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第一章 純真妖狐(?)といっしょ

7-4. Side K (第一章終)

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7-4.

顔を上げた彼女の頑なさに呆れて―同時に感心もして―、仕事用の名刺を取り出した。

「…俺の連絡先。もし妖や幽鬼関係で何かあれば、連絡して」

「え!?はい!あの、すみません、ありがとうございます」

拒絶されることなく名刺を受け取った彼女に安堵して、その先を期待してしまう。

「…」

「…えっと…?」

「…あんたの、連絡先も」

「あ…」

短い言葉で要求すれば、彼女が見せた数瞬の躊躇、

「…綾香経由の連絡じゃ、時間がかかり過ぎるから」

「そう、ですよね…」

我ながら強引な説得、それでも最後には連絡先を聞き出せた内心の浮わつきは上手く隠せた、はず―

「…桐生さん、あの…」

「?」

「えっと、改めて、ありがとうございました。…助けて貰ったお礼を、まだちゃんと言えてなかったから」

「…」

神妙な表情に、真っ直ぐに見つめられる。

「襲われて直ぐに駆けつけてくれたのは、近くで警戒してくれていたから、ですよね?」

「…それが仕事だからな」

「仕事でも何でも、です。今まで、ずっと嫌な態度しかとってなかったのに、それでも来てくれて、助けてくれて、本当にありがとうございました」

深々と頭を下げる彼女に充足感を得る、と同時に、若干の後ろめたさを感じてしまう。

そしてそれは、自分だけのことではなかったらしく―

「一花ちゃん!ごめんなさい!私、私達、一花ちゃんに謝らないといけないことが…」

「『謝らないといけないこと』?」

首をかしげる彼女に、綾香が説明をしようと口を開いたところで、全く余計でしかない一言が、横から聞こえてきた。

「よし!それに関しちゃ、オミ、お前から説明しろ」

「…何で俺が」

「お前が一番ノリノリでやってたことだろうが」

「っ!…誤解を生むような言い方をしないで下さい」

折角、薄まってきた彼女の警戒心。距離も―僅かにだが―近づいた気がしていたのに、無責任な上司がそれをぶち壊しにしようとする。

余計なことを言う男の口を閉じさせようとしたところで、

「あんた達はもういいから、私が言う!」

ふっ切れたらしい綾香が、勢いよく頭を下げた。

「一花ちゃんちの玄関、カメラで監視してました!ごめんなさい!!」

「…」

目を見開き絶句した少女に、綾香が必死に言い訳を口にする。

「玄関だけなんだけど!って言っても言い訳でしかないけど!一花ちゃんが家から出たら護衛するために、出入りだけは知りたくて!」

「…玄関、出入り…」

「嫌だよね!ごめん、本当にごめんなさい!」

確認しようとこちらに向けられた彼女の視線に頷いて、謝罪を口にした。

事態を把握、飲み込んだらしい彼女が、綾香の肩に手を添える。

「綾香さん、頭を上げて下さい」

「一花ちゃん…」

「綾香さんのことは信頼しています。だから、監視とか、カメラとか、綾香さんが必要だと判断したことなら、もう謝らないで下さい」

「一花ちゃーん!」

「っわぁ!」

彼女に飛び付く綾香の姿に―一瞬だけ―覚えた羨望とイラつき。気安すぎる綾香の態度にも、簡単に許してしまう彼女にも―

「…あんた、そんなに簡単に人を信用するのか」

トゲがあると自覚する自身の言葉に、彼女の目が泳ぐ。

「…おでん、『美味しい』って食べてくれましたし、お鍋、綺麗に洗って返してくれたから…」

「あら?」

「…なんだ、それ」

彼女の、全く根拠にならない理由に、嬉しそうな声を上げる綾香。笑い合う女二人の意味のわからなさに、嘆息した。




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