悪役令嬢の矜持 婚約破棄、構いません

リコピン

文字の大きさ
上 下
41 / 48
後日談

  芽ぐみ 3

しおりを挟む
「お姉様、お兄様に初めて会われた時、お兄様のことをどう思われましたか?」

「え…?」

職権を乱用しての主夫妻の王都邸滞在。タールベルクから出てきていた主夫妻主催での晩餐で、トリシャがいきなりの爆弾発言。主は、隠しきれてない期待の眼差しをクリスティーナに向けているけれど、向けられている本人は、自分の夫を頑なに見ないようにしているのが見て取れる。

どうすんだ?という空気の中、主の妻は優雅に笑って、トリシャの心臓を打ち抜いてから─

「…人の第一印象なんて、あまり当てにならないものよ?」

「そう、なのですか…?」

「ええ。…最初から、その人の全てを知ることなんて出来ないでしょう?付き合う内に、その人の好ましい面も、好ましくない面も見えて来るものだから。」

そこで漸く、主を向いたクリスティーナが、また笑って。

「…私はまだ、フリード様の好ましくない面を見つけられていないけれど。」

「っ!!クリスティーナ!!」

「はい。」

「俺もだ!俺もっ!クリスティーナの全てが好ましく、愛おしいと思っている!!」

「まぁ、ありがとうございます。」

(…何だかなぁ。)

結局、クリスティーナはトリシャの問いには全く答えていないのだが、それは最早どうでもいいらしい。主が─何故かトリシャも─感極まっているようだから、まぁ、いいか、なんて眺めていたら─

「…では、私も相手の方を知る内に、いずれ、好きになれるのかもしれないのですね?」

「っ!?」

「!」

「…トリシャ?」

不穏な流れ。

(…相手?)

一体、何のことだと混乱する内に、追い打ちをかける言葉が続く─

「あ!?ちが、違うんです!ただ、今日、街でお会いした方が優しい方で、その、また街でお会いしたら声をおかけしてもいいと言われて!」

「っ!?」

言葉が、突き刺さる。

トリシャが?トリシャの方から?ずっと、ずっと、俺が守って、俺の後ろから周囲を窺うようにしていたトリシャが?俺の知らぬ間に、知らぬ相手に声をかけた─?

「あの、でも、大丈夫です!名乗ってはいません!というか、偽名を名乗りました!お姉様みたいに!だから、あの、タールベルクの者だとは知られていません!」

「…トリシャ、後で詳しい話を聞かせてくれる?」

「え?あ、はい!お姉様!」

主夫妻からの突き刺さるような視線。トリシャにつけていた護衛からの報告は確認していた。だが、会話が成り立つほどの接触があったような報告はどこにも─

(ああ、くそっ…!)

分かってる。分かっていた。傍を離れれば、こういうことは起こり得ると。けれど、やはり、分かっていたのは頭だけ。感情は─






****






「…トリシャに聞いたわ。」

「はい…」

晩餐を終えた後、トリシャとの時間を過ごしたクリスティーナに、タールベルクへの帰還間際に呼び出された。主夫妻と向かい合わせでの執務室、直立して話を聞く。

「…本屋で出会った方だそうよ。はぐらかされてしまったけれど、本の内容について少し話をしたみたい。次の約束があるのではなく、『本屋でまた会ったら相談させて欲しい』くらいの会話で終わったようだけれど。」

「それは…」

「報告にはなかったの?」

「…ありました。本屋にて男との接触あり。ただ、店の中でのこと、会話の場面までは正確に把握できていなかったようです。接触時間も短かったそうなので、まさか、次の約束をしていたとは思いませんでした。」

失態、ではないが、それが限界。己が傍に居ないが故の。それでも腹立たしい、トリシャの全てをその横で知っていたいという欲望に飲まれそうになる─

「…そうね。約束、と言えるほどのものかは怪しいところだけれど、トリシャが初対面の男性に興味を持ったということ自体が驚きだわ。」

「あの…」

「なに?」

「トリシャは、どういう出会いだったと?」

聞きたくはない。それでも、確かめずにはおられない。何が、トリシャの心を惹きつけたのか。己ではなく、その男の何が─

「…本屋で本を探していたらしいの。相手の方が、手の届かない場所にあった本を取って下さったそうよ。」

「っ!?…ああ、クソッ!」

知らされた言葉に敗因、最悪の事態を知る。

「…ウェスリー?」

「…すみません。」

けれど、付き合いが長いからこそ分かる。トリシャが考えそうなこと。トリシャが、その男相手に「なに」を感じたのか─

「…似てるんすよ。」

「?」

「…トリシャが、初めてクリスティーナ様にお声をかけて頂いた時と。」

「…」

今でも、覚えている。「優しくしてもらった」とキラキラ目を輝かせていたトリシャ。楽しそうに、同じ話を何度も何度も飽きることなく繰り返していた姿。もし、トリシャがあの時と同じ気持ち、そうでなくとも、それに近い気持ちを抱いているのだとしたら─

(…最悪だ。)

痛い、心臓が、痛い─

「…その男についての報告は無いのか?」

主の言葉に、知らず下がっていた顔を上げる。

「…いえ。三十代、黒目黒髪の男としか。…調べます。」

「ああ。今後、本当にトリシャがその男と接触することがあるようなら、身元は確かめておきたい。」

「…承知、しました。」

「接触をさせるな」とは命じぬ主の言葉に、ただ、頭を下げた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。  クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。  そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。 「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」  クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!? 「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」

【完結】結婚初夜。離縁されたらおしまいなのに、夫が来る前に寝落ちしてしまいました

Kei.S
恋愛
結婚で王宮から逃げ出すことに成功した第五王女のシーラ。もし離縁されたら腹違いのお姉様たちに虐げられる生活に逆戻り……な状況で、夫が来る前にうっかり寝落ちしてしまった結婚初夜のお話

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。