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第二章 巫女という名の監禁生活
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12.
廊下の向こう、ここ最近やたらと神殿内で遭遇し、時には部屋まで押し掛けてくるやっかいな男の姿が見えた。歩いていたのは部屋から巫女の間への最短ルートだったけれど、男に見つかる前に、さっさと迂回することにする。
顔を合わせれば、巫女の役目についての説教を延々と続けてくる男。彼に捕まれば、不快な思いをして時間を無駄にするだけ。かなり遠回りにはなってしまうけれど、神殿の入り口近くを通る通路に足を向けた。視界の端で、ヴォルフがついてきていることを確認する。
神殿の入り口にある、大きな玄関ホールを通り抜ける途中で、階段の下、人目につかぬ場所で抱き合う男女が居ることに気づいた。
顔を合わせるのも面倒で、気づかれないうちにさっさと通り過ぎてしまおうと思ったのに。こちらの存在に気づいて顔をあげた男と、ベール越しに目が合った。
「巫女様!」
「えっ!巫女様!?」
気づかれてしまったのは仕方ないが、何故、わざわざこちらを呼び止めるのか。
「巫女様、お久し振りです」
傍らの女性―泣いていたのか、その目元が赤い―から離れ、こちらへ歩み寄ってくる男。記憶にはないけれど、その身から感じる気配に、この男が守護者の一人だということがわかる。
「何度か、巫女様にご面会いただけるよう願い出ていたのですが、ご多忙のようでなかなかお目通りも叶わず。ここでお会いできたのは幸いでした」
目の前まで近寄って来た長身に見下ろされる。
「巫女様、瘴気の浄化について、どうか一度、お話をさせていただきたく、」
「嫌」
耳を貸さず、その場を後にしようとしたのに、立ち塞がった女性に進路を妨害された。近くで見れば泣いていたことが一目瞭然の瞳が、今は厳しい眼差しでこちらを睨んでいる。
「…巫女様。どうか、レオナルト様のお話をお聞き入れ下さいませ」
「嫌、聞きたくない」
「巫女様!このままでは、エミーリアの命が危ないのです!」
だから、聞きたくないって、言ってるのに―
「エミーリアというのはレオナルト様の妹で、私の友人でもあります。その彼女が瘴気に倒れてしまいました。症状が重く、寝台から立ち上がることもままならずに。…優しい子なのです!あんなに優しい子が、何て憐れな!」
顔を覆って再び泣き出した女性。その肩を抱き寄せた守護者の男が慰めの言葉をかけている。男の視線がこちらを向いた。
「…瘴気の前では、力無き我々は巫女様の慈悲におすがりするしかない。どうか、我々を、妹をお救いいただきたい」
深々と下げられた頭を見下ろす。
「…本当に?他の方法はないの?」
「…他の方法?それは、どういう意味でしょうか?」
「私には、巫女と聖都に関する知識しかない。聖都の外の世界に関しては、ほとんど何も知らないと言ってもいいくらい」
訝しげな二対の視線が向けられる。本当に、彼らは何も疑問に思わないのだろうか?この閉鎖された世界、聖都を全てとして生きることに―
「…世界中、調べて回ったの?巫女以外に瘴気に対する予防や、治療方法が存在しないか、探した?」
「そんなこと無理ですわ!」
考えもせず、反射のように返された答えに腹が立つ。
「現状、結界の外には高濃度の瘴気が存在します。そうした環境下で世界中を探すとなると…」
「そうです!実際、エミーリアだって結界の外に出たから!ネーエの町まで、親の無い子ども達の世話をしに通い続けたたがために、瘴気に倒れたのです!外の世界を回るなど、とてもではありませんが、不可能です!」
瘴気が濃いとわかっていて、自ら赴いた先で病に倒れたというのなら―
「…調査を行おうにも、聖都の外へ出ることには、皆、抵抗があるらしく、人材の確保もままなりません」
男は悔しそうに言うが、
「じゃあ、あなたが自分で行けば?」
「っ!?」
「少なくとも、あなたの妹さん?は自分で何かをしようと行動したんでしょ?」
巫女に、命じるでも、すがるでもなく。
「その結果、倒れてしまったとしても、その人を『憐れ』だと嘆く必要は無いと思うけど」
「っなんということをおっしゃるのです!?レオナルト様は、この聖都の次期大公閣下であらせられるのですよ!そのような尊い御身を聖都の外へ追いやろうなどと!」
守護者の男への言葉に、本人ではなく、隣の女が激昂した。
「じゃあ、なおさらでしょう?偉い人なら、聖都の人達のために何かするべきで、動かせる人が居ないっていうなら、自分でやればいい」
「何と恐ろしいことを!そもそも、嫌がってばかりいらっしゃいますが、瘴気を浄化するのは巫女様のお役目なのですよ!」
この世界が勝手に押し付けただけの、役目―
「そんな『役目』は知らないし、やらない」
「巫女様っ!?」
つい長々、話に付き合ってしまったけれど、互いの主張は平行線のままで、きっと、交わることなんてないから。
今度こそ、巫女の間へ向かって歩き出した。
「…巫女様」
呼び止める守護者の男の声には振り向かない。
「微増とは言え増加の一途だった瘴気の観測値が、あなたが顕現されてのち、減少傾向にあります。巫女様に感謝を、」
男の言葉を最後まで聞きたくなくて、足を早めた。
―違う
やろうと思っているわけじゃないのに。今だって、自覚はしている。瘴気を取り込み続ける巫女の身体を。だけど、
感謝なんて、絶対にいらない―
廊下の向こう、ここ最近やたらと神殿内で遭遇し、時には部屋まで押し掛けてくるやっかいな男の姿が見えた。歩いていたのは部屋から巫女の間への最短ルートだったけれど、男に見つかる前に、さっさと迂回することにする。
顔を合わせれば、巫女の役目についての説教を延々と続けてくる男。彼に捕まれば、不快な思いをして時間を無駄にするだけ。かなり遠回りにはなってしまうけれど、神殿の入り口近くを通る通路に足を向けた。視界の端で、ヴォルフがついてきていることを確認する。
神殿の入り口にある、大きな玄関ホールを通り抜ける途中で、階段の下、人目につかぬ場所で抱き合う男女が居ることに気づいた。
顔を合わせるのも面倒で、気づかれないうちにさっさと通り過ぎてしまおうと思ったのに。こちらの存在に気づいて顔をあげた男と、ベール越しに目が合った。
「巫女様!」
「えっ!巫女様!?」
気づかれてしまったのは仕方ないが、何故、わざわざこちらを呼び止めるのか。
「巫女様、お久し振りです」
傍らの女性―泣いていたのか、その目元が赤い―から離れ、こちらへ歩み寄ってくる男。記憶にはないけれど、その身から感じる気配に、この男が守護者の一人だということがわかる。
「何度か、巫女様にご面会いただけるよう願い出ていたのですが、ご多忙のようでなかなかお目通りも叶わず。ここでお会いできたのは幸いでした」
目の前まで近寄って来た長身に見下ろされる。
「巫女様、瘴気の浄化について、どうか一度、お話をさせていただきたく、」
「嫌」
耳を貸さず、その場を後にしようとしたのに、立ち塞がった女性に進路を妨害された。近くで見れば泣いていたことが一目瞭然の瞳が、今は厳しい眼差しでこちらを睨んでいる。
「…巫女様。どうか、レオナルト様のお話をお聞き入れ下さいませ」
「嫌、聞きたくない」
「巫女様!このままでは、エミーリアの命が危ないのです!」
だから、聞きたくないって、言ってるのに―
「エミーリアというのはレオナルト様の妹で、私の友人でもあります。その彼女が瘴気に倒れてしまいました。症状が重く、寝台から立ち上がることもままならずに。…優しい子なのです!あんなに優しい子が、何て憐れな!」
顔を覆って再び泣き出した女性。その肩を抱き寄せた守護者の男が慰めの言葉をかけている。男の視線がこちらを向いた。
「…瘴気の前では、力無き我々は巫女様の慈悲におすがりするしかない。どうか、我々を、妹をお救いいただきたい」
深々と下げられた頭を見下ろす。
「…本当に?他の方法はないの?」
「…他の方法?それは、どういう意味でしょうか?」
「私には、巫女と聖都に関する知識しかない。聖都の外の世界に関しては、ほとんど何も知らないと言ってもいいくらい」
訝しげな二対の視線が向けられる。本当に、彼らは何も疑問に思わないのだろうか?この閉鎖された世界、聖都を全てとして生きることに―
「…世界中、調べて回ったの?巫女以外に瘴気に対する予防や、治療方法が存在しないか、探した?」
「そんなこと無理ですわ!」
考えもせず、反射のように返された答えに腹が立つ。
「現状、結界の外には高濃度の瘴気が存在します。そうした環境下で世界中を探すとなると…」
「そうです!実際、エミーリアだって結界の外に出たから!ネーエの町まで、親の無い子ども達の世話をしに通い続けたたがために、瘴気に倒れたのです!外の世界を回るなど、とてもではありませんが、不可能です!」
瘴気が濃いとわかっていて、自ら赴いた先で病に倒れたというのなら―
「…調査を行おうにも、聖都の外へ出ることには、皆、抵抗があるらしく、人材の確保もままなりません」
男は悔しそうに言うが、
「じゃあ、あなたが自分で行けば?」
「っ!?」
「少なくとも、あなたの妹さん?は自分で何かをしようと行動したんでしょ?」
巫女に、命じるでも、すがるでもなく。
「その結果、倒れてしまったとしても、その人を『憐れ』だと嘆く必要は無いと思うけど」
「っなんということをおっしゃるのです!?レオナルト様は、この聖都の次期大公閣下であらせられるのですよ!そのような尊い御身を聖都の外へ追いやろうなどと!」
守護者の男への言葉に、本人ではなく、隣の女が激昂した。
「じゃあ、なおさらでしょう?偉い人なら、聖都の人達のために何かするべきで、動かせる人が居ないっていうなら、自分でやればいい」
「何と恐ろしいことを!そもそも、嫌がってばかりいらっしゃいますが、瘴気を浄化するのは巫女様のお役目なのですよ!」
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「そんな『役目』は知らないし、やらない」
「巫女様っ!?」
つい長々、話に付き合ってしまったけれど、互いの主張は平行線のままで、きっと、交わることなんてないから。
今度こそ、巫女の間へ向かって歩き出した。
「…巫女様」
呼び止める守護者の男の声には振り向かない。
「微増とは言え増加の一途だった瘴気の観測値が、あなたが顕現されてのち、減少傾向にあります。巫女様に感謝を、」
男の言葉を最後まで聞きたくなくて、足を早めた。
―違う
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