お役御免の召喚巫女、失恋続きののち、年下旦那様と領地改革

リコピン

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第三章 領主夫人、王都へと出向く

5.因縁浅からぬ出会い

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呼ばれた名に、セルジュが視線を送る。会場の入り口近く、同年代の男性三人と女性一人のグループ、その全員の視線がこちらを向いていた。

その中の一人、恐らく─間違いなく─セルジュの名を呼んだであろう女性が、小さく手を振っている。その顔に浮かべた笑みに、セルジュの腕を小さく引いた。

「…セルジュ、お知り合い?」

「ええ…。学院時代の…」

「あ!お友達?」

「はい。…お世話になった方々です。」

「それは…!」

是非とも、ご挨拶に伺わねばならない。

(…ちょっと、既に若干、あの笑顔に苦手意識を感じてしまってるけど…!)

個人的感想、美人に対する気おくれ、或いは、夫を名前で呼ばれたことに対する─

(っ!あー、ダメダメダメ。)

元の世界の、そして割とスタンダードだと自負する日本人の感覚からすると「え?」な事態も、こちらの世界では割とポピュラーだったりする。現に、

「…」

「?」

(…うん。気にしてない、ね。)

セルジュの様子を見るに、ここは大騒ぎする場面ではないらしい。

(…よし!)

「…セルジュ、お友達、紹介してくれる?」

「はい。…是非。」

セルジュにエスコートされ、集団へと近づいていく。近づいて見えてきた、全員の表情。誰もが、こちらを─セルジュを─歓迎してくれていることが分かる。

「セルジュ!」

「久しいな!」

「はい。お久しぶりです。…皆さん、お変わりないご様子で…」

「ははっ!相変わらず固いなぁ、お前は!」

肩でも叩き合わんばかりの気やすい雰囲気、そこにセルジュが自然と溶け込んでいることに少しの驚きと、それ以上の感動を覚える。

(…セルジュに、友達が!)

しかも─

「…セルジュ、君の奥方を是非とも紹介してくれ。」

「ああ。我々も、奥方にお会いできるのを楽しみにしていたんだ。」

好奇心は隠せていないものの、とても好意的な笑みを向けてくれるセルジュの友人たち。

(…良かった。)

婚姻式での醜態。セルジュに対する不義理を彼らが知っているかどうかは不明だが、少なくとも、この場では友好的に接してもらえるらしい。セルジュが、次々と紹介してくれた男性三人とそれぞれ挨拶を交わしながら、こちらも精一杯の笑顔を振りまく。

(…目指せ、好印象…!)

過去の失態を挽回するためにも。

「…それから、こちらが…」

セルジュが最後の一人、彼らの中で唯一の女性を紹介しようとしたところで、一旦、口を噤んだ。代わりに、女性の隣、彼女をエスコートする立場らしき好青年─カント伯爵家のヴィルヘルムと名乗っていた─が、女性の紹介をする。

「こちらは私の妹です。今は、シュティルナー公爵家に嫁いでおりまして…」

(…え?)

聞いたことのある響きに胸がドキリと鳴った。鼓動が速くなる。

「…初めまして、巫女様。アイシャ・シュタイラートと申します。」

「っ!?」

(…この人!)

微笑まれ、告げられた名に、記憶が蘇った。そう、確か、ガイラスが口にしたことのある名前、彼の元婚約者の─

(っ!違う…!)

元婚約者ではなく、彼の現在の─

「…わたくしも、巫女様とは是非一度お会いしたいと願っておりましたの。」

「っ!…初め、まして…」

笑顔と共に差し出されたほっそりとした手。軽く手を握られ、たおやかに微笑むその人に、何とか笑顔を返した。

(…駄目だ、顔が…)

引きつりそうになる。離された手をゆっくりと取り戻しながら、真っ白になってしまった頭で考える。

(…どうしよう。ここからの会話、何を話せば…)

穏やかに微笑むその人に敵意は見当たらない。だけど、彼女と私の間にあるもの、それに触れるのが怖くて、口を噤む。一歩、引いた形になった私に向かって、その人が口を開いた。

「…巫女様、セルジュは巫女様の伴侶として如何でしょう?」

「え?」

「アンブロスの地で、巫女様を奥方として正しく遇することが出来ているでしょうか?」

「えっと、それはどういう…?」

「セルジュは、学生時代より、女性の扱いに不慣れな部分がありましたから…。王都より遠い地にて、何か巫女様のご不興を買うような真似をしでかしてはいないかと、私、ずっと案じておりましたの。」

「…いえ。…セルジュはとてもよくしてくれています。…その、今日のドレスもアクセサリーも、全てセルジュが用意してくれて、」

「まぁ!セルジュがそんなことを?」

少々、大袈裟なくらいに驚いたアイシャが、その手をセルジュの方へと伸ばし─

「…セルジュったら、少し合わない間にすっかり女性の扱いを心得て。立派な紳士になったわね?」

「…いえ、私は、」

伸ばされた手、セルジュが何かを答える前に、二人の間に、彼女の兄が割って入った。

「おい。アイシャ。あまり気やすくし過ぎるな。セルジュは既に辺境伯なのだから、」

「あら?お兄様達だって、セルジュには気やすいままでしょう?昔馴染みなのだから、仕方ないのではないかしら?」

「…我々は友人、男同士だ。だが、お前は…」

言いかけたヴィルヘルムが一瞬、こちらに気遣うような視線を向けてきた。それに、何でもない顔で笑って答えたが、

「…申し訳ありません、アンブロス夫人。」

謝罪を口にしたヴィルヘルム。彼も、当然、私と彼女の間にあるものを承知しているはずだが、わだかまりのある様子は一切見せずに接してくれる。

「…その、妹は学院時代、生徒会でセルジュと同じ会計を担当していたため、未だに姉目線といいますか、その頃の癖が抜けず…」

「生徒会?」

アイシャの態度云々の前に、初めて聞く話に驚いた。非常に興味をそそられる。こちらが反応したことにいち早く気づいたのはアイシャだった。その笑みが深くなる。

「あら?セルジュったら。あなた、生徒会に所属していた話を巫女様になさっていないの?」

「それは、…はい。」

「まぁ!それは駄目よ!」

「…駄目、とは?どういう意味でしょうか?」

慇懃に尋ねるセルジュの言葉に、アイシャがゆるゆると首を振った。

「もう、これだから殿方は。…いい?女性というものは、自分の夫、好きな相手のことは何でも知りたいと願うものなのよ?それを黙っていられたら、何か隠し事でもあるのではないかと疑ってしまうわ。」

「…そう、なのですか…?」

セルジュの最後の言葉、その疑問はアイシャに向かってではなく、こちらに向けてのものだった。その問いに何と答えるべきか、少し困って笑う。

「…人それぞれじゃないかとは思うけど。…私は、別に、隠し事されてたとは思わなかったかな?あ、勿論、教えてもらえた方が嬉しいのは嬉しいよ?」

アイシャへの賛同も示しつつ、セルジュが気に病むこともないように言葉を選んだ。ただ、それではお気に召さなかったらしいアイシャが、瞳を大きく見開いて声を上げる。

「あら、巫女様!それは少し、セルジュに甘過ぎるのではありませんか?」

「そう、ですか…?」

「ええ。…セルジュは本当に昔から、自分が興味の無いことには無頓着で。…女心に関してもそうです。ここで巫女様がお許しになってしまえば、セルジュはいつまで経っても女性に疎いまま…」

(…うーん、散々な言われよう。)

人の夫を捕まえてこの言いぐさ。ただ、チラリと隣を確認してみるも、言われた本人は全く気にも留めていない様子なので、ここで私がブチ切れる訳にも─

「大体、セルジュ、あなたが朴念仁では、隣に立たれる巫女様まで侮られてしまうのよ?」

「…それは、」

「いえ、そんなことは無いと思いますけど。」

セルジュを責めるかのような言葉に、流石に口を挟んだ。

(別にいいじゃない。女心に疎くて何が悪いの。)

妻である私が満足しているのだから、それで十分。他の女性の女心なんて知ったこっちゃない。

(…駄目だ。)

こちらのイラつきが、セルジュと他の男性陣三人には伝わってしまったらしい。気遣わし気な視線と、気まずげな視線。空気を悪くしてしまった。

「…セルジュ。」

「はい。」

「…私、ちょっと飲み物取って来るね?」

「でしたら、私が、」

「あー、いいのいいの。自分で選びたいし、セルジュは皆さんと積もる話があるでしょう?」

「ですが、」

「大丈夫!直ぐに戻って来るから、ね?」

この場に一人残される方が、よっぽど心臓に悪い。笑って、セルジュの友人たちにも断りを入れる。

「すみません。少し、抜けさせて頂きます。」

「はい。それは…」

曖昧な笑顔で返されて、こちらも苦笑で返す。

そのまま、セルジュ達に背を向け、その場を逃げ出した。

(はー、もう、やってらんない…)

思っていたのとは違う意味でのしんどさ。昔のセルジュを知る女性からの「セルジュは昔から」攻撃に、思いっきり神経を逆なでされている。「セルジュは私のだ」「他人がセルジュを語るな」、そうはっきり言えたら楽なのに。

(…こんなところで揉めたりしたら、それこそ、セルジュに赤っ恥かかせちゃう。)

嫌味も応戦も笑顔でこなせと習ったこの世界で、どこまでが許され、どこからがアウトなのか。その線引きも良くわからないから、結局、飲み込んで流すのが一番無難な選択になってしまう。

(…まぁ、とにかく。)

戻るまでには、態勢を整え直さなくては。







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