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第二章 巫女という名の監禁生活
10.
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10.
ドロテアが言い捨てた言葉。それに、何も感じられないでいられる強さが欲しい。
―汝、世界を愛せよ
視察や慰問なんて、何があってもしない。
与えられた巫女の記憶から、巫女という存在に向けられる眼差しを知っている。尊敬や親愛、そんなものを直接向けられてしまえば、私はこの世界を―
身の内に流れ込む不快感が、否応なく増していく。
両の腕、抱き締めて、服の上から思いっきり爪を立てる。頭に浮かべるのは、先ほどのドロテア達。皮肉なことだけれど、彼女達の傲慢さを思い出せば、それだけで巫女の力は弱まる。流れ込む不快さが、格段に減っていく。
「…トーコ」
やめて、今、このタイミングで名前を呼ばないで。
「お前が傷つく。手の力を抜け」
「…放っておいて」
あなたの声を聞きたくない。気遣う言葉を、首を振って拒絶する。
「…トーコ」
「っ!?」
ヴォルフの声がすぐ側から降ってきた。また、近づく気配を感じられなかった。驚きに顔をあげれば、伸びてくるヴォルフの手が視界に入る。恐怖に襲われた。
「っ触らないで!」
「巫女様!?これは、」
最悪のタイミング。入室の許可を求めもせずに入ってきたハイリヒ。ヴォルフを拒絶した瞬間を見られてしまった。恐らく、誤解されたはず、
「どういうつもりだ。巫女様には触れるなと厳命したはずだ。何を、」
「勝手に入ってこないで。出てって」
「…巫女様。どうかお許しを。ドロテア様のお言葉に、巫女様が傷ついていらっしゃるのではないかと、心配だったものですから」
許すも許さないもない、言葉だけの謝罪。困ったように、男が笑っている。そもそも、この部屋にドロテアが入ってこられるのは、この男がそれを許しているからだ。私の許可など、求めもせずに―
「彼は私に触れてない。『ドロテアに傷つけられた』私を心配してくれただけ。いいから、さっさと出ていって」
「巫女様、しかし、」
「出ていって」
それだけを繰り返せば、最後には男は黙って頭を下げた。部屋から出ていく間際、その視線がヴォルフを鋭く貫く。
ハイリヒが去った部屋、膨らんでいた不快感がようやく収まり始め、そっと息をつく。
「…トーコ、お前がつらいなら、連れ出してやる」
「…どういう意味?」
触れないけど、すごく近い距離。淡々と述べられたヴォルフの言葉の意味が、直ぐには飲み込めなかった。
「聖都から、連れ出してやる」
「!?」
「巫女になりたくないのだろう?聖都を出て、行きたいところに連れていってやる」
ヴォルフの言葉に、思わず想像してしまった―
本当に行きたい、帰りたい場所へは無理だとしても、彼と二人で、世界を旅して回る。短い間だったけれど、かつて、二人でそうしたように。
―だけど、それじゃあきっと、私は世界を浄化してしまう
浄化の巫女であれと閉じ込められている今よりも、きっと、ずっと、私はこの世界を受け入れてしまう。
―汝、世界を愛せよ
だから、駄目。ヴォルフとずっと一緒に居たら、きっとそうなる。だけど私は、この世界を救いたいと、思いたくはないから。
それに、何より―
「…ヴォルフとは、一緒に居られない」
「…そうか」
巫女ではなく、私を私として見てくれる。巫女の役目を押し付ける人達しかいないこの世界で、私の思いを、言葉を聞いてくれようとする人。わかっていて、だけど彼を傷つけるような返事しか返せない。
これで、もしも彼が側から居なくなれば、浄化のペースは落ちるはず。そう、思っていたのに。今はもう、それさえも自信がなくて。
ただ、本当にそうなってしまったら、彼が居なくなってしまったら、私は、私で居続けられるのだろうか―
ドロテアが言い捨てた言葉。それに、何も感じられないでいられる強さが欲しい。
―汝、世界を愛せよ
視察や慰問なんて、何があってもしない。
与えられた巫女の記憶から、巫女という存在に向けられる眼差しを知っている。尊敬や親愛、そんなものを直接向けられてしまえば、私はこの世界を―
身の内に流れ込む不快感が、否応なく増していく。
両の腕、抱き締めて、服の上から思いっきり爪を立てる。頭に浮かべるのは、先ほどのドロテア達。皮肉なことだけれど、彼女達の傲慢さを思い出せば、それだけで巫女の力は弱まる。流れ込む不快さが、格段に減っていく。
「…トーコ」
やめて、今、このタイミングで名前を呼ばないで。
「お前が傷つく。手の力を抜け」
「…放っておいて」
あなたの声を聞きたくない。気遣う言葉を、首を振って拒絶する。
「…トーコ」
「っ!?」
ヴォルフの声がすぐ側から降ってきた。また、近づく気配を感じられなかった。驚きに顔をあげれば、伸びてくるヴォルフの手が視界に入る。恐怖に襲われた。
「っ触らないで!」
「巫女様!?これは、」
最悪のタイミング。入室の許可を求めもせずに入ってきたハイリヒ。ヴォルフを拒絶した瞬間を見られてしまった。恐らく、誤解されたはず、
「どういうつもりだ。巫女様には触れるなと厳命したはずだ。何を、」
「勝手に入ってこないで。出てって」
「…巫女様。どうかお許しを。ドロテア様のお言葉に、巫女様が傷ついていらっしゃるのではないかと、心配だったものですから」
許すも許さないもない、言葉だけの謝罪。困ったように、男が笑っている。そもそも、この部屋にドロテアが入ってこられるのは、この男がそれを許しているからだ。私の許可など、求めもせずに―
「彼は私に触れてない。『ドロテアに傷つけられた』私を心配してくれただけ。いいから、さっさと出ていって」
「巫女様、しかし、」
「出ていって」
それだけを繰り返せば、最後には男は黙って頭を下げた。部屋から出ていく間際、その視線がヴォルフを鋭く貫く。
ハイリヒが去った部屋、膨らんでいた不快感がようやく収まり始め、そっと息をつく。
「…トーコ、お前がつらいなら、連れ出してやる」
「…どういう意味?」
触れないけど、すごく近い距離。淡々と述べられたヴォルフの言葉の意味が、直ぐには飲み込めなかった。
「聖都から、連れ出してやる」
「!?」
「巫女になりたくないのだろう?聖都を出て、行きたいところに連れていってやる」
ヴォルフの言葉に、思わず想像してしまった―
本当に行きたい、帰りたい場所へは無理だとしても、彼と二人で、世界を旅して回る。短い間だったけれど、かつて、二人でそうしたように。
―だけど、それじゃあきっと、私は世界を浄化してしまう
浄化の巫女であれと閉じ込められている今よりも、きっと、ずっと、私はこの世界を受け入れてしまう。
―汝、世界を愛せよ
だから、駄目。ヴォルフとずっと一緒に居たら、きっとそうなる。だけど私は、この世界を救いたいと、思いたくはないから。
それに、何より―
「…ヴォルフとは、一緒に居られない」
「…そうか」
巫女ではなく、私を私として見てくれる。巫女の役目を押し付ける人達しかいないこの世界で、私の思いを、言葉を聞いてくれようとする人。わかっていて、だけど彼を傷つけるような返事しか返せない。
これで、もしも彼が側から居なくなれば、浄化のペースは落ちるはず。そう、思っていたのに。今はもう、それさえも自信がなくて。
ただ、本当にそうなってしまったら、彼が居なくなってしまったら、私は、私で居続けられるのだろうか―
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