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第二章 巫女という名の監禁生活
21.
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21.
翌朝、世界が激変していた。瘴気の観測施設で毎日測られているという、瘴気の濃度。そんなものを聞かなくてもわかるくらい、瘴気が薄まっている。
昨夜、どうしようもなく自覚させられた彼への想いが、世界を救おうとしている―
「…巫女様!」
寝室を出れば、ハイリヒに満面の笑みで迎えられた。扉の外で控えていたヴォルフは、沈黙のまま、いつものように背後へと控える。
「素晴らしい御力でございます!今朝がた、観測所からも喜ばしい観測値が届いております。これはやはり、フリッツ殿の申し出が、巫女様の御力を最大限引き出すことになったのでしょう、」
「違う」
咄嗟に否定してしまったけれど、では何故かと聞かれたら困ってしまう。幸い、興奮状態のハイリヒはこちらの言葉など気にした様子も無いけれど。
「巫女様、フリッツ様とのご婚姻、いえ、せめてご婚約だけでも早々に進めてしまいましょう。さすれば、巫女様のお力もますます高まることになるかと」
「ならない。勝手に決めないで。私のことは私が決める」
「ええ!それは、もちろん、巫女様の御心のままに。ですが、神殿としては、巫女様の御力の飛躍に尽力されたフリッツ殿、ケルステン侯爵家を蔑ろにするわけには参りません。先方の希望を最大限受け入れることで、彼の献身に応えたく、」
「やめて、勝手なことしないで」
ニコニコと、笑うだけの男は、きっとこちらの話など聞いていない。聞いていて、敢えて無視しているだけかもしれないけれど。
守護者であり、貴族でもあるフリッツから申し込みがあった時点で、彼と巫女との結婚は規定路線だったのだ。更に、このタイミングで浄化の力が強まってしまったことが、その動きに拍車をかけてしまっている。
―それでもきっと、ヴォルフならこの状況から救い出してくれるのだろうけど
「それでは、巫女様。色々と調整を進めねばなりませんので、私は御前を失礼させていただきます」
言うなり、部屋を出ていくハイリヒの背中を眺めながら、覚悟を決めた。
背後を振り向く―
「…」
振り向いて、視線が合っても、何も言わずにこちらの言葉を待ってくれる、ヴォルフを見つめる。
命を救ってくれた。笑わせてくれた。背負ってくれて、守ってくれて。たくさん、優しくしてもらった。
本当は、今でも、巫女の力なんていらない。巫女になんて、成りたくない。だけど、彼の優しさが、私の心を温かくする。彼の言葉に嬉しくなる。彼が私にしてくれることを喜んでしまう。感謝の気持ちが溢れて、もう、抑えられなくなってしまった。
きっと、このまま浄化は進んでしまう。だから、
「…ヴォルフ、今までありがとう」
「…トーコ」
「私、フリッツと結婚する」
「っ!」
苦しそうな、顔。表情の少ないヴォルフのこんな顔、初めて見る。私が、それをさせている。ヴォルフも、少なからず私を想っていてくれているってことなんだろうか。庇護すべき対象ではなく、女性として。
そうだったらいいのにって思ってしまうのは、私の醜いエゴ―
「だから、もう、ヴォルフには頼らない。甘えたりしない。守ってくれなくていい」
「…俺は、お前の護衛騎士だ」
「…じゃあ、それが終わるまで。私が神殿を出ていくまで。それまで、だから」
込み上げてくる熱いものに、言葉がつまる。泣き出しそうになるのを必死で堪えた。今、口にしたばかりなのだ。もう、ヴォルフには頼れない。彼の側には居られないから。
翌朝、世界が激変していた。瘴気の観測施設で毎日測られているという、瘴気の濃度。そんなものを聞かなくてもわかるくらい、瘴気が薄まっている。
昨夜、どうしようもなく自覚させられた彼への想いが、世界を救おうとしている―
「…巫女様!」
寝室を出れば、ハイリヒに満面の笑みで迎えられた。扉の外で控えていたヴォルフは、沈黙のまま、いつものように背後へと控える。
「素晴らしい御力でございます!今朝がた、観測所からも喜ばしい観測値が届いております。これはやはり、フリッツ殿の申し出が、巫女様の御力を最大限引き出すことになったのでしょう、」
「違う」
咄嗟に否定してしまったけれど、では何故かと聞かれたら困ってしまう。幸い、興奮状態のハイリヒはこちらの言葉など気にした様子も無いけれど。
「巫女様、フリッツ様とのご婚姻、いえ、せめてご婚約だけでも早々に進めてしまいましょう。さすれば、巫女様のお力もますます高まることになるかと」
「ならない。勝手に決めないで。私のことは私が決める」
「ええ!それは、もちろん、巫女様の御心のままに。ですが、神殿としては、巫女様の御力の飛躍に尽力されたフリッツ殿、ケルステン侯爵家を蔑ろにするわけには参りません。先方の希望を最大限受け入れることで、彼の献身に応えたく、」
「やめて、勝手なことしないで」
ニコニコと、笑うだけの男は、きっとこちらの話など聞いていない。聞いていて、敢えて無視しているだけかもしれないけれど。
守護者であり、貴族でもあるフリッツから申し込みがあった時点で、彼と巫女との結婚は規定路線だったのだ。更に、このタイミングで浄化の力が強まってしまったことが、その動きに拍車をかけてしまっている。
―それでもきっと、ヴォルフならこの状況から救い出してくれるのだろうけど
「それでは、巫女様。色々と調整を進めねばなりませんので、私は御前を失礼させていただきます」
言うなり、部屋を出ていくハイリヒの背中を眺めながら、覚悟を決めた。
背後を振り向く―
「…」
振り向いて、視線が合っても、何も言わずにこちらの言葉を待ってくれる、ヴォルフを見つめる。
命を救ってくれた。笑わせてくれた。背負ってくれて、守ってくれて。たくさん、優しくしてもらった。
本当は、今でも、巫女の力なんていらない。巫女になんて、成りたくない。だけど、彼の優しさが、私の心を温かくする。彼の言葉に嬉しくなる。彼が私にしてくれることを喜んでしまう。感謝の気持ちが溢れて、もう、抑えられなくなってしまった。
きっと、このまま浄化は進んでしまう。だから、
「…ヴォルフ、今までありがとう」
「…トーコ」
「私、フリッツと結婚する」
「っ!」
苦しそうな、顔。表情の少ないヴォルフのこんな顔、初めて見る。私が、それをさせている。ヴォルフも、少なからず私を想っていてくれているってことなんだろうか。庇護すべき対象ではなく、女性として。
そうだったらいいのにって思ってしまうのは、私の醜いエゴ―
「だから、もう、ヴォルフには頼らない。甘えたりしない。守ってくれなくていい」
「…俺は、お前の護衛騎士だ」
「…じゃあ、それが終わるまで。私が神殿を出ていくまで。それまで、だから」
込み上げてくる熱いものに、言葉がつまる。泣き出しそうになるのを必死で堪えた。今、口にしたばかりなのだ。もう、ヴォルフには頼れない。彼の側には居られないから。
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