召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第三章 堕とされた先で見つけたもの

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「不安だから危険なことをしないで欲しい」とヴォルフに願った日から、私を安心させるためにか、ヴォルフはよく店を訪れるようになった。

店に来ても、食事をしてお酒を飲んだ後は、部屋で他愛もない話をするだけで帰っていくヴォルフ。それでも、そんな日々の中で、ヴォルフについて少しずつ知っていることが増えていくのを密かに楽しみにしていたのだけれど―

いつものようにヴォルフと部屋で寛いで居ると、突然、ヴォルフが臨戦態勢をとった。それから直ぐに、廊下をこちらへ走って来る足音が聞こえ、次いで部屋の扉が激しく叩かれる。

「アルマ!お願い、開けて!シェーンが!!」

聞こえて来たのは、ソフィーの叫ぶ声。その逼迫した様子にシェーンの身に何かが起きたのだの知る。

急いで扉を開ければ、そこには強張った表情のソフィー。その視線が私の背後に立つ、ヴォルフに向けられた。

「お願い!シェーンが!あいつに!お願い、助けて!お願いします!」

「…どこだ?」

「お店の、裏!」

ソフィーの言葉を聞くと同時に、ヴォルフが駆け出した。その後をソフィーと追う。あっと言う間にヴォルフを見失ってしまうが、それでも必死に店の裏、路地裏へと続くその場所へと走った。

何とかたどり着いた時には全てが終わっていて。ヴォルフと彼の背後にかばわれるように立つ二人の女性。ヴォルフの足元には、以前、私の服をナイフで切り裂いた、カールという名の男が転がっていた。

「シェーン!シェーン!大丈夫!?大丈夫なの!?」

転がるようにしてシェーンに駆け寄っていくソフィー。シェーン達のことを彼女に任せ、ヴォルフの無事を確かめる。

「…ヴォルフは?大丈夫?」

「ああ」

いつも通りの平然とした様子に安堵し、シェーン達の方へと足を向けた。

自分にしがみついて泣き続けるソフィーを「大丈夫だ」と慰めているシェーン。よく見れば彼女の目元は腫れていて、髪の毛も―あの男に切られたのだろうか―サイドが不揃いになってしまっている。

シェーンの隣に立つ女性も青い顔で震えてはいるが、彼女には、怪我をした様子は見当たらない。

「ああ、もう!いい加減に泣き止みな、ソフィー!」

「無理!絶対無理!だって、シェーンが!殺されちゃうかと思った!」

また大きな声で泣き出したソフィーを、シェーンが困りきった顔で慰めている。その視線がこちらを向いて、肩がすくめられた。

「アライラがね、カールに目ぇつけられちゃって、店外に連れてかれそうになっちゃったのよ。肝心のマキアス達は、ピロウが護衛代わりに外に連れてっちゃってるし」

そういうところがあの女はいい加減なんだと憤慨するシェーンに、ようやく涙が止まったソフィーが抗議する。

「だからって、シェーンが飛び出してく必要は無いでしょう!こんな、こんな目にあう必要なんて!」

「なに言ってんのよ。こんなの大したことないじゃない。ほら、さっさと店の中、戻るわよ」

「ちょっとー!」

アライラを連れて店の中に戻っていくシェーンの背中に、ソフィーが叫ぶ。直ぐに後を追おうとしたソフィーだが、一瞬立ち止まってこちらを振り向いた。

「…ありがとう。あたしじゃ、シェーンを助けられなかった」

「…ああ」

ヴォルフの返事を待たずに、店の中へと駆けていった背中を見送る。

残された形になってしまったけれど、カールをギルドにつきだすというヴォルフとはその場で別れ、一人、店の中へと戻った。

部屋へ戻る途中、酒場へと続く控え室で、シェーンとソフィーの二人がもめているのを見つける。

「…どうしたんですか?」

「あ!ちょっと聞いてよ、アルマ!シェーン、この顔で店に出るって言うんだよ!無理でしょ!あんたも止めて!」

「何でさ!別に無理なんてしてないよ!あたしは、何がなんでも店に出るからね!こんなんで休んでたら、あいつに負けたみたいで悔しいじゃない!」

勝ち負けじゃないと反論するソフィーだけれど、シェーンの決意は変わりそうにない。彼女なりの意地、なんだろう。

お店の女性のための控え室。辺りを見回し、揃えられそうなものを、確かめる。

「…あの、シェーンさん。こちらに座って、少しだけ、お時間もらえますか?」

「なに?」

「顔と髪、気休めですけど、少しは何とか出来るかもしれないから」

よくわからないという様子ながらも、進めた椅子に座ってくれたシェーン、その髪に触れる。

ある程度は長さをそろえるために切るしかない。でもこの世界では、女性は長い髪が一般的だから、短くなりすぎないように気を付けないと。置きっぱなしだったハサミを使って、慎重に切り揃えていく。

こちらの世界の化粧道具に関しては、知識はあるけれど、ほとんど触ったことがない。スムーズにとはいかないものの、それでも何とか、シェーンの顔につけられた痣を目立たなくすることに成功する。

「やっだ!あんた、すごいじゃない!」

鏡をのぞいたシェーンの反応。大袈裟なほど喜んでくれる様子に、こちらも嬉しくなる。

「…上手いじゃない」

かけられた声は、隣で見守っていたソフィーのもの。はしゃぐシェーンを鏡越しに眺めながら、思わずもらしてしまった未練―

「…美容師に、なるつもりだったの」

「…そっか」

返ってきたソフィーの小さな呟きに、黙ってうなずいた。




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