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後日談

騎士団長秘書官の選択

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「ちょっと!せっかく、昨日の夜ガリオンが決意したところだったのよ?なのに、このタイミングでノコノコ自分から現れるなんて。あなたって本当に間が悪いっていうか、空気を読まないっていうか」

「…なに?何でこんな盛大に理不尽な出迎え方されなくちゃいけないわけ?」

気の進まない密命を携えて、それでも諸々判断して訪れたロイスナー邸での出迎え、開口一番に投げつけられた言葉に不満はあるが、

―だけど、まあ

ルアナのその変わらない態度に、安堵を覚えたのも確か。目の前、腕組みして見上げてくる彼女には、そこまで見透かされていそうで癪にさわるけど。

変わらぬ態度を前に、息をつき、覚悟を決める。

「…ガリオン、王太子殿下からお前に伝言」

「アルバン、お前…」

信じられないと言わんばかりのガリオンの声、その顔を正面から見られずに、視線を逸らした。

「…話があるってさ。一度、お前と二人で話がしたいんだってよ」

「…行くつもりはない」

「まぁ、だろうね…」

ガリオンの反応など、考えるまでもなく予想できていたこと。気の進まない仕事に、それでも引き受けた以上はと口を開きかけたところで、思わぬ援護が入った。

「…行ってきたら、ガリオン?」

「ルアナ?どうして…」

「行って、ガリオンの思ってること、全部ぶつけて来ちゃえばいいのよ。それだけのことをされたんだから」

「…」

「それに、本当なら仕事中にこっそり呼び出すことも出来たはずなのに、わざわざこんな朝から、私の前で話したってことは、一応、王太子殿下かアルバンなりの誠意ってことじゃないのかしら?」

「それは…」

その言葉に、ガリオンが確かめるような視線を向けてくる。だけど、それには首を振って、

「そんな、格好いいもんじゃないから。今回のこれの発案者はディアナ様で、彼女が『絶対にルアナ様にも報せろ』って言うからさ」

「ディアナが?」

「そ。何かやりたいこと?伝えたいことがあるらしいとは聞いた」

「…ふーん。あれかしら?」

「…心当たりがあるわけ?」

「まあ、そうね…。数日前、あの子に手紙で頼まれたことがあって、必要なら構わないとは答えたわ」

それ以上は口を開きそうにないルアナから、黙ったままのガリオンに向き直る。

「ってことらしいけどさ、どうする、ガリオン?」

逡巡しゅんじゅんに揺れる瞳が、漸く定まって、

「アルバン、お前がそこまで王太子に尽くす理由は何だ?」

「…別に、あの人に尽くしてるわけじゃない…」

「じゃあ、何で!」

ガリオンの、答えを知りたいという必死さが伝わってきて、諦めのため息をついた。

「…庇護が欲しかったんだよ。平民出身の俺達じゃどうにもならない問題、貴族の横暴を跳ね返すだけの力、後ろ楯がさ」

「…」

今更、口にするつもりはないが、それで力に成れると思ってしまったのだ。理不尽に苦しむ、友の力に―

「…それは、今もなのか?」

尋ねられた、その当然の疑問に答える前に、伝えておきたいこと、

「あのさ、これはルアナ様にも知っといて欲しいんだけど、」

俺の弱さゆえの選択―

「俺は、ルアナ様、あんたが恐いよ」 

「…」

表情一つ変えない少女と、視線を交わす。

「あんたの力は強い、俺達がどれだけ足掻こうと、そんなの歯牙にもかけないんだろうなってわかるくらい」

「…」

「そんなあんたが、あんたの世界が、ガリオンだけで完結してるってことが、俺は恐い」

暴言に、薄く笑うだけのルアナから否定の言葉は返らない。

「ガリオンのことに関してだけ言えば、あんたを信じてるし、頼りにしてる。だけど、それ以外のことに関しては…」

目の前の力は脅威。一度吹き荒れれば、王太子の横暴など比較にもならないほどの猛威で全てを根こそぎ奪っていくのだろう。あの時、身を持って感じた純然たる恐怖がそう告げている。

「俺には、ガリオン以外にも大切なものがあるからね。エルナや孤児院のチビ達、守りたいものが」

だから―

「…あんた一人に頼りきることはしたくない。俺は非力だからさ。あんたを止めなくちゃいけなくなった時の手札は、確保しておきたいんだよ」

相手がルアナである以上、それはあまりにも頼りなく、貧弱に思えてしまうけれど―

笑みをのせたままの口元で、ルアナが小首を傾げて見せる。

「でもまた、簡単に切り捨てられちゃうんじゃない?」

「…今度は、そうならないように上手く立ち回るよ。今回の、ガリオンの呼び出しを引き受けたのだって、王太子に貸しを作るためだしね」

「ふーん」

まじまじと見つめてくるルアナが口にした言葉。

「アルバンって、結構苦労性よね?」

「…あんたにそれを言われるのは、物凄く不本意なんだけど」

言って、黙り込んだままの男へと視線を向ける。

「で?お前の方は?これで納得いった?」

「一応は…」

「王太子との会合はどうする?」

「…行く。俺も、殿下に伝えておきたいことがあるから」 

立ち上がり、そう告げたガリオン。支度をしてくるという男を見送って、残された、その人に告げる。

「…今まで、あんたのガリオンに対する気持ちまで疑って、不当に扱ったことは謝っとく。…ごめん」

「受け取っておくわ」

「…案外、素直に受けとるね」

「前に言ったでしょ?私は、『ガリオンをガリオンに成した全てのものに感謝してる』って」

翠の、強い視線ひかりに射ぬかれた―

「私の知らないガリオンの一番近くに居て、彼の苦難にも不幸にも寄り添ってきた人。彼が彼であれたのは、間違いなくアルバン、あなたのおかげだわ」

「っ!」

事実を告げただけ、そんな言い様、ただ、それだけのことだと―

だけど、それこそ間違いなく、誰よりもガリオンを想う彼女の言葉に、不覚にも込み上げるものがあって―

顔をそらせば、ルアナが笑う。

「それに、わかる気がするから。もし私にガリオンを守る力が無かったら、私だって、力ある人間にすがるわ。利用されようと、切り捨てられようと、それでガリオンが守れるなら本望、でしょ?違う?」

「…あんたって…」

向けられる共犯者の笑みに、それ以上何も言えずに苦笑した。







揺れる馬車の中、流れる沈黙を破ったのはガリオンの声、

「…さっき、家を出る前、ルアナと何を話してた?」

「ああ、まあ、何て言うか…。謝った、今までの態度のこと」

「…そう、か」

頷いて、組んだ手に額を押し付けた男が、深い深いため息を吐き出した。

「あー、本当に、俺って…」

「…なに?」

「何度でも言うけど、情けない、カッコ悪い」

そう口にする男が何を悩んでいるのかは知らないが、そんなこと今更、呆れるほどによく知っている。

だけどー

「…アルバンがさ、王太子殿下の命に従ったのも、結局は俺のことを考えてくれてたんだろ?」

「…」

同時に、情けないだけの男ではないということも、知っている―

「お前の思いに至れなくて、『何であいつは』って、ずっと責めてた。お前がどういう奴かなんて、わかってたはずなのにさ」

「…」

「それは悪かった、とは思う。けど、やっぱり黙ってたお前も悪いと思うから、これについては謝るつもりはないからな」

そう言って、漸く顔を上げたガリオンに、肩をすくめて見せる。

「…そんなの、絶対謝んないでよ。俺だって、やったことに後悔はあるけど、お前に謝るつもりはないからね」

「ああ」

姿勢を正した男が、真っ直ぐに視線を向ける。

「…俺、カッコ悪いついでにさ、今から、最高に情けない戦い方するから」

「…なに?それを宣言するの?」

「ああ。自惚れるなら、ルアナの最大の、というか唯一の弱点は俺だから、形振りなんて構ってられないんだ。だから、まあ、うん、アルバンには最後まで付き合って欲しいと思ってる」

この男のこの素直さを、何度も危ういと思った。だけど、それと同じくらいに、決して失って欲しくはないと思ってきたのだ。

だから、最後まで付き合うのなんて、

「…そんなの、当然でしょ?」







再びガリオンと足を踏み入れた場所、王太子の執務室で、机に向かう王太子、その人と対峙する―

「…それで、どういう顛末で王都へ帰ってくることになったのか、それを改めて君の口から聞かせて貰えるかな?」

「…魔物出現の報を得たのはカイハの街でした。王都の危険を知らせる報に私は動揺してしまい、その動揺を悟ったルアナに王都への帰還を提案されました」

「…彼女の方から、帰ると?」

「はい…」

答えたガリオンの瞳が伏せられる。

「感謝、されたんです。『自分と、他の全てを天秤にかけてくれてありがとう』と、『迷ってくれただけで嬉しい』と」

「…」

ガリオンの言葉に、思わず絶句した。彼女の至上がガリオンだと言うことは理解している。だが、それにしても、

ルアナはどれだけ、この男を甘やかすつもりなのか―

彼女の、そんな自身への甘さを自覚しているのか、いないのか、

「だから、覚悟を決めました」

顔を上げたガリオンの瞳に、決意の光が宿る。

「もし、次に彼女と他の全てを選ばねばならないとしたら、私は彼女を選びます」

その言葉に、王太子が薄く笑って首を振った。

「私には、君にその選択が出来るとは到底思えないよ」

「…」

「君にとって、アルバンや騎士団はそれほど簡単に捨ててしまえるものなのかな?」

笑う王太子に、ガリオンの視線は真っ直ぐに向けられたまま―

「…以前、彼女は私を『にえ』なのだと言いました。ですが、私自身は自分を彼女の『枷』でしかないと思っています。自由に、何処までも翔んでいける彼女を、この地に繋ぎ止める枷だと…」

「…彼女は、国の礎としての役目を放棄するつもりはないんだろう?」

「例えそうだとしても。この先、もしも、私という枷が、私の弱さや迷いが、彼女の意思を曲げ、望まぬ行いを強いることになるのであれば」

「私は、死を選びます」

顔色一つ変えずに言い放った言葉に、王太子の顔から笑みが抜け落ちた。

「それからもう一つ、これは完全に私の我儘ですが、彼女に請うつもりでいます」

「これから先、自分以外の誰の手も取らないで欲しいと。私が死した後も、生涯、私一人に囚われ続けて欲しいと」

淡々と重ねられるガリオンの言葉に、寒気が走る―

「…どういう、意味だ?」

「私が死ねば、次代の竜の系譜は産まれないということです」

「っ!」

「…生意気に、私を、国を、脅すつもりか?」

鷹揚おうように構え、嘲るような表情の王太子の、だが、その顔色は決して良くない。ここ半月の悪夢のような惨状を思えば、自分だって同じ。

交差する二つの視線、先に目を逸らしたのは―

「…君の、言いたいことはわかったよ。この話はここまでにしよう」

机上を睨む王太子の言葉に、ガリオンが頭を下げた。張りつめた空気が僅かに弛み、退出の許可は無いものの、このまま辞去を、と考えたところで気がついた。

頭を下げるガリオンのその向こう、王太子が時間を気にしていることに。

一体、何を―?

そう思った、次の瞬間、

「!」

弾かれたように顔を上げたガリオン、その体に緊張がみなぎる。ガリオンの意識の向かう先、王太子の背後の壁―?

確かに、そこから感じる人の気配。恐らくは、隠し通路であろうそこに潜む人間の存在に―この状況では悪手極まりないが―また嵌められたかとも思ったが、

―それにしては?

壁の向こうの存在からは殺気も何も感じられない、かといって気配を消そうという意思も無いようで。

どういうことかと問いただそうとしたところで、王太子が口を開いた。

「…ガリオン、最後に一つ、君に聞いておきたいことがある」

「…何、でしょうか?」

「君は、エレオノーラをどう思っている?」




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