召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第三章 堕とされた先で見つけたもの

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9.

ヴォルフの足が止まった。

静まり返った室内、自分の叫んだ言葉が、残響として耳に残る。

涙が、ボロボロと溢れ出した。

「トーコ、泣くな」

滲んだ視界では、ヴォルフがどんな顔をしているのかが見えない。再び、ヴォルフが近づいて来ようとするのがわかって、首を振った。

「…」

無言のまま近づいてきたヴォルフに、シーツのようなものをかけられた。それにくるまれて、服を切り裂かれて心もとなかった気持ちが、少し落ち着きを取り戻す。

「怪我はないか?」

「…うん」

見下ろすヴォルフを、止まらない涙を流しながら見上げる。

「恐い思いをしたな。見つけるのが遅くなって、悪かった」

「…捜して、くれてたの?」

「ああ」

当然のようにそう返されて、何て言えばいいのか、わからなくなる。ヴォルフを必要ないと言い、フリッツと結婚することを決めたのは私なのに。勝手に危ない目にあった私を、こうして助けてくれる。

「!?っヴォルフ!」

いきなり、くるまれたシーツごと持上げられた。

「何もしない。運ぶだけだ」

彼が近くにいる安心感と、隔てるものがシーツ一枚しかない恐怖心に心が揺れる。

言葉通り、ヴォルフは私をベッドに座らせると直ぐに側を離れた。私を恐がらせないためか、一歩離れたその距離に、こちらが寂しい気持ちにさせられる。

「…ヴォルフも、ここに座って」

「大丈夫なのか?」

「…うん」

ベッドの隣を指差せば、大人しくそこに座ってくれるヴォルフ。彼の重さに、ベッドがきしんだ。

「…私がここに居るって、何でわかったの?」

神殿で何度か顔を合わせただけの男に、予兆もなく拐われて連れてこられたのだ。ヴォルフはその時、聖都にさえ居なかったはずなのに。

「…ギルドを通して、情報屋を何人か雇っている」

「情報屋?」

聞きなれない言葉を、問い返した。

「ああ。聖都を離れている間、『巫女』に関する情報を送ってもらっていた」

「それでわかったの?私が拐われたって?」

「…聖都では、お前は男と逃げたことになっている」

「!?」

思いがけない話に驚く。私が駆け落ち?ヴォルフは、その話を信じたのだろうか。信じて、

「ヴォルフは、男の人と逃げた私を捕まえに来たの?」

「いや。トーコが『巫女』を嫌がっていたことも、聖都を出たいと思っていたことも知っていたが…」

「…?」

「それでも、最近まで、力を失うまではずっと、瘴気を祓い続けてくれていただろう?おかげで、大陸中の瘴気が随分薄まっている」

「!?」

ヴォルフの言葉に、また驚いてしまった。彼は、私の巫女としての力が限界を迎えたことまで知っているのだ。

「だから、お前が巫女をやめて他の地で誰かと幸せに暮らすというのなら、それでいいと思った」

「…」

「一目、確かめたかった」

お前の幸せな姿をと告げるヴォルフの眼差しが優しい。見つめられて、苦しくなる。

「…男の人と逃げたわけじゃないよ。トラオムっていう商人に拐われて、ここに売られただけ」

「ああ、後を追っている途中でおかしいことには気づいた。追跡自体が容易ではなかったからな。腕のある、犯罪者を追っているようだった」

ヴォルフが、もう一度、こちらを確かめるように見つめてくる。

「…本当に、大丈夫だったか?見つけるまでに時間がかかりすぎた。辛い目にあいはしなかったか?」

真剣な眼差しは、私がトラオムや娼館の客達に酷い目に合わされたのではと案じてくれているのだろう。

「大丈夫。本当の意味で、もう駄目かもしれないって思ったのは、今日が初めてだったから。それを、ヴォルフが助けてくれたから」

「…」

「もう、ヴォルフには頼らないって、啖呵きったのにね。情けないよね」

「…俺は、お前に頼って欲しい」

また、涙が出そうになるほど優しい言葉。それに首を振る。私には、まだ彼に告げていないことがある。

「…あのね、最初にヴォルフと引き離された後、神殿に連れて行かれた時にね」

「…」

「私、自分が『巫女』として喚ばれたって知って、すごく腹が立ったんだ。拐われて、そんなこと押し付けられて、こんな世界大っ嫌いだと思った」

黙って見つめるヴォルフの視線を、真っ直ぐに受け止める。

「だから、滅べばいいと思った、こんな世界」

「…」

確かめる。彼の瞳に現れる感情を。そこに、嫌悪や怒りが現れることを。

「ヴォルフの居るこの世界を、滅ぼそうと思ったんだよ」

なのに―

「…そうか」

凪いだ瞳のまま、そこに、私への憎悪を感じることが出来なくて。

「…怒らないの?私のこと、」

―嫌いに、ならないの?

不安で、恐くて、最後まで目を合わせていられずに、下を向く。

「…お前がずっと『巫女』であることを拒否しようとしていたのは知っているからな。お前を犠牲にしてまで、世界を救って欲しいとは思わん」

「ヴォルフ…」

誰も言わなかった言葉。それが、本当に正しいことかどうかなんて、わからないけど。

他の誰でもない、彼の言葉に、救われた。




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