下に、弾かれたように部屋を飛び出した。

飛び出して、混乱する頭で最初に浮かんだのが、ニコル殿下の婚約者である幼馴染の姿だった。長じてからは昔ほどの馴染みは無い。それでも、彼の家はまごう事なき第一王子派。きっと、殿下を助けてくれる。そう、勇んで向かったはずが―

(…アランを探すのに時間がかかって、あげく、話も聞いて貰えなかったなんて…)

恐らく、本当にもう時間はない。本来なら、魔女の呪いは発動すれば一瞬、それを、殿下は気力だけで持ちこたえている。

(…何という、強さなのだろう…)

殿下は、一時的であろうと、私で呪いを沈めることも出来た。解呪は出来ずとも、獣欲さえ発散してしまえば、死ぬことはない。或いは逆に、自ら命を絶って救われることも。

けれど目の前、無配慮に現れた私に手出しもせず、死に逃げることもなく、自分を拘束することで、一人呪いに抗うことを殿下は選んだのだ。

(…本当に、なんて…)

強さか、気高さか。彼を彼たらしめているこの美しさは何だろう。

改めて思う。この方を、失うわけにはいかない―

(…ならば、私に出来ることは…)

壊れるものがある。失うものも。私一人の身で済むことではない。だけど、それが何だというのだ。この方の、この輝きを失うこと以上に、恐れるものなど、何も無い。

大丈夫、殿下に「人」の意識などない。終わってしまえば、全て忘却の彼方。

手を伸ばす。彼の両手を戒める、白い楔へと―







――――――――――――――――――――

「…アデリア、今日、君がこの場に呼び出された理由は、わかっているな?」

「…はい、シビル殿下」

薄暗がり、学園執行部のための一室。シビル殿下と彼の側近候補、アランとマリアンヌの姿もある。

「…母上より話を聞いた。貴様、あろうことか、他の男と通じたそうだな?しかも、婚約の破棄を申し出ただと?」

「…」

「っ!ふざけるのも大概にしろ!?貴様の家が中立派の中心でなければ、そもそも、こんな婚約など成りはしなかった!婚約など、こちらから破棄してやりたいくらいだと言うのに!」

「…申し訳、」

「いいか!?思い上がるな!貴様は、私が王位につくための道具!ただの駒に過ぎん!私が心より愛するのは、マリアンヌただ一人だ!私が貴様を選んだわけではない!だが、勝手は許さん!」

立ち上がったシビル殿下の動きに、椅子が大きな音を立てて倒れた。

「…承知、致しました…」

下げた頭のまま、足音を荒げ、部屋を出ていくシビル殿下を見送る。ふと、感じた視線、顔を上げれば、アランの蔑むような眼差し、

「…淫売が」

返す言葉もなく、ただ、立ち尽くした―





――――――――――――――――――――

卒業を間近に控えた学園、どこか浮き足立った空気の中、校舎の陰、一人佇むアランの姿を見つける。彼の視線の先には、マリアンヌとシビル殿下の姿。

(…これは、好機、なのかもしれない)

もはや、マリアンヌとシビル殿下の仲は周知の事実。恋に破れたアランは、その属する派閥の違いにより、最近は彼らと一線を画しているようにも見える。

一人、抱え続けた悩みを、彼になら―

「アラン?」

「…アデリア、か」

「…少し、お話をしてもいいかしら?」

「…ああ、まあ…」

暫しの沈黙の後、思いきって口を開いた。

「…ニコル殿下は、その、お元気でいらっしゃる?」

「ん、いや、実は、最近は殿下とお会いしていないんだ…」

ニコル殿下の呪いが発動してしまった日以降、彼女は学園から姿を消してしまった。王宮深くにこもっていらっしゃるという噂は聞いていたが、婚約者であるアランとも会っていないのだとすると、或いは呪いの衝動が未だ―

恐怖に、フルリと身体が震える。

「…それで、アデリア、君の方はどうなんだい?シビル殿下とは…」

「…殿下のお気持ちは、以前、はっきりとお聞きしていますので…」

「…そうか…」

アランの視線が、また、マリアンヌとシビル殿下に向けられる。彼は未だきっと、諦めていない。マリアンヌの、そば近くあることを。

ならば―

「…アラン、あなたに相談があるの」

「相談?」

「ええ、誰にも言えなかったの、あなたにしか。聞いてくれるだけでいいの。だから―」







――――――――――――――――――――

「アデリア・サーレスト!」

学園の卒業式典。その締めくくりである王家主催の大夜会。王家の列席する、一つ高い座から、立ち上がったシビル殿下の声が響いた。

「私、シビル・メイドールは、今日、この場で、貴様との婚約を破棄する!二度と、私の前に姿を現すな!」

「…」

呼ばれた名に、シビル殿下の、王家の前に膝をつく。直前、視界の隅でとらえた空席、第一王女のおわすはずのその場に、彼女の姿はない。その事に、胸がツキリと傷んだ。

(…最後に一目でも、ご無事を確かめたかった…)

「…シビル、これは一体何事だ…」

頭上で響く、重く、問い質す声。

「父上!この者は、私の婚約者という身でありながら、他の男と通じていたのです!あまつさえ、」

「シビル!お止めなさい!その話はもう済んだはずよ!お前も納得したでしょう!?」

「母上!違うのです!聞いて下さい!」

「待て。…良い、話はわかった。だが、今この場に相応しい話題ではないようだな。…サーレスト」

「は、ここに」

「奥で話す。娘を連れて来い」

王の命じる声に頭を下げる父。王の後へ続こうとする父に、腕をとられた。

「…申し訳ありません、お父様」

「…」

返る返事の無いまま、父に連れられ、ホールを後にする。







――――――――――――――――――――

「…それで?」

陛下が見回した室内。ニコル殿下以外、王家一同が揃う場に、父と二人、並んで膝をつく。

「…話を聞く前に、この場に相応しくない者もおるようだが?」

「!父上!マリアンヌは私の新たな婚約者です!」

「シビル!黙りなさい!」

マリアンヌを庇ったシビル殿下に、側妃殿下の叱責が飛んだ。

「いいえ、黙りません!母上!アデリアは王族である私を謀っていたのです!その女は男と通じていただけではなく、子を孕んでおります!」

「なっ!?」

「どこの誰とも知れぬ男の種で子を身ごもっているのですよ!?これが、王家への裏切りでなく、何だと言うのです!?」

「っ!アデリア、本当なの!?お前、本当に腹に子が…」

「…はい。子が、おります」

「っ!そんなっ!?」

息を呑んだ妃殿下、隣で、父がぐっと息を詰めたのがわかった。

(ごめんなさい、ごめんなさい、お父様…)

子の父親を明かせぬ以上、父に告げれば、きっと子は流されていた。父にそれだけの苛烈さも、王家への忠心もあることはわかっている。だけど、だからこそ、この「御子」は流せない、そう思った。

(…いいえ、嘘ね)

何より、誰より、私がこの子を流せないと思ったのだ。既に、何より愛しいと感じてしまっているこの子を―

知らず、腹を庇うようにしていたらしいその手を、陛下に見咎められる。

「…本当に、子がおるようだな。…だが、シビル、何故、お前がそれを知り得た?」

「はい!アランが、アラン・バシュレのもたらした情報です」

「バシュレ…、バシュレ伯爵の…」

「は!」

陛下の問う眼差しに、それまで壁のように控えていたアランが一歩、前に出た。

「…お前達に、交友があるのか?…だが、バシュレは…」

第一王子派。今も黙して陛下の後ろに控える、サルシュ第一王子に与する派閥。

「私達は、学園でマリアンヌを通じて知り合った仲です。彼女を通じて築いた私達の絆は固い。ですからアランは、危険を冒してまでも、知り得た情報を私に明かしてくれたのです」

「…それが、真実、王家への忠誠だと、そう判断致しました。下賎の子を孕んだ身で、王家に嫁すなど、許されることではありません」

「…ふむ」

一つ、頷いた陛下の視線が、こちらを向く。為政者の眼差し、偽りなど、欠片も赦さぬと言わんばかりの鋭い眼差し。臓腑の冷える思いに、全身が震え出す。

「…して、アデリア。お前は、腹の子の父親を明かすつもりはないのだな?」

「っ!申し訳、申し訳ございません!」

「サーレスト、お前も、娘の相手は知らんというわけか?」

「はい。申し訳なくも、私の不徳の致すところでございます。かくなる上は、」

「流してしまいなさい!」

「!?」

突然の、側妃殿下の言葉に、息が止まる。

「そのような不義の子は流してしまえばいいのよ!」

「っ!?御許しを!それだけは御許し下さいませ!何卒、何卒!」

「お前が出来ぬと言うのなら、私がやるわ!立ちなさい!」

「妃殿下!ジネット様!どうか、どうか、お慈悲を!」

「うるさい!黙りなさい!お前が、」

「まあまあ、ジネット様、少し落ち着かれてはいかがですか?」

「っ!なっ!?」

完全に、味方など居ないと、そう思っていた空間に、割って入った声。深く、落ち着きのある、

「そう責め立てるだけでは、話せるものも話せなくなってしまいますよ?…ねぇ、アデリア嬢?」

「…サルシュ、殿下」

「一つ、君に確かめておきたいのだけれど、君は、腹の子の父親をどう思っている?愛しているのかい?」

「愛…」

思いがけない言葉に、思考が上手く回らない。

「そう、愛しているのかな?それとも、子どものことは、まあ、何というか、事故?のようなもの?」

「事故…」

「そう。事故なのだとしたら、子どもには悪いけれど、流してしまう、という考えもあると思うんだけど」

「っ!いいえ!それだけは、それだけは、どうか!」

「ふーん?子の父親を愛しているから?」

「…いえ…」

「いいえ?愛してもいない男の子を、そんなに必死に守ってるの?」

男―

相手は、男性ですらない。だから、

「その方を、尊敬しております。敬愛も。ですが、一人の男性として愛しているかと言われると…」

この想いは、決して「愛」などではない。それでも、

「…それでも、私はこの子を、我が身に宿るこの命を愛しているのです。殿下、陛下、どうかお慈悲を。この子のためならば、我が身がどうなろうと構いません。ですが、この子だけは、この子の命だけは、どうかお救い下さいませ」

「…」

「お父様、愚かな娘をお許し下さい。縁を、お切りくださいませ、サーレストに、私のような娘は、」

「馬鹿を言うな。子の不始末は、親である私の不始末。…陛下、此度の責、全て当主たる私にあります。如何様な処罰であろうと甘んじる覚悟でおります。…どうか、娘には寛大な処罰を」

「…アデリア嬢、最後にもう一度聞くけど、本当に、腹の子の父親を明かすつもりはないんだね?」

「…申し訳、ございません…」

深く、吐かれたため息は誰のものだったのか―







―――――――――――――――

沈黙が支配した空間に、突如、凛とした声が響いた―

「…兄上、もう良いでしょう?アデリアの腹の子は、私の子だ」

「!?」

「なっ!?」

(…何故、この方がここに…?いいえ、それよりも、何故…)

「貴様!?何者だ!?」

鋭いシビル殿下の誰何の声に、暗がりから、現れたその人。銀の髪、碧い瞳のの姿―

その姿に、息を呑んだのはアラン。

「…ニコル、殿下」

思わず、と言った風に溢れた言葉を、慌てて飲み込もうとして失敗している。

(…やはり、そうか、アランは、知っていたのだ、殿下の呪いを…)

ならば、やはりあの時、アランを説得することさえ出来ていれば。アランの信を得られなかった自身の惨めさに唇を噛む。

そう、この事態全て、自身の身から出た錆び。アランを説得できなかった私の―

「…始めから、説明してみよ」

「陛下…」

シビル殿下と違い、ニコル殿下の姿に驚きもしない陛下。

「何故、シビルの婚約者であるアデリアが、ニコルの子を孕むことになった?」

我が子のこと、陛下も当然、ニコル殿下の呪いを知っていたということだろう。では、この場で、呪いについて、ニコル殿下の身に起きたことを語っても良いのだろうか?でも、本当に―?

「…父上、私から説明致します」

「ニコルか。まあ、良い、話せ」

「はい。…半年前、私は『カプセラの毒』を盛られました」

「!?」

驚いた―

『カプセラの毒』、魔女の呪いほどではないものの、同じく人の理性を狂わせる猛毒。強力な催淫作用を持つ。

(では、殿下のあれは、呪いではなかったということ…?)

「…毒の効果で私の保護魔法、女性体の変化へんげが解けてしまい、魔女の呪いが発動しました」

「なんと…」

「…私は、偶然その場に居合わせたアデリアを襲い、呪いは解けましたが、結果、彼女は身籠ることに」

「…ニコル、お前は、何ということを…」

「っ!いいえ!陛下!違います!違うんです!」

やはり魔女の呪いだったあの事態に、殿下は間違いなく抗おうとしていた。

「殿下は、ニコル殿下は、私に逃げろと仰ったんです!逃げなかったのは私の意思!殿下のご意思をねじ曲げてまで、その場に留まったのです!…殿下は呪いを受け、人としての意識を失っておりました。ですから、」

「覚えている」

「そんな、まさか…」

「…お前が、一度部屋を出ていき、戻って来たところまで」

「!」

「…呪いが解け、意識を取り戻した後に、お前を探し、調べた。…シビルの婚約者であるお前が、何を考えてあのようなことを成したのかもわからなかったからな」

殿下は、自身の側に居たのが、第二王子の婚約者だと知っていた―

「…調べた結果、…あの日、お前はアランを呼び出そうとしていた。…違うか?」

その視線が、部屋の奥、アランに向けられる。

「…多くの者が目撃していた。『アランにとりすがり、浅ましくも、私の名を出してまで連れ出そうとして、すげなくされていたアデリア』、お前をな」

殿下の言葉に、アランが顔色を失う。

「…私の窮地に、アランを呼ぶつもりだったか?」

確かに、その通りではあった。けれど、結局は失敗してしまったそれをここで認めてしまえば、アランが立場を失う。何も言えずに口をつぐめば、

「…シビルとの婚約破棄を願った際、何故、私の名を、私にされたおぞましい事実を明かさなかった?信用されぬとでも、思ったのか?」

「…おぞましくなどは…」

「腹に子が出来た後は?私の、王家の血を引く者だ。産まれれば、必ずやその特徴たる瞳の色を受け継いだはず」

追い詰められ、必死に動かす頭の中に、しかし名案など浮かばず、

「腹の子の存在を、アランにだけ告げたのは何故だ?アランがお前を裏切るとは思わなかったのか?…それとも、初めから、アランの密告を想定していたか?」

「!?」

そこまで、調べ、気づかれていた―

「…父親の名を明かさぬまま、子を守るために、自身が泥を被るつもりでいたか…」

駄目だ、隠せない。この方には、何もかも、暴かれてしまう―

「…私には、お前の行動、全てが、私を守ろうとしていたようにしか思えん。腹の子を守るためというのは、私の名を頑なに口にしなかった理由にはならんだろう?…それでも、ここまでして尚、お前は私を愛していないと言う…」

「ニコル、殿下…」

「話せ、アデリア。お前の真実を言葉にしろ。聞いてやる。腹の子も、私が必ず守ってみせるから」

澄んだ瞳に、あの日、失わずに済んだ存在に、思いが崩れた。もう、これ以上、一人で立つことが出来なくなる―

「わた、わたくしは、畏れ多くも、ニコル殿下をじょ、女性だと、今、この時まで信じておりました」

「…なに…?」

「ま、魔女の呪いにより、男性の姿になされたのだと、呪いが解ければ、本来のお姿、女性に戻られるのだと。で、ですから、お腹の子の父親は、始めから居ない、この子は、私一人の子、私が守るべき御子である、と」

「…私を、女だと思ったまま抱かれたのか?呪いの間、一時しか存在しないと思った男に…?…何故…?」

「父が、父の教えが。…父は、私に、忠臣たれと。国の、王家の、ひいては民の為に尽くすが臣の定めであると」

「アデリア…」

「わた、くしは、シビル殿下との婚約を結ぶ身。それでも、私は、ニコル殿下を臣下としてお慕いしておりました。殿下は、この国に無くてはならぬお方。呪いなどで、命を落とされてよい方ではありません…」

ただ、ただ―

「…生きて、生きていて欲しかったのです。死なないで、欲しかった。殿下を失うことに、私がどうしても耐えられなかったのです…」








―――――――――――――――

その後、みっともなく泣き崩れた私は別室への退去を余儀なくされ、私には預かり知らぬ内に、シビル殿下との婚約は解消された。

呪いが解けたことによって呪い返しにあった魔女は、ニコル、サルシュ両殿下に既に捕らえられており、ニコル殿下に毒をもった者も捕縛済み。両者の証言等から、関与を否定出来なくなったジネット妃殿下は側妃を降ろされ、シビル殿下の王位継承権は剥奪された。それに伴い、私とシビル殿下の婚約は解消されたわけだが―

「…アデリア、今日こそ、良い返事を聞きたい。私の、妃になって欲しい」

「…ニコル殿下…」

「あなたが私を救ってくれたあの日から、私の心はあなたに捕らわれたままだ。シビルの婚約者だとわかった後も、あなたが敵かもしれぬと思いながらも、それでもこの想いは消せなかった」

「…」

「陛下の前で、私を『失えぬ』と言ってくれたあなたの言葉に、心震えた。忠義ゆえでも何でもいい。自身を省みず、私に全てをかけてくれたあなたを、私は愛している」

「…ニコル殿下」

殿下の言葉は嬉しい。私の行いを肯定し、私自身を求めてくれる言葉、心傾かないはずがない。加えて、腹に宿る子の存在。人並みの、女としての幸せは殿下の側にあると、わかっていても―

「…アラン・バシュレが、あなたに求婚しているそうだね?」

「…はい」

「ふん。私との仮初めの婚約が終わり、廃嫡されそうな状況に焦っているのだろうが、それで君を頼るなど、業腹にもほどがある」

「それは、どういう…?」

「…私が女性として生きてきたのは、魔女の呪いを避けるため。魔女の呪いは、男にしか効かないものだった。だからいつか、私が呪いを解き、男の姿に戻れた時には解消する前提で、アランとの婚約は成された。見返りに、ではないが、解消後はアランの妹二人のどちらかと婚約を結び直す約定でな」

「…」

「…驚かぬな。アランに、聞いていたか?」

「はい…」

浮かぶ、アランの妹達の姿。知らぬ仲ではない。どちらも可憐な、社交界の花と成り得る娘達。

「…だが今回、アランは自身の責務を怠った。そもそもが、私の身を守るための仮初めの婚約。男と婚約など、したくもないものに耐えたのも、王族としての身の安全を図るためだと言われれば、固辞出来ずに受け入れていたものを。あいつは…」

「…」

「肝心の、私が最もやつを必要としていた場面で、アランは女に現を抜かし、私の側に居なかった。故に、バシュレ家との婚約話は流れた」

「私が、アラン様を上手くお呼び出来ていれば、」

「だとしても、やつの過失は明らか。償えるものではない」

ニコル殿下の言葉は優しい。全てを、許してくれる。

バシュレ家との先約、アランから、彼の妹とニコル様の婚約話を聞いた時には、殿下の求婚を、受け入れるわけにはいかないと思っていたけれど、

「…アデリア、私はあなたを妃にするためなら、何だってするし、言うよ。アランのあなたへの想いなど知らないが、否定する。あの男があなたに求婚するのは、保身のためだとあなたに囁く」

「…殿下」

「あなたの腹の子が、私の子であると、王宮中に言い回っても構わない。あなたを追い詰め、逃げられないようにして、最後に愛を告げる。この胸の想いを」

頷いて、しまいたくなる―

「知っていたか、アデリア?魔女の呪いを解くは、『真実の想い』だそうだ。獣と成り果てた末の男を、それでも真実、想う者が呪いを解く。…愛では無いのかもしれない。けれど、あなたの私への想いは、紛れもない『真実』だった」

囁いて、尊き御身で跪き、愛を乞う。殿下が、ただの一人の男になる―

「…だから、ねぇ、アデリア。どうかもう、受け入れて。私の妃になると…」

「…殿下、私は、私も―」










(終)






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