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後日談
芽ぐみ 3
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「お姉様、お兄様に初めて会われた時、お兄様のことをどう思われましたか?」
「え…?」
職権を乱用しての主夫妻の王都邸滞在。タールベルクから出てきていた主夫妻主催での晩餐で、トリシャがいきなりの爆弾発言。主は、隠しきれてない期待の眼差しをクリスティーナに向けているけれど、向けられている本人は、自分の夫を頑なに見ないようにしているのが見て取れる。
どうすんだ?という空気の中、主の妻は優雅に笑って、トリシャの心臓を打ち抜いてから─
「…人の第一印象なんて、あまり当てにならないものよ?」
「そう、なのですか…?」
「ええ。…最初から、その人の全てを知ることなんて出来ないでしょう?付き合う内に、その人の好ましい面も、好ましくない面も見えて来るものだから。」
そこで漸く、主を向いたクリスティーナが、また笑って。
「…私はまだ、フリード様の好ましくない面を見つけられていないけれど。」
「っ!!クリスティーナ!!」
「はい。」
「俺もだ!俺もっ!クリスティーナの全てが好ましく、愛おしいと思っている!!」
「まぁ、ありがとうございます。」
(…何だかなぁ。)
結局、クリスティーナはトリシャの問いには全く答えていないのだが、それは最早どうでもいいらしい。主が─何故かトリシャも─感極まっているようだから、まぁ、いいか、なんて眺めていたら─
「…では、私も相手の方を知る内に、いずれ、好きになれるのかもしれないのですね?」
「っ!?」
「!」
「…トリシャ?」
不穏な流れ。
(…相手?)
一体、何のことだと混乱する内に、追い打ちをかける言葉が続く─
「あ!?ちが、違うんです!ただ、今日、街でお会いした方が優しい方で、その、また街でお会いしたら声をおかけしてもいいと言われて!」
「っ!?」
言葉が、突き刺さる。
トリシャが?トリシャの方から?ずっと、ずっと、俺が守って、俺の後ろから周囲を窺うようにしていたトリシャが?俺の知らぬ間に、知らぬ相手に声をかけた─?
「あの、でも、大丈夫です!名乗ってはいません!というか、偽名を名乗りました!お姉様みたいに!だから、あの、タールベルクの者だとは知られていません!」
「…トリシャ、後で詳しい話を聞かせてくれる?」
「え?あ、はい!お姉様!」
主夫妻からの突き刺さるような視線。トリシャにつけていた護衛からの報告は確認していた。だが、会話が成り立つほどの接触があったような報告はどこにも─
(ああ、くそっ…!)
分かってる。分かっていた。傍を離れれば、こういうことは起こり得ると。けれど、やはり、分かっていたのは頭だけ。感情は─
****
「…トリシャに聞いたわ。」
「はい…」
晩餐を終えた後、トリシャとの時間を過ごしたクリスティーナに、タールベルクへの帰還間際に呼び出された。主夫妻と向かい合わせでの執務室、直立して話を聞く。
「…本屋で出会った方だそうよ。はぐらかされてしまったけれど、本の内容について少し話をしたみたい。次の約束があるのではなく、『本屋でまた会ったら相談させて欲しい』くらいの会話で終わったようだけれど。」
「それは…」
「報告にはなかったの?」
「…ありました。本屋にて男との接触あり。ただ、店の中でのこと、会話の場面までは正確に把握できていなかったようです。接触時間も短かったそうなので、まさか、次の約束をしていたとは思いませんでした。」
失態、ではないが、それが限界。己が傍に居ないが故の。それでも腹立たしい、トリシャの全てをその横で知っていたいという欲望に飲まれそうになる─
「…そうね。約束、と言えるほどのものかは怪しいところだけれど、トリシャが初対面の男性に興味を持ったということ自体が驚きだわ。」
「あの…」
「なに?」
「トリシャは、どういう出会いだったと?」
聞きたくはない。それでも、確かめずにはおられない。何が、トリシャの心を惹きつけたのか。己ではなく、その男の何が─
「…本屋で本を探していたらしいの。相手の方が、手の届かない場所にあった本を取って下さったそうよ。」
「っ!?…ああ、クソッ!」
知らされた言葉に敗因、最悪の事態を知る。
「…ウェスリー?」
「…すみません。」
けれど、付き合いが長いからこそ分かる。トリシャが考えそうなこと。トリシャが、その男相手に「なに」を感じたのか─
「…似てるんすよ。」
「?」
「…トリシャが、初めてクリスティーナ様にお声をかけて頂いた時と。」
「…」
今でも、覚えている。「優しくしてもらった」とキラキラ目を輝かせていたトリシャ。楽しそうに、同じ話を何度も何度も飽きることなく繰り返していた姿。もし、トリシャがあの時と同じ気持ち、そうでなくとも、それに近い気持ちを抱いているのだとしたら─
(…最悪だ。)
痛い、心臓が、痛い─
「…その男についての報告は無いのか?」
主の言葉に、知らず下がっていた顔を上げる。
「…いえ。三十代、黒目黒髪の男としか。…調べます。」
「ああ。今後、本当にトリシャがその男と接触することがあるようなら、身元は確かめておきたい。」
「…承知、しました。」
「接触をさせるな」とは命じぬ主の言葉に、ただ、頭を下げた。
「え…?」
職権を乱用しての主夫妻の王都邸滞在。タールベルクから出てきていた主夫妻主催での晩餐で、トリシャがいきなりの爆弾発言。主は、隠しきれてない期待の眼差しをクリスティーナに向けているけれど、向けられている本人は、自分の夫を頑なに見ないようにしているのが見て取れる。
どうすんだ?という空気の中、主の妻は優雅に笑って、トリシャの心臓を打ち抜いてから─
「…人の第一印象なんて、あまり当てにならないものよ?」
「そう、なのですか…?」
「ええ。…最初から、その人の全てを知ることなんて出来ないでしょう?付き合う内に、その人の好ましい面も、好ましくない面も見えて来るものだから。」
そこで漸く、主を向いたクリスティーナが、また笑って。
「…私はまだ、フリード様の好ましくない面を見つけられていないけれど。」
「っ!!クリスティーナ!!」
「はい。」
「俺もだ!俺もっ!クリスティーナの全てが好ましく、愛おしいと思っている!!」
「まぁ、ありがとうございます。」
(…何だかなぁ。)
結局、クリスティーナはトリシャの問いには全く答えていないのだが、それは最早どうでもいいらしい。主が─何故かトリシャも─感極まっているようだから、まぁ、いいか、なんて眺めていたら─
「…では、私も相手の方を知る内に、いずれ、好きになれるのかもしれないのですね?」
「っ!?」
「!」
「…トリシャ?」
不穏な流れ。
(…相手?)
一体、何のことだと混乱する内に、追い打ちをかける言葉が続く─
「あ!?ちが、違うんです!ただ、今日、街でお会いした方が優しい方で、その、また街でお会いしたら声をおかけしてもいいと言われて!」
「っ!?」
言葉が、突き刺さる。
トリシャが?トリシャの方から?ずっと、ずっと、俺が守って、俺の後ろから周囲を窺うようにしていたトリシャが?俺の知らぬ間に、知らぬ相手に声をかけた─?
「あの、でも、大丈夫です!名乗ってはいません!というか、偽名を名乗りました!お姉様みたいに!だから、あの、タールベルクの者だとは知られていません!」
「…トリシャ、後で詳しい話を聞かせてくれる?」
「え?あ、はい!お姉様!」
主夫妻からの突き刺さるような視線。トリシャにつけていた護衛からの報告は確認していた。だが、会話が成り立つほどの接触があったような報告はどこにも─
(ああ、くそっ…!)
分かってる。分かっていた。傍を離れれば、こういうことは起こり得ると。けれど、やはり、分かっていたのは頭だけ。感情は─
****
「…トリシャに聞いたわ。」
「はい…」
晩餐を終えた後、トリシャとの時間を過ごしたクリスティーナに、タールベルクへの帰還間際に呼び出された。主夫妻と向かい合わせでの執務室、直立して話を聞く。
「…本屋で出会った方だそうよ。はぐらかされてしまったけれど、本の内容について少し話をしたみたい。次の約束があるのではなく、『本屋でまた会ったら相談させて欲しい』くらいの会話で終わったようだけれど。」
「それは…」
「報告にはなかったの?」
「…ありました。本屋にて男との接触あり。ただ、店の中でのこと、会話の場面までは正確に把握できていなかったようです。接触時間も短かったそうなので、まさか、次の約束をしていたとは思いませんでした。」
失態、ではないが、それが限界。己が傍に居ないが故の。それでも腹立たしい、トリシャの全てをその横で知っていたいという欲望に飲まれそうになる─
「…そうね。約束、と言えるほどのものかは怪しいところだけれど、トリシャが初対面の男性に興味を持ったということ自体が驚きだわ。」
「あの…」
「なに?」
「トリシャは、どういう出会いだったと?」
聞きたくはない。それでも、確かめずにはおられない。何が、トリシャの心を惹きつけたのか。己ではなく、その男の何が─
「…本屋で本を探していたらしいの。相手の方が、手の届かない場所にあった本を取って下さったそうよ。」
「っ!?…ああ、クソッ!」
知らされた言葉に敗因、最悪の事態を知る。
「…ウェスリー?」
「…すみません。」
けれど、付き合いが長いからこそ分かる。トリシャが考えそうなこと。トリシャが、その男相手に「なに」を感じたのか─
「…似てるんすよ。」
「?」
「…トリシャが、初めてクリスティーナ様にお声をかけて頂いた時と。」
「…」
今でも、覚えている。「優しくしてもらった」とキラキラ目を輝かせていたトリシャ。楽しそうに、同じ話を何度も何度も飽きることなく繰り返していた姿。もし、トリシャがあの時と同じ気持ち、そうでなくとも、それに近い気持ちを抱いているのだとしたら─
(…最悪だ。)
痛い、心臓が、痛い─
「…その男についての報告は無いのか?」
主の言葉に、知らず下がっていた顔を上げる。
「…いえ。三十代、黒目黒髪の男としか。…調べます。」
「ああ。今後、本当にトリシャがその男と接触することがあるようなら、身元は確かめておきたい。」
「…承知、しました。」
「接触をさせるな」とは命じぬ主の言葉に、ただ、頭を下げた。
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