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本編
25.屈辱 Side M
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朝から不穏な空気。上司である室長が姿を現さないまま、始業から一時間ほど経ったあたりで、その人達は姿を現した。
(…監査?)
王宮の全ての部署を統括する、王家直属を意味する黒い制服に身を包んだ男達、その後ろから現れた男の姿に、不安がどんどん膨らんでいく。
「…スクロール室の人間は、全員、揃ってるかな?」
男、魔導省長官の言葉に、この場で一番年かさの同僚が立ち上がり、返事を返す。
「ケートマン室長がまだ、」
「ああ。彼のことはいいよ。それ以外は?」
「…ステラという職員が一人、…休暇中で…」
「ステラ?…それが、ケートマンの言っていた『体調不良で休んでいる』という人物かな?確か、一週間以上、無断で欠勤しているとか?」
「…はい。」
「なるほどね。…ケートマンの弁によれば、そのステラという職員の不在が、現在の君達スクロール室のろくでもない生産性を招いているらしいが、誰か、反論するものは?」
「それは…」
答えに窮した男の視線が周囲をさ迷う。だが、誰も名乗り出るものはいない。
(それはそうよ…)
あの女が責任を放り出したこと、それが原因の全てなのだから。
誰も反論しない状況に、長官が口を開く。
「…理解したよ。それじゃあ、君達、ここに居る者は、全員、クビだ。」
「なっ!?」
「そんなっ!?」
(…なに?…この人、何を言って…?)
突如告げられた信じられない言葉に、数人が悲鳴のような声を上げる。全員が混乱する状況、男が、鼻を鳴らして、
「…と、言いたいところだけどね。そうなると、流石に、この先の業務に支障が出るから、クビにはしない。」
混乱していた状況に安堵の雰囲気が広がる。男が再び口を開いた。
「ただし、このまま何の処分も無しという訳にもいかないからね。君達には減俸処分を科す。一年間、五割の減俸だ。」
「そんな馬鹿な!?」
「無茶です!そんな!」
上がる抗議は当然のこと、私だって、そんな給料では生活が成り立たない。だけど、上げた抗議の声に、男から返ったのは冷めた眼差し。
「…文句があるなら辞めてもらって構わないよ。何人か減ってくれた方が、こちらとしても助かるしね。」
「っ!?」
男の言葉に、抗議の声を上げていた者達が黙り込む。
「…話は以上だ。ああ、それから、暫く監査の人間がうろつくけど、そちらは気にしないでいい。君達は君達の業務を進めてくれ。」
「…」
言い捨てて監査の人間と話し始めた男に、同僚たちが己の仕事へと戻っていく。
(そんな…)
正気だろうか。減俸、それも五割減、そんな状況で働き続けるなんて無謀もいいところ。なのに、あっさりと男の言葉に従ってしまった同僚たち。歯向かう意志も見せない彼らの姿に苛立つ思いを押し殺し、自分も、手元の作業に戻ろうとしたところで─
「君が、ミリセント君?」
「っ!?」
呼ばれた名、顔を上げれば、いつの間にか目の前に立っていた男と目が合う。
「…は、い。」
何とか返した返事に、男が「そう」と呟いて、
「君は、クビね。」
「っ!?」
今度こそ、絶対に受け入れられない言葉に、立ち上がる。
「何故ですか!?減俸でさえ納得いかないのに、クビだなんて!しかも、私だけ、」
「君、生産性が著しく悪いんだよね。完成品の質もお粗末としか言いようがないし。君、ここ、四年目だよね?一体、今まで何してきたの?」
「っ!?それは!ですから、それは、私の教育係だったステラという者の責任で!」
「それはおかしいな。先日までは何の問題もなかったものが、そのステラって職員が休んだ途端、君のスクロールの質が落ちる。…おかしいこと言ってるって、自分で分からない?」
「っ!それは!」
一瞬、言葉に詰まる。だけど、このままでは、確実にクビになってしまうから、
「作業を分担していたんです!あの女は魔力が全然無いから、代わりにスクロールを書いて、私がそこに魔力を注入していました!」
「…なに?どういうこと?」
「ステラは、あの女は雑用だったんです!スクロール作成の下準備はあの女の担当で、」
「ちょっと、待て。…君は、自分の担当スクロールをそのステラって職員に書かせていたわけ?」
「っ!私だけじゃありません!スクロール室の者はみな、彼女に書かせていました!」
「…なるほど、ね。」
怒り、呆れ、だろうか、男の鋭くなった眼光。それが、周囲、この部屋に居る者、全員に向けられる。
「…今回の異変、漸く合点がいったよ。けど、だとしたら、とんでもない問題だな。君達は、その状況を放置していたのか?何の疑問もなく?」
「それは…」
「ああ、ということは、その職員の欠勤も、ただの休暇というよりも『逃げ出した』と考える方が正しいのかな?彼女の居場所、誰か抑えてるの?」
「いえ…」
「はぁ、まったく、信じられないね。分業だとしても片寄りすぎ、職員一人に依存した生産体制なんて大問題じゃないか。」
「っ!それが問題があるんだったら、室長に言って下さい!私達は室長の指示に従っただけです!責任なら室長に!」
「…残念だったね。ケートマンは、もうこの部屋の責任者ではなくなったよ。」
「え…?」
男の目、底冷えのする冷たい眼差しを向けられて、身体が震えた。
「彼は解雇された、だけじゃないけど…。不正が発覚してね。彼が魔導省に戻って来ることは二度とないよ。」
「っ!?」
「まぁ、彼だけでなく、この部屋にも色々問題があるらしいことは分かった。失踪者の捜索も行わないといけないようだしね。…君達には、今後、調査に協力してもらうことになるから、覚悟しといて。」
(そんな…)
追い詰められた状況。回らない頭で、何とか、この場を切り抜けたいと思うのに─
「ああ、それから、君、ミリセントだっけ?君のクビは取り消さない。君は明日から来なくていいよ。」
「っ!?」
「ただ、連絡はつくようにしといて。」
言うだけ言って、背を向けた男が歩き出す。監査の人間に何事かを告げた男が部屋を出ていく姿を呆然と見送って─
(っ!何なの!?何なの!?何なのよ!!)
少し前までは全て上手くいっていた自分の人生。それが、この短期間に、あっという間に失われようとしている。魔導省という周囲に羨ましがられる職場、給料も申し分なく、友人に囲まれて、順風満帆だった私の人生が─
「っ!」
反射的に、部屋を飛び出した。廊下を進む男の後姿を追いかける。
(あり得ない!こんなの!絶対にあり得ない!)
「…長官!」
「…」
振り向いた男の面倒だと言わんばかりの表情、ひるむ心を奮い立たせる。
「あの女を!ステラを見つけて下さい!ステラさえ居れば、全て上手くいくんです!」
「…言われずとも、捜索はするよ。…魔導省の魔導師が勝手に職場を離れることは許されないからね。」
「それじゃあ!」
「だけど、君には無関係。何度も言うけど、君はクビ。魔導省とは今後一切関わるな。」
「っ!」
取り付く島のない返答に、必死に言葉を探す。何か、男の考えを翻意させられる何か。私の強み、あの女に関して、何か─
「っ!待って下さい!私!私は、ステラを知っています!あの女の顔も分かります!捜索に協力させて下さい!」
「…なに?」
「ステラの顔!知っている者は限られると思うんです!あの女、スクロール室に籠りっぱなしでしたし、他部署に友人もいませんでした。」
「…」
「それに!私なら、ステラの書いたスクロールを見分けることが出来ます!スクロールを書くしか能がない女だから、絶対、どこかで書いてるはずです!だから、もし、あの女の書いたスクロールが見つかったら!」
「…それは、どうだろうねぇ?この国中に彼女の書いたスクロールが出回っているんだろう?それを元に追跡するっていうのはねぇ…」
「魔力も!あの女の魔力なら分かります!痕跡でも何でも、捜索チームに加えて頂ければ、必ず!必ず、役に立ってみせますから!」
「…」
必死に、言葉を連ねる。ここで認めてもらえなければ、私は何もかもを失ってしまう。だから、ここで、何としてでも─
「…まぁ、君の言うことにも一理あるね。いいよ。君を捜索チームに入れてあげよう。」
「っ!ありがとうございます!」
「ただし、言ったからにはそれなりの成果を上げてもらうよ?出来なければ、当然、クビ。それは変わらないからね。」
「はい!分かりました!」
言って、男に頭を下げる。それでもまだ値踏みしてくる視線を感じながら、叫び出したい気持ちを必死に押し込めた。
(許さない!あの女!絶対、許さないっ!!)
脳裏に過ぎる女の顔、思いつく限りの罵倒を並べ、心に誓う。
(必ず見つけ出す!)
見つけて、二度と、絶対に自分に歯向かうことのないよう、徹底的に痛めつける。身体ではなく、心を。私をこんな目に会わせた報いは、必ず受けさせる─
(…監査?)
王宮の全ての部署を統括する、王家直属を意味する黒い制服に身を包んだ男達、その後ろから現れた男の姿に、不安がどんどん膨らんでいく。
「…スクロール室の人間は、全員、揃ってるかな?」
男、魔導省長官の言葉に、この場で一番年かさの同僚が立ち上がり、返事を返す。
「ケートマン室長がまだ、」
「ああ。彼のことはいいよ。それ以外は?」
「…ステラという職員が一人、…休暇中で…」
「ステラ?…それが、ケートマンの言っていた『体調不良で休んでいる』という人物かな?確か、一週間以上、無断で欠勤しているとか?」
「…はい。」
「なるほどね。…ケートマンの弁によれば、そのステラという職員の不在が、現在の君達スクロール室のろくでもない生産性を招いているらしいが、誰か、反論するものは?」
「それは…」
答えに窮した男の視線が周囲をさ迷う。だが、誰も名乗り出るものはいない。
(それはそうよ…)
あの女が責任を放り出したこと、それが原因の全てなのだから。
誰も反論しない状況に、長官が口を開く。
「…理解したよ。それじゃあ、君達、ここに居る者は、全員、クビだ。」
「なっ!?」
「そんなっ!?」
(…なに?…この人、何を言って…?)
突如告げられた信じられない言葉に、数人が悲鳴のような声を上げる。全員が混乱する状況、男が、鼻を鳴らして、
「…と、言いたいところだけどね。そうなると、流石に、この先の業務に支障が出るから、クビにはしない。」
混乱していた状況に安堵の雰囲気が広がる。男が再び口を開いた。
「ただし、このまま何の処分も無しという訳にもいかないからね。君達には減俸処分を科す。一年間、五割の減俸だ。」
「そんな馬鹿な!?」
「無茶です!そんな!」
上がる抗議は当然のこと、私だって、そんな給料では生活が成り立たない。だけど、上げた抗議の声に、男から返ったのは冷めた眼差し。
「…文句があるなら辞めてもらって構わないよ。何人か減ってくれた方が、こちらとしても助かるしね。」
「っ!?」
男の言葉に、抗議の声を上げていた者達が黙り込む。
「…話は以上だ。ああ、それから、暫く監査の人間がうろつくけど、そちらは気にしないでいい。君達は君達の業務を進めてくれ。」
「…」
言い捨てて監査の人間と話し始めた男に、同僚たちが己の仕事へと戻っていく。
(そんな…)
正気だろうか。減俸、それも五割減、そんな状況で働き続けるなんて無謀もいいところ。なのに、あっさりと男の言葉に従ってしまった同僚たち。歯向かう意志も見せない彼らの姿に苛立つ思いを押し殺し、自分も、手元の作業に戻ろうとしたところで─
「君が、ミリセント君?」
「っ!?」
呼ばれた名、顔を上げれば、いつの間にか目の前に立っていた男と目が合う。
「…は、い。」
何とか返した返事に、男が「そう」と呟いて、
「君は、クビね。」
「っ!?」
今度こそ、絶対に受け入れられない言葉に、立ち上がる。
「何故ですか!?減俸でさえ納得いかないのに、クビだなんて!しかも、私だけ、」
「君、生産性が著しく悪いんだよね。完成品の質もお粗末としか言いようがないし。君、ここ、四年目だよね?一体、今まで何してきたの?」
「っ!?それは!ですから、それは、私の教育係だったステラという者の責任で!」
「それはおかしいな。先日までは何の問題もなかったものが、そのステラって職員が休んだ途端、君のスクロールの質が落ちる。…おかしいこと言ってるって、自分で分からない?」
「っ!それは!」
一瞬、言葉に詰まる。だけど、このままでは、確実にクビになってしまうから、
「作業を分担していたんです!あの女は魔力が全然無いから、代わりにスクロールを書いて、私がそこに魔力を注入していました!」
「…なに?どういうこと?」
「ステラは、あの女は雑用だったんです!スクロール作成の下準備はあの女の担当で、」
「ちょっと、待て。…君は、自分の担当スクロールをそのステラって職員に書かせていたわけ?」
「っ!私だけじゃありません!スクロール室の者はみな、彼女に書かせていました!」
「…なるほど、ね。」
怒り、呆れ、だろうか、男の鋭くなった眼光。それが、周囲、この部屋に居る者、全員に向けられる。
「…今回の異変、漸く合点がいったよ。けど、だとしたら、とんでもない問題だな。君達は、その状況を放置していたのか?何の疑問もなく?」
「それは…」
「ああ、ということは、その職員の欠勤も、ただの休暇というよりも『逃げ出した』と考える方が正しいのかな?彼女の居場所、誰か抑えてるの?」
「いえ…」
「はぁ、まったく、信じられないね。分業だとしても片寄りすぎ、職員一人に依存した生産体制なんて大問題じゃないか。」
「っ!それが問題があるんだったら、室長に言って下さい!私達は室長の指示に従っただけです!責任なら室長に!」
「…残念だったね。ケートマンは、もうこの部屋の責任者ではなくなったよ。」
「え…?」
男の目、底冷えのする冷たい眼差しを向けられて、身体が震えた。
「彼は解雇された、だけじゃないけど…。不正が発覚してね。彼が魔導省に戻って来ることは二度とないよ。」
「っ!?」
「まぁ、彼だけでなく、この部屋にも色々問題があるらしいことは分かった。失踪者の捜索も行わないといけないようだしね。…君達には、今後、調査に協力してもらうことになるから、覚悟しといて。」
(そんな…)
追い詰められた状況。回らない頭で、何とか、この場を切り抜けたいと思うのに─
「ああ、それから、君、ミリセントだっけ?君のクビは取り消さない。君は明日から来なくていいよ。」
「っ!?」
「ただ、連絡はつくようにしといて。」
言うだけ言って、背を向けた男が歩き出す。監査の人間に何事かを告げた男が部屋を出ていく姿を呆然と見送って─
(っ!何なの!?何なの!?何なのよ!!)
少し前までは全て上手くいっていた自分の人生。それが、この短期間に、あっという間に失われようとしている。魔導省という周囲に羨ましがられる職場、給料も申し分なく、友人に囲まれて、順風満帆だった私の人生が─
「っ!」
反射的に、部屋を飛び出した。廊下を進む男の後姿を追いかける。
(あり得ない!こんなの!絶対にあり得ない!)
「…長官!」
「…」
振り向いた男の面倒だと言わんばかりの表情、ひるむ心を奮い立たせる。
「あの女を!ステラを見つけて下さい!ステラさえ居れば、全て上手くいくんです!」
「…言われずとも、捜索はするよ。…魔導省の魔導師が勝手に職場を離れることは許されないからね。」
「それじゃあ!」
「だけど、君には無関係。何度も言うけど、君はクビ。魔導省とは今後一切関わるな。」
「っ!」
取り付く島のない返答に、必死に言葉を探す。何か、男の考えを翻意させられる何か。私の強み、あの女に関して、何か─
「っ!待って下さい!私!私は、ステラを知っています!あの女の顔も分かります!捜索に協力させて下さい!」
「…なに?」
「ステラの顔!知っている者は限られると思うんです!あの女、スクロール室に籠りっぱなしでしたし、他部署に友人もいませんでした。」
「…」
「それに!私なら、ステラの書いたスクロールを見分けることが出来ます!スクロールを書くしか能がない女だから、絶対、どこかで書いてるはずです!だから、もし、あの女の書いたスクロールが見つかったら!」
「…それは、どうだろうねぇ?この国中に彼女の書いたスクロールが出回っているんだろう?それを元に追跡するっていうのはねぇ…」
「魔力も!あの女の魔力なら分かります!痕跡でも何でも、捜索チームに加えて頂ければ、必ず!必ず、役に立ってみせますから!」
「…」
必死に、言葉を連ねる。ここで認めてもらえなければ、私は何もかもを失ってしまう。だから、ここで、何としてでも─
「…まぁ、君の言うことにも一理あるね。いいよ。君を捜索チームに入れてあげよう。」
「っ!ありがとうございます!」
「ただし、言ったからにはそれなりの成果を上げてもらうよ?出来なければ、当然、クビ。それは変わらないからね。」
「はい!分かりました!」
言って、男に頭を下げる。それでもまだ値踏みしてくる視線を感じながら、叫び出したい気持ちを必死に押し込めた。
(許さない!あの女!絶対、許さないっ!!)
脳裏に過ぎる女の顔、思いつく限りの罵倒を並べ、心に誓う。
(必ず見つけ出す!)
見つけて、二度と、絶対に自分に歯向かうことのないよう、徹底的に痛めつける。身体ではなく、心を。私をこんな目に会わせた報いは、必ず受けさせる─
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