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おまけ

☆書籍化お礼SS☆

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(いい、いいわ、至福よ……)

騎士団によるパスポル教会の慰問。第三隊中心の教会預かりの孤児たちとの交流会は定期的に開かれているらしく、今回は少しだけガリオンに無理を言って、その慰問に参加させてもらっていた。

手土産――子ども受けを考えての菓子類――を手抜かりなく持参したおかげで、子ども達は大いに喜んでくれた。大量の菓子を消費した子ども達は、今、騎士団の団員達を相手に遊び回っているわけだが、その光景が大変すばらしい。

(天国かしら?)

やはり、教会出身者であるガリオンやアルバンは子ども達の人気も高いらしく、彼らにまとわりつく子ども達の多いこと多いこと。両腕にぶら下げた子ども達に慈愛の笑みを浮かべるガリオンは、大天使のごとき神々しさを湛えていた。このまま、一枚の絵画に仕上げてしまいたい。次回は、画家の一人でも連れてこようかと思案していたところへ、子ども達を置き去りにアルバンがこちらへと歩み寄って来た。

「はー、もう、やってらんない。ちょっと休憩」

そう言って、アルバンは私の隣、庭の片隅の木陰へと身を寄せる。

「あら?子ども達が残念がっているみたいよ?」

「いいんだよ。あいつら、手加減ってものを知らないから。俺はガリオンみたいな体力お化けとは違うんだってのに」

ハァとため息をついたアルバンがこちらを見下ろし、ニヤリと笑った。

「その点、あんたの隣は誰も来ないから助かる」

「……」

アルバンの言葉に思わずギロリと睨み上げれば、ニヤけた男は「おお、怖」と大袈裟に身震いしてみせる。

ふざけた男から視線を外し、再びガリオンへ視線を戻したところで、見てはならないものを見てしまった。

「あら?」

ガリオンが、「年頃」と言える三人の女の子達に囲まれている。囲まれて、笑顔を浮かべるガリオン――

「あらあらあら……」

「……ルアナ様。その笑顔、怖いんだけど」

「アルバン、ちょっと失礼するわ」

「あ!ちょ,待って。ルアナ様、目ぇ笑ってない!笑ってないからね!」

背後で何かを叫ぶアルバンを引っ付けたまま、ガリオンへと歩み寄る。近づく私に気づいたガリオンが、柔らかい笑みで迎えてくれたことに胸がキュンとしたが、その周りの空気がいただけない。

怯えている二人はまだ許せる。けれど、明らかな敵意を持ってこちらを睨む一人はどう見ても恋敵、私のガリオンにたかろうとする羽虫だ。これ見よがしにガリオンの腕に縋りつき、胸まで押し当てる少女と対峙する。

(これでガリオンが少しでも反応していたら、絶対に許せないところだけど……)

「ルアナ、見たいって言ってたものは見られた?」

「ええ、十分に見せてもらったわ」

子どもと戯れるガリオンの姿を存分に堪能した。

「そっか、良かった。じゃあ、そろそろ帰ろうか。騎士団の連中を帰さないと……」

「え!?ガリオン、もう帰っちゃうの?」

ガリオンの言葉を遮って彼の腕を引いた少女に、ガリオンは他の子ども達に向けていたのと同じ慈愛の笑みを見せた。

「ああ。残念だが、今日はここまでだな。また来る。……ニコラス神父の言うことをちゃんと聞いて、いい子にしてるんだぞ」

「っ!ちょっと、ガリオン!私はもう十七よ!」

(あらあらあらあら……)

明らかな子ども扱い。他の子ども達に対するものと全く変わらないガリオンの態度に、彼女の頬が膨れた。私は内心で満面の笑みを浮かべる。私のその優越を感じ取ったのか、彼女の視線がこちらを向き、その口が憎々し気に開かれた。

「……あなたもまた来るの?」

二度と来てほしくないという態度を隠しもしない少女に笑う。

「ええ。ガリオンが許してくれる限りは……」

「ルアナが来たいなら、またいつでも一緒に来よう」

私の言葉に間髪入れずに答えたガリオンに笑って返す。と、少女がガリオンんの腕を引いた。

「ねぇ、ガリオン!お願い!この人、もう連れて来ないで!」

少女の言葉に戸惑いの表情を見せたガリオンが、その腕を少女の手から引き抜いた。ガリオンの腕を慌てて追おうとして振り払われた少女が、怒りの表情を見せた。

「っ!だって、この人、人間じゃないんでしょう!?」

(まぁ、その通りね……)

王都の上空を派手に飛んだせいか、口止めも特にしていない今、騎士団を中心に私の正体を知る者は多い。

「信じられない!竜なんて……!」

――恐ろしい

言われるであろう言葉を予想して鷹揚に構える私に、彼女が暴言を吐いた。

「気持ち悪い!」

「っ!」

(き、気持ち悪い……?)

衝撃に、一瞬だけ表情が崩れてしまった。慌てて淑女の仮面を被り直し、言い返そうとした私の前に、ガリオンの背中が広がった。

「……謝りなさい」

少女に向かってそう告げたガリオンの顔は見えない。ただ、酷く静かな声に、彼自身が傷ついだのだと分かる。「気にしないでいい」、そう掛けようとした声は、少女の叫びに阻まれた。

「だって!ガリオン!みんな、言っているわ、この人のこと!」

「いい加減にしろ」

「っ!」

「謝罪出来ないというのなら、俺はもうここには来られない。……俺は、ルアナを傷つけるものは許さないと決めている。それは、例え相手がお前たちであってもだ」

(マズいわ……)

多分、ここは傷ついて悲し気な顔をしておくべきなのだろうけれど、ガリオンに庇われるという状況に胸がキュンキュンしてしまっている。顔だけはニヤけることのないよう、必死に真面目な顔を装った。

「っ!ガリオンの馬鹿っ!」

「あら……?」

とうとう耐えかねたのか、癇癪を起こし、捨て台詞を吐いた少女はそのまま駆け出していってしまった。友人二人がその後を追ったが、ガリオンは一つため息をついただけで、彼女を追うそぶりは見せない。代わりに、困ったような笑顔でこちらを見下ろした。

「……ごめん、ルアナ。って、俺に謝られても仕方ないだろうけど」

「いいのよ、ガリオン。気にしてないわ」

大体、子ども達を怯えさせると分かっていて慰問の同行を願ったのは私の方なのだ。その我儘を責めることなく、「私を傷つけた」としょげてしまうガリオンが愛おしい。

「ガリオン、帰りましょう?彼女とはまた次回、ちゃんとお話しすればいいわ」

そう、その内、彼女とは一度きっちりと話をつける必要がある。そう思った私に、成り行きを見守っていたアルバンが引きつった笑みを見せる。

「ルアナ様、絶対、何か悪いこと考えてるよね?」

「あら。失礼しちゃうわ。ただの交流、相互理解を深めたいだけよ?」

胡乱な眼差しのアルバンにそう答え、立ち尽くすガリオンの腕に自身の腕を絡める。先ほど、少女が触れていた場所、そこを念入りに上書きしながら、三人で馬車へと向かった。一度、騎士団へ帰るというガリオンと、ついでにアルバンをロイスナーの馬車に乗せて、王宮へと向かう。

道すがら、未だ気に病んでいるらしいガリオンの視線がこちらをチラリチラリと伺うのが嬉しくて、それに気づかない振りですましていると――

「ガリオン、お前、言いたいことあるならさっさと言ったら?……鬱陶しい」

「っ!鬱陶しい……。いや、俺は、ただ、ルアナに気にするなと言いたかっただけで……」

「え?なに?ルアナ様、気にしてんの?さっきのアレ?」

二対の視線に見つめられ、それに首を振った。

「気にしていないわ……」

私は自身が竜であることを誇りに思っている。だから、それ自体を指摘されても、気に病むことはない。恐れられることさえ――ガリオン以外の人間にどう思われようと――平気だ。

(……ただ、ちょっと、『気持ち悪い』は痛かったわ)

その分、少しだけ返事に切れがなかったためだろう。一瞬、気まずげな顔をしたアルバンが、フイと窓の外へと視線を向けて呟いた。

「……別に、気にする必要ないんじゃない?」

「ええ。だから、気にしてない……」

「少なくとも俺は、まぁ、怖いとは思うが、あんたのこと、嫌いじゃないよ」

「あら……?」

ぶっきらぼうな言い方。窓の外を見たままのアルバンの慰めらしき言葉に思わず笑ってしまう。アルバンの顔が盛大にしかめられた。

「なに笑ってんの?……ってか、睨むなよ!ガリオン!」

アルバンの言葉に隣を見上げれば、いつもと同じ穏やかなガリオンの瞳に見下ろされ、伸びて来た腕に抱き込まれた。それでまた、彼の顔が見えなくなる。聞こえるのはアルバンの叫び声だけ。

「だー、もー!今のはそんなんじゃないって分かるでしょ!?って、ルアナ様抱き絞めんな!威嚇すんな!この密室空間でんなことされたらたまったもんじゃないんだけど!?」

アルバンのあんな些細な一言に嫉妬してくれるガリオン。私を抱きしめる彼の腕の力が強まって、心臓が苦しいくらいに高鳴っていく。

アルバンの、大きな大きなため息が聞こえた。

「もう、なんなのこの夫婦。ほんっと、めんどくさい!」





(完)
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