召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第五章(最終章) 自分のための一歩

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忍び込むようにして戻った鳥籠の中。常より濃い濃度に満たされた聖都には人気がなく、神殿の中でさえ、警備の姿がほとんど見当たらない。

私達にとっては都合の良いその状況を利用して、巫女の間へは簡単にたどり着くことが出来た。途中、邪魔が入ることもなく、拍子抜けするほどあっと言う間に作業は終わってしまった。

「…あれで、良かったのか?」

巫女の間を後にし、二人並んで回廊を歩く。ヴォルフの問いに、頷いた。

「うん。上手くいくかは殆ど賭けみたいなものだけれど、何もしないよりは、気持ちに踏ん切りがつくから」

私の答えに小さく頷いたヴォルフに笑い返したところで、ヴォルフの表情が変わった。

「ヴォルフ?」

「…あの女だ」

ヴォルフの険しい視線の先、回廊を曲がって現れたひとの姿に、自身の眉間にもシワがよるのがわかった。

―ドロテア・ケルステン

もう二度と、心から、会いたくなかった人。

あちらも、気づいたのだろう、真っ直ぐにこちらを見つめたまま、彼女が駆け寄ってくる。

「見つけたっ!!あんたが!あんたのせいで!!」

「…」

駆け寄ってきた勢いのまま、掴みかかろうとしたその人を、間に割って入ったヴォルフが、体で止めた。

「っ!?何なのあんた!?モブの分際で、邪魔をするな!」

「…」

ヴォルフの腕に爪を立てようとするドロテアを、ヴォルフが軽くいなしてしまう。

「ああー!!っもう!何!?何なのよ!?何で、あんた達は私の邪魔ばっかり!」

叫んだドロテアが、近づけない距離のままこちらを睨んだ。

「巫女!あんた、何なの!?あんたのせいで、私の人生はメチャクチャよ!!」

「…」

血走った瞳。整えられていない髪型や、どこか着崩れて見える着衣。かつては、傲慢とも言える態度で常に取り澄ましていた彼女の姿は、そこにはない―

「聞いてんの!?あんたは、いっつもそう!そうやって、いつもいつもこちらを馬鹿にして!」

「…馬鹿にしてるわけじゃない。あなたと話をしたいとは思わないだけで」

「なっ!?」

言葉を飲んだドロテアの顔が、みるみる赤く染まっていく。

「っふざけるな!あんたのせいで、レオナルトは聖都を出ていった!フリッツまで聖都を出ようと言うのよ!!」

あんたが無能なせいだと叫ぶドロテアの怒りの形相に、かえって心は冷めていく。

「…あなたも聖都を出ればいいでしょう?」

「何ですって!?」

彼女がそこまでこの地に拘る理由はわからないけれど―

「聖都に張られた結界は、内にも外にも瘴気を通さないようになってる」

全く通さないというわけでは無いけれど、その内と外で明らかに濃度が違うことは明らかで、

「気づいていないの?」

「何がよ!?」

「今、この世界で一番瘴気が濃いのは間違いなくここ、聖都」

「!?」

かつて、この世界で最も澄んでいたはずの鳥籠の中は、『魔王』の出現により、最も瘴気に侵された地になってしまった。

浄化装置であるはずの巫女わたしも、これから先、鳥籠の内にあるつもりはない。だから―

「…あなたも、死にたくなかったら、聖都を出なさい」

「っ!?ぁぁああああ!!」

絶叫するドロテア。彼女自身、この地の未来は見えているのだろう。

地にうずくまってしまった彼女から視線を外し、ヴォルフを見上げる。

「…行こう?」

ヴォルフを促して、歩き出した。

「っ何で!?何でよ!私は、幸せになりたいだけなのに!」

背後で聞こえる彼女の叫びは止まらない。

「何で、皆それを邪魔するの!?私が!この世界の主役になったっていいでしょう!?」

聞こえた言葉に、一瞬立ち止まり、背後を振り返った。

「私は!今度こそ、幸せになるはずでしょう!?」

ドロテアの視線はこちらを向いていない。宙に向かって吐かれている言葉を、これ以上、気にしても仕方ないとは、わかっているのだけれど。

「…トーコ?」

足を止めてしまった私に、ヴォルフが声をかける。

「ううん。ごめんね、行こう?」

ドロテアが何を思い、この世界を生きてきたのか、本当のところはわからない。だけど、その思いはきっと私とは相容れないものなのだろう。

だから、私が私の選んだ道を進むと決めた以上、それは彼女の言う『幸せ』には繋がらない。

並んで歩くヴォルフを見上げる。直ぐに返ってきた視線に、小さく首を振った。

私が守りたい人、守れる人はここにいる。守れる世界をどこまで広げられるかはわからないけれど、それさえ見失わなければ、私はこの世界で自分の『幸せ』を見つけられのかもしれない。

もしかしたら、もう既に―

隣を歩く人の手に、手を伸ばそうとして―

「…トーコ?」

「…」

気恥ずかしさに繋ぐことが出来なかった手は、ヴォルフの服の袖口を掴んだ。

「…俺は、こちらがいい」

返せなかった返事に、袖口が手から引き抜かれ、代わりに大きな手に包まれた。

―やってみよう

まだ、先は見えない。私がすることが、この世界の何かを変えてしまうのか。そのことに、意味があるのか。そもそも、何かを成せるのかも。

それでも―

決められた未来を歩むわけではないのだから。思い通りに、この世界を生き抜いてみたい。

隣にある、この温もりと共に―




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