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後日談
5.権力との対峙
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(…な、なんで…?)
資料を抱えて訪れた宰相閣下の執務室。部屋には閣下一人じゃなくて、以前、ミリセント達が座っていたまさにその場所に、今日、初めて会うおじ様が座っている。それはいい。初めて会うけど、その人が、ベルツ公爵閣下、リリアージュの父親であることは間違いないだろうから。
(呼んでもらったの、私だし。)
問題は、宰相閣下の後ろ、そこに立つ護衛の騎士。態々、護衛を断ったはずのエリアスが何故、ここに─?
「…宰相殿、彼女は君の客人かな?」
「ええ、そうです。…ですが、彼女の提案は公にとっても非常に重要な話だということでしたから、公にも同席を願った次第です。」
「ふむ。…ハイマット出身の魔導師殿の提案か。確かに、興味はあるな。」
(…うわぁー…)
初めて会う相手。しかも、私がここに来るのは、宰相閣下しか知らない。ベルツ公爵にとっては不意打ち、のはずなのに─
(怖いー…)
あっさりと正体を言い当てられて、「不意打ちからの動揺」作戦は見事に失敗に終わった。
(あー、しかも、ってことは、私がエリアスの『ご主人様』ってこともバレてる…?)
泳ぎそうになる視線を、必死に公爵に向けて見せるが、
「…魔導師殿は、ハイマットに帰りたくないがために、そこのエリアス副長と婚姻を結んでいるんだったか?…いや、婚姻の実態はなく、証明書の偽造だったかな?」
(そっちかー!)
ますますピンチ。こっちの急所を曝け出した上での交渉なんて、心臓がいくつあっても足りない。焦るこちらに、公爵の視線がじっと向けられる。
(仕方ない…)
このまま強行突破。そしたら多分、証明書の偽造なんて、「そんなの関係無い」ってなると信じて─
「…婚姻証明書の作成については、私が許可を出したのですよ。」
(え…?)
「ですので、偽造というのは、些か、言葉が過ぎるかと。」
「ほぉ。宰相殿が?」
突然の援護射撃。そういえば「保護」してくれるみたいなことを言っていたなと宰相閣下に視線を向ければ、小さく頷かれて、
「ステラ嬢の能力は、我が国に利をもたらす。そう判断した上での裁可です。婚姻証明書の作成について、ステラ嬢やエリアスが責を負うようなものは存在しません。」
「なるほど?」
納得したっぽく頷いた公爵の視線が、再びこちらを向いた。
「…だが、本当に彼女にそれほどの能力が?国を利するほどの力が、彼女にねぇ…?」
疑ってますな視線は敢えてしっかり受け止める。それを、今から、この場で提案するのだから、ここは踏ん張りどころ─
「…今日、宰相閣下にお時間を頂いたのは、私がハイマットで培ったものを今後ロートでどう活かしていくべきか、その相談と提案のためです。」
宰相閣下と公爵にもよく見えるよう、持参したスクロールを二人の前に広げてみせる。
「…こちらの二つは、どちらも街灯などに使用される『灯り』のスクロールです。」
「ふむ。右はよく見る形だが…」
「はい。右が、ロートで作成されたもの、左が私が書いたものです。」
「…随分、形式が違うようだが?」
「そうですね。『灯り』については国産が主流、ハイマットからの輸入は皆無と伺っています。ハイマットでは、スクロールの術式についても、ずっと改良が行われてきていますので、現在ロートで作成されるものとは大きく仕様が異なっています。」
「…」
「ちなみに、『灯り』に関しては、ハイマット式のものの方が持続時間が二倍になります。」
「そこまで違うのか…」
うなるような声を上げた公爵と、黙ってスクロールを覗き込む宰相閣下。これだけではなんなので、自分のセールスポイントを追加しておく。
「…参考までに、私なら、このスクロールを一時間当たり六十本作成できます。」
「…」
苦々しげな顔の公爵。漸く私の「能力」だと胸を張れるようになったものを、簡単には認められないんだろう。それでもこちらは─国の利とまではいかなくても─、簡単に切り捨てられるものではないと自負できるようになったから─
「この他にも数種類、ハイマット式の方が効率の良い術式が存在します。…こちらに上げておきましたので、後でご確認下さい。…宰相閣下へのご提案というのは、私のスクロール作成技術をこの国のために活かしたいということ。…出来れば、王宮内にスクロール作成室のようなものを作っていただけないかと思っています。」
「…なるほど。」
資料を眺めながら思案し出した宰相閣下を横目に、公爵が吐き捨てるように言う。
「しかし、スクロールの輸入に関しては、ハイマットとの間に条約を結んでいるだろう?輸入量をこちらの判断で減らす訳にはいかない。いかに君がスクロールを量産しようと、それを活かす場面はないだろうな。」
「…そちらの懸念事項については、二点ほど案があります。一点は、作成するスクロールを、輸入リストにないものに絞ること。『灯り』の他にも輸入リストにないスクロールが十二種類存在します。」
「…」
「もう一点は、輸入量を減らすことなく、国産のスクロールも増やしていく方法です。私としては、将来的にはこちらの方が望ましいと考えていますが、」
「過剰なスクロール生産が何になる?在庫を抱えるだけでは、国庫が潤うことはない。」
「…ロートでは、スクロールを使用するような魔道具の普及率がまだまだ低い、…少なくとも、ハイマットよりは遥かに遅れている、と私は認識していますが、公爵閣下もこの点に関してはご同意頂けますか?」
「…」
ちょっと、勇気のいる発言。ロートを軽くディスるような言い方になってしまったけれど、公爵からの反論はなかった。だから、覚悟を決めて、
「…私は、これからのロート国内の発展、生活の質の向上には、魔道具の普及は欠かせないと考えています。街灯に関しても、王都周辺には整備されていても、各ご領地での普及は未だ不十分と伺っています。国全土に魔道具を普及させるとしたら、スクロールの増産は必要不可欠。」
「…」
「ハイマットとの貿易に関しても、魔道具輸入に主軸を移行すれば、あちらが文句を言ってくることはないかと考えています…」
(…まぁ、ここまでは大言壮語な前提、ただ、こんな可能性もあるよーってことで…)
後は、宰相閣下以下、国を動かしている皆さんに考えてもらうとして、私が言いたいのは─
(…うー、見てる、エリアスが見てる…)
エリアスには、ここから先の私の発言、聞かれたくなかった。でも、避けられないなら、せめて、嫌いにはならないで欲しいと祈りながら─
「…スクロールの増産に関して、宰相閣下にお願いがあります。」
「…聞こうか?」
「あの、もし、王宮内にスクロール室を作って下さるなら、私に部下をつけてもらえないでしょうか。」
「部下か…」
「はい。ただ、正確に言うと、部下と言うか、弟子?のようなもので、あの、魔導師の塔の魔導師が弟子をとるような形で、私のスクロール作成技術を教えられる人材が欲しいんです。」
「ほぉ…」
宰相閣下の興味が引けたことにホッとする。公爵も黙ったままだけど、一応、こちらの話を聞いている様子。
「…スクロール作成に関しては、今後も発展していく技術だと思います。だから、私一人での増産、一過性のものに終わらせるつもりはなくて、他にもスクロールを作成できる人材を増やしていけたらと…」
「なるほど…」
再び思案し出した宰相閣下に、腹案を提示。
「…もし、王宮内でのスクロール室開設が無理だとしたら、王都内にスクロール工房を開くつもりでいます。」
「それは…」
別に、王宮勤めに拘っているわけではないよーってことも言っておく。だけど、一応「保護」してくださってる宰相閣下になら「首輪」をつけられても構わないという意思表示で、スクロール室の開設を提案してみただけ。そこの判断は宰相閣下にお任せするとして、肝心なのは─
「…ただし、弟子にとる人間については、こちらに選択権を下さい。」
「…」
「勿論、国全体の発展を願っていますから、どこか一ヵ所の家や領地に偏ることがないよう考慮した上で、弟子は複数人とるつもりでいます。…ですけど、まぁ、私も人間なので…」
言って、公爵に視線を向ける。難しい顔をした男と視線があった。
「…気に入らないとか、受け付けられないと言った感情は捨てきれません。…どうしても、無理な家についてはお断りさせて頂くこともあるかと…」
「…」
「…」
(…わー、言っちゃったー…)
言ってやりましたよ。冷や汗ダラダラ、公爵の視線も怖いけど、エリアスの視線はもっと怖い。
(見れない、見れないよー…)
エリアスを絶対に視界に入れないよう、つまり、宰相閣下の方を向かないよう、公爵と静かに睨み合う。
(…まぁ、スクロールの価値を公爵が認めないんだったら、話はこれでおしまい、なんだけど…)
その考えは杞憂だったようで、先に折れたのは公爵の方だった。
「…なるほど。私がこの場に呼ばれたのは、君の機嫌を損ねないようにとの忠告を受けたということになるのかな?」
「忠告ではなく本音、です。…多分、私、本気で我慢できないと思うので…」
「…」
これ以上、リリアージュにエリアスの周りをウロチョロされたら駄目だと分かっている。きっとやらかす。
(…今度こそ、本気でエリアスに命令しちゃいそうだし…)
そうならないために、私の心の平安のために、ここははっきりさせておきたい。
「…あの、リリアージュ様はご結婚が決まっているとお伺いしたんですけど、間違いありませんか?」
「ああ。…半年後にはサラマンドへ嫁ぐ。」
「そうですか、良かったです。…それで、あの、確認なんですけど、護衛騎士にエリアスを連れて行くつもりなんて、ありませんよね?」
「…」
沈黙は肯定だと言っていたリリアージュの言葉が蘇る。だから、ぶっとい釘を刺しておくことにした。
「…現状、エリアスは私の奴隷です。エリアスをお譲りするつもりはありません。…リリアージュ様の輿入れ道具からは削除しておいてください。」
「…」
敢えて、エリアスをモノ扱いする発言。言ってて気分は悪いし、エリアスに聞かれたくなかった。内心の半泣きを押し隠して、
「…私、エリアスがいないと仕事のやる気も出ないんですよね。…エリアスが居なくなったら、傷心で旅くらいは出てしまうかもしれません。」
「…」
もう、ここまで来るとはっきり言って脅し。だけど、公爵は黙り込んでしまったから、少しは効果があるんじゃないかな、と言うことで、
「…以上が、宰相閣下へのご提案と、ベルツ公爵閣下へのお願いです。…今後のロートの発展のため、ご一考頂ければと思います。」
「うむ。…いや、有意義な提案だったと思う。今後の展開について、是非、話を詰めていきたい。近いうちに時間を作ろう。」
「ありがとうございます。」
宰相閣下は明らかに味方してくれたから、後は公爵の出方次第。何も言わない公爵には、この後じっくり考えてもらうとして、今はさっさとこの場から逃げ出したくてたまらない。それでも一応、虚勢は張って、ニッコリ笑いながら退出を告げる。
ガクガクする膝を誤魔化しながら、扉をくぐった。
資料を抱えて訪れた宰相閣下の執務室。部屋には閣下一人じゃなくて、以前、ミリセント達が座っていたまさにその場所に、今日、初めて会うおじ様が座っている。それはいい。初めて会うけど、その人が、ベルツ公爵閣下、リリアージュの父親であることは間違いないだろうから。
(呼んでもらったの、私だし。)
問題は、宰相閣下の後ろ、そこに立つ護衛の騎士。態々、護衛を断ったはずのエリアスが何故、ここに─?
「…宰相殿、彼女は君の客人かな?」
「ええ、そうです。…ですが、彼女の提案は公にとっても非常に重要な話だということでしたから、公にも同席を願った次第です。」
「ふむ。…ハイマット出身の魔導師殿の提案か。確かに、興味はあるな。」
(…うわぁー…)
初めて会う相手。しかも、私がここに来るのは、宰相閣下しか知らない。ベルツ公爵にとっては不意打ち、のはずなのに─
(怖いー…)
あっさりと正体を言い当てられて、「不意打ちからの動揺」作戦は見事に失敗に終わった。
(あー、しかも、ってことは、私がエリアスの『ご主人様』ってこともバレてる…?)
泳ぎそうになる視線を、必死に公爵に向けて見せるが、
「…魔導師殿は、ハイマットに帰りたくないがために、そこのエリアス副長と婚姻を結んでいるんだったか?…いや、婚姻の実態はなく、証明書の偽造だったかな?」
(そっちかー!)
ますますピンチ。こっちの急所を曝け出した上での交渉なんて、心臓がいくつあっても足りない。焦るこちらに、公爵の視線がじっと向けられる。
(仕方ない…)
このまま強行突破。そしたら多分、証明書の偽造なんて、「そんなの関係無い」ってなると信じて─
「…婚姻証明書の作成については、私が許可を出したのですよ。」
(え…?)
「ですので、偽造というのは、些か、言葉が過ぎるかと。」
「ほぉ。宰相殿が?」
突然の援護射撃。そういえば「保護」してくれるみたいなことを言っていたなと宰相閣下に視線を向ければ、小さく頷かれて、
「ステラ嬢の能力は、我が国に利をもたらす。そう判断した上での裁可です。婚姻証明書の作成について、ステラ嬢やエリアスが責を負うようなものは存在しません。」
「なるほど?」
納得したっぽく頷いた公爵の視線が、再びこちらを向いた。
「…だが、本当に彼女にそれほどの能力が?国を利するほどの力が、彼女にねぇ…?」
疑ってますな視線は敢えてしっかり受け止める。それを、今から、この場で提案するのだから、ここは踏ん張りどころ─
「…今日、宰相閣下にお時間を頂いたのは、私がハイマットで培ったものを今後ロートでどう活かしていくべきか、その相談と提案のためです。」
宰相閣下と公爵にもよく見えるよう、持参したスクロールを二人の前に広げてみせる。
「…こちらの二つは、どちらも街灯などに使用される『灯り』のスクロールです。」
「ふむ。右はよく見る形だが…」
「はい。右が、ロートで作成されたもの、左が私が書いたものです。」
「…随分、形式が違うようだが?」
「そうですね。『灯り』については国産が主流、ハイマットからの輸入は皆無と伺っています。ハイマットでは、スクロールの術式についても、ずっと改良が行われてきていますので、現在ロートで作成されるものとは大きく仕様が異なっています。」
「…」
「ちなみに、『灯り』に関しては、ハイマット式のものの方が持続時間が二倍になります。」
「そこまで違うのか…」
うなるような声を上げた公爵と、黙ってスクロールを覗き込む宰相閣下。これだけではなんなので、自分のセールスポイントを追加しておく。
「…参考までに、私なら、このスクロールを一時間当たり六十本作成できます。」
「…」
苦々しげな顔の公爵。漸く私の「能力」だと胸を張れるようになったものを、簡単には認められないんだろう。それでもこちらは─国の利とまではいかなくても─、簡単に切り捨てられるものではないと自負できるようになったから─
「この他にも数種類、ハイマット式の方が効率の良い術式が存在します。…こちらに上げておきましたので、後でご確認下さい。…宰相閣下へのご提案というのは、私のスクロール作成技術をこの国のために活かしたいということ。…出来れば、王宮内にスクロール作成室のようなものを作っていただけないかと思っています。」
「…なるほど。」
資料を眺めながら思案し出した宰相閣下を横目に、公爵が吐き捨てるように言う。
「しかし、スクロールの輸入に関しては、ハイマットとの間に条約を結んでいるだろう?輸入量をこちらの判断で減らす訳にはいかない。いかに君がスクロールを量産しようと、それを活かす場面はないだろうな。」
「…そちらの懸念事項については、二点ほど案があります。一点は、作成するスクロールを、輸入リストにないものに絞ること。『灯り』の他にも輸入リストにないスクロールが十二種類存在します。」
「…」
「もう一点は、輸入量を減らすことなく、国産のスクロールも増やしていく方法です。私としては、将来的にはこちらの方が望ましいと考えていますが、」
「過剰なスクロール生産が何になる?在庫を抱えるだけでは、国庫が潤うことはない。」
「…ロートでは、スクロールを使用するような魔道具の普及率がまだまだ低い、…少なくとも、ハイマットよりは遥かに遅れている、と私は認識していますが、公爵閣下もこの点に関してはご同意頂けますか?」
「…」
ちょっと、勇気のいる発言。ロートを軽くディスるような言い方になってしまったけれど、公爵からの反論はなかった。だから、覚悟を決めて、
「…私は、これからのロート国内の発展、生活の質の向上には、魔道具の普及は欠かせないと考えています。街灯に関しても、王都周辺には整備されていても、各ご領地での普及は未だ不十分と伺っています。国全土に魔道具を普及させるとしたら、スクロールの増産は必要不可欠。」
「…」
「ハイマットとの貿易に関しても、魔道具輸入に主軸を移行すれば、あちらが文句を言ってくることはないかと考えています…」
(…まぁ、ここまでは大言壮語な前提、ただ、こんな可能性もあるよーってことで…)
後は、宰相閣下以下、国を動かしている皆さんに考えてもらうとして、私が言いたいのは─
(…うー、見てる、エリアスが見てる…)
エリアスには、ここから先の私の発言、聞かれたくなかった。でも、避けられないなら、せめて、嫌いにはならないで欲しいと祈りながら─
「…スクロールの増産に関して、宰相閣下にお願いがあります。」
「…聞こうか?」
「あの、もし、王宮内にスクロール室を作って下さるなら、私に部下をつけてもらえないでしょうか。」
「部下か…」
「はい。ただ、正確に言うと、部下と言うか、弟子?のようなもので、あの、魔導師の塔の魔導師が弟子をとるような形で、私のスクロール作成技術を教えられる人材が欲しいんです。」
「ほぉ…」
宰相閣下の興味が引けたことにホッとする。公爵も黙ったままだけど、一応、こちらの話を聞いている様子。
「…スクロール作成に関しては、今後も発展していく技術だと思います。だから、私一人での増産、一過性のものに終わらせるつもりはなくて、他にもスクロールを作成できる人材を増やしていけたらと…」
「なるほど…」
再び思案し出した宰相閣下に、腹案を提示。
「…もし、王宮内でのスクロール室開設が無理だとしたら、王都内にスクロール工房を開くつもりでいます。」
「それは…」
別に、王宮勤めに拘っているわけではないよーってことも言っておく。だけど、一応「保護」してくださってる宰相閣下になら「首輪」をつけられても構わないという意思表示で、スクロール室の開設を提案してみただけ。そこの判断は宰相閣下にお任せするとして、肝心なのは─
「…ただし、弟子にとる人間については、こちらに選択権を下さい。」
「…」
「勿論、国全体の発展を願っていますから、どこか一ヵ所の家や領地に偏ることがないよう考慮した上で、弟子は複数人とるつもりでいます。…ですけど、まぁ、私も人間なので…」
言って、公爵に視線を向ける。難しい顔をした男と視線があった。
「…気に入らないとか、受け付けられないと言った感情は捨てきれません。…どうしても、無理な家についてはお断りさせて頂くこともあるかと…」
「…」
「…」
(…わー、言っちゃったー…)
言ってやりましたよ。冷や汗ダラダラ、公爵の視線も怖いけど、エリアスの視線はもっと怖い。
(見れない、見れないよー…)
エリアスを絶対に視界に入れないよう、つまり、宰相閣下の方を向かないよう、公爵と静かに睨み合う。
(…まぁ、スクロールの価値を公爵が認めないんだったら、話はこれでおしまい、なんだけど…)
その考えは杞憂だったようで、先に折れたのは公爵の方だった。
「…なるほど。私がこの場に呼ばれたのは、君の機嫌を損ねないようにとの忠告を受けたということになるのかな?」
「忠告ではなく本音、です。…多分、私、本気で我慢できないと思うので…」
「…」
これ以上、リリアージュにエリアスの周りをウロチョロされたら駄目だと分かっている。きっとやらかす。
(…今度こそ、本気でエリアスに命令しちゃいそうだし…)
そうならないために、私の心の平安のために、ここははっきりさせておきたい。
「…あの、リリアージュ様はご結婚が決まっているとお伺いしたんですけど、間違いありませんか?」
「ああ。…半年後にはサラマンドへ嫁ぐ。」
「そうですか、良かったです。…それで、あの、確認なんですけど、護衛騎士にエリアスを連れて行くつもりなんて、ありませんよね?」
「…」
沈黙は肯定だと言っていたリリアージュの言葉が蘇る。だから、ぶっとい釘を刺しておくことにした。
「…現状、エリアスは私の奴隷です。エリアスをお譲りするつもりはありません。…リリアージュ様の輿入れ道具からは削除しておいてください。」
「…」
敢えて、エリアスをモノ扱いする発言。言ってて気分は悪いし、エリアスに聞かれたくなかった。内心の半泣きを押し隠して、
「…私、エリアスがいないと仕事のやる気も出ないんですよね。…エリアスが居なくなったら、傷心で旅くらいは出てしまうかもしれません。」
「…」
もう、ここまで来るとはっきり言って脅し。だけど、公爵は黙り込んでしまったから、少しは効果があるんじゃないかな、と言うことで、
「…以上が、宰相閣下へのご提案と、ベルツ公爵閣下へのお願いです。…今後のロートの発展のため、ご一考頂ければと思います。」
「うむ。…いや、有意義な提案だったと思う。今後の展開について、是非、話を詰めていきたい。近いうちに時間を作ろう。」
「ありがとうございます。」
宰相閣下は明らかに味方してくれたから、後は公爵の出方次第。何も言わない公爵には、この後じっくり考えてもらうとして、今はさっさとこの場から逃げ出したくてたまらない。それでも一応、虚勢は張って、ニッコリ笑いながら退出を告げる。
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