召喚巫女の憂鬱

リコピン

文字の大きさ
上 下
43 / 78
第三章 堕とされた先で見つけたもの

5.

しおりを挟む
5.

―誰かの、話し声?

浮上する意識のどこかで聞こえてくる声。それを確かめようとして、意識が覚醒していく。開いた目、視界に映るのは、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる天井。

「…」

「ああ、やっと気がついたかい」

聞き慣れない女の人の声。ベッドの上に寝かされているようだけれど、体が重くて起きあがることが出来ない。

「ここは…?」

「残念だけどね、ここはあんたの知らない街。ハイロビにある娼館さ」

「…」

―娼館?

馴染みの無い言葉。目は覚めたものの、思考にモヤがかかったようで、言葉の意味をうまく理解出来ない。

「あんたは、自分の男に売られたんだよ」

―男?

「トラオムって商人が、あんたをここに売ったのさ」

トラオム、神殿であった男。それから、確か、馬車で、薬?香のようなものを嗅がされて―

頭を働かせようとして走った痛みに、こめかみを強く押さえる。

「!?」

隔てるものがなく、直接こめかみに触れたことに気づいた。無い。とられている。

「…ベールは?」

「ああ、あたしがとったよ。あたしはここ、『マダム・ピロウの舘』の女主人だからね。商品を見定めんのは、あたしの仕事だよ。まあ、その格好を見る限り、いいところのお嬢さんだったんだろうけどね。惚れた相手が悪かったね」

「…ベールを、返して」

「あん?んー、まあいいよ。あんた、絶世の美女ってわけでもないし、そういう格好が好きな男もいるからね。そっちの方が高値がつくかもしれない。客がつくまでは、つけてな」

パサリと、横になった胸の上におとされる軽い布の音。震える手を伸ばして、それを握りしめる。

「薬が抜けるのにもう少し時間がかかるだろうから、お披露目は明日だね。そういやあんた、名前は?」

「…」

「ふん、まあいい、こっちで勝手に決めるよ」

女主人が何かを言っているのはわかったが、遠ざかる意識に、そのまままた意識を失なったようだった。再び目を覚ました時には、暗い部屋に、一人寝かされていた。

薬が抜けてきたのか、どうにか起き上がれるようになった体を引きずって部屋の扉へ近づく。ノブを回し、何とか開けようとしたけれど、扉はびくともしない。内側に鍵の類いは見つからないから、恐らく外から鍵をかけられているのだろう。

どこか、逃げ出せる場所を探すけれど、部屋には窓一つなく、出入りができるのは、鍵の掛けられた扉だけ。完全に、閉じ込められている―

『娼館』という言葉。少しずつ働くようになった頭で、自分の置かれた状況を理解し始めた。この場所が、何をするための場所なのかも。

全身がガタガタと震え出す。立っていられずに、床に倒れこんだ。恐い。嫌だ。再び意識が黒く染まっていく中、たった一人の人の顔が浮かんで、消えた。





どれくらい、気を失っていたのだろう―

部屋の扉が開かれる音に目が覚めた。床に倒れこんでいた体を何とか持ち上げて、急いでベールを身に着ける。入ってきたのは、ピロウという名の昨夜の女主人。背後に屈強な男を従えている。

「出な、今夜こそお披露目だよ」

「…」

「抵抗すんじゃないよ。痛い目みたくなかったら、大人しくついてきな」

ピロウの連れてきた男に腕を取られそうになって、慌てて振り払う。力では敵わない。触れられたくなくて、自分で部屋を出た。

階段を下りて連れてこられたのは、男の怒声と女の嬌声きょうせいの広がる大きな部屋。酒と料理のにおいが充満している。

「ここは酒場だ。ここで客の相手をして、気に入られたら、二階の部屋に行って、客と寝な」

「!?嫌!!」

「嫌じゃないんだよ。こっちは、高い金払ってあんたを買ったんだ。ガタガタ言わずにやんな」

ピロウに背中を強く押され、店の灯りの中へとたたらを踏んだ。

「お?新しい子かい?マダム?」

「ええ、『アルマ』っていうんですよ。可愛がってやってくださいな」

「二階には呼べるのかい?」

目ざとくこちらの存在に気づいた男の言葉に、ピロウが、鼻をならして答える。

「ブルーノ、見たらわかるようにね、この子は、聖都の名家のお嬢さんだったんだよ。その初出しを買うだけの金があんたにあると思ってんのかい?」

「ちっ!んなもんはねーよ。まあいいや、こっちで酌だけでもしてもらおうじゃねえか」

近づきたくなくて、とっさに逃げようとしたけれど、ピロウの部下に肩を掴まれた。強い男の力で、そのまま無理矢理、客の隣の席へと座らせられる。

「変わった格好してんなあ。聖都じゃ、そんなんが流行ってんのか?」

男の無遠慮な手が、服の上から腕を掴む。逃げようと必死に手を引くが、力で敵うはずもなく、男の手から逃れることが出来ない。そのうち、腕を掴んでいるのとは反対の手が、膝の上に伸びてきた。服の上からとはいえ、這い回る男の手の気持ち悪さに、虫酸が走る。嫌悪感に、一瞬、頭が真っ白になった。

―嫌だ

嫌悪が怒りに変わる。真っ黒な気持ちが膨れ上がって、もう、どうにでもなってしまえと自棄を起こしそうになったけれど―

「ちょっとあんた、そんなへったくそな接客しか出来ないんだったら、もっと端に寄ってなさいよ」

投げ捨てられるような言葉と共にいきなり現れた女性。男との間に無理矢理割り込んできて、こちらに背を向けたまま男に愛想を振り撒いているけれど、

―かばわれた?

「なんだよシェーン、俺はそっちの新しい子に、」

「こんな顔もわかんないような子じゃなくて、私の方がいい女でしょ?」

男の視界から庇うように、シェーンと呼ばれた女性はこちらに背を向けている。その向こう側、男の背後から、もう一人の女性が現れた。

「あ!やっだー!ブルーノさん、お酒空っぽじゃなーい!お代わりお代わり!」

「あっ!いや、ちょっと待て、ソフィー!なに勝手に!」

「なに飲みますー?私もおんなじの頼んでいいですかー?」

二人の女性に翻弄され始めた男。完全に蚊帳の外になってしまったけれど、もう、男の手が届くことはない。やはり、これは、庇ってくれているのだろう。気が抜けて、女性二人を唖然と見つめる。

結局、彼女達のおかげで、お店の閉店時間までまともにお客と関わることもせずに済んだ。お店が終わって、追いたてられるように部屋への階段を上がっていたところで、シェーンと呼ばれていた女性に呼び止められる。

「あんたね、嫌がってるのはわかるけど、こればっかりはさっさと慣れるしかないよ」

「…」

「どんだけ嫌でも、こっから逃げ出すのは無理だから、諦めな。辞めたきゃ、さっさと稼いで、抜け出すしかないよ」 

側に居たもう一人、ソフィーと言う名の女性の瞳が細められた。

「そうそう、さっさと慣れてもらわないと、シェーンの負担が増えるでしょ。覚悟決めてよ」

「ソフィー、あんたは余計なこと言わないの」

「はーい」

それだけ言うと、軽口を叩き合いながら去っていく二人。『諦めろ』『慣れろ』と切り捨てられたはずの言葉、だけど、何故だか、その言葉に励まされた気がした。




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

来世はあなたと結ばれませんように【再掲載】

倉世モナカ
恋愛
病弱だった私のために毎日昼夜問わず看病してくれた夫が過労により先に他界。私のせいで死んでしまった夫。来世は私なんかよりもっと素敵な女性と結ばれてほしい。それから私も後を追うようにこの世を去った。  時は来世に代わり、私は城に仕えるメイド、夫はそこに住んでいる王子へと転生していた。前世の記憶を持っている私は、夫だった王子と距離をとっていたが、あれよあれという間に彼が私に近づいてくる。それでも私はあなたとは結ばれませんから! 再投稿です。ご迷惑おかけします。 この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...