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後日談
芽ぐみ 10(完)
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(…うっわぁ、エグい。)
相手の失策に感謝で応えて、主の妻は相変わらずのいい笑顔を浮かべている。
「…あの、お姉様。お姉様は、本当に、もう、ボルツ先生のことを?」
「ええ。全く、これっぽっちも…」
その先に続く言葉が何なのか。「怒っていない」?「気にしていない」?それとも、「歯牙にもかけていない」なのか。
いずれにしろ、クリスティーナがボルツのことを「好きではない」ことだけは十分に伝わってきた。
彼女の前で、必死に表情を消そうとしている男にもそれは伝わっているようで、隠しきれていない苛立ちは、主の妻の思うつぼ。渦巻く何かに、しかし、気づかなかったらしいトリシャが、意を決したように口にする。
「お姉様がお許しになっているのなら、私からは何も…」
告げた言葉に、安心したように笑うクリスティーナ。その視線がこちらへと向けられる。
「ウェスリー、先生をお見送りして差し上げて。」
「…はい。」
何故、俺一人で?そう疑問に思う気持ちはあったが、命じられるままに男を屋敷の玄関まで見届けて、送り出す。つい先日までは、トリシャを奪っていく恋敵だと敵視していた男の背中が、今日はやけに小さく見えた。
(…まぁ、同情はしないけど。)
切り捨て、踵を返す。元来た廊下を戻り、たどり着いた部屋、二人が居るはずのその部屋にはしかし─
「あれ?トリシャだけ?クリスティーナ様は?」
「っ!?」
己の声に、何やら窓の外を見ていたらしいトリシャが身体をビクつかせた。
「…トリシャ?窓の外、何かあるの?」
「う、ううん!違う!気持ちを落ち着かせてただけ!」
「気持ち…?」
よく分からぬ言動に、トリシャとの距離を縮める。近づけば、トリシャの顔は真っ赤に染まっていて─
「…え?トリシャ、どうし、」
「あの!ウェスリー!!」
「え?うん?」
思ってもいない勢いで名を呼ばれ、少し、身構える。一体、何が─?
「私!私、お姉様に言われたの!」
「えっと、何を?」
「ウェスリーは優秀な騎士だし、侍従としての才もあるし、タールベルクの内向きを手伝ってもらうのにこれ以上の人材は居ないって!」
「…どうも、ありがとうございます…?」
「それで!あの、ウェスリーが、他所の領地の方に見初められて、タールベルクを出ていかれたらとても困るって仰ってて!」
「うん?」
言われた言葉に、こちらが焦る。
「いや、俺、タールベルクを出てくつもりなんて、全く、」
「だから!だから、ウェスリーがタールベルクに留まるよう、私に協力して欲しいって頼まれたの!」
「協力?何を…」
「私、ウェスリーが好き!」
─は?
「私と結婚して下さい!」
─は?
「私、頑張るから!ウェスリーに私のこと好きになって貰えるよう努力する!だから、だから、お願い、何処にも行かないで、ずっと、一緒に、」
「っ!ああ!もう!」
─やられた、嵌められた!
いや、嵌められてはない。嬉しい。泣きたい。すげぇ嬉しい─!
「っ!トリシャ!!」
「っ!きゃあ!」
「俺も!」
悲鳴を上げた身体を抱き上げる。宙に、足が浮くくらいに抱き上げて─
「俺も!トリシャが好き!すっげぇ好き!結婚してくれるの?だったら、もう、一生離さないけど、それでもいい?」
「え?うん。嬉しい。…あの、ウェスリー、私のこと、好き、なの…?」
「好きだよ!世界中でトリシャだけ!トリシャだけが好き!」
「っ!」
腕の中、小さく悲鳴を上げたトリシャを床に下ろす。
「…ああ、泣かないで。ごめん。でも、俺のせいで泣いてるトリシャもすごい好き!」
「っ!」
ああ、駄目だ。締まらない。浮かれてる─
自分でも何を言っているのか分からずに、衝動のままに身を屈めた。見開かれる瞳を見つめながら、重ねる熱。閉じられた碧に、馬鹿になった頭で考えることは一つ。
どこまで─
どこまでなら許される?どこまでなら、「これ以上」にならずに君に触れられるだろうか─?
芽ぐみ(終)
(完)
相手の失策に感謝で応えて、主の妻は相変わらずのいい笑顔を浮かべている。
「…あの、お姉様。お姉様は、本当に、もう、ボルツ先生のことを?」
「ええ。全く、これっぽっちも…」
その先に続く言葉が何なのか。「怒っていない」?「気にしていない」?それとも、「歯牙にもかけていない」なのか。
いずれにしろ、クリスティーナがボルツのことを「好きではない」ことだけは十分に伝わってきた。
彼女の前で、必死に表情を消そうとしている男にもそれは伝わっているようで、隠しきれていない苛立ちは、主の妻の思うつぼ。渦巻く何かに、しかし、気づかなかったらしいトリシャが、意を決したように口にする。
「お姉様がお許しになっているのなら、私からは何も…」
告げた言葉に、安心したように笑うクリスティーナ。その視線がこちらへと向けられる。
「ウェスリー、先生をお見送りして差し上げて。」
「…はい。」
何故、俺一人で?そう疑問に思う気持ちはあったが、命じられるままに男を屋敷の玄関まで見届けて、送り出す。つい先日までは、トリシャを奪っていく恋敵だと敵視していた男の背中が、今日はやけに小さく見えた。
(…まぁ、同情はしないけど。)
切り捨て、踵を返す。元来た廊下を戻り、たどり着いた部屋、二人が居るはずのその部屋にはしかし─
「あれ?トリシャだけ?クリスティーナ様は?」
「っ!?」
己の声に、何やら窓の外を見ていたらしいトリシャが身体をビクつかせた。
「…トリシャ?窓の外、何かあるの?」
「う、ううん!違う!気持ちを落ち着かせてただけ!」
「気持ち…?」
よく分からぬ言動に、トリシャとの距離を縮める。近づけば、トリシャの顔は真っ赤に染まっていて─
「…え?トリシャ、どうし、」
「あの!ウェスリー!!」
「え?うん?」
思ってもいない勢いで名を呼ばれ、少し、身構える。一体、何が─?
「私!私、お姉様に言われたの!」
「えっと、何を?」
「ウェスリーは優秀な騎士だし、侍従としての才もあるし、タールベルクの内向きを手伝ってもらうのにこれ以上の人材は居ないって!」
「…どうも、ありがとうございます…?」
「それで!あの、ウェスリーが、他所の領地の方に見初められて、タールベルクを出ていかれたらとても困るって仰ってて!」
「うん?」
言われた言葉に、こちらが焦る。
「いや、俺、タールベルクを出てくつもりなんて、全く、」
「だから!だから、ウェスリーがタールベルクに留まるよう、私に協力して欲しいって頼まれたの!」
「協力?何を…」
「私、ウェスリーが好き!」
─は?
「私と結婚して下さい!」
─は?
「私、頑張るから!ウェスリーに私のこと好きになって貰えるよう努力する!だから、だから、お願い、何処にも行かないで、ずっと、一緒に、」
「っ!ああ!もう!」
─やられた、嵌められた!
いや、嵌められてはない。嬉しい。泣きたい。すげぇ嬉しい─!
「っ!トリシャ!!」
「っ!きゃあ!」
「俺も!」
悲鳴を上げた身体を抱き上げる。宙に、足が浮くくらいに抱き上げて─
「俺も!トリシャが好き!すっげぇ好き!結婚してくれるの?だったら、もう、一生離さないけど、それでもいい?」
「え?うん。嬉しい。…あの、ウェスリー、私のこと、好き、なの…?」
「好きだよ!世界中でトリシャだけ!トリシャだけが好き!」
「っ!」
腕の中、小さく悲鳴を上げたトリシャを床に下ろす。
「…ああ、泣かないで。ごめん。でも、俺のせいで泣いてるトリシャもすごい好き!」
「っ!」
ああ、駄目だ。締まらない。浮かれてる─
自分でも何を言っているのか分からずに、衝動のままに身を屈めた。見開かれる瞳を見つめながら、重ねる熱。閉じられた碧に、馬鹿になった頭で考えることは一つ。
どこまで─
どこまでなら許される?どこまでなら、「これ以上」にならずに君に触れられるだろうか─?
芽ぐみ(終)
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