召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第三章 堕とされた先で見つけたもの

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最初の異変は、神殿を訪れると必ず出迎えに現れていたハイリヒが姿を見せなくなったこと。次いで、神殿内での護衛としてつけられていた神殿騎士が全くつかなくなった。

露骨な態度ではあるけれど、煩わしさが無くなって、かえって良かったと思っていたのに。それもつかの間、今度は、今までかかわり合いになることの無かったような人物から絡まれるようになってしまった。

「巫女様、もうお帰りですか?」

「…」

ここ数日、トラオムと名乗る神殿の出入り商人が、何かと声をかけてくる。ヴォルフと同じ、黒い髪に黒い瞳。綺麗な顔をしているとは思うけれど、彼には何か、得たいの知れなさを感じてしまう。

「巫女様、よければ私の店に遊びにいらっしゃいませんか?」

「…」

距離を詰められ、反射的に身を引いた。

「…これは、申し訳ありません」

どれだけ無視していても、必ず話しかけてきてご機嫌うかがいをするこの男の目的は何なのだろうか。私の巫女としての力が限界を迎えたこの時点で、近づいてくる意味とは―

「私の店は聖都の外にありまして、こちらでは手に入らないような、珍しい品々も取り揃えております」

「…」

「ご興味がおありですか?」

『聖都の外』という言葉に、思わず反応してしまった。気づかれない程度だと思ったのだが、目敏い男は見逃さなかったようだ。

「世界をお救いいただいた巫女様のために、何か贈り物を差し上げたいと願っているのです。もし良ければ、本当にこれから、」

「…」

しつこく追いかけてくる男を降りきって、侯爵家の馬車に逃げ込んだ。神殿に出入りしている以上、あの男もそれなりに信用のある、身元の確かな商人なのだろう。それでも、近すぎる距離、終始楽しそうな笑みを浮かべたままの表情に、警戒心が膨らむ。

出来るだけ避けた方がいい。そう、わかっていたはずなのに―








「…どういう意味?」

「ええ、ですから、巫女様は今まで十分にそのお役目を果たして下さいました。今後は、フリッツ殿のためケルステン次期侯爵夫人としてのお役目を果たされるのが望ましいかと」

いつものように、訪れた神殿。ここしばらくは無かったハイリヒの出迎え、しかも複数の神殿騎士を伴う状況に、何かあるとは思っていたが、まさか―

「…私はもう『巫女』じゃないって言ってるのね。だからもう『巫女の間には入るな』ってこと?」

「申し訳ありません、巫女様。巫女様がそのお役目に未だ邁進されていらっしゃるのは承知しておりますが、なにぶんこれも規則でございまして」

そんな規則など、あるはずがない。神殿を出た巫女が巫女の間に入ること自体はごく稀だとは言え、それを禁止する規則など。

「巫女の間には宝珠や守護石など、貴重な品々がございますゆえ…」

「『巫女』でなくなった私が近づくことは許さないってことね」

「いえいえ、決して巫女様が、というわけではございません。ですが、規則を無視することで不測の事態を招くやもしれません」

それを避けたいだけなのですと笑う男の目からは、かつて『巫女』に向けられていた熱が無くなっている。

「…」

「…巫女様の、今後のご活躍をお祈り申し上げます」

頭を下げた男に背を向ける。『巫女』でなくなった私がこれ以上ここに居ることは危険だ。今までだって、私の意思が尊重されることなんてなかったけれど、多分、もう、彼らは私の身の安全さえも保証するつもりはない。彼らが腰に帯剣しているその剣を、向けられることさえあり得るのだ。

背筋に走る悪寒を無視して、馬車止まりに停めていた馬車へと戻った。乗り込んだ馬車の中、考えにふける。

巫女の間に入れなくなった今、私に出来ることはなんだろう。ケルステンの家に籠るだけでは、次の巫女の召喚を止めることは出来ない。ケルステンの家、聖都を出て外の世界に手がかりを見つける?『巫女』ではなくなった私が、神殿に追われることはもうない。後は、私がケルステンの家を出て生きていけるかどうか。女一人で。

もうずっと、会っていない彼の姿が浮かぶ―

ヴォルフは大丈夫だろうか?世界の瘴気を祓えなくなった今、世界に残る瘴気はヴォルフの命さえも脅かす。彼の無事を祈るしかなくなって初めて、ほんの一瞬、『巫女』の力を惜しいと思ってしまった。 

浮かんだ思いを頭を振って、追い払う。没頭していた考えから、ふと顔を上げて窓の外、その風景が見慣れぬものだということに気づく。

「っ止めて!」

御者への合図を無視され叫ぶが、返事はない。嫌な、予感がする。窓から手をだし、扉の錠を外した。開いた扉、出来るかどうかはわからないけれど、飛び降りる決意を固めたところで、頭上から声が降ってきた。

「危ないなぁ、巫女様」

「!?」

ここ何日かで聞き覚えのある声とともに、扉から男が飛び込んできた。慌てて避けて、その男の正体を確かめる。

「…トラオム」

「まさか、飛び降りようとするとは思わなかった。まだ人目があるからね、ここで騒がれると不味いんだよ」

「っ何を!?」

近づく男に警戒する間もなく、強烈な匂いが馬車内に充満する。

「効き目が強すぎるから、なるべく使いたくなかったんだけど」

突然、足元がふらついて、床に手をつく。意識が、遠ざかっていく―

「…大人しくしていろ」

見下ろす男の瞳。黒いはずのそれが、青く光って見えた




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