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本編
15.そうだ、バックレよう
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(どうしようどうしようどうしよう…)
グルグルと、その言葉だけが思考を犯す。エリアスに抱えられてたどり着いた自宅、部屋の中を歩き回りながら、冷静になろうとしているのだけれど、焦りと恐怖で上手くいかない。
「…ステラ。」
「!」
呼ばれた名にハッとする。振り返れば、エリアスが困ったような顔でこちらを見つめて立っていた。
「…おいで。」
「!」
誘われるままに、その腕の中に飛び込んだ。硬い身体を抱きしめる。さっきまで、ずっと触れていた温もり。その温かさに包まれて、恐怖が少しずつ薄らいでいく。
(大丈夫、ここに居れば大丈夫…)
遠ざかる恐怖に、焦りは残るものの、漸く思考が回り出した。
「…エリアス、ごめんなさい。嫌な思いさせちゃった。…私が、お迎え頼んだから。」
「何故そうなる。迎えに行きたいと言ったのは俺だろ?」
「うん。でも、嬉しかったし、…エリアスと一緒に居られるの。」
「…」
「…エリアス?」
急に腕の力が強まった。不思議に思ってエリアスの顔を見上げようとしたのだけれど、片手で頭を抑え込まれる。
「…すまん。今は見るな。」
「え?」
「…触りがある。」
「…なるほど?」
よく分からないけど頷いておいた。そのまま、思考がまた先ほどの「どうしよう」へと戻っていく。
(エリアスのこと、バレるなんて思わなかった…)
ミリセントが職場に残っていることを不思議に思っていたし、エリアスと一緒のところをなるべく見られたくないとは思っていた。それでもまさか、声まで掛けてくるとは思わなかったし、エリアスが奴隷だということを見抜かれるとも思っていなかった。
(魔導師としては、やっぱり、すごく優秀…)
エリアスの奴隷紋は服の下で見えない。それをあんな一瞬で看破されたのは、ミリセントに魔力を視る目があるから。
(失敗した…)
結局、そこに行きつく。油断して、失敗して、追い詰められてる。
(どうしよう…)
これが、ただ、「奴隷を買った女」と嘲笑されるだけならいい。いつもの嫌味に一つバリエーションが加わったくらいのもの。だけど、エリアスを「貸せ」と言ったミリセントの顔、あれは本気だった。
(…断っても、諦めない、よね。)
エリアスを見ていたミリセントの視線、表情、それらが彼女の執着を現している。
「…どうしよう…」
「ステラ?」
「…」
優しい声で呼ばれて、上を見上げる。優しく笑ってるエリアスの顔。
(これを、この人を、取られちゃうの?ミリセントに?)
この優しい腕も、温かさも、私を「ステラ」と呼ぶ声も、「頑張ったな」と励ましてくれる声も、「偉い、よくやった」と褒めてくれる声も、全部、全部、無くなっちゃうの─?
(そんなの、無理…)
うん、無理。どう考えても無理。
それが分かったら、「どうしよう」に対する自答は簡単で─
「…そうだ、バックレよう。」
「ステラ?」
天啓だった。
いや、でも、だって、それしかない。それが正解なんじゃないだろうか。だって無理だもの。
明日、仕事に行ってミリセントに会えば、きっとエリアスのことを要求される。そんな職場、行きたくない。それに、もし、私が仕事で帰れない間に、ミリセントが家に押しかけてきたら?
(無理無理無理。)
エリアスを連れて行かれるかもしれない恐怖に震える。
今まで、「仕事」だからと頑張って来た。理不尽だと思いながらも、辞めたいと思いながらも、それでも、漠然と「仕事から逃げ出すのはよくないんじゃないか」って。
(…でも、別に、よくない?)
だって、仕事に行ったら、エリアスを盗られる。だったら、行かなくていいと思う。
(よし、逃げよう。)
家も出よう。職場の人達に見つからないところへ逃げないと。だって、きっと探される。探して連れ戻されるくらいには、多分、私は必要だから。
(すごく、迷惑掛けるよね…)
分かってる。なのに、バックレることに対する罪悪感はビックリするくらい無かった。
だって、そんなものより、エリアスの方が遥かに大事─
「…エリアス、私、エリアス連れて逃げるね。」
「…どこに?」
「考えてない。けど、この国からは出るつもり。」
そうでないと、腐っても魔導省勤め。きっと、見つかってしまう。
「…ステラ、以前、話したよな?俺が他国出身だという話。」
「あ、うん。そうだったね。」
「俺は、ロート出身なんだ。」
「ロート、お隣なんだ。」
「ああ。…ロートなら、土地勘もあるし、生活の基盤も整えてやれると思う。…どうだ?逃げるなら、俺とロートに、」
「行く!!」
即答した。
エリアスと一緒ならどこでもいいけど、それがエリアスにとっての故郷ならもっといい。頷いて、ギュウギュウ抱きついて、早く、この胸に圧し掛かる不安がなくなればいいのにと思った。
グルグルと、その言葉だけが思考を犯す。エリアスに抱えられてたどり着いた自宅、部屋の中を歩き回りながら、冷静になろうとしているのだけれど、焦りと恐怖で上手くいかない。
「…ステラ。」
「!」
呼ばれた名にハッとする。振り返れば、エリアスが困ったような顔でこちらを見つめて立っていた。
「…おいで。」
「!」
誘われるままに、その腕の中に飛び込んだ。硬い身体を抱きしめる。さっきまで、ずっと触れていた温もり。その温かさに包まれて、恐怖が少しずつ薄らいでいく。
(大丈夫、ここに居れば大丈夫…)
遠ざかる恐怖に、焦りは残るものの、漸く思考が回り出した。
「…エリアス、ごめんなさい。嫌な思いさせちゃった。…私が、お迎え頼んだから。」
「何故そうなる。迎えに行きたいと言ったのは俺だろ?」
「うん。でも、嬉しかったし、…エリアスと一緒に居られるの。」
「…」
「…エリアス?」
急に腕の力が強まった。不思議に思ってエリアスの顔を見上げようとしたのだけれど、片手で頭を抑え込まれる。
「…すまん。今は見るな。」
「え?」
「…触りがある。」
「…なるほど?」
よく分からないけど頷いておいた。そのまま、思考がまた先ほどの「どうしよう」へと戻っていく。
(エリアスのこと、バレるなんて思わなかった…)
ミリセントが職場に残っていることを不思議に思っていたし、エリアスと一緒のところをなるべく見られたくないとは思っていた。それでもまさか、声まで掛けてくるとは思わなかったし、エリアスが奴隷だということを見抜かれるとも思っていなかった。
(魔導師としては、やっぱり、すごく優秀…)
エリアスの奴隷紋は服の下で見えない。それをあんな一瞬で看破されたのは、ミリセントに魔力を視る目があるから。
(失敗した…)
結局、そこに行きつく。油断して、失敗して、追い詰められてる。
(どうしよう…)
これが、ただ、「奴隷を買った女」と嘲笑されるだけならいい。いつもの嫌味に一つバリエーションが加わったくらいのもの。だけど、エリアスを「貸せ」と言ったミリセントの顔、あれは本気だった。
(…断っても、諦めない、よね。)
エリアスを見ていたミリセントの視線、表情、それらが彼女の執着を現している。
「…どうしよう…」
「ステラ?」
「…」
優しい声で呼ばれて、上を見上げる。優しく笑ってるエリアスの顔。
(これを、この人を、取られちゃうの?ミリセントに?)
この優しい腕も、温かさも、私を「ステラ」と呼ぶ声も、「頑張ったな」と励ましてくれる声も、「偉い、よくやった」と褒めてくれる声も、全部、全部、無くなっちゃうの─?
(そんなの、無理…)
うん、無理。どう考えても無理。
それが分かったら、「どうしよう」に対する自答は簡単で─
「…そうだ、バックレよう。」
「ステラ?」
天啓だった。
いや、でも、だって、それしかない。それが正解なんじゃないだろうか。だって無理だもの。
明日、仕事に行ってミリセントに会えば、きっとエリアスのことを要求される。そんな職場、行きたくない。それに、もし、私が仕事で帰れない間に、ミリセントが家に押しかけてきたら?
(無理無理無理。)
エリアスを連れて行かれるかもしれない恐怖に震える。
今まで、「仕事」だからと頑張って来た。理不尽だと思いながらも、辞めたいと思いながらも、それでも、漠然と「仕事から逃げ出すのはよくないんじゃないか」って。
(…でも、別に、よくない?)
だって、仕事に行ったら、エリアスを盗られる。だったら、行かなくていいと思う。
(よし、逃げよう。)
家も出よう。職場の人達に見つからないところへ逃げないと。だって、きっと探される。探して連れ戻されるくらいには、多分、私は必要だから。
(すごく、迷惑掛けるよね…)
分かってる。なのに、バックレることに対する罪悪感はビックリするくらい無かった。
だって、そんなものより、エリアスの方が遥かに大事─
「…エリアス、私、エリアス連れて逃げるね。」
「…どこに?」
「考えてない。けど、この国からは出るつもり。」
そうでないと、腐っても魔導省勤め。きっと、見つかってしまう。
「…ステラ、以前、話したよな?俺が他国出身だという話。」
「あ、うん。そうだったね。」
「俺は、ロート出身なんだ。」
「ロート、お隣なんだ。」
「ああ。…ロートなら、土地勘もあるし、生活の基盤も整えてやれると思う。…どうだ?逃げるなら、俺とロートに、」
「行く!!」
即答した。
エリアスと一緒ならどこでもいいけど、それがエリアスにとっての故郷ならもっといい。頷いて、ギュウギュウ抱きついて、早く、この胸に圧し掛かる不安がなくなればいいのにと思った。
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