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本編

23.囲い込み Side E

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頭を下げるステラに、かつての上司がいらへを返す。

「…初めまして、ステラ嬢。…ロート騎士団団長、グレイ・ホーキンスだ。」

「っ!?」

隣で、頭を下げたままのステラの肩が震えた。ソロリと顔を上げたステラの視線が何故かこちらを向き、睨まれて─?

「…やっぱりやっぱりやっぱり。想定内で一番偉い人ー…」

「ステラ?」

「すみません!団長さん!エリアスの奴隷契約は即行で解消しますので!でも、あの、確かに契約紋は私じゃ消せないので、頑張ってお金貯めます!高位の治癒系の魔術が使える方なら、多分消せると思うので!それまで、少しお待ち頂ければ!」

「待て待て、ステラ。」

「待てないよ!っていうか、エリアスは!?エリアスの職位は!?」

「ん?」

「団長さんとため口とか、絶対、偉かったでしょ?管理職だったんでしょー!?」

「…退団前は副長だったな。」

「ほらねー!!」

涙目で勝ち誇ってくるステラの言動に笑う。多分、混乱してるんだろうが、本人はそれに気づいていないらしい。

「…ステラ、大丈夫だ。聞いてたろ?どうしようもない事情で、俺には奴隷紋が必要なんだ。消すつもりはない。」

「でも…!」

「それに、言ったろ?俺は、お前の奴隷って立場が気に入ってる。」

「っ!?」

「後は、…そうだな、よく考えてみろ、ステラ。奴隷契約が無くなれば、俺はお前から逃げ出してしまうかもしれないんだぞ?」

「っ!?」

欠片も思っていない言葉に、容易く顔色を変えるステラ。恐怖か不安か、蒼褪めた顔に満足する自分も大概だなと思いながら─

「…冗談だ、安心しろ。俺がお前から逃げ出すことはない。」

「…本当に?」

「ああ。…だが、俺の意に反して、お前から引き離される可能性はある。…だから、奴隷契約は解消しない。な?それでいいだろ?ステラ…」

「…うん。」

完全に納得できたわけではないだろうが、葛藤の末、己を失う恐怖に屈したらしいステラの姿に、どうしようもない愉悦が湧く。押し殺して、グレイに向き直れば、唖然とした男の表情とかち合った。

「…エリアス、お前…」

「なんだ?」

「…」

分かっている。過去の自分を知る者から見て、己がどれほど滑稽な姿を晒しているかは。だが、それでも構わないと思うほど、溺れているのは己の方。ステラにさえ、それを知られなければ問題無い。

「それで?俺の復職については、認めてもらえるか?」

「…ああ、それは、問題ない。…副長の座は空けてある。戻って来い。」

「…助かる。」

何の躊躇もなく、その地位を許す男に頭を下げる。長たる男の隣を空けておくなんて、容易ではなかったはずなのに─

「あー、それから、ステラ嬢の方に関しては、裏方、事務という扱いでいいのか?…騎士団に空きは無いが、他で良ければ、」

「あの!私!スクロール書けます!」

ステラの処遇に関して思案するグレイに、ステラが手を上げて自己申告する。

「それで、あの!騎士団でなくても、出来れば、そういう仕事が出来る場所に回して頂ければ!」

「…スクロール。…ステラ嬢は魔導師なのか?」

「うっ…、いえ、違います。その、騎士団での戦力になるような魔力を期待されているんだとしたら、非常に申し訳ないんですけど、そんな魔力は全然なくて、スクロールも『灯り』なら一日十本…、二十本くらいは作れる程度で…」

「なるほど。」

「あ!でも、あの!書くだけならもっと書けます!一日、五百本くらいなら!」

「五百…?」

「っ!いえ、あの、気合入れればもう少し!今までの最高記録は九百四十六本だったので!それくらいまでなら!」

訝しむようなグレイの言葉に焦り出したステラを止める。

「ステラ、それは駄目だ。どれだけ働くつもりだ?」

「うっ…」

「…一日でなく、時間単位で言ったらどうなんだ?どの程度作成できる?」

「…時間で言ったら、一時間で六十本くらい、かな?」

「…」

それはつまり、九百を超える数を作成するには、単純計算で十五時間以上、スクロールを書き続けることになるわけだ。

「…駄目だ。」

「…」

牽制を込めてステラを見つめれば、気まずそうに逸らされた視線。横から、グレイの咳払いが聞こえて、

「あー、そうだな。ステラ嬢。…門外漢の私では詳しいことは分からんのだが、一時間で六十本こなすという時点で、君が非常に優秀な人材だということは分かる。…身体を壊すような働き方をする必要はないと思うが?」

「…ありがとうございます。…ただ、あの、正確に言いますと、スクロール書けるのは書けるんですけど、そこに魔力を込めるには、魔導師の方のご協力がどうしても必要で、…私、本当に書けるだけなんです…」

「ふむ…」

思案しだしたグレイ。ステラの所属先に迷っているのだろう。

ロートにはハイマットと違い「魔導省」というものが存在しない。王宮魔導師は居るが、所属は王家直属。その他に、騎士団に所属する者や、魔術の塔という研究機関に在籍する者もいるが、国の機関としての「魔導省」のようなものは存在しない。グレイの手の届く範囲での斡旋となると─

「…騎士団預かり、ということにも出来るが、それではステラ嬢の能力が活かせないだろう。…この件は上に相談しておく。ステラ嬢の才能をここで埋もらせてしまうのは惜しい。」

「…才能。」

「ああ。…申し訳ないな、ステラ嬢。少し時間をくれ。」

「っ!いえ!あの、それは、もう、はい!こちらこそ!よろしくお願いします。」

頭を下げるステラに、グレイが笑う。

「そうだな。では、ステラ嬢、君を推薦するにあたって、いくつか確認しておきたいことがある。いいだろうか?」

「はい!勿論です!」

「ありがとう。…ではまず、出身はハイマットということで良いか?」

「はい。」

「ふむ。歳は?」

「十八です。」

「は?」

「…なに?」

思わず聞き返したのは、グレイと同時だった。

「…十、八…?」

グレイの視線が痛い。いや、だが、しかし、自分だって知らなかったし、信じがたい。

(…こんだけ落ち着いてて、まだ、十代…?)

思わず、自分との歳の差を計算してしまう。

(…九つ差か、…まぁ、アリだろ?)

納得して、グレイの視線は無視することにした。

「…あの?」

微妙な空気を感じ取ったらしいステラが見上げて来る。それに、何でもない顔で、

「いや、すまん。ステラは落ち着いているからな。二十歳はたちは超えているだろうと思っていたんだ。王宮での勤めも長いと言っていなかったか?」

「あー、はい、そう、ですね。社会人経験は長いですから、落ち着いてる?かは分かりませんが、まぁ…」

「王宮…、ステラ嬢はハイマットの王宮で働いていたのか?それに、社会人経験が長いというのは?」

「あー…」

ステラが、困ったような顔で見上げて来る。そう言えば、ステラの過去、魔導省に勤めるようになった経緯などは聞いたことがなかったことに気づき、ステラの言葉の続きを待った。

「…実は、その、魔導省には八年ほど勤めてまして…」

「っ!?」

「なんとっ…!」

驚いた、なんてものではない。八年前、成人前の十歳という若さで国の機関で働き始めていたというのか─?

「…その、昔、ですよ?昔は、私、そこそこ賢い子どもでして、それで、まぁ、スクロールとかも読みこなしてしまったものですから、魔導省からお声がかかって…」

「…十歳でスクロールを読んだのか?」

「って言っても、あの、『灯り』とかの簡単なスクロールの話で、攻城魔導機なんかの専門的なものに関しては、未だにさっぱりで…」

「ああ、うん、いや、そんなものまで読みこなされてしまっては、こちらも対処に困るので、それは構わんのだが…」

驚きを通り越して、若干、呆れ気味のグレイの言葉に、ステラが気まずそうに視線を逸らす。

「…本当に、今は普通の、一般人なので、どこかでひっそりスクロールでも書かせて頂ければ…」

萎れてしまったステラに、グレイが苦笑して頷く。

「…分かった。…安心して欲しい。悪いようにはしない。待っていてくれ。」





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