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後日談
芽ぐみ 1
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「…はぁ。」
これで、何度目か分からないため息。王都の中央街、休みを利用して足を運んだ噴水広場で、今日もまた、無意味に時間を潰している。
(…ううん、無意味じゃないわ。…ないはず、きっと。)
兄夫婦の出会いの場を倣って訪れているこの場所で、なのに、なかなか、自分にはそれらしい「出会い」が訪れない。
(…出会い、か。)
そもそも、こんな場所で運命の相手に出会える方が奇跡なんだって分かってる。お姉様達は特別。でも、それくらいに劇的な何かが起こらない限りは、諦めきれない気がして─
─トリシャ様、ウェスリー様にご婚約者様はいらっしゃらないんですか?
─ウェスリー様は、どのような女性がお好みなんですか?
「…」
王都とタールベルクを繋ぐ転移陣が出来てから、それに関する噂が学園内でもチラホラと聞こえるようになってきた。実際にはまだ、転移陣の一般開放はされておらず、使用できるのは限られた人間だけ。なのに、「今後、タールベルクは発展し身近になる」と見越した一部のご令嬢、若しくは、その家族が、タールベルクに仕える男爵家のウェスリーに目をつけた。
─ウェスリー様は颯爽としていて、物語の騎士のようですね
─ウェスリー様のような方に守って頂けるなら、北の魔物も怖くありません
(今までは、ただの田舎騎士扱いだったのに…)
ウェスリーが物語の騎士みたいだなんて、そんなの、十年前から知っていた。魔物が怖くなくなることなんてないけれど、それでも、ウェスリーは私を守ってくれる。これからだって、ずっと。そう思ってた─
─辺境伯閣下の妹様ですもの。公爵家でさえトリシャ様を望まれますわ
─流石に、男爵家のウェスリー様とでは釣り合いが…
(…っ!)
言われるまで、考えたこともなかった。私とウェスリーの関係。「釣り合う」だなんて、そんな。
でも、よく考えたら、そもそも、私とウェスリーの間にそんな話自体、出たことないんだって気がついた。当然、将来の約束、婚約だってしていない。なのに、何の疑問もなく、ただ私が、一方的に、ずっとウェスリーと一緒に居られるって。
(そんなはず、ないのに…)
だから、お姉様に聞いた。私に一番厳しくあってくれるお姉様に、「私が嫁ぐべき相手は居ますか」って。情けないくらいドキドキして、本当は「居なければいい」って思いながら。そうしたら、
─トリシャは、好きな人に嫁げばいいわ
っていう期待していた通りの優しい返事が返って来た。
(…お姉様まで、私に甘くなっちゃった。)
元から、兄が私に何かを強制することはなかった。婚姻もそう。タールベルクでは、辺境という土地柄、「家格の釣りあう相手」を探すことそのものが難しい。武を尊ぶという風土もあって、男爵家出身の騎士であった母が、辺境伯である父に嫁ぐことすら問題とはならなかった。
(でも、それは昔の話で、今は、お父様達の頃とは違う…)
辺境が注目を浴び、タールベルクと縁づくことに意味が生まれた今、ウェスリーだけの話じゃなくて、私も─
(…ううん。お兄様が辺境伯なのだもの。私の方がよっぽど…)
家のための婚姻を求められる。剣も魔法も使えない私が、タールベルクのためにできることはそれくらい。お姉様が私の立場なら、きっと迷わない。
(…なのに。)
そのお姉様が、「好きな人を選んでいい」と言う。そして、私はそのことを「嬉しい」と喜んでしまった。
「うー…」
情けない。お兄様やお姉様の優しさに甘えて、それで、浮かれて。なのに、結局、肝心の勇気は持てなくて─
─ウェスリー、私、誰と結婚すればいいと思う?
「あー、もぉ…」
恥ずかしい。情けない。「好きだ」とも「結婚して欲しい」とも言えなかった弱い私に、ウェスリーが返した言葉は、望んでいたものではなくて─
(…振られちゃったなぁ…)
ウェスリーも自分と同じ気持ちでいてくれる。今まで、無意識に信じ込んでいた思い込みを木っ端微塵にされ、辛くて、悲しくて、本当は部屋に閉じこもっていたいくらい。でも、
「…しっかり、しなくちゃ…!」
だって、多分、もう直ぐ終わる。ウェスリーと私が一緒に居られる時間。学園生活の残り一年が終われば、ウェスリーはタールベルクの騎士となる。その時、私は─
「…駄目駄目。」
考え込んでいたら動けなくなってしまう。腰かけていた噴水の淵から立ち上がった。どうやら、今日も「奇跡」は訪れないらしいから。次へ。
街の中、以前、王都に詳しい友人に教えられた店へと歩き出す。
これで、何度目か分からないため息。王都の中央街、休みを利用して足を運んだ噴水広場で、今日もまた、無意味に時間を潰している。
(…ううん、無意味じゃないわ。…ないはず、きっと。)
兄夫婦の出会いの場を倣って訪れているこの場所で、なのに、なかなか、自分にはそれらしい「出会い」が訪れない。
(…出会い、か。)
そもそも、こんな場所で運命の相手に出会える方が奇跡なんだって分かってる。お姉様達は特別。でも、それくらいに劇的な何かが起こらない限りは、諦めきれない気がして─
─トリシャ様、ウェスリー様にご婚約者様はいらっしゃらないんですか?
─ウェスリー様は、どのような女性がお好みなんですか?
「…」
王都とタールベルクを繋ぐ転移陣が出来てから、それに関する噂が学園内でもチラホラと聞こえるようになってきた。実際にはまだ、転移陣の一般開放はされておらず、使用できるのは限られた人間だけ。なのに、「今後、タールベルクは発展し身近になる」と見越した一部のご令嬢、若しくは、その家族が、タールベルクに仕える男爵家のウェスリーに目をつけた。
─ウェスリー様は颯爽としていて、物語の騎士のようですね
─ウェスリー様のような方に守って頂けるなら、北の魔物も怖くありません
(今までは、ただの田舎騎士扱いだったのに…)
ウェスリーが物語の騎士みたいだなんて、そんなの、十年前から知っていた。魔物が怖くなくなることなんてないけれど、それでも、ウェスリーは私を守ってくれる。これからだって、ずっと。そう思ってた─
─辺境伯閣下の妹様ですもの。公爵家でさえトリシャ様を望まれますわ
─流石に、男爵家のウェスリー様とでは釣り合いが…
(…っ!)
言われるまで、考えたこともなかった。私とウェスリーの関係。「釣り合う」だなんて、そんな。
でも、よく考えたら、そもそも、私とウェスリーの間にそんな話自体、出たことないんだって気がついた。当然、将来の約束、婚約だってしていない。なのに、何の疑問もなく、ただ私が、一方的に、ずっとウェスリーと一緒に居られるって。
(そんなはず、ないのに…)
だから、お姉様に聞いた。私に一番厳しくあってくれるお姉様に、「私が嫁ぐべき相手は居ますか」って。情けないくらいドキドキして、本当は「居なければいい」って思いながら。そうしたら、
─トリシャは、好きな人に嫁げばいいわ
っていう期待していた通りの優しい返事が返って来た。
(…お姉様まで、私に甘くなっちゃった。)
元から、兄が私に何かを強制することはなかった。婚姻もそう。タールベルクでは、辺境という土地柄、「家格の釣りあう相手」を探すことそのものが難しい。武を尊ぶという風土もあって、男爵家出身の騎士であった母が、辺境伯である父に嫁ぐことすら問題とはならなかった。
(でも、それは昔の話で、今は、お父様達の頃とは違う…)
辺境が注目を浴び、タールベルクと縁づくことに意味が生まれた今、ウェスリーだけの話じゃなくて、私も─
(…ううん。お兄様が辺境伯なのだもの。私の方がよっぽど…)
家のための婚姻を求められる。剣も魔法も使えない私が、タールベルクのためにできることはそれくらい。お姉様が私の立場なら、きっと迷わない。
(…なのに。)
そのお姉様が、「好きな人を選んでいい」と言う。そして、私はそのことを「嬉しい」と喜んでしまった。
「うー…」
情けない。お兄様やお姉様の優しさに甘えて、それで、浮かれて。なのに、結局、肝心の勇気は持てなくて─
─ウェスリー、私、誰と結婚すればいいと思う?
「あー、もぉ…」
恥ずかしい。情けない。「好きだ」とも「結婚して欲しい」とも言えなかった弱い私に、ウェスリーが返した言葉は、望んでいたものではなくて─
(…振られちゃったなぁ…)
ウェスリーも自分と同じ気持ちでいてくれる。今まで、無意識に信じ込んでいた思い込みを木っ端微塵にされ、辛くて、悲しくて、本当は部屋に閉じこもっていたいくらい。でも、
「…しっかり、しなくちゃ…!」
だって、多分、もう直ぐ終わる。ウェスリーと私が一緒に居られる時間。学園生活の残り一年が終われば、ウェスリーはタールベルクの騎士となる。その時、私は─
「…駄目駄目。」
考え込んでいたら動けなくなってしまう。腰かけていた噴水の淵から立ち上がった。どうやら、今日も「奇跡」は訪れないらしいから。次へ。
街の中、以前、王都に詳しい友人に教えられた店へと歩き出す。
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