悪役令嬢の矜持 婚約破棄、構いません

リコピン

文字の大きさ
上 下
46 / 48
後日談

  芽ぐみ 8

しおりを挟む
 
 ハイエンドペンLGマイルドが頭から敵の旗艦へ、ドカンと突っ込む。
 ルーシーの操縦には一切の躊躇がなかった。
 でもわたしはめちゃくちゃこわかった。
 ほら、自動車の安全テストで、壁に衝突するショッキング映像があるでしょう? 木偶人形が衝撃でぐわんぐわんしちゃったり、フロントガラスを突き破って車外に放りだされたりする、アレ。
 ずんずん迫ってくる船の側壁。さらにグンと加速する機体。
 突撃をかます瞬間、あの映像がありありと脳裏に浮かんだね。
 平気だからとか、安全だからとか関係ないの! ジェットコースターとか乗ったら誰だってこわいでしょ! あれと同じなんだから。
 当然のごとくわたしはルーシーに抗議した。「だろう運転ダメ。かもしれない運転を心がけて」
 すると青いお人形さんはこう言ったよ。「わかりました、次からは気をつけます」
「次もあるのかよ!」とわたしは心の中でビシッとツッコんだ。

 よっこらせと機体の外へと降りれば、すでに周囲は大きなフォークみたいな槍を手にした首長族にかこまれていた。
 それらを睥睨し、わたしはつぶやく。

「これがウワサのドラゴロート族か。なんか目が死んだ魚みたい」

 白目の部分と黒い部分がくっきりしたドングリ眼。
 だからそう称したのだが、身体的特徴についてどうこう言うべきではなかったとすぐに反省した。だって、みなさんむちゃくちゃ怒ったんだもの。
 どうやらわたしは知らないうちに彼らの地雷を踏んでしまったらしい。

「ダメですよリンネさま。それはマナー違反です。彼らは空バカなんですから、よりにもよって水の中でびちびちしているのと同じにしたら、そりゃあ怒られますよ」

 ルーシーにやんわりたしなめられた。
 いや、あんたもさりげにヒドイこと言ってない?
 でもわたしのときとはちがって、お人形さんの言葉には大きな拍手がパチパチ、口笛ヒューヒュー。
 どうやら「空バカ」は彼らにとっての誉め言葉に相当するらしい。
 うーん、異種族間交流ってムズかしいね。
 まぁ、同じ種族同士でもケンカしまくっているから、それも当たり前か。
 それはそれとして、なんか憎めないものがあるよね、ドラゴロート族ってば。
 バカにされたらぷりぷり怒る。ちょっと褒められたらヒューヒュー口笛を吹いてよろこぶ。感情の起伏が明瞭というか、竹をスコンと割ったみたいな気質というか。
 これが空に生き、空に恋焦がれ、空に夢中になっている空バカども。
 今回はその想いがちょいと暴走しちゃったみたいだけど、そもそも飛竜とかドラゴンの面倒をちゃんとみている時点で、中味はけっこうまともだと思うんだ。
 よく犬好きに悪い人はいないとか、猫好きに悪い人はいないとか言っちゃうペット愛好家っているでしょう。でもあれは正しくは「きちんとイヌやネコのお世話ができる人に悪い人はいない」だとわたしは考えている。かわいがるだけならば誰にでもできるから。
 そういった理屈では、ドラゴロート族は悪い人ではないわけで……ムムム。

「ルーシー予定変更。無力化するだけで殺傷はナシの方向で」
「了解です。各員にも通達。麻痺弾とスタンガンにて対応します」

 キリリと真顔にて従者に命じるわたし。
 さぁ、ここから派手なドンパチの始まりだ!
 なーんてことはいたしません。
 だってここは船内なんだもの。つまりほぼほぼ閉鎖空間にて、これってガス類には最高の舞台。
 よってわたしは右手の小指をピンと立てる。とたんに指先から大量に噴出したのは、怒れる鬼も腹がよじれるぐらいにケラケラしちゃう笑気ガス。
 すぐさま乙女を中心にして広がる笑いの輪。
 いい感じで場が和んだところで、床に転がり笑い死なんばかりに悶絶している面々の長い首筋に、ポンポンと判子でも押すかのようにスタンガンっぽい武器を押し当てるルーシー。
 以降はこれのくり返しにて、サクサクと艦内を制圧。
 そしてついにラスボスである敵の大将スコロ・ル・カーボランダムがいる部屋へと到着。
 いかにもな面構えの扉をまえにして、わたしは左手の人差し指マグナムをズドンと一発。
 扉に穴を開けると、そこに右手の小指を突っ込み、シューッ。
「あれ、ラストバトルは? 勇者との対決は? クライマックスシーンは?」とルーシーに言われたけど、「パス」と答えた。
 だってさ、このあとにもいろいろとやることいっぱいあるでしょ。
 落ちた飛竜たちやその操者とかの捜索やら保護やら、あちこちに大量に転がるゼロ戦の残骸の回収、もちろんそのパイロットたちの身柄も確保しないといけない。それから制圧したこの艦を含めてカーボランダム軍の面倒もみなくちゃならない。
 とっとと戦後処理をすませて、お引き取りをしてもらわないと、いくらリスターナが食糧豊富とはいえ、これだけ大飯喰らいのごくつぶしどもを抱えていたら、すぐに干上がってしまう。こちとら辺境の小国なんだよ。大国の戦争遊戯につき合ってる暇もお金もないの。
「だから戦いません」と言い切ってから扉をあけたら、泣き笑いしながら槍をブンブンふりまわしてる男と床で白目をむいている男がいた。
 寝ている方が勇者だな。笑い転げるあまり気を失ってしまったらしい。この分だとあまり戦闘向きではなさそうだね。ゼロ戦を組み上げたことからして技術チートの類かな。
 で、元気な方がスコロ王さま。「おのれーっ、ヒヒヒ」「くそー、オレたちの夢はこんなところで、あはははは」とがんばっている。でも動くほどにガスの回りがよくなるから、余計に苦しくなるんだよねえ。
 ほらいわんこっちゃない。
 見ている前で、ついに耐えかねて槍を放り出す王さま。
 続けて口から泡をふいてバタンと倒れた。びくんびくんと痙攣。なにやら危険な状態にてじきに動きをとめ、ついにピクリともしなくなった。
 試しに口元に手をやったら、息をしてないっ!
 どうしようと、わたし大慌て。いざとなったら人工呼吸とか心臓マッサージなんてまるで思いつけやしない。
 するとルーシーが「おまかせください」
 お人形さんは王さまの上に馬乗りとなり、その胸元にてスタンガンっぽいモノをバッチバチ。
 これにてスコロ王さま、奇跡のカムバック。
 やれやれ、最後の最後でビビらせやがって。
 おかげでこっちの心臓まで止まりそうになったよ。
 さて、お空の上はとりあえずこれにてひと段落。あとは地上の方か。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。  クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。  そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。 「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」  クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!? 「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」

【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました

Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。