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後日談
芽ぐみ 7
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「…お姉様、ごめんなさい。」
トリシャが望んだ、主夫妻への謝罪の場。泣き腫らした目で再びの謝罪を告げるトリシャに、クリスティーナが困ったように首を傾げる。
「…トリシャ、あなたが謝るようなことは何もないでしょう?むしろ、私が明かしたことで、あなたを傷つけたのだから…」
「っ!違います!違うんです!私、無神経に、何も考えずに行動して、それで、私の方こそお姉様を傷つけるところでした!」
「…トリシャ。」
「ごめんなさい、お姉様。…お兄様も。」
「…」
「私、好きな相手と結婚していいって言われて、自分の都合のいいように考えてしまいました。」
落ち込んだ声、トリシャがどれだけ男を想っていたのかは分からない。それでも、少なくとも、気持ちが傾きかけていた相手をトリシャから奪った。その一端を担ったことに、罪悪感と同じくらいの喜びを感じている自分はどうしようもない。
(…最悪だ。)
「あの男はトリシャに相応しくなかった」、それだけを言い訳に、己の気持ちを正当化しようとさえしている。
「…ねぇ、トリシャ。私達は、あなたにはあなたの好きな人と家庭を持って欲しい、本当にそう思っているのよ?」
クリスティーナの言葉に、横で主が頷く。
「だから、もし、あなたが私とボルツ先生の間に起きた事実を知ってなお、彼を望むなら、」
「いいえ!まさか!?私が、お姉様に非道な行いをされた方を望むなどあり得ません!論外です!」
「…そう、なの?…でも、トリシャ、あなた、ボルツ先生が好きだったのでしょう?」
「それは…」
トリシャが言い淀んだのは一瞬、それから、口を開いて、
「私、本屋でボルツ先生に魔術の本を教えて頂いて、それから、あの、色々教えてもらって、親切にしてもらって、彼が…、彼なら、タールベルクの、転移陣を作るのに、力になってくれるんじゃないかと思ったんです…」
「トリシャ…」
「それで、ボルツ先生を好きになれたらいいなと。…お姉様の話を聞くまでは、先生のことが嫌いではありませんでしたし、お姉様が言われたように、いつかは好きになって、そうしたら、受け入れてもらえるかは分かりませんでしたが、先生に気持ちを明かすつもりでいて…」
どうやら、まだ、男に対して案じたような気持ちは育っていなかったらしいトリシャの言葉に安堵する。ただ、トリシャが、タールベルクのため、利のある婚姻を成そうとしていたらしいことに動揺した。
それは、主夫妻も同じ同じだったらしく─
「…ねぇ、トリシャ。私があなたに『好きな人に嫁げばいい』と言ったのは、そういう意味ではないわ?家のことなど気にせず、純粋に好きな人を選んで欲しいのよ。」
「…でも、それは…」
また、泣き出しそうになったトリシャに、クリスティーナが苦笑する。その横で、それまで黙って話を聞いていた主が口を開いた。
「…トリシャ。クリスティーナの言葉を信じろ。」
「お兄様…」
「クリスティーナは、駄目なものは駄目だと言う。クリスティーナは女神のごとき慈悲を持つが、それはお前一人に対するものではない。」
「…」
「領主夫人として、民と臣への慈悲をも持つ。その女神が『許す』と言っているのだ。ならば、何の問題もない。…お前の『お姉様』は身内のためにタールベルクを蔑ろにする、そんな真似はしないだろう?」
「っ!」
再び、トリシャの目元に涙が浮かび上がった。それが流れ出すのを懸命にこらえ、小さく、何度も頷くトリシャ。
その姿に満足したらしいクリスティーナが柔らかく笑んだ。
「…トリシャ、私もフリード様も、あなたに結婚相手を選ぶ自由を与えられる程度の力はあるつもりよ。無理ならば無理だとあなたに助けをお願いする。…でも、今はその時ではないの。」
「…お姉様。ありがとう、ありがとうございます…」
「ええ…」
最後に、立ち上がり、トリシャを抱きしめるクリスティーナ。トリシャの手が、その背に縋りつくように回される。暫しの抱擁、満足したらしい両者が離れ、主夫妻が帰宅の意を告げる。
連れ立って、部屋の扉へと向かう二人。ふと、何かを思い出したかのように足を止めたクリスティーナが、こちらを振り向いた。
「…ねぇ、トリシャ?」
「はい!」
「私も、言葉が足りなかったかもしれないわ。」
「はい…?」
「…婚姻というのはね?」
言って、隣に立つ主の首の後ろへと両手を回すクリスティーナ。その動きに合わせ、主が従順にその身を屈める。
「好ましい、だけでは駄目なのよ?」
「え…」
回された両腕に力が入る。主が、驚きに目を見開きながらも、されるがままに引き寄せられた。両者の唇が重なり合って─
「っ!きゃぁあっ!」
「っ!?!?!?!?」
「…」
それなりに長い時間、悲鳴を上げたトリシャが固まって暫く、漸く離れた二人の距離─
「…婚姻は、こういうことが出来る相手でなくては駄目なの。」
「…こういうこと…」
「ええ。…正確に言うなら、これ以上、もっと、よ?」
「…これ以上、もっと…」
言われた言葉を繰り返すだけになってしまったトリシャに、主の妻は満足そうに頷いた。
「ええ。だから…」
「…」
視線が一瞬、己へと向けられて─
「…ゆっくり考えてみてね?」
「は、はい!」
赤い顔でコクコクと頷くトリシャと自分を残して部屋を出ていく主夫妻。主の足元が若干覚束ないことには気づかない振りをした。
トリシャが望んだ、主夫妻への謝罪の場。泣き腫らした目で再びの謝罪を告げるトリシャに、クリスティーナが困ったように首を傾げる。
「…トリシャ、あなたが謝るようなことは何もないでしょう?むしろ、私が明かしたことで、あなたを傷つけたのだから…」
「っ!違います!違うんです!私、無神経に、何も考えずに行動して、それで、私の方こそお姉様を傷つけるところでした!」
「…トリシャ。」
「ごめんなさい、お姉様。…お兄様も。」
「…」
「私、好きな相手と結婚していいって言われて、自分の都合のいいように考えてしまいました。」
落ち込んだ声、トリシャがどれだけ男を想っていたのかは分からない。それでも、少なくとも、気持ちが傾きかけていた相手をトリシャから奪った。その一端を担ったことに、罪悪感と同じくらいの喜びを感じている自分はどうしようもない。
(…最悪だ。)
「あの男はトリシャに相応しくなかった」、それだけを言い訳に、己の気持ちを正当化しようとさえしている。
「…ねぇ、トリシャ。私達は、あなたにはあなたの好きな人と家庭を持って欲しい、本当にそう思っているのよ?」
クリスティーナの言葉に、横で主が頷く。
「だから、もし、あなたが私とボルツ先生の間に起きた事実を知ってなお、彼を望むなら、」
「いいえ!まさか!?私が、お姉様に非道な行いをされた方を望むなどあり得ません!論外です!」
「…そう、なの?…でも、トリシャ、あなた、ボルツ先生が好きだったのでしょう?」
「それは…」
トリシャが言い淀んだのは一瞬、それから、口を開いて、
「私、本屋でボルツ先生に魔術の本を教えて頂いて、それから、あの、色々教えてもらって、親切にしてもらって、彼が…、彼なら、タールベルクの、転移陣を作るのに、力になってくれるんじゃないかと思ったんです…」
「トリシャ…」
「それで、ボルツ先生を好きになれたらいいなと。…お姉様の話を聞くまでは、先生のことが嫌いではありませんでしたし、お姉様が言われたように、いつかは好きになって、そうしたら、受け入れてもらえるかは分かりませんでしたが、先生に気持ちを明かすつもりでいて…」
どうやら、まだ、男に対して案じたような気持ちは育っていなかったらしいトリシャの言葉に安堵する。ただ、トリシャが、タールベルクのため、利のある婚姻を成そうとしていたらしいことに動揺した。
それは、主夫妻も同じ同じだったらしく─
「…ねぇ、トリシャ。私があなたに『好きな人に嫁げばいい』と言ったのは、そういう意味ではないわ?家のことなど気にせず、純粋に好きな人を選んで欲しいのよ。」
「…でも、それは…」
また、泣き出しそうになったトリシャに、クリスティーナが苦笑する。その横で、それまで黙って話を聞いていた主が口を開いた。
「…トリシャ。クリスティーナの言葉を信じろ。」
「お兄様…」
「クリスティーナは、駄目なものは駄目だと言う。クリスティーナは女神のごとき慈悲を持つが、それはお前一人に対するものではない。」
「…」
「領主夫人として、民と臣への慈悲をも持つ。その女神が『許す』と言っているのだ。ならば、何の問題もない。…お前の『お姉様』は身内のためにタールベルクを蔑ろにする、そんな真似はしないだろう?」
「っ!」
再び、トリシャの目元に涙が浮かび上がった。それが流れ出すのを懸命にこらえ、小さく、何度も頷くトリシャ。
その姿に満足したらしいクリスティーナが柔らかく笑んだ。
「…トリシャ、私もフリード様も、あなたに結婚相手を選ぶ自由を与えられる程度の力はあるつもりよ。無理ならば無理だとあなたに助けをお願いする。…でも、今はその時ではないの。」
「…お姉様。ありがとう、ありがとうございます…」
「ええ…」
最後に、立ち上がり、トリシャを抱きしめるクリスティーナ。トリシャの手が、その背に縋りつくように回される。暫しの抱擁、満足したらしい両者が離れ、主夫妻が帰宅の意を告げる。
連れ立って、部屋の扉へと向かう二人。ふと、何かを思い出したかのように足を止めたクリスティーナが、こちらを振り向いた。
「…ねぇ、トリシャ?」
「はい!」
「私も、言葉が足りなかったかもしれないわ。」
「はい…?」
「…婚姻というのはね?」
言って、隣に立つ主の首の後ろへと両手を回すクリスティーナ。その動きに合わせ、主が従順にその身を屈める。
「好ましい、だけでは駄目なのよ?」
「え…」
回された両腕に力が入る。主が、驚きに目を見開きながらも、されるがままに引き寄せられた。両者の唇が重なり合って─
「っ!きゃぁあっ!」
「っ!?!?!?!?」
「…」
それなりに長い時間、悲鳴を上げたトリシャが固まって暫く、漸く離れた二人の距離─
「…婚姻は、こういうことが出来る相手でなくては駄目なの。」
「…こういうこと…」
「ええ。…正確に言うなら、これ以上、もっと、よ?」
「…これ以上、もっと…」
言われた言葉を繰り返すだけになってしまったトリシャに、主の妻は満足そうに頷いた。
「ええ。だから…」
「…」
視線が一瞬、己へと向けられて─
「…ゆっくり考えてみてね?」
「は、はい!」
赤い顔でコクコクと頷くトリシャと自分を残して部屋を出ていく主夫妻。主の足元が若干覚束ないことには気づかない振りをした。
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