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後日談

  芽ぐみ 9

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知らぬ内にお姉様を傷つけるところだった私を、お姉様がお許し下さってから一週間、ウェスリーとも、今までと少し違う関係になれた気がし始めた週末に、その人は王都邸へと訪れた─

「…ようこそお越しくださいました、ボルツ先生。」

「ああ…」

お姉様への挨拶を述べた後、こちらへもの問いたげな視線を向けて来るその人を睨む。

「…今日は、辺境伯閣下と夫人に面会を申し込んだつもりだったのだが…」

「申し訳ありません、先生。夫は領地での魔物討伐に忙しく、なかなかこちらへは来られません。…夫へのご用事でしたか?」

「いや。…話自体は、夫人にある。…その先の判断はそちらで決めてくれ。」

「でしたら、構いませんわね?…こちら、既にご存知かとは思いますが、妹のトリシャです。改めて、ご挨拶を。」

「トリシャ・タールベルクです。今日はお兄様の代わり、お姉様をお守りするためにこの場におります!」

「…」

淑女として褒められた態度ではないけれど、これ以上、お姉様を傷つけられたくなくて威嚇する。目を逸らしたのはボルツ先生の方、そのことに満足して、お姉様のお傍に寄り添った。

用件も明かさぬまま、それでも、ボルツ先生がタールベルク邸を訪れたのは、恐らく、私のせい。だから─ウェスリーも控えてくれてはいるけれど─無理を言って同席させてもらったこの場所で、お姉様をお守りするのは私の役目。

「それで、ご用件とは?」

会話を弾ませることもなくお姉様がお尋ねになった言葉に、ボルツ先生は一瞬、動きを止めて、それから─

「…すまなかった。」

「…」

(…え?)

綺麗に、腰を折って下げられた頭。信じられない思いでその姿を凝視してしまう。

「…謝罪を受け入れます。」

「…何に対する謝罪なのかは、聞かないのか?」

思考を停止してしまったこちらを置いて、ボルツ先生の謝罪をあっさりと受け入れてしまったお姉様。それに、私だけでなく、ボルツ先生も驚いた様子を見せる。

「…聞く必要はないかと。…それよりも、謝罪をされて、ボルツ先生は何をなさりたいのですか?」

「…」

お姉様の問いに、言葉を飲んだボルツ先生、暫くの沈黙の後に、ゆっくりと、言葉を選ぶかのように話し始めた。

「…許可が欲しい。…許されるなら、週末、学園の休日を利用して、タールベルクで魔術の指導をしたい。」

「…」

「!?」

先ほどの謝罪よりも予想外の言葉、思わず、お姉様の表情を確かめる。お姉様の口元に、淡い笑みが浮かんだ。

「…魔術の指導?王立学園の教師、既に十分な名声もお持ちの先生が、辺境で魔術の指導をなされるのですか?」

「…俺の立場は関係ない。…だが、王都より遠く、学びたくとも魔術を学べないものは多くいる。そうした者達に学びの機会を提供できるならばと考えている。」

「辺境には、魔力、魔術の素養の多い者はさほどおりません。それで?そのような辺境で魔術を教える意味とは?」

「知ってしまったからな。…魔術の素養がない、魔術を発動出来ずとも、その術式を学び、活かしたいと思う者が居ることを。」

「っ!」

告げられた言葉に息を飲む。だって、それは、恐らく─

「…それは、タールベルクでなければなりませんの?態々、先生がお嫌いな私の居る場所で?」

「やるなら、夫人、あんたの膝元でやる。」

「…」

「…タールベルクならば、転移陣を用いての移動も可能だからな。…その内、自力で跳んで見せるが、それまでは、転移陣の使用許可ももらいたい。」

「…」

黙ったままのお姉様。決めるのはお姉様、魅力的な話だということも理解する。でも─

「…分かりました。いいでしょう。」

「っ!」

「認めます。…というより、お願いします、と言った方がいいのかしら?ボルツ先生ほどの方を週に二日と言え、辺境にお招き出来るなんて光栄ですもの。」

「…感謝、する。」

「いえ、こちらこそ。いつかはやってみたいと考えていたことでしたから。」

言って笑うお姉様の姿には、ボルツ先生に対する悪感情、恨みのようなものは窺えない。本当に、楽しそうに笑っていて─

「ああ、それから、これはこちらからのお願いなのですが。」

「…なんだ?」

「魔術科を卒業されて、魔導師になられない方もいらっしゃるでしょう?そうした方に、タールベルクへの就職を斡旋して頂けませんか?」

「魔導師ではなく、か?」

「いずれは、魔導師の方々もお迎えしたいところですが、今はまだその体制が整っておりません。魔導師になられずとも、魔術の素養がある、そういう方からならお迎え出来ますから。」

「…わかった。学園長と相談の上にはなるが、…考えておこう。」

「ええ、よろしくお願いします。」

満足そうに頷かれたお姉様。用件が済み、辞去しようとされるボルツ先生を見送りながら、親し気に声をかけている。

「…それにしても、先生も大変ですね?」

「…」

「平日は学園で、週末はタールベルク…」

「…」

「…益々、婚期が遠ざかるのでは?」

「っ!…余計なお世話だ。」

(…お姉様。)

お姉様の言葉に、ボルツ先生が凄い顔になっている。それにまた、お姉様が楽しそうに笑っているけれど─

(…それでも、私はまだ先生が、…ううん、自分のことも許せない。)

確かに、ボルツ先生の教え方が上手だということは、この身を以て知っている。だけど、お姉様は本当にそれでいいのか。お姉様が我慢される必要なんてないのに─

「…トリシャ?」

「はい…」

「…あなたは、ボルツ先生がタールベルクに来られることに反対?」

「っ!…いえ、私は、お姉様が決められたことなら…」

反対はしない。心配ではあるけれど─

「…そうね。」

「?…お姉様?」

見慣れてしまったお姉様の困ったような笑顔、それを向けられて居たたまれなくなる。何も出来ないのに、困らせてばかりで─

「公平ではないから、先生について、あなたにもう一つ、明かしておくわね?」

「?」

「先生は、過去に一度、私の危機を救って下さったことがあるの。それが、教師として当然のことであったとしても、教師失格の先生がそれをなされたわけだから、やはり、私は感謝するべきよね?」

「…」

突然告げられた内容に、思考が停止しかけた。

(…お姉様を救った?先生が?)

だとしたら、私も、先生には感謝すべきなのだろうか─?

「それにね?以前、話した成績についても。」

「…」

「先生が私の成績を改竄しようとされたことで、私はさる方達に警戒されずに済んだの。…本来の成績そのままが開示されていたら、私はもっと早くに警戒され、消されていたかもしれないわ。」

「っ!」

(消される?)

不穏な言葉、なのに、それを感じさせないお姉様の笑みに混乱してしまう。

「改竄に関して、秘匿することをお願いしたのも私なの。それに先生が同意して下さったおかげで、とある方達の油断を生んだ。」

お姉様の微笑が、フワッと華開いたような笑みへと変わる─

「先生は、私を守って下さったとも言えるのよ?」

「っ!」

「っ!?」

詰めた息、先ほどよりも酷い顔の先生。歯を食いしばる先生に、お姉様が笑っている。





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