召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第三章 堕とされた先で見つけたもの

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それから一月が過ぎても、言葉通り、ソフィーは私のこと、『巫女』のことを一切口にしなかった。

そしてその間、ヴォルフが店を訪れることも一度もなかった。それでも、私は彼のおかげで客をとらずにすみ、酒場でも、不用意に私に触れてくる客は居ない。

『白銀のヴォルフ』の噂が、私を守ってくれている―

その酒場での接客も―私が何もしゃべらないからか―常に、シェーンかソフィーと組まされるようになった。ソフィーは明らかにそれを不満に思っている態度だけれど、何かと世話を焼こうとしてくれるシェーンの存在は、素直にありがたいと思っている。

その夜も、シェーンとソフィーとと共に二人の客を相手にしていた。冒険者だという男二人は羽振りがいいらしく、男達を迎えたピロウはかなり上機嫌な様子を見せている。

その男達の語る冒険譚を聞き流しながらも、ヴォルフが彼らの話のような危険な目に遭っているのでらないかと不安を感じ始めたところで、店の入口が騒がしいことに気づいた。

「何の騒ぎよ?」

同じく騒ぎに気づいたシェーンの呟きに、彼女の視線の先を見やった客の男の一人が答える。

「ありゃ、アグネスじゃねえか?」

「アグネス?女?誰かの奥さんが乗り込んできたわけじゃないでしょうね?」

「え!?うっそ!修羅場?」

どこか楽しそうなソフィーの言葉に、もう一人の男がチラリとこちらに視線をやったのがわかった。

「…あの女も冒険者だよ、かなり腕のたつ。誰かの嫁ってわけじゃあねえが、」

男の言葉が終わらない内に、こちらに視線を向けたアグネスという女性が大股で歩み寄ってくる。見下ろす視線には、明らかな敵意が感じられた。

「あんたが、ヴォルフの女?」

「ちゃっと何なのよ、あんたいきなり。この子に何のちょっかいかけようっての?」

シェーンが、私をかばって立ち上がる。

「…関係ないやつは、引っ込んでな。あたしは、この薄気味悪い女に用があるんだよ」

「!?この子はあたしの仲間だよ!薄気味悪いってのは、聞き捨てなんないね!」

「…ちょっと、ソフィー。相手見て喧嘩売ってよ」

睨み合う二人の女性、ソフィーが青い顔をしてシェーンの袖を引いている。その顔がこちらを向いて、何とかしろと口が動いた。

「…ソフィーさん、誰か、マダムか、男の人呼んできて下さい」

小声で囁けば、うなずいたソフィーが席を離れる。

「…シェーンさん、ありがとう」

立ち上がって、シェーンの隣に立った。立ち上がれば目線のそう変わらない女性。その敵意に満ちた視線と対峙する。

「…私に、用って?」

「簡単な話、ヴォルフを解放しろって言いに来たんだよ」

「…」

返す言葉が、直ぐには出てこなかった。

「聞いたよ、男に捨てられて、こんなところに堕とされて、ヴォルフをたらしこんで貢がせてんだろ?」

「…違う」

「何が違うってんだ。ここ半年、ヴォルフはあんたのために何かを探しまくってずっとダンジョンに潜り続けてる」

半年?神殿を去ってから、ということ?私のため?何だろう、わからない、ヴォルフから、何も聞いていない。ううん、違う。

私が、彼に、何も聞かなかったんだ―

「ここ最近は、金を稼ぐために手当たり次第で仕事も受けまくってる。どんだけ稼ぐつもりかは知らないけどね、あんたが身請けをねだったからなんだろ?」

「…」

今度こそ、本当に、何も言えなくなってしまった。

私がヴォルフに一方的に頼っていることは確かだったから、心の中で、彼女の言葉を認めてしまっている。

「こんな薄気味悪い女のどこがいいんだか知らないけど、ヴォルフにあんたは釣り合わない。さっさとヴォルフを解放しな」

そう言って睨んでくる彼女は恐くない。だけど、ヴォルフの負担になるのは恐い。もしも、それで彼が命を落とすことになったら、私のせいで―

「ちょっと、何だい、あんたは。あたしの店は女の客は歓迎しないんだよ。とっとと、出ていきな。それとも、ギルドにつきだしてやろうか?」

「チッ!」

奥から、何人もの男達を連れて現れたピロウに、アグネスが舌打ちする。

「もう、用は済んだ。騒ぎを起こすつもりはない、出てくさ」

最後にこちらを睨みつけたアグネス、その瞳に勝ち誇った光が見えた。

去っていく後ろ姿を見送って、急に足の力が抜ける。そのまま、椅子に座り込んでしまった。

「…もっと、言い返してやりゃ良かったのに。あたしも、もっと言ってやりゃ良かった」

「…ありがとう」

横に腰掛け、気遣うように言葉をかけてくれるシェーンに苦笑して、お礼を言った。

「…それにしても、あんたの男って、そんなにすごいの?」

シェーンの言葉に、実際の彼の実力を知らない私は答えられない。答えたのは、客の男の一人で、

「まあ、『白銀のヴォルフ』っていや、多分大陸で一、二を争う腕前だろうな」

「嘘でしょ!?」

ピロウとともに戻ってきていたソフィーの口から、驚愕の声がもれた。

「冒険者階級には白から白金まであるが、『黄金』は聖都のお貴族様の御用達、『白金』なんてのはおとぎ話の中にしか存在しない」

冒険者としての最高位が、通常は『白銀』だという知識自体は、巫女の記憶から知っていたけれど―

「あいつが、『白銀の』って通り名で呼ばれるのは、いくつもある貴族のお声掛かりを全て蹴って、『白銀』で居続けてるからなんだよ」

「まあ、大体、白銀で居続けるってのも、普通じゃあり得ねぇ」

「何で?」

ソフィーの疑問に、男が肩をすくめる。

「てめえの実力一つでのしあがれる限界が『白銀』なんだから、普通は『白銀』であがり、到達する頃には冒険者を引退するような年寄りになっちまってんのさ」

「それを、あの男は10年近く『白銀』で居る。実力だけで言やぁ、あの男に敵うやつなんて居ねえだろうな」

男二人の言葉に、思い知らされる。自分が、彼のことを本当に何も知らないことを。何も、知ろうとしなかったことを。




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