召喚巫女の憂鬱

リコピン

文字の大きさ
上 下
77 / 78
第五章(最終章) 自分のための一歩

9.

しおりを挟む
9.

忍び込むようにして戻った鳥籠の中。常より濃い濃度に満たされた聖都には人気がなく、神殿の中でさえ、警備の姿がほとんど見当たらない。

私達にとっては都合の良いその状況を利用して、巫女の間へは簡単にたどり着くことが出来た。途中、邪魔が入ることもなく、拍子抜けするほどあっと言う間に作業は終わってしまった。

「…あれで、良かったのか?」

巫女の間を後にし、二人並んで回廊を歩く。ヴォルフの問いに、頷いた。

「うん。上手くいくかは殆ど賭けみたいなものだけれど、何もしないよりは、気持ちに踏ん切りがつくから」

私の答えに小さく頷いたヴォルフに笑い返したところで、ヴォルフの表情が変わった。

「ヴォルフ?」

「…あの女だ」

ヴォルフの険しい視線の先、回廊を曲がって現れたひとの姿に、自身の眉間にもシワがよるのがわかった。

―ドロテア・ケルステン

もう二度と、心から、会いたくなかった人。

あちらも、気づいたのだろう、真っ直ぐにこちらを見つめたまま、彼女が駆け寄ってくる。

「見つけたっ!!あんたが!あんたのせいで!!」

「…」

駆け寄ってきた勢いのまま、掴みかかろうとしたその人を、間に割って入ったヴォルフが、体で止めた。

「っ!?何なのあんた!?モブの分際で、邪魔をするな!」

「…」

ヴォルフの腕に爪を立てようとするドロテアを、ヴォルフが軽くいなしてしまう。

「ああー!!っもう!何!?何なのよ!?何で、あんた達は私の邪魔ばっかり!」

叫んだドロテアが、近づけない距離のままこちらを睨んだ。

「巫女!あんた、何なの!?あんたのせいで、私の人生はメチャクチャよ!!」

「…」

血走った瞳。整えられていない髪型や、どこか着崩れて見える着衣。かつては、傲慢とも言える態度で常に取り澄ましていた彼女の姿は、そこにはない―

「聞いてんの!?あんたは、いっつもそう!そうやって、いつもいつもこちらを馬鹿にして!」

「…馬鹿にしてるわけじゃない。あなたと話をしたいとは思わないだけで」

「なっ!?」

言葉を飲んだドロテアの顔が、みるみる赤く染まっていく。

「っふざけるな!あんたのせいで、レオナルトは聖都を出ていった!フリッツまで聖都を出ようと言うのよ!!」

あんたが無能なせいだと叫ぶドロテアの怒りの形相に、かえって心は冷めていく。

「…あなたも聖都を出ればいいでしょう?」

「何ですって!?」

彼女がそこまでこの地に拘る理由はわからないけれど―

「聖都に張られた結界は、内にも外にも瘴気を通さないようになってる」

全く通さないというわけでは無いけれど、その内と外で明らかに濃度が違うことは明らかで、

「気づいていないの?」

「何がよ!?」

「今、この世界で一番瘴気が濃いのは間違いなくここ、聖都」

「!?」

かつて、この世界で最も澄んでいたはずの鳥籠の中は、『魔王』の出現により、最も瘴気に侵された地になってしまった。

浄化装置であるはずの巫女わたしも、これから先、鳥籠の内にあるつもりはない。だから―

「…あなたも、死にたくなかったら、聖都を出なさい」

「っ!?ぁぁああああ!!」

絶叫するドロテア。彼女自身、この地の未来は見えているのだろう。

地にうずくまってしまった彼女から視線を外し、ヴォルフを見上げる。

「…行こう?」

ヴォルフを促して、歩き出した。

「っ何で!?何でよ!私は、幸せになりたいだけなのに!」

背後で聞こえる彼女の叫びは止まらない。

「何で、皆それを邪魔するの!?私が!この世界の主役になったっていいでしょう!?」

聞こえた言葉に、一瞬立ち止まり、背後を振り返った。

「私は!今度こそ、幸せになるはずでしょう!?」

ドロテアの視線はこちらを向いていない。宙に向かって吐かれている言葉を、これ以上、気にしても仕方ないとは、わかっているのだけれど。

「…トーコ?」

足を止めてしまった私に、ヴォルフが声をかける。

「ううん。ごめんね、行こう?」

ドロテアが何を思い、この世界を生きてきたのか、本当のところはわからない。だけど、その思いはきっと私とは相容れないものなのだろう。

だから、私が私の選んだ道を進むと決めた以上、それは彼女の言う『幸せ』には繋がらない。

並んで歩くヴォルフを見上げる。直ぐに返ってきた視線に、小さく首を振った。

私が守りたい人、守れる人はここにいる。守れる世界をどこまで広げられるかはわからないけれど、それさえ見失わなければ、私はこの世界で自分の『幸せ』を見つけられのかもしれない。

もしかしたら、もう既に―

隣を歩く人の手に、手を伸ばそうとして―

「…トーコ?」

「…」

気恥ずかしさに繋ぐことが出来なかった手は、ヴォルフの服の袖口を掴んだ。

「…俺は、こちらがいい」

返せなかった返事に、袖口が手から引き抜かれ、代わりに大きな手に包まれた。

―やってみよう

まだ、先は見えない。私がすることが、この世界の何かを変えてしまうのか。そのことに、意味があるのか。そもそも、何かを成せるのかも。

それでも―

決められた未来を歩むわけではないのだから。思い通りに、この世界を生き抜いてみたい。

隣にある、この温もりと共に―




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...