召喚巫女の憂鬱

リコピン

文字の大きさ
上 下
41 / 78
第三章 堕とされた先で見つけたもの

3.

しおりを挟む
3.

最初の異変は、神殿を訪れると必ず出迎えに現れていたハイリヒが姿を見せなくなったこと。次いで、神殿内での護衛としてつけられていた神殿騎士が全くつかなくなった。

露骨な態度ではあるけれど、煩わしさが無くなって、かえって良かったと思っていたのに。それもつかの間、今度は、今までかかわり合いになることの無かったような人物から絡まれるようになってしまった。

「巫女様、もうお帰りですか?」

「…」

ここ数日、トラオムと名乗る神殿の出入り商人が、何かと声をかけてくる。ヴォルフと同じ、黒い髪に黒い瞳。綺麗な顔をしているとは思うけれど、彼には何か、得たいの知れなさを感じてしまう。

「巫女様、よければ私の店に遊びにいらっしゃいませんか?」

「…」

距離を詰められ、反射的に身を引いた。

「…これは、申し訳ありません」

どれだけ無視していても、必ず話しかけてきてご機嫌うかがいをするこの男の目的は何なのだろうか。私の巫女としての力が限界を迎えたこの時点で、近づいてくる意味とは―

「私の店は聖都の外にありまして、こちらでは手に入らないような、珍しい品々も取り揃えております」

「…」

「ご興味がおありですか?」

『聖都の外』という言葉に、思わず反応してしまった。気づかれない程度だと思ったのだが、目敏い男は見逃さなかったようだ。

「世界をお救いいただいた巫女様のために、何か贈り物を差し上げたいと願っているのです。もし良ければ、本当にこれから、」

「…」

しつこく追いかけてくる男を降りきって、侯爵家の馬車に逃げ込んだ。神殿に出入りしている以上、あの男もそれなりに信用のある、身元の確かな商人なのだろう。それでも、近すぎる距離、終始楽しそうな笑みを浮かべたままの表情に、警戒心が膨らむ。

出来るだけ避けた方がいい。そう、わかっていたはずなのに―








「…どういう意味?」

「ええ、ですから、巫女様は今まで十分にそのお役目を果たして下さいました。今後は、フリッツ殿のためケルステン次期侯爵夫人としてのお役目を果たされるのが望ましいかと」

いつものように、訪れた神殿。ここしばらくは無かったハイリヒの出迎え、しかも複数の神殿騎士を伴う状況に、何かあるとは思っていたが、まさか―

「…私はもう『巫女』じゃないって言ってるのね。だからもう『巫女の間には入るな』ってこと?」

「申し訳ありません、巫女様。巫女様がそのお役目に未だ邁進されていらっしゃるのは承知しておりますが、なにぶんこれも規則でございまして」

そんな規則など、あるはずがない。神殿を出た巫女が巫女の間に入ること自体はごく稀だとは言え、それを禁止する規則など。

「巫女の間には宝珠や守護石など、貴重な品々がございますゆえ…」

「『巫女』でなくなった私が近づくことは許さないってことね」

「いえいえ、決して巫女様が、というわけではございません。ですが、規則を無視することで不測の事態を招くやもしれません」

それを避けたいだけなのですと笑う男の目からは、かつて『巫女』に向けられていた熱が無くなっている。

「…」

「…巫女様の、今後のご活躍をお祈り申し上げます」

頭を下げた男に背を向ける。『巫女』でなくなった私がこれ以上ここに居ることは危険だ。今までだって、私の意思が尊重されることなんてなかったけれど、多分、もう、彼らは私の身の安全さえも保証するつもりはない。彼らが腰に帯剣しているその剣を、向けられることさえあり得るのだ。

背筋に走る悪寒を無視して、馬車止まりに停めていた馬車へと戻った。乗り込んだ馬車の中、考えにふける。

巫女の間に入れなくなった今、私に出来ることはなんだろう。ケルステンの家に籠るだけでは、次の巫女の召喚を止めることは出来ない。ケルステンの家、聖都を出て外の世界に手がかりを見つける?『巫女』ではなくなった私が、神殿に追われることはもうない。後は、私がケルステンの家を出て生きていけるかどうか。女一人で。

もうずっと、会っていない彼の姿が浮かぶ―

ヴォルフは大丈夫だろうか?世界の瘴気を祓えなくなった今、世界に残る瘴気はヴォルフの命さえも脅かす。彼の無事を祈るしかなくなって初めて、ほんの一瞬、『巫女』の力を惜しいと思ってしまった。 

浮かんだ思いを頭を振って、追い払う。没頭していた考えから、ふと顔を上げて窓の外、その風景が見慣れぬものだということに気づく。

「っ止めて!」

御者への合図を無視され叫ぶが、返事はない。嫌な、予感がする。窓から手をだし、扉の錠を外した。開いた扉、出来るかどうかはわからないけれど、飛び降りる決意を固めたところで、頭上から声が降ってきた。

「危ないなぁ、巫女様」

「!?」

ここ何日かで聞き覚えのある声とともに、扉から男が飛び込んできた。慌てて避けて、その男の正体を確かめる。

「…トラオム」

「まさか、飛び降りようとするとは思わなかった。まだ人目があるからね、ここで騒がれると不味いんだよ」

「っ何を!?」

近づく男に警戒する間もなく、強烈な匂いが馬車内に充満する。

「効き目が強すぎるから、なるべく使いたくなかったんだけど」

突然、足元がふらついて、床に手をつく。意識が、遠ざかっていく―

「…大人しくしていろ」

見下ろす男の瞳。黒いはずのそれが、青く光って見えた




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...