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後日談

騎士団長夫妻の日常

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「ルアナ、君に何か贈らせて欲しいんだ」

「!…贈り物?」

朝食の席、突然のガリオンの提案に驚き、ついでジワジワと嬉しさが込み上げてくる。

「ああ、首飾りとかそういう、何か身につけられるもので…」

「!」

身につける?ガリオンからの贈り物を?この身に―?

「あ、いや、本当は自分で選んで贈りたかったんだけど、その、俺じゃ決めきれなくて」

「!」

ガリオンが?私に選んでくれようとしたの?

「うっ、いや、その、結局、選べなくて、だから、そんな目で見られると…」

「嬉しいわ!ガリオン!ありがとう!」

「…まあ、うん、喜んで貰えると俺も嬉しい。今日、仕事は休みを貰ったんだ。良ければ一緒に、」

「行くわ!」

―ガリオンが私のためにお休みを!

興奮のあまり、つい返事が食い気味になったのは見逃して欲しい。

「…宝飾品でしたら、フリッツ殿を屋敷にお呼びすれば宜しいのでは?」

至極真っ当な意見は、ガリオンのカップに珈琲を注いだローマンから。だけど、

「ローマン、私の目を見て?」

「…」

「…」



「…差し出がましいことを申し上げました」

「ううん、いいのよ」

日頃忙しい主を気遣った言葉だとわかっているから、むしろこれは単純に私の我儘なのだ。それでも、

「ガリオン、ありがとう!とっても楽しみ!」





街まで歩いて行きたいという私の願いに笑って頷いてくれたガリオンと二人並んで歩く道すがら。横を見上げるだけで、見目麗しい夫が目に入るというこの至福。少し真剣な顔のガリオンが凛々しくて、正しく目の保養―

「…ルアナ、さっきローマンが言ってたフリッツって言うのは、君の首飾りを持ってきた?」

「ええ。職人街に店を構えている宝石商で、お祖母ばあ様の代から付き合いがあるの」

「そうか…。じゃあ、今日もそこから覗いてみるか?」

「そう、しようかな?首飾りのお礼を、改めて伝えたいなとは思ってたの」

素晴らしい装備品ぶきになった、と―

「…ルアナ?」

「ふふ。素敵なものが見つかるといいわね!」

そうしてたどり着いた店舗、こじんまりとした店構えのその店の扉をくぐる。

決して広いとは言えないその店の中は、思いの外、多くのお客で賑わっていて―

「ルアナ様!」

「あ、フリッツ」

「態々、お出で頂いたのですか?騎士団長閣下も。…お呼び頂ければ、直ぐに参上致しましたものを」

申し訳なさそうにそう言うフリッツに、ガリオンの腕をとって笑って見せる。

「今日は夫とのお出かけの日なの。だから、気にしないで?」

「…なるほど、そういうことでございましたか」

頷くフリッツの目元が柔らかく笑った。

「では、如何致しましょう?奥で目録をご用意することも可能ですが?」

「ううん。お店に並んでるものを見せて貰うわ。色々見て回りたいから」

「承知致しました」

フリッツに断って、二人で店内を眺めて回りながら、思わず期待を込めた眼差しでガリオンを見上げてしまう。苦笑したガリオンに見下ろされて、

「正直言うと、こういう物を選んだことがないんだ。だから、何を選べばいいのか、全く自信がない」

それでも、選ぼうとしてくれたのだ、私のために―

「…ガリオンが、私に似合うと思う物を選んでくれればいいのよ」

「それが難しいんだよな…。別の店を覗いた時も結局、選べなかったんだけど…」

言いながらも、目は真剣に陳列された装飾品を追っていて―

「いま見ててもさ、どれも全部、ルアナに似合うと思うんだ」

「っ!?」

「ルアナに似合わない物なんてそうそう無いだろう?だから、中々これっていうのが決められない」

「…」

「?…ルアナ?」

駄目だ。これは、駄目だ。こんな、不意討ちの直球―

「?ルアナ、顔がだいぶ赤い。歩くのがきつかったか?一度どこかで休憩を、」

「だ、大丈夫。ちょっと、うん、えと、」

夫に誉め殺されそうになっていただけで。

「…本当に?無理は…」

伸びてきた手が頬に添えられ、次いで、額の熱を計られる。

「!…あの、本当に、無理はしてないから、大丈夫…」

「そうか?」

覗きこんでくるガリオンの瞳が優しくて、嬉しくて。触れられる喜びと共に、気持ちが、どこまでも舞い上がりそうになって―

「ルアナ様!」

「…」

突如、至福に割り込んできた無粋な声に、ガリオンの手が離れていく。

「こんな所でお会いできるとは!何という幸運!」

「…」

帽子をとり、挨拶してくる男には見覚えがない。名乗りもしない男に感じる不快。

「この店がルアナ様の御用達と知って出向いたのですが、まさか本当にお会いできるとは!」

「…」

「ここでお会いできたのも何かのご縁、是非、私に何か贈らせて下さい!」

「…結構よ」

一々、大仰おおぎょうな仕草、芝居がかった男の嘘臭さに不快が募る。

「遠慮なされる必要はございません!今日、この日の記念として受け取って頂ければ!」

「…私は、夫以外からの贈り物を受けとるつもりはないの」

「そんな!ルアナ様ほどのお方がそのような!?」

「大体、何故、見ず知らずのあなたにどうこう言われなくてはならないの」

「み、見ず知らずなど…」

「?」

途端、顔をひきつらせる男が、動揺しているのはわかるが―

「…ルアナ、彼はバルリング伯爵家の…」

「?ガリオンのお知り合い?」

「…先日のバーデン邸の夜会で君が話をしていた…」

「!まぁ!ガリオンったら、そんな一度あったかどうかの人のことまで覚えているの!?」

「あ、いや、仕事柄、人の顔はなるべく覚えるようにはしているけど…」

「すごいのね!ガリオン!」

人の顔を覚えるのが面倒にがてな私からすれば、それだけで尊敬に値する。格好いいだけではなく、仕事まで出来る彼が、私の夫だなんて―

「そうだ!ガリオンが選べないと言うなら、二人で選びましょう?私、ガリオンとお揃いの物が欲しいわ」

「う、ん。いや、うん?」

「ガリオンにはどんな色でも似合ってしまうけど、でもやっぱり赤か緑を身につけて欲しいの。…私の我儘だけど」

「いや、それは全く我儘じゃないし、ある程度指定された方が選びやすい、けど…」

ガリオンの視線が、未だ突っ立ったままの男を気にしている。

「あちらの指輪はどう?剣を握るのに邪魔かしら?」

「いや、それは気にならないが…」

男を気にするガリオンの腕を引き、立ちつくしたままの男をその場に残して離れた。

夫婦水入らずを邪魔する、夫の前で妻に贈り物をしようとする、そんな、ガリオンを軽んじるような人間、視界に入れる必要など無い。

夫婦のスキンシップを邪魔する人間など、存在する必要さえ無いのだから―

「…ありがとう。ガリオン」

「うん?」

指輪を選びながら告げる言葉。

「あのね、お母様やお祖母ばあ様の物を譲られたり、自分で購入したりはあるんだけど、こういう風に誰かに装飾品を選んで貰うのは、私も初めてなの」

「…」

「ガリオンと一緒だと、初めてが沢山で、すごくすごく楽しくて、嬉しい」

「…うん、俺も…。分からないことや、悩むことが多くて、上手くやれないのがもどかしいんだけど、でも、」

「ルアナと一緒だと、毎日が楽しい」

そう言って笑うガリオンが格好よくて、眩しくて。お店の片隅でこっそり泣いてしまうかと思った。

一度は失う覚悟をしたこんな時間を、これから先、ずっと繋いでいくことが出来るのかもしれないと思えるようになったのは、ガリオンのおかげ。

私一人の想いでは無理でも、彼がくれるこの温かな想いと一緒なら、きっと。




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