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第一章 純真妖狐(?)といっしょ

5-1.

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5-1.

「やっぱり、平日見に来て正解だねー!」

「うーん、そう?だね?」

三学期になって増えた自由登校日。午前中の補講のみを受けた後、午後からの補講をパスして向かったのは、瑞穂と共通の第一志望校である「晴山大学」のキャンパス。下見と称して、息抜きをしているだけな気もするけれど、

「絶対、今日来て良かったよ!だって人が居る方が『キャンパスライフ』感じられて、やる気も出るじゃない?」

「…『私も晴学生になってやるー!』って?」

「そうそう!」

言って笑う瑞穂の前向きさに、苦笑する。

確かに、目の当たりにした大学生の姿、華やかさには憧れるものもあるけれど、

「…」

四人兄弟の一番上、下にはまだ三人の弟達が居る。親元を離れての高校進学だけでも大変なはずで、大学進学ともなると家の負担は相当なものになるはず。それでも、「何も気にせず好きなようにしなさい」と言ってくれた親の言葉には本当に感謝しているけれど―

「一花?」

「…ううん、何でもない」

見回してみても、ここが憧れる場所であることに間違いはない。どちらかというと堅い雰囲気の高校には存在しないカフェテリアや、開放感のある食堂。歴史を感じさせられる洋風の建物だけではなく、真新しい近代的なビルも建ち並んでいて。

魅力的だとは思う。出来れば通ってみたい、とも。だけど、

―親に経済的な負担を強いてまで?

目の前を通り過ぎていく学生達、彼らがここで何を学んでいるのかなんて知る由も無い。それでも、彼らと同じに成れる自分の姿を上手く想像できない。親に苦労をさせてまで、私がこの場所で学ぶ意味が本当にあるのだろうか?ずっと燻っていて、だけど、答えを出す勇気も無いまま、親の言葉に甘える形でここまできてしまった不安が大きくなる。

―受験から逃げるための言い訳を探してるだけかもしれないけど

確固たる目標―成りたいものも、学びたいこと―も決められずに流されているせいで、今更になってジタバタしている自分が嫌になる―

「一花?本当、どうしたの?ボーッとして」

「あ、ごめん。ちょっと疲れたみたい」

「結構、ウロウロしちゃったからね。休憩してく?カフェテリアが一般開放されてるらしくて、行ってみたいんだよね」

スマホで構内のマップを確かめる瑞穂の言葉に頷いた。

「うん、お茶して行こうか」

瑞穂のナビを頼りに歩き始めてすぐ、見えてきたガラス張りのカフェテリア。制服の高校生二人で入ることに緊張を覚えて入り口で立ち止まる。雰囲気を確かめようと店内を覗いたところで、息が止まりそうになった。

「っ!?」

「一花?」

いつかの再現のような恐怖に襲われる。だけど、まさか、こんなところで―

「…」

視界に映るのは、忘れようもない男の顔。シロを襲った男が、今は明るい日の光の下で、同じような年代の男女に囲まれて談笑している。男のそんな姿が信じられなくて、上手く処理出来ない光景に固まってしまった。

「一花?なに?どうしたの?あのイケメン見てるの?」

「…え?」

視界に割り込んで来た瑞穂が、こちらと少し距離のある男の姿を見比べて、

「…ひょっとして一目惚れ、とか?」

「えっ!?」

「うーん、確かに滅茶苦茶イケメンだね。あれは一花が一目惚れしちゃっても可笑しくないかな」

「ち、違う!違うよ!」

瑞穂の完全な誤解、思い込みに、慌てて首を振るが、瑞穂の顔は楽しそうに笑ったまま。

「えー!一花のそういう反応って初めて見たし。隠さなくてもいいじゃん!」

「隠してるわけじゃ!」

「あ!イケメンがこっち見てる」

「!?」

愉しそうなままの瑞穂の言葉に戦慄した。急いで振り向けば、立ち上がった男と目が合う。

「こっち来そうだね?どうする?」

「…行こう、瑞穂。帰ろう」

まさか、これだけの人が居る場所で何かされることは無いだろうけれど―

「えー、でも、イケメンとちょっとお話してみたいし、」

「お願い!瑞穂!」

「…一花?」

思わず切羽詰まった声が出てしまった。戸惑う瑞穂の手を握って店の外へと逃げ出す。

「一花、ちょっと本当にどうしたの?大丈夫?」

「…」

瑞穂の言葉には応えずに振り向いた先、立ち上がった男は友人らしき女性に引き留められていて、

「っ!」

それでも、再び合った視線を慌てて逸らす。

このまま、男が追ってくる前に、少しでも遠くへ―

瑞穂の当惑をひしひしと感じながら、それでも歩調は緩めずに、大学の外へと逃げ出した。




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