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第二章 巫女という名の監禁生活
17.
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17.
トーコから離され、呼び出された先にいたのは、長椅子に腰掛けてこちらを睥睨する貴族令嬢。
「…よく来たわね」
トーコと対峙するのを何度か目にしたことのある、ドロテアという名の女。
高杯の形状をした大地の上に建ち、結界に護られた聖なる都。『鳥籠』とも呼ばれる、一部の人間のみが住むことを許される聖都の、更に一握りの高みにある者。正に、高位貴族そのものの傲慢さで、己を迎えた女が口を開く。
「あまり時間が無いから、率直に聞くわ。お前、巫女が好きなの?」
「…」
「まあ、突然過ぎて警戒するのもわかるけど、こっちは本当に時間が無いの、答えなさい。巫女のことが好きなんでしょ?」
そう問うてくる女の意図が読めない。巫女、トーコへの己の想いなど、知ってどうすると言うのか。
「さっさと答えなさいよ。イラつくわねえ。お前があの女を気に入っているのなら、手に入れるのを手伝ってやってもいいと思っているのよ?」
「…どういう、」
「あら?やっぱり好きなのね?」
女の『手に入れる』という言い様の剣呑さに不穏を感じて問い返せば、赤い紅の乗った唇がつり上がる。
「お前がこちらの指示に従うなら、あの女がお前のものになるよう、手を回してあげる」
「…俺は、彼女が望まぬことを望まない」
「ああ、やっぱり、想い合ってるわけじゃなく、お前の一方的な想いなのね?」
女が常に見せるよりも露な、トーコへの敵愾心。警報が鳴る。
「まあ、いいわ。恐らく、効率は悪いだろうけど、力づくでも浄化は進むってことだろうから」
「…力づく、だと?何をするつもりだ」
「私じゃないわ、お前がするのよ」
「…」
愉悦を浮かべる女の顔に、トーコの身を危険に晒す邪悪さがうかがえる。
「巫女が欲しいんでしょ?だったら、手を貸すから、お前のものにしてしまいなさい」
「断る。彼女を傷つけることは許さん」
「は!さすがは、護衛騎士ってことかしら?だけど、そんなことを言っていていいのかしらね?」
女が、心底愉しそうに嗤った。
「教えておくわ。私の弟、フリッツ・ケルステンも巫女を狙っている、あの女と結婚するつもりよ」
「!?」
トーコの元を訪れ、幾度となく彼女を傷つけた男の名に、心が波立つ。トーコを傷つけることしか出来ぬ男が、彼女を欲する、だと―?
「盗られたくないのなら、私に従いなさい。そうすれば、あの女はお前のものよ」
―トーコが、己のものに
かつてはそれを期待した。彼女と共に居続けることを。一度失い、彼女に再び巡り会えた今は、切望している。彼女を守り、彼女に触れ、彼女を自分だけのものとすることを。
目の前の女が簡単に囁く。願えばそれが叶うのだと、求めてやまない存在を己のものにしてしまえると。
かつて、トーコが見せた表情が脳裏に甦った―
「…断る」
女の顔が歪んだ。細められた目が、何かを探るようにこちらを見つめ、不快なものを見たとでも言わんばかりに逸らされた。
「まあ、今すぐでなくてもいいわ。私は、フリッツだろうが、お前だろうが、どちらかが巫女をものにしてくれれば、それでいいのよ」
『どちらでもいい』とは、果たしてどういう意味なのか。女が、なりふり構わないほどの理由。或いは、守護者である自身の婚約者との関係を守るため―?
「もういいわ、下がりなさい。考えておくことね、巫女を盗られたくなければ、どうすればいいのかを」
女は言うだけ言って満足したのか、後はもう、こちらには視線一つ寄越さずに手元の茶器に手を伸ばした。
部屋を辞し、トーコの元へと急ぐ。代わりの護衛がついているとはいえ、女の言葉にトーコの身が案じられ、自然、足元が早くなる。
先程の女の言葉が真実ならば、近いうち、あの男がまたトーコの元を訪れるのだろう。男の言葉や態度に、トーコへの想いを感じられたことは一度もない。トーコも、極力、男を避けようとしているのがわかる。それでも男が婚姻を願うとなると、政治的な何か、トーコの巫女のとしての力が関係しているのだろう。
ケルステン侯爵家という聖都の中枢にある一族からの申し出、トーコが拒絶するであろうそれを、果たして、問題なく断ることは可能なのか。
一年前、護ることも出来ずに、無様にトーコを神殿に拐われた。同じ過ちは繰り返さない。トーコが望むなら、今度こそ、彼女をこの『鳥籠』から、連れ出してみせる。
彼女が、望むなら―
トーコから離され、呼び出された先にいたのは、長椅子に腰掛けてこちらを睥睨する貴族令嬢。
「…よく来たわね」
トーコと対峙するのを何度か目にしたことのある、ドロテアという名の女。
高杯の形状をした大地の上に建ち、結界に護られた聖なる都。『鳥籠』とも呼ばれる、一部の人間のみが住むことを許される聖都の、更に一握りの高みにある者。正に、高位貴族そのものの傲慢さで、己を迎えた女が口を開く。
「あまり時間が無いから、率直に聞くわ。お前、巫女が好きなの?」
「…」
「まあ、突然過ぎて警戒するのもわかるけど、こっちは本当に時間が無いの、答えなさい。巫女のことが好きなんでしょ?」
そう問うてくる女の意図が読めない。巫女、トーコへの己の想いなど、知ってどうすると言うのか。
「さっさと答えなさいよ。イラつくわねえ。お前があの女を気に入っているのなら、手に入れるのを手伝ってやってもいいと思っているのよ?」
「…どういう、」
「あら?やっぱり好きなのね?」
女の『手に入れる』という言い様の剣呑さに不穏を感じて問い返せば、赤い紅の乗った唇がつり上がる。
「お前がこちらの指示に従うなら、あの女がお前のものになるよう、手を回してあげる」
「…俺は、彼女が望まぬことを望まない」
「ああ、やっぱり、想い合ってるわけじゃなく、お前の一方的な想いなのね?」
女が常に見せるよりも露な、トーコへの敵愾心。警報が鳴る。
「まあ、いいわ。恐らく、効率は悪いだろうけど、力づくでも浄化は進むってことだろうから」
「…力づく、だと?何をするつもりだ」
「私じゃないわ、お前がするのよ」
「…」
愉悦を浮かべる女の顔に、トーコの身を危険に晒す邪悪さがうかがえる。
「巫女が欲しいんでしょ?だったら、手を貸すから、お前のものにしてしまいなさい」
「断る。彼女を傷つけることは許さん」
「は!さすがは、護衛騎士ってことかしら?だけど、そんなことを言っていていいのかしらね?」
女が、心底愉しそうに嗤った。
「教えておくわ。私の弟、フリッツ・ケルステンも巫女を狙っている、あの女と結婚するつもりよ」
「!?」
トーコの元を訪れ、幾度となく彼女を傷つけた男の名に、心が波立つ。トーコを傷つけることしか出来ぬ男が、彼女を欲する、だと―?
「盗られたくないのなら、私に従いなさい。そうすれば、あの女はお前のものよ」
―トーコが、己のものに
かつてはそれを期待した。彼女と共に居続けることを。一度失い、彼女に再び巡り会えた今は、切望している。彼女を守り、彼女に触れ、彼女を自分だけのものとすることを。
目の前の女が簡単に囁く。願えばそれが叶うのだと、求めてやまない存在を己のものにしてしまえると。
かつて、トーコが見せた表情が脳裏に甦った―
「…断る」
女の顔が歪んだ。細められた目が、何かを探るようにこちらを見つめ、不快なものを見たとでも言わんばかりに逸らされた。
「まあ、今すぐでなくてもいいわ。私は、フリッツだろうが、お前だろうが、どちらかが巫女をものにしてくれれば、それでいいのよ」
『どちらでもいい』とは、果たしてどういう意味なのか。女が、なりふり構わないほどの理由。或いは、守護者である自身の婚約者との関係を守るため―?
「もういいわ、下がりなさい。考えておくことね、巫女を盗られたくなければ、どうすればいいのかを」
女は言うだけ言って満足したのか、後はもう、こちらには視線一つ寄越さずに手元の茶器に手を伸ばした。
部屋を辞し、トーコの元へと急ぐ。代わりの護衛がついているとはいえ、女の言葉にトーコの身が案じられ、自然、足元が早くなる。
先程の女の言葉が真実ならば、近いうち、あの男がまたトーコの元を訪れるのだろう。男の言葉や態度に、トーコへの想いを感じられたことは一度もない。トーコも、極力、男を避けようとしているのがわかる。それでも男が婚姻を願うとなると、政治的な何か、トーコの巫女のとしての力が関係しているのだろう。
ケルステン侯爵家という聖都の中枢にある一族からの申し出、トーコが拒絶するであろうそれを、果たして、問題なく断ることは可能なのか。
一年前、護ることも出来ずに、無様にトーコを神殿に拐われた。同じ過ちは繰り返さない。トーコが望むなら、今度こそ、彼女をこの『鳥籠』から、連れ出してみせる。
彼女が、望むなら―
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