20 / 28
後日談
騎士団長夫妻の日常
しおりを挟む「ルアナ、君に何か贈らせて欲しいんだ」
「!…贈り物?」
朝食の席、突然のガリオンの提案に驚き、ついでジワジワと嬉しさが込み上げてくる。
「ああ、首飾りとかそういう、何か身につけられるもので…」
「!」
身につける?ガリオンからの贈り物を?この身に―?
「あ、いや、本当は自分で選んで贈りたかったんだけど、その、俺じゃ決めきれなくて」
「!」
ガリオンが?私に選んでくれようとしたの?
「うっ、いや、その、結局、選べなくて、だから、そんな目で見られると…」
「嬉しいわ!ガリオン!ありがとう!」
「…まあ、うん、喜んで貰えると俺も嬉しい。今日、仕事は休みを貰ったんだ。良ければ一緒に、」
「行くわ!」
―ガリオンが私のためにお休みを!
興奮のあまり、つい返事が食い気味になったのは見逃して欲しい。
「…宝飾品でしたら、フリッツ殿を屋敷にお呼びすれば宜しいのでは?」
至極真っ当な意見は、ガリオンのカップに珈琲を注いだローマンから。だけど、
「ローマン、私の目を見て?」
「…」
「…」
―私は、ガリオンと、お出掛けしたい!
「…差し出がましいことを申し上げました」
「ううん、いいのよ」
日頃忙しい主を気遣った言葉だとわかっているから、むしろこれは単純に私の我儘なのだ。それでも、
「ガリオン、ありがとう!とっても楽しみ!」
街まで歩いて行きたいという私の願いに笑って頷いてくれたガリオンと二人並んで歩く道すがら。横を見上げるだけで、見目麗しい夫が目に入るというこの至福。少し真剣な顔のガリオンが凛々しくて、正しく目の保養―
「…ルアナ、さっきローマンが言ってたフリッツって言うのは、君の首飾りを持ってきた?」
「ええ。職人街に店を構えている宝石商で、お祖母様の代から付き合いがあるの」
「そうか…。じゃあ、今日もそこから覗いてみるか?」
「そう、しようかな?首飾りのお礼を、改めて伝えたいなとは思ってたの」
素晴らしい装備品になった、と―
「…ルアナ?」
「ふふ。素敵なものが見つかるといいわね!」
そうしてたどり着いた店舗、こじんまりとした店構えのその店の扉をくぐる。
決して広いとは言えないその店の中は、思いの外、多くのお客で賑わっていて―
「ルアナ様!」
「あ、フリッツ」
「態々、お出で頂いたのですか?騎士団長閣下も。…お呼び頂ければ、直ぐに参上致しましたものを」
申し訳なさそうにそう言うフリッツに、ガリオンの腕をとって笑って見せる。
「今日は夫とのお出かけの日なの。だから、気にしないで?」
「…なるほど、そういうことでございましたか」
頷くフリッツの目元が柔らかく笑った。
「では、如何致しましょう?奥で目録をご用意することも可能ですが?」
「ううん。お店に並んでるものを見せて貰うわ。色々見て回りたいから」
「承知致しました」
フリッツに断って、二人で店内を眺めて回りながら、思わず期待を込めた眼差しでガリオンを見上げてしまう。苦笑したガリオンに見下ろされて、
「正直言うと、こういう物を選んだことがないんだ。だから、何を選べばいいのか、全く自信がない」
それでも、選ぼうとしてくれたのだ、私のために―
「…ガリオンが、私に似合うと思う物を選んでくれればいいのよ」
「それが難しいんだよな…。別の店を覗いた時も結局、選べなかったんだけど…」
言いながらも、目は真剣に陳列された装飾品を追っていて―
「いま見ててもさ、どれも全部、ルアナに似合うと思うんだ」
「っ!?」
「ルアナに似合わない物なんてそうそう無いだろう?だから、中々これっていうのが決められない」
「…」
「?…ルアナ?」
駄目だ。これは、駄目だ。こんな、不意討ちの直球―
「?ルアナ、顔がだいぶ赤い。歩くのがきつかったか?一度どこかで休憩を、」
「だ、大丈夫。ちょっと、うん、えと、」
夫に誉め殺されそうになっていただけで。
「…本当に?無理は…」
伸びてきた手が頬に添えられ、次いで、額の熱を計られる。
「!…あの、本当に、無理はしてないから、大丈夫…」
「そうか?」
覗きこんでくるガリオンの瞳が優しくて、嬉しくて。触れられる喜びと共に、気持ちが、どこまでも舞い上がりそうになって―
「ルアナ様!」
「…」
突如、至福に割り込んできた無粋な声に、ガリオンの手が離れていく。
「こんな所でお会いできるとは!何という幸運!」
「…」
帽子をとり、挨拶してくる男には見覚えがない。名乗りもしない男に感じる不快。
「この店がルアナ様の御用達と知って出向いたのですが、まさか本当にお会いできるとは!」
「…」
「ここでお会いできたのも何かのご縁、是非、私に何か贈らせて下さい!」
「…結構よ」
一々、大仰な仕草、芝居がかった男の嘘臭さに不快が募る。
「遠慮なされる必要はございません!今日、この日の記念として受け取って頂ければ!」
「…私は、夫以外からの贈り物を受けとるつもりはないの」
「そんな!ルアナ様ほどのお方がそのような!?」
「大体、何故、見ず知らずのあなたにどうこう言われなくてはならないの」
「み、見ず知らずなど…」
「?」
途端、顔をひきつらせる男が、動揺しているのはわかるが―
「…ルアナ、彼はバルリング伯爵家の…」
「?ガリオンのお知り合い?」
「…先日のバーデン邸の夜会で君が話をしていた…」
「!まぁ!ガリオンったら、そんな一度あったかどうかの人のことまで覚えているの!?」
「あ、いや、仕事柄、人の顔はなるべく覚えるようにはしているけど…」
「すごいのね!ガリオン!」
人の顔を覚えるのが面倒な私からすれば、それだけで尊敬に値する。格好いいだけではなく、仕事まで出来る彼が、私の夫だなんて―
「そうだ!ガリオンが選べないと言うなら、二人で選びましょう?私、ガリオンとお揃いの物が欲しいわ」
「う、ん。いや、うん?」
「ガリオンにはどんな色でも似合ってしまうけど、でもやっぱり赤か緑を身につけて欲しいの。…私の我儘だけど」
「いや、それは全く我儘じゃないし、ある程度指定された方が選びやすい、けど…」
ガリオンの視線が、未だ突っ立ったままの男を気にしている。
「あちらの指輪はどう?剣を握るのに邪魔かしら?」
「いや、それは気にならないが…」
男を気にするガリオンの腕を引き、立ちつくしたままの男をその場に残して離れた。
夫婦水入らずを邪魔する、夫の前で妻に贈り物をしようとする、そんな、ガリオンを軽んじるような人間、視界に入れる必要など無い。
夫婦のスキンシップを邪魔する人間など、存在する必要さえ無いのだから―
「…ありがとう。ガリオン」
「うん?」
指輪を選びながら告げる言葉。
「あのね、お母様やお祖母様の物を譲られたり、自分で購入したりはあるんだけど、こういう風に誰かに装飾品を選んで貰うのは、私も初めてなの」
「…」
「ガリオンと一緒だと、初めてが沢山で、すごくすごく楽しくて、嬉しい」
「…うん、俺も…。分からないことや、悩むことが多くて、上手くやれないのがもどかしいんだけど、でも、」
「ルアナと一緒だと、毎日が楽しい」
そう言って笑うガリオンが格好よくて、眩しくて。お店の片隅でこっそり泣いてしまうかと思った。
一度は失う覚悟をしたこんな時間を、これから先、ずっと繋いでいくことが出来るのかもしれないと思えるようになったのは、ガリオンのおかげ。
私一人の想いでは無理でも、彼がくれるこの温かな想いと一緒なら、きっと。
70
お気に入りに追加
12,956
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。