召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第三章 堕とされた先で見つけたもの

5.

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5.

―誰かの、話し声?

浮上する意識のどこかで聞こえてくる声。それを確かめようとして、意識が覚醒していく。開いた目、視界に映るのは、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる天井。

「…」

「ああ、やっと気がついたかい」

聞き慣れない女の人の声。ベッドの上に寝かされているようだけれど、体が重くて起きあがることが出来ない。

「ここは…?」

「残念だけどね、ここはあんたの知らない街。ハイロビにある娼館さ」

「…」

―娼館?

馴染みの無い言葉。目は覚めたものの、思考にモヤがかかったようで、言葉の意味をうまく理解出来ない。

「あんたは、自分の男に売られたんだよ」

―男?

「トラオムって商人が、あんたをここに売ったのさ」

トラオム、神殿であった男。それから、確か、馬車で、薬?香のようなものを嗅がされて―

頭を働かせようとして走った痛みに、こめかみを強く押さえる。

「!?」

隔てるものがなく、直接こめかみに触れたことに気づいた。無い。とられている。

「…ベールは?」

「ああ、あたしがとったよ。あたしはここ、『マダム・ピロウの舘』の女主人だからね。商品を見定めんのは、あたしの仕事だよ。まあ、その格好を見る限り、いいところのお嬢さんだったんだろうけどね。惚れた相手が悪かったね」

「…ベールを、返して」

「あん?んー、まあいいよ。あんた、絶世の美女ってわけでもないし、そういう格好が好きな男もいるからね。そっちの方が高値がつくかもしれない。客がつくまでは、つけてな」

パサリと、横になった胸の上におとされる軽い布の音。震える手を伸ばして、それを握りしめる。

「薬が抜けるのにもう少し時間がかかるだろうから、お披露目は明日だね。そういやあんた、名前は?」

「…」

「ふん、まあいい、こっちで勝手に決めるよ」

女主人が何かを言っているのはわかったが、遠ざかる意識に、そのまままた意識を失なったようだった。再び目を覚ました時には、暗い部屋に、一人寝かされていた。

薬が抜けてきたのか、どうにか起き上がれるようになった体を引きずって部屋の扉へ近づく。ノブを回し、何とか開けようとしたけれど、扉はびくともしない。内側に鍵の類いは見つからないから、恐らく外から鍵をかけられているのだろう。

どこか、逃げ出せる場所を探すけれど、部屋には窓一つなく、出入りができるのは、鍵の掛けられた扉だけ。完全に、閉じ込められている―

『娼館』という言葉。少しずつ働くようになった頭で、自分の置かれた状況を理解し始めた。この場所が、何をするための場所なのかも。

全身がガタガタと震え出す。立っていられずに、床に倒れこんだ。恐い。嫌だ。再び意識が黒く染まっていく中、たった一人の人の顔が浮かんで、消えた。





どれくらい、気を失っていたのだろう―

部屋の扉が開かれる音に目が覚めた。床に倒れこんでいた体を何とか持ち上げて、急いでベールを身に着ける。入ってきたのは、ピロウという名の昨夜の女主人。背後に屈強な男を従えている。

「出な、今夜こそお披露目だよ」

「…」

「抵抗すんじゃないよ。痛い目みたくなかったら、大人しくついてきな」

ピロウの連れてきた男に腕を取られそうになって、慌てて振り払う。力では敵わない。触れられたくなくて、自分で部屋を出た。

階段を下りて連れてこられたのは、男の怒声と女の嬌声きょうせいの広がる大きな部屋。酒と料理のにおいが充満している。

「ここは酒場だ。ここで客の相手をして、気に入られたら、二階の部屋に行って、客と寝な」

「!?嫌!!」

「嫌じゃないんだよ。こっちは、高い金払ってあんたを買ったんだ。ガタガタ言わずにやんな」

ピロウに背中を強く押され、店の灯りの中へとたたらを踏んだ。

「お?新しい子かい?マダム?」

「ええ、『アルマ』っていうんですよ。可愛がってやってくださいな」

「二階には呼べるのかい?」

目ざとくこちらの存在に気づいた男の言葉に、ピロウが、鼻をならして答える。

「ブルーノ、見たらわかるようにね、この子は、聖都の名家のお嬢さんだったんだよ。その初出しを買うだけの金があんたにあると思ってんのかい?」

「ちっ!んなもんはねーよ。まあいいや、こっちで酌だけでもしてもらおうじゃねえか」

近づきたくなくて、とっさに逃げようとしたけれど、ピロウの部下に肩を掴まれた。強い男の力で、そのまま無理矢理、客の隣の席へと座らせられる。

「変わった格好してんなあ。聖都じゃ、そんなんが流行ってんのか?」

男の無遠慮な手が、服の上から腕を掴む。逃げようと必死に手を引くが、力で敵うはずもなく、男の手から逃れることが出来ない。そのうち、腕を掴んでいるのとは反対の手が、膝の上に伸びてきた。服の上からとはいえ、這い回る男の手の気持ち悪さに、虫酸が走る。嫌悪感に、一瞬、頭が真っ白になった。

―嫌だ

嫌悪が怒りに変わる。真っ黒な気持ちが膨れ上がって、もう、どうにでもなってしまえと自棄を起こしそうになったけれど―

「ちょっとあんた、そんなへったくそな接客しか出来ないんだったら、もっと端に寄ってなさいよ」

投げ捨てられるような言葉と共にいきなり現れた女性。男との間に無理矢理割り込んできて、こちらに背を向けたまま男に愛想を振り撒いているけれど、

―かばわれた?

「なんだよシェーン、俺はそっちの新しい子に、」

「こんな顔もわかんないような子じゃなくて、私の方がいい女でしょ?」

男の視界から庇うように、シェーンと呼ばれた女性はこちらに背を向けている。その向こう側、男の背後から、もう一人の女性が現れた。

「あ!やっだー!ブルーノさん、お酒空っぽじゃなーい!お代わりお代わり!」

「あっ!いや、ちょっと待て、ソフィー!なに勝手に!」

「なに飲みますー?私もおんなじの頼んでいいですかー?」

二人の女性に翻弄され始めた男。完全に蚊帳の外になってしまったけれど、もう、男の手が届くことはない。やはり、これは、庇ってくれているのだろう。気が抜けて、女性二人を唖然と見つめる。

結局、彼女達のおかげで、お店の閉店時間までまともにお客と関わることもせずに済んだ。お店が終わって、追いたてられるように部屋への階段を上がっていたところで、シェーンと呼ばれていた女性に呼び止められる。

「あんたね、嫌がってるのはわかるけど、こればっかりはさっさと慣れるしかないよ」

「…」

「どんだけ嫌でも、こっから逃げ出すのは無理だから、諦めな。辞めたきゃ、さっさと稼いで、抜け出すしかないよ」 

側に居たもう一人、ソフィーと言う名の女性の瞳が細められた。

「そうそう、さっさと慣れてもらわないと、シェーンの負担が増えるでしょ。覚悟決めてよ」

「ソフィー、あんたは余計なこと言わないの」

「はーい」

それだけ言うと、軽口を叩き合いながら去っていく二人。『諦めろ』『慣れろ』と切り捨てられたはずの言葉、だけど、何故だか、その言葉に励まされた気がした。




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