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後日談

騎士団長の希求 (終)

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「…あれって、エレオノーラ様だったと思う?」

「さぁ…」

揺れる馬車の中、アルバンの問いに答えれば、それきり、再び訪れた沈黙。耐えきれずに口を開いた。

「…アルバン、言えよ」

「…急になに?何を言えっての?」

「いいから、いつもみたいに罵ってくれ、罵倒してくれていい」

「…ちょっと、何の話してんのか全くわかんないんだけど?」

アルバンの苛立った声、こちらの意図は本当に伝わっていないらしい。仕方無く、開いた口、

「ルアナを使って脅迫するとか…俺、最っ高に情けない奴だっただろ…?」

出来れば、自分から口にしたくはなかった己の所業を告げれば、

「…ああ、まあ、そういうことか。否定はしないけどさ」

「だから、罵ってくれ…」

「…別に、自覚してるんなら、もうそれでいいんじゃないの?」

「駄目だ。このままじゃ、自分が物凄く情けなくて居たたまれないから、頼む」

「はぁ、面倒なやつ…」

視線を窓の外に向けてしまったアルバンは、けれど、視線はそのままに言葉をくれる。

「…けど、まぁ、狙いは良かったんじゃないの?殿下の一番の急所をついてたからさ。脅しとしては、効果的なんじゃない?」

「…」

返ってきた言葉は望んだものではなく、アルバンの『脅し』と言う言葉に、一瞬、言葉につまる。

「…何で黙るわけ?」

「…」

―脅し

そう、自分だって、王太子への牽制のつもりで口にした言葉、そのはず、だった―

「…ちょっと、やめてよ。脅しでしょ?本気でルアナ様に言うつもりじゃないよね?」

そんなつもりはなかった、だけど―

「…言いたい」

「はぁ!?何考えてんの!?お前がんなこと言ったら、あの人、大喜びで受け入れちゃうでしょ!わかんだろ!目に浮かぶなんてレベルじゃなく、わかんだろ!」

「…そうだったら嬉しい、けど、そもそもそんなこと言うべきじゃないってのも、まあ…」

言い淀めば、アルバンの嘆息が聞こえてくる。

「あのね?それでお前が、万一、不慮の事故やら病気やらで死んじゃったらどうするの?」

「…」

アルバンの言葉は尤もで、自分でも、それが危険な願いだということはわかっている。それでも、その願いに惹かれてしまうのは―

「前に、ルアナから聞いたことがあるんだ。ルアナは、俺との結婚がなくても、いずれはどこかの誰かに嫁ぐつもりでいたって話」

「それは、まあ、仕方ないことでしょ?あの人の立場的には」

「うん、貴族の、『竜の系譜』としての義務だと思ってたってさ」

数瞬、悩んでみせたアルバンが口にした言葉、

「…あの人なら、そうやって国を守ることが、巡りめぐって、お前の幸せっていうか、お前を守ることに繋がるとか考えてたんじゃないの?」

それは、ルアナが教えてくれた彼女の思いそのもので―

「…そう、言ってた。けど、それでもやっぱり、嫌だと思ったんだよ。…結婚話が出るまで、ルアナの存在さえ知らなかった俺が言うことではないんだけどさ」

彼女が、俺以外を選ぶ可能性があると知ってから気づいた、多くのこと―

「一週間くらい前かな、ルアナと宝飾店に行くために街を歩いてたら、かなりの視線がルアナに向けられててさ。最初は、竜の姿とか、魔物のこととかで噂になってたから、まあ、仕方ないかとも思ってたんだけど」

「宝飾店でルアナに声をかけてきた男がいて、そいつ、前に、ルアナと一緒に笑ってたやつで、ルアナを見る目が、何て言うか…」

「…ルアナ様の崇拝者ってところか? 」
 
アルバンの的確な言葉に頷いて、思い出してしまった男の粘度の高い視線を頭から振り払う。

「…それから気を付けるようにしていたら、街で向けられてる視線の中にも、同じようなやつが混じってて…。多分、俺が居ないとこでも、同じような視線があるんだろうなって思ったら、凄く、不安になった…」

「…ルアナ様に頼めば、外出控えてくれるんじゃないの?」

アルバンの提案も、自身、一度は頭をよぎった考え、だけど、

「ルアナ、外出が好きみたいなんだ。一緒に出掛けた日も、本当は、宝石商を呼ぶかってローマンが気をきかせてくれたんだけど…」

そこまで言って思い出した、あの日の朝の光景に、またため息が溢れる。

「…なに?何なの?」

「…俺、ローマンが言うまで、ルアナの気に入ってる宝石商があるってのも知らなかったし、そもそも、商人を家に呼ぶって発想がなかったんだよ」

「…そりゃ、そうなんじゃないの?俺達じゃ馴染みがないんだからさ」

それでも、知らなかったことにへこんで、おまけに、

「ローマンとは目と目で何か会話してるしさ。ああいうのって、そんだけの信頼関係があるからできることだろ?」

「…まぁ、そうだろうね…」

それが、悪いことだというわけではないのだ。ただ、そこに自分が入っていけない空気を感じてしまっただけで―

「…今、クルトって建築家がうちに出入りしてて、ルアナと家の相談をしてるんだけど…」

「…」

「なんか、妙に距離が近いんだよ。ルアナの話し方が自然で、すごく仲良さそうに見える」

そこにも、入っていけないと感じる瞬間があるのだ。出来上がっている空間を、壊してしまう気がして―

「…出入り禁止にでもすれば?」

「ルアナが困るだろ。クルトはマリーと結婚が決まってて、その家に二人も一緒に住むんだからさ」

「…お前は、結婚相手の居る男にまでそんなこと言ってんの?」

「…」

「男ってだけで、お前は全員ルアナ様に近づくなって言ってるわけ?」

呆れたようなアルバンの言葉には、素直に頷けず、

「…別に、男だけってわけじゃ」

口からこぼれ落ちた本音に、アルバンの目が細められる。

「…ちょっと待って。何言い出すつもり?いや、言うな、聞きたくない」

その拒絶は聞かなかったことにして、言葉を続けた。

「お前、気づいたか?」

「…何を?」

「ルアナがディアナ様を『あの子』って呼んでただろ」

「…」

黙り込んだアルバンは、気づかなかったかもしれないが、

「ルアナが、ディアナ様を気に入ってるのは知ってたんだ。茶会に呼んだり、手紙を送り合ってたりしてた」

だけど、まさか、

「あんなに親しげに呼ぶほど仲がいいなんて…。しかも、ルアナが好きだって言ってくれる俺の目の色と、同じなんだよな、ディアナ様…」

思わずため息が溢れてしまうのは、一抹の不安を拭いきれないから。

「いつか、俺じゃなくてもいい、ディアナ様が居ればって言われたら…」

「黙れ」

「え?」

話を聞いてくれていたはずのアルバンの、温度の無い声―

「もういい、もうわかった。お前はもうずっと黙ってて」

そう切り捨てて、窓の外に向けられてしまった視線。黙っていろとまで言われてしまったが、

「…自分でも、また情けないこと言ってんなとは思う。けど、こんなこと、誰にも相談出来なかったから、今、お前に話してんだろ?」

だからせめて、聞き流すだけでも聞いて欲しいという思いは通じたらしく、

「…」

ため息をついたアルバンが、それでも、ゆっくりとこちらに視線を戻す。そのことに安堵して、更なる本音が口をついた。

「…でも、けど、本当は、お前にも嫉妬して、」

言い切る前、一瞬で消えたアルバンの表情。慌てて弁解の言葉を探して、

「いや、だってさ!さっき、家出る時も!ルアナが凄く楽しそうにお前に笑いかけてたし、他にも色々、お前とルアナって『分かり合ってる』みたいな時、あるだろ?」

「…」

窓の外を向いたアルバンの視線はこちらを一顧いっこだにしない。どうやら、今度こそ本当に、聞く耳はもたない、ということらしい。

だったら、まあ、

―弱音を吐くのもここまで、かな

散々、吐露した胸の内。全て、とは言わないが、粗方吐き出してしまった思いのおかげで、軽くなったその分、身動き出来るようになったから―

「アルバン、騎士団の、討伐遠征を始めようと思う」

「…また、唐突だね」

「うん、ずっと、考えてはいたんだ。王都を離れて、あちこち回ってる時に気がついたんだけど、王都は、魔物に対してあまりに弱すぎる」

「そんなの、弱いも何もないんじゃないの?」

「確かに、王都には『竜の系譜』、ルアナが居て守ってくれるからな。けど、さ。程度に差はあれ、王都の外では日常的に魔物と戦ってるようなところもあるんだ。やつらの討伐方法だって、ある程度は確立されてたりもする」

それこそ、地域によっては、今回の王都の魔物騒ぎなど馬鹿らしく思えたに違いない。

「結局、王都が魔物に弱いのは、俺達、王都を守る役目の騎士団が、『竜の系譜』に頼りきりになってるせいだ」

「…」

「アルバンは、ルアナを『恐い』って言うけどさ、それでもやっぱり、ルアナは相当この国に甘いと思うよ?」

それは、にえという存在を抜きにしても―

「俺は、ルアナに頼らなくてもいい騎士団を作りたいと思ってる」

ルアナが、今より自由に生きていけるように。

泣いて、すがって、彼女をこの地に引き摺り下ろしてしまった俺にできること。

「俺自身も、もっと強くならなきゃだけどさ」

今度、彼女が翔ぶときは、拐われるのではなく、自分の意思でついていきたいと思うから―

漸く合った視線。アルバンが笑う。

「まあ、団長様がそうしたいなら、いいんじゃないの?確かに、今回こうなるまで、騎士団のやつらに緊張感が足りなかったのは確かだからさ」

「…反発は、あるかもしれないけどな」

「そんなもん、王太子殿下でも何でも使って何とかするよ。あの人だって、この国が『竜の系譜』から自立出来れば、万々歳でしょ?」

「うん。…ありがとな、アルバン」

「…何が?」

俺の思いに、賛同してくれたこと。当たり前みたいに手を貸してくれること。それに―

「…ルアナのこと、まさか本人に愚痴るわけにもいかないからさ。今日、お前に話せて、やっと踏ん切りついた」

「…別に、俺は何もしてないでしょ。お前の情けない話を聞いてただけ」

「そう、かもだけどさ。ルアナと出会う前、身動きとれなくなりそうな時、俺、どうやって前に進んでたんだっけって思ったら、いっつも、お前に話を聞いて貰ってたんだよな」

情けない話やくだらない愚痴を、呆れさせたり、たまに怒らせたりもしたけれど、それでも聞いてくれるアルバンがいた。

「俺が迷ってる時、しんどい時、お前が居てくれて助かった」

「っ!!」

「うわっ!?」

突然の、衝撃と音。

「お前!何すんだよ、アルバン!?」

唐突に、向かいのアルバンが振り上げた足。自身の座る座席を思いきり蹴飛ばされた。

「っ、うるっさいよ、今日はもうルアナ様に撃ち込まれて装甲に穴開いてんの、だからもう、これ以上しゃべんな」

「…アルバン?」

顔ごと、思いっきり逸らされて、だけど、その姿が何だか、

―照れ隠し?

友の、見慣れぬ姿に、思わず笑ってしまう。

「…なに笑ってんの」

「いや、何でも」

振り向かない横顔に首を振る。

これから先、きっと言うほど簡単ではない道。果たして、この地に惹き付けられる魔がどれほどあるのか。建国の竜が祓った魔を、人の身で祓えるのかさえわからない。

それでも―

何もせずにはいられないから。

旅路での、彼女の笑顔を思い出す。

誰からの、何の束縛も注目もなく、ルアナがただのルアナで居られた時間。もう一度、彼女のあの笑顔を見たいから。

まずは、一歩。かつて彼女が歩んだ道を、この国を離れて見に行けるように。



 


(終)




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