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第三章 堕とされた先で見つけたもの
18.
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18.
廊下の途中、先ほど男を任せた女を見つけ、呼び止める。男の様子を尋ねれば、医師の診察中だと言う答えが返ってきた。男の元へ向かうという女の後に従ってたどり着いたのは、客室の一つ。運び込まれた男は、意識の戻らぬまま、医師の診察を受けていた。
「先生、どう?」
女の問いに、初老の医師は首を振って答える。
「…この男は、瘴気に侵されている。しかも、かなりの重症だ」
「そんな!?」
悲鳴に似た叫びをあげた女に、難しい表情を浮かべた医師が尋ねた。
「先ほどのおぬしの話だと、この男は自力でここまで来た、ということだったな?」
「そう!普通に歩いてたし!弱ってる感じなんてしなかったんだから!」
「…今のこの状態からは考えられん。瘴気による衰弱がそれほど急激に進行するなど、聞いたことがない」
「…」
言葉を失う女に、医師は深くためいきをついて帰り支度を始めた。
「ともかく、倒れた原因が瘴気によるものだということは確かだ。…私の力では、どうしてやることも出来んよ」
そう告げて部屋を出ていく医師を見送ったところで、女が呟く。
「…なんで?なんで、こんなことに」
その視線がこちらを向いた。
「…アルマは?何て言ってるの?」
「部屋で起きたことについては、何も。この男に関しては、容態を知りたがってはいたが、後は任せると言っていた」
しばしの逡巡の後、女がうなずく。
「…彼を、引き受けてくれると思う人に心当たりがあるから、連絡をとってみる」
「任せる」
この男には、思うところも多々あるが、優先事項は別にある。後始末については完全に丸投げして、部屋を出た。自然、急ぎ足になりながら、トーコの部屋へと向かう。部屋の前、立ち止まり、扉を叩く。
「トーコ」
「…ヴォルフ?」
部屋の中から返事が返ってきたことに、安堵する。
「そのままでいい、聞いてくれ。あの男は瘴気に侵されていた。今すぐ死ぬというわけではなさそうだったが、かなり衰弱している」
「…」
「…トーコ?」
返らぬ返事に、再び不安が募る。
「…何でもない。ありがとう、ヴォルフ」
「いや…。トーコ、今日はもう休め」
「うん、そうする。…ごめんなさい」
最後に微かに聞こえた言葉。それが何に対する謝罪なのかはわからぬまま、扉から離れた。
廊下の反対側、扉を正面にして、壁に背を預ける。目を閉じれば、押し寄せてくる後悔と無力感。
―また、間に合わなかった
トーコを守るのは、己でありたいと願い続けているのに。せめて今は、彼女の眠りが安らかなものとなるよう―
廊下の途中、先ほど男を任せた女を見つけ、呼び止める。男の様子を尋ねれば、医師の診察中だと言う答えが返ってきた。男の元へ向かうという女の後に従ってたどり着いたのは、客室の一つ。運び込まれた男は、意識の戻らぬまま、医師の診察を受けていた。
「先生、どう?」
女の問いに、初老の医師は首を振って答える。
「…この男は、瘴気に侵されている。しかも、かなりの重症だ」
「そんな!?」
悲鳴に似た叫びをあげた女に、難しい表情を浮かべた医師が尋ねた。
「先ほどのおぬしの話だと、この男は自力でここまで来た、ということだったな?」
「そう!普通に歩いてたし!弱ってる感じなんてしなかったんだから!」
「…今のこの状態からは考えられん。瘴気による衰弱がそれほど急激に進行するなど、聞いたことがない」
「…」
言葉を失う女に、医師は深くためいきをついて帰り支度を始めた。
「ともかく、倒れた原因が瘴気によるものだということは確かだ。…私の力では、どうしてやることも出来んよ」
そう告げて部屋を出ていく医師を見送ったところで、女が呟く。
「…なんで?なんで、こんなことに」
その視線がこちらを向いた。
「…アルマは?何て言ってるの?」
「部屋で起きたことについては、何も。この男に関しては、容態を知りたがってはいたが、後は任せると言っていた」
しばしの逡巡の後、女がうなずく。
「…彼を、引き受けてくれると思う人に心当たりがあるから、連絡をとってみる」
「任せる」
この男には、思うところも多々あるが、優先事項は別にある。後始末については完全に丸投げして、部屋を出た。自然、急ぎ足になりながら、トーコの部屋へと向かう。部屋の前、立ち止まり、扉を叩く。
「トーコ」
「…ヴォルフ?」
部屋の中から返事が返ってきたことに、安堵する。
「そのままでいい、聞いてくれ。あの男は瘴気に侵されていた。今すぐ死ぬというわけではなさそうだったが、かなり衰弱している」
「…」
「…トーコ?」
返らぬ返事に、再び不安が募る。
「…何でもない。ありがとう、ヴォルフ」
「いや…。トーコ、今日はもう休め」
「うん、そうする。…ごめんなさい」
最後に微かに聞こえた言葉。それが何に対する謝罪なのかはわからぬまま、扉から離れた。
廊下の反対側、扉を正面にして、壁に背を預ける。目を閉じれば、押し寄せてくる後悔と無力感。
―また、間に合わなかった
トーコを守るのは、己でありたいと願い続けているのに。せめて今は、彼女の眠りが安らかなものとなるよう―
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