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第三章 堕とされた先で見つけたもの
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翌朝。目が覚めると、部屋の中にヴォルフの姿はなかった。
本当に、ベッドに運んだ以外は私に指一本触れようとしなかったヴォルフ。私が寝付くまでは側に居てくれたはずだけれど、彼の姿が見えない不安に、急いで着替えを済ませて部屋を飛び出した。
階段を駆け降りた先、開店前の店に居たのはピロウだけで、見つからない姿に焦りが募る。
「っあの!ヴォルフは!?昨日、部屋に来た人は!?」
「あん?なんだ、あんたかい」
キセル片手に振り向いたピロウがこちらを認め、片眉をあげる。
「あの、」
「あんたの男なら帰ったよ」
「っ!」
その言葉に、自分でも驚くくらい気持ちが落ち込んだ。また、何も言わずに行ってしまった。もう、彼には会えないのだろうか?
「…アルマ、あんたは明日から客をとらなくていい」
「え?」
突然のピロウの言葉に戸惑う。
「ヴォルフって男が、半年先まで、あんたを買っていった」
「!?」
「自分が来ない日も他の客をつけるなって言われたからね。金を貰っちまったから仕方ない。あの男が来た時だけ相手しな」
何も言えなかった。だって、ヴォルフは私に何もしようとしなかった。それなのに、私を守るために―
昨日の夜、追い詰められて出来ると思った覚悟は、結局、朝目が覚めた時点で霧散してしまっていた。
「…酒場での客の相手は今までどおりやらせるからね」
告げたピロウは、そのまま自室へと戻っていく。
「あっ!」
一人、取り残された背後から、小さな声があがった。
「…ソフィー、さん」
振り返った先、部屋の扉で立ち止まったソフィーが、こちらを凝視している。
「あんた、やっぱり、その顔…」
「!?」
言われて、ベールをつけ忘れていたことに気づく。注がれる視線の厳しさ、その言葉に、やはり、彼女は私のことを知っているのだろうと思うけれど―
私がベールをつけ始めたのは、初めて巫女の間に入れられた直後。神殿内でさえ、私の顔を知っている人はごくわずか、だったのに。
「…ソフィーさんは、私のことを知っているんですか?」
「…顔だけはね」
「どこかで、お会いしましたか?」
その問いには、首を振られた。
「会ってるとしても、言わない。あんたのことに関しては、関わるつもりはないし、もうこれ以上は何も言わない」
「…どういう意味ですか?」
「あたしは、あんたを信用してないってこと。警戒心なく口を開くのがどんだけ危なくて、そんでどんだけ痛い目にあうかってのを、身をもって学んだから」
言って、そのまま身を翻し、扉の向こうへと消えていく後ろ姿を見送った。
翌朝。目が覚めると、部屋の中にヴォルフの姿はなかった。
本当に、ベッドに運んだ以外は私に指一本触れようとしなかったヴォルフ。私が寝付くまでは側に居てくれたはずだけれど、彼の姿が見えない不安に、急いで着替えを済ませて部屋を飛び出した。
階段を駆け降りた先、開店前の店に居たのはピロウだけで、見つからない姿に焦りが募る。
「っあの!ヴォルフは!?昨日、部屋に来た人は!?」
「あん?なんだ、あんたかい」
キセル片手に振り向いたピロウがこちらを認め、片眉をあげる。
「あの、」
「あんたの男なら帰ったよ」
「っ!」
その言葉に、自分でも驚くくらい気持ちが落ち込んだ。また、何も言わずに行ってしまった。もう、彼には会えないのだろうか?
「…アルマ、あんたは明日から客をとらなくていい」
「え?」
突然のピロウの言葉に戸惑う。
「ヴォルフって男が、半年先まで、あんたを買っていった」
「!?」
「自分が来ない日も他の客をつけるなって言われたからね。金を貰っちまったから仕方ない。あの男が来た時だけ相手しな」
何も言えなかった。だって、ヴォルフは私に何もしようとしなかった。それなのに、私を守るために―
昨日の夜、追い詰められて出来ると思った覚悟は、結局、朝目が覚めた時点で霧散してしまっていた。
「…酒場での客の相手は今までどおりやらせるからね」
告げたピロウは、そのまま自室へと戻っていく。
「あっ!」
一人、取り残された背後から、小さな声があがった。
「…ソフィー、さん」
振り返った先、部屋の扉で立ち止まったソフィーが、こちらを凝視している。
「あんた、やっぱり、その顔…」
「!?」
言われて、ベールをつけ忘れていたことに気づく。注がれる視線の厳しさ、その言葉に、やはり、彼女は私のことを知っているのだろうと思うけれど―
私がベールをつけ始めたのは、初めて巫女の間に入れられた直後。神殿内でさえ、私の顔を知っている人はごくわずか、だったのに。
「…ソフィーさんは、私のことを知っているんですか?」
「…顔だけはね」
「どこかで、お会いしましたか?」
その問いには、首を振られた。
「会ってるとしても、言わない。あんたのことに関しては、関わるつもりはないし、もうこれ以上は何も言わない」
「…どういう意味ですか?」
「あたしは、あんたを信用してないってこと。警戒心なく口を開くのがどんだけ危なくて、そんでどんだけ痛い目にあうかってのを、身をもって学んだから」
言って、そのまま身を翻し、扉の向こうへと消えていく後ろ姿を見送った。
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