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後日談

閑話 ※ダーク風味、暴力表現あり

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「だからさぁ、別に、やっちまったもんはしょうがないだろう?けど、ここの領主夫人は出来たお人だからな?過ちは許して下さるんだってよ。いやー、本当、助かった。救われた救われた。」

「ふーん。…それで、あんた、その『やっちまったこと』を後悔、反省はしてないの?」

「後悔?してるよ、してるに決まってんだろ?」

「…」

「きっちり最後までやっときゃ良かった!ってな!」

酔った男の馬鹿笑い。自分で言った言葉に自分で笑って。それが面白いと思ってる救いようのない馬鹿。

「それにさ!聞けよ!領主の辺境伯が、これまた笑える間抜けでさ!『辺境までよく来てくれた』って歓迎の昼食会!領主夫人が不在だったのは残念だったが、俺、何度も腹の中で笑ったよ!」

「…」

「お前の奥さん襲ったの、俺です!ってな!」

「…良かった。」

「あ?何が?」

「いや、あんたが、正真正銘のクズで。」

「あ"!?」

激昂し、立ち上がろうとするも酒と魔法薬でふらついた男の拳を躱す。

「まぁ、いいや。ここ、俺の驕りね。好きなだけ飲んでって。」

「あ!おい!ちょ、待て!」

酒場の片隅、待機していた仲間に合図を送る。「後は任せた」、席を立って男に近づく彼女の姿を確かめてから、店を後にした。

「…さっむ!」

北の大地の夜は冷え込む。春だと言うのにこの寒さ。外套の襟を立てて、領主館への道を急ぐ。

始まりは、男の言う「領主夫人」、この地へ嫁いできて一年が経つ、主の妻の一言だった。

─王都から派遣されてくる魔導師に監視を付けて欲しい

直接指示されたのは自身の父親で、指定された魔導師の名は「カイル・リンガール」。監視の理由を口にしなかった主の妻の代わりに父親が調べた結果、カイルはリンガール子爵家の三男で、主の妻とは同窓。学科は異なるものの、学園で同学年だったことが分かった。現在は、王宮で魔導師の職についているが、大した功績は無し。凡庸。今回のタールベルクでの転移陣構築に参加したのは、この地での功績を王宮での出世の足掛かりとするため。

可もなく不可もなくの調査結果だったところに、今度は、男を直接目にした主の方から男に対する指示が与えられた。

─彼の人となりを知るため話がしたい

理由を問えば、「クリスティーナが彼を嫌っているから」との一言。焦った。監視の指示があったことは伝えていたが、主の妻から好悪の感情は読み取れなかった。監視を指示する以上、警戒していることは間違いないだろうが、「嫌い」とする根拠は?問えば─

─学園の演習試合で、クリスティーナが蛆虫を見るような目で見ていた

「…」

返って来た返事に、正直、ちょっと引いた。

(…怖ぇよなぁ…)

一年も前の話、一度見ただけの男の顔を覚えていたこともそうだし、あの時の距離でクリスティーナの表情を捉えていたことも怖い。

ただ、それにより、浮かび上がった可能性。かつて、主の妻が明かしてくれた「学園内で襲われた」という過去。男がそれに関与していたのでは?という推測のもと、整えた昼食会、主の妻には秘されたその場で主が下した判断は、

─あの男は、駄目だな

というもの。

よって、男には自白剤入りの酒を飲んでもらうことになり、結果、こちらは胸糞悪くなる話を聞かされる羽目に。

(…まぁ、満足してるけど。)

でないと、この先の予定に若干の支障、おもに主の精神面での負担が増す。選ぶのが男自身とは言え、主の負担が完全になくなるわけではない。

(…いや。)

ひょっとしたら、そうでもない?

主の、妻に対する崇拝にも似た恋情。時に、暴走しがちなその想いがあれば、或いは─






****






「…捕縛し、地下に連行してあります。」

「ああ。ご苦労。」

「は。」

主に頭を下げ、部屋を退出していったのは、先ほど酒場でお役目交代したばかりの騎士仲間。先ほどまでの「町娘」の姿から、騎士姿へと装いを変えての任務完了報告─

「…にしても、早すぎじゃないですか?」

「…」

掛かればいいとは思っていた。それにしても、これは。己が館へ帰還して、まだ、半時も経っていない─

「…行って来る。」

「え、いや、俺も行きますって。」

「…」

渋い顔をする主、それでも「来るな」とは言わない主の先に立ち、廊下を進む。タールベルクの長い歴史において、時に、魔物の直接被害を受けながら修繕、増築を繰り返してきた館の闇は深い。

廊下の先、降りた階段の下に現れるのは、かつて、領主に司法の権があった頃、罪人を繋ぐ場であった獄。今や形ばかりが残されたそこに、今夜は椅子に座った状態で縛り付けられた男が一人。それを取り囲むように配された騎士は、いずれも主の腹心である近衛騎士達─

「っ!?た、助けて下さい!!」

「…」

主の姿を認めるなり、助けを乞うた男。反応しない主の姿に脅え、それでも、必死に助けを求める。

「辺境伯閣下!お願いです!お助け下さい!俺、私は、気づけばこのような状況で、一体、何がどうなっているのやら!」

「…」

「本当に分からないのです!何故、私がこんな目に!?一体、ここは…!?」

薄々、自身の置かれた状況、目の前の主こそが自身を捕らえた存在だと認識していそうな男の反応に、主は黙ったまま、手渡された剣を抜く。

「ッ!?」

「…お前の罪状は、婦女に対する暴行未遂だ。」

「なっ!?私は、そんな…!?」

「身に覚えがないか?…街の酒場で酔いどれていたお前を案じて声をかけた女性。その女性の帰宅をつけ、人気の無い路地裏に連れ込んだ。」

「っ!」

「思い出したようだな?」

「あれは!…いえ、その、酒を、…酒に酔っていて…」

男の視線が、主の抜いた剣に引きつけられ、その身体が震えだす。

「残念だが、タールベルクにおいて、酒による酩酊は罪の軽減事由に当たらない。」

「なっ!?あっ!嫌だ、嫌、止めてくれ!」

「この地の、司法の最高権限は領主である私にある。十六年前、この地の荒廃が数多の罪人を生んだ際の緊急措置、その名残なのだが…」

「嫌だっ!嫌だ嫌だっ!」

「…あの頃よりはずっと気が楽だ。…罪の起源がこの地、…己の不足が招いた悲劇ではないからな。」

「あー!!うぁあああ!あぁああ!!」

最早、意味ある言葉を持たない男に、剣を頭上にかざした主が動きを止めた。その視線がこちらを向く。動かない主の視線に負けて、

「…分かりましたよ。」

「…」

ため息一つで牢獄を後にした。階段を上る途中、背後で聞こえた絶叫に男の結末を知る。それに、一つ、肩をすくめて、上り切った先の扉を押し開いた、瞬間─

「っ!?」

「…」

暗闇の中、視界に飛び込んで来たのは一人の女性。

(…ヤバッ!これ、マッズい!マズ過ぎる!)

今まさに、扉から出てきた瞬間を見られてしまった相手に、「こんな夜中に一人きりなんて、例え館の中でも無防備なんじゃ」とか、「気配消すのメチャクチャ上手くなってるな」とか、そんな考えがダーッと浮かんで、それから─

「…お、れが、フリード様にタメぐち許されるようになったのって、五、六歳の頃らしいんです。」

「…」

取り敢えずの言い訳で口にした言葉。小さく首を傾げて話を聞いてくれるらしいその人の反応に少しだけ安堵して、

「…フリード様って、今もあんなですけど、昔はもっと表情固まってて、周り威圧しまくりで、まぁ、そんだけ、あの人に乗っかってる重圧、責任みたいなものがあったから、当然と言えば当然で、まぁ、仕方なかったんだと思います。」

「…」

「でも、そのせいで、トリシャまでフリード様に脅えてて、俺、ブチ切れたらしいんですよね。なんか、フリード様相手に『トリシャを泣かすんじゃねぇ!』みたいなこと言ったらしいです。…覚えてないんですけど。」

黙って耳を傾けるその人に、自分でも「前置き長すぎるだろ」と思いながら、何とか、言いたい事、伝えたいことを口にする。

「それで、まぁ、俺がブチ切れたのに、フリード様が驚いて、謝って、それ見たトリシャが笑って、それから、漸くトリシャがフリード様に懐いてって経緯があるもんですから、俺のフリード様への不敬は緩衝材?みたいな感じで許されてきました…」

「…」

「あー、えっと、で、何が言いたいかというと、…その、だから、その頃みたいな、ちょっとしんどくて、顔面固まってるところを、フリード様は多分、あまり見られたくないんじゃないかなーって思ってるんです。」

現に、己はそんな顔した主に追い出された。「子どもが見るもんじゃない」、そんな感じで。だから─

「…特に、あなたには見られたくないんだと思いますよ。…クリスティーナ様。」

呼んだ名に、主の妻が小さく言葉を返した。

「…そう、なのね。」

理解を示す言葉に安堵して、その距離を縮める。

「…ということで、多分、お気づきなんでしょうけど、この場で何があったか、クリスティーナ様が気づいたことをフリード様に黙っていて欲しいんです。後は、今日、クリスティーナ様がこの場に居たことも。」

「…」

「…俺、部屋まで送ります。」

返事はないが、分かってもらえたのだろうと歩き出したところで、クリスティーナの表情に足が止まった。

(あ…、駄目だ。)

視線を合わせれば、主の妻は、それはもういい笑顔、絵画で描かれる聖母のような慈悲深い笑みを浮かべていた。

(駄目だ。これは、駄目なやつだ。)

察してしまったが、一応─

「…あの、クリスティーナ様?」

「待つわ。」

「え…?」

「ここでフリード様を待つから。あなたは気にせず、部屋に戻りなさい?」

「…」

言われて、はい、分かりましたという訳にもいかず、暫し見つめ合う。さて、どうするかっていう最悪のタイミングで、自身の背後、地下室への扉が開いた─

「…」

「…」

(あーあ…)

開いた瞬間、扉に手を掛けたままの姿勢で固まった己の主。多分、俺の気配には気づいてても、クリスティーナ様の気配には気づいてなかったんじゃない?って感じの無防備さ。

(あーあ…)

どうすんのかなーって見てたら─

「…」

「あ…」

「フリード様…」

そのまま扉を閉めようとした主の動きを、名前一つ呼ぶだけで引き留めた主の妻。緊迫した空気の中─

「…フリード様?」

「…」

主の名前をもう一度呼んで、両手を広げたクリスティーナ。見つめ合って、引き寄せ合って、広げられた腕の中に飛び込むみたいにして、それでも、結局、そのデカい身体で自分の妻を抱き込んでしまった主。

「…」

言葉のない不思議な空間に、黙って背を向けた。

ああ見えて、結構、色々引きずる傾向のある主が、明日また、いつもと変わらない程度の厳つさであることを願って─






****






「…あら?」

「?」

翌朝、背中に主を張り付かせたクリスティーナが、タールベルクから王都に強制送還される男を廊下に見つけて、不思議そうな表情を浮かべた。

「?…どうかしましたか?」

「カイル・リンガールの首と胴が繋がっているわ?」

「え?」

「てっきり、昨日の夜でサヨナラしたのかと…」

「っ!?いやいやいや!流石にそこまでは!?」

「そうなの?」

どうやら、本気で言っているらしい主の妻の姿に焦る。

「いや、罪状的に、いっちばん罪を重くしても、そこまで重くなりませんよ!」

「あら…」

何を勘違いしていたのか、もしや、辺境を法も秩序もない野蛮の地だとでも思っていたのか、勘違いして尚あの程度だったのかなど、色々、言いたいことはあるのに─

「…すまない、クリスティーナ。一応、二度と同じ罪は犯せぬ身体にはしてある。だが、やはり、それではあなたの傷ついた心が許されぬと言うなら、あなたの望む通りに…」

またとんでもないことを言い出しそうな主。それを止めるのは、いつも、己の役目だったが─

「あら、フリード様。彼の罪は、昨夜の暴行未遂なのでしょう?…私が傷ついた事実はありませんし、法に則った量刑ならば、何の問題もありません。」

「…クリスティーナ。」

物騒な話をしながら、気づけばお互いの世界に入ってしまっている二人。呆れて、でも、まあ、主が笑っているから─





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