召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第二章 巫女という名の監禁生活

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ヴォルフへの想いを認めてしまった日からおよそ半年、結局、諦めていた通り、浄化は順調に進んでいった。

聖都内の観測地点で瘴気が観測されなくなった時点で、私の巫女としての役目は終わりを告げ、既に婚約は済んでいたフリッツとの婚姻が結ばれることとなった。

聖都の瘴気が祓われたといっても、聖都を守る結界は万能ではない。薄まったとはいえ、聖都の外に残る瘴気は結界内へと滲むようにして流れ込み続けている。それでも、巫女が召喚される前と比較すれば、無いに等しいと言えるほど。例え、私が今ここで死んだとしても、聖都に住む者達にとっては問題にもならない。

だけど、結界の外、聖都を一歩出れば、そこに残る瘴気はまだ決して無視できるものではないから。私は、私の心と体は―その限界まで―世界を浄化し続けるのだろう。

どこに居るのかもわからない、彼を想って―





今、ハイリヒが用意した神殿内の式場、その控え室で、ハイリヒの用意した花嫁衣装を身にまとって、式の始まりを待っている。

一月ほど前、浄化が完了したとハイリヒが告げた日に、ヴォルフは姿を消した。別れの言葉もない突然の失踪には胸が痛んだけれど、私にはそんな資格もないのだから、その痛みを一人で耐えるしかなかった。

それに―

こんな格好で他の男の隣に立つ姿を、彼にだけは見られたくなかったから、かえって良かったのかもしれない。思わず、自嘲してしまったところで、扉を叩く音が響いた。

「そろそろ、時間だ」

「…」

入ってきたのは、今日、自分の夫となるはずの男。その表情からは到底、彼が晴れがましい立場にあるとは思えない。だけど、それは自分も同じだろうから。

「…式の前に言っておくことがある」

元の世界と違って、こちらの式では新郎と新婦が揃って入場する。その迎えに来たのだと思っていたけれど、時間より早い訪れは、この『言っておくこと』が理由らしい。

扉の前、自身の花嫁を睨み付ける男の鋭い視線を、ベール越しに受け止める。フリッツが口を開いた。

「…俺が、お前を愛することはない」

「…」

「俺との婚約以来、瘴気の浄化が進んだことは知っている。そのこと自体は評価するが、」

一度も、そらされることのない視線。

「俺に、期待するな。俺がお前を想うことなど決してあり得ない」

言い切る男には、例え政略的な始まりであれ、妻となる女と歩み寄ろうという姿勢は欠片も感じられない。後ろめたさも、罪の意識も。

―それなら

「わかった。あなたには近づかない」

「…ああ。その言葉、違えるなよ」

「私からも言っておく。あなたは、私に妻としての役目を期待しないと言った。私に近寄らないで、指一本触れないで」

「は!誰が好き好んで、お前になど」

嘲笑を浮かべたフリッツの背後、再び扉を叩く音がする。式の始まりを告げに来たのかと思い、返事を返せば、入ってきたのは、一番会いたくなかったひと

「巫女様、本日は誠におめでとうございます。心よりお祝い申し上げますわ」

傍らに、三ヶ月ほど前だったか、共に結婚の挨拶に訪れた夫を伴って現れたドロテア。射ぬくように真っ直ぐに向けられる視線、真っ赤な唇が弧を描いている。

「…巫女様、私からもお祝いを申し上げます。また、世界をお救い頂いたこと、重ねてお礼申し上げます」

晴れの日に相応しい装いで、レオナルトが頭を垂れる。

「フリッツも、おめでとう。姉として、とても喜ばしいわ」

義姉上あねうえ義兄上あにうえも、ありがとうございます!」

ドロテアの登場に相好を崩したフリッツが、嬉しそうに自身の姉へと近づく。談笑する三人を眺めながら、急に、何もかも、本当にどうでもよくなってくる。

―こんなもの。めでたいなどと、思えるはずがない

ずっと昔、姉が結婚を決めた頃、式はどうする、新居をどうすると騒いでいた日々を思い出す。

夫となる予定の―その時点で三年間付き合っていた―相手が興味を示さないから、何もかも自分が決めないといけない。そう文句を言いながらも、幸せにあふれていた姉。姉の夫だって、結局、興味は無いものの、姉が喜ぶからと、彼女のプランを笑って受け入れていた。

想い合って、一緒にいるのが楽しいから結婚するのだという彼女達に、『いつかは自分も』と憧れたのだ。共に居られることが幸せな、そんな相手と、いつか。

なのに―

「おいっ!いい加減にしろ!」

フリッツの怒声、追憶から意識が引き戻された。気がつけば、ドロテア達の姿が部屋から消えている。

「義姉上達をも無視するとは、何を考えている!お二人は、わざわざここまで祝いの言葉を述べに来てくれたのだぞ!お前には、義姉上達の優しさというものがわからないのか!」

「…黙って」

「何だと!」

立て続けに投げつけられた言葉に、我慢がきかなくなる。さっきまで、もう何もかも、どうでもいいと思っていたはずなのに―

「貴様には、人としての!」

「うるっさい!いい加減にして!何が優しさなの!?何に感謝しろって言うの!?」

「っ!?」

思い出して、理不尽を募られて、抑えきることが出来なくなった激情が溢れ出す。

「私は、私の結婚を心から祝ってくれる人達に祝われて結婚したかったの!こんな、私を知らない人達に何を言われても、感謝なんて出来るわけがない!」

「…しかし、義姉上はお前の義姉になるわけだから、」

「いらない」

「何だと!」

叫んで、言葉を吐き出して、激情が凪いでいく。収まりきらない怒りが、冷たく固まって、黒いしこりとなっていく。

こちらを睨む視線を、冷めた頭で受け止められる。だけど、まだ僅かに燻る怒りの炎が―言うつもりなんてなかったのに―言葉を吐かせた。

「もう、居るから」

「…何?」

「私には、元の世界に姉が居る。もう、二度と会えないだろうけど」

「っ!?」

驚愕に開かれる目。この男の、怒りを含まない驚きの表情を見るのは初めてかもしれない。想像もしなかったのだろうか。巫女の、拐われる以前の女性達の人生、家族の存在というものを。

言葉を失って立ち尽くす男を眺める。どれだけ騒いでも今さらだ。もう、既に私は選択して、ここに居る。どれだけ嫌で、苦しくても、後戻りは出来ない。するつもりはない。

私は、今日、この男の妻になる―




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