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第二章 巫女という名の監禁生活
9.
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9.
また、勝手に押し掛けてきたドロテアが、巫女の部屋に堂々と居座っている。私を巫女だと称えるくせに、ここでは私の意思など尊重されない。自由がきくことなんてほとんどなくて、公務以外では、神殿から一歩も出られないくらいなのだから。
「巫女様、私の義弟、フリッツ・ケルステンは既にお見知り置き下さっているかと思いますが、本日は、ネーエの街から司祭のクラウス様にもお越しいただきました」
こちらの反応など気にもせず、連れてきた人達の紹介を始めたドロテアの言葉、『ネーエ』という街の名前に心臓が軋む。ネーエ、私が彼らに捕まった場所。ヴォルフと引き離された―
「クラウス様は、ネーエで孤児院を営まれていらっしゃいます」
ドロテアの紹介に続いて、男達それぞれが挨拶を口にするのを聞き流した。それが終われば、再びドロテアが口を開く。
「巫女様もご存知かとは思いますが、ネーエは聖都の結界の外、その恩恵を受けられない場所にあります。当然、瘴気の被害は聖都よりも深刻、」
つらつらと、瘴気の被害について語るドロテアの両隣、左右の男性達は、そんな彼女を眩しいものでも眺めるように、恍惚とした表情で見つめている。
「…巫女様、聞いておられますか?」
「…最初に言ったでしょう。あなた達の話を聞くつもりは無いって」
「っ貴様!?」
ドロテアの左隣、彼女の弟だと名乗っていた男が激昂して立ち上がる。確か、彼は巫女の守護者として紹介されたはずなのだが。初めて会った時からそうだ。彼の言動は、自身の姉の守護者のそれとしか思えない。
「フリッツ、やめなさい」
「しかし、義姉上!」
「フリッツ…」
ドロテアに諌められたフリッツは、悔しそうにしながらも、ソファへと腰を下ろし直した。その視線は、忌々し気にこちらを睨んだままではあるけれど。
「…巫女様、ですので一度、孤児院への慰問を、」
「絶対に、いや」
「っな!?」
驚愕に見開かれる目、その左右からは侮蔑の視線を向けられる。
「巫女様!どうか、子ども達の、」
「いや」
見たくないものを見せようとするドロテアの言葉に腹が立つ。見たくないのに、考えたくないのに、会ったこともない子ども達の姿が脳裏に浮かぶ。
―汝、世界を愛せよ
知らないはずの光景、これは私の記憶じゃない。先代か、先々代か、或いは、もっと昔の。
流れ込む不快感が、また増えた―
「子ども達を憐れとは思って頂けないのですか!?」
声を荒げるドロテア。左右からの視線にも剣呑なものが混じっている。
―本当に、ろくでもない
「…だったら、あなたがやればいい。あなたが、子ども達を救ったら?」
「っ!私は巫女ではありません!子ども達を、世界を救うのは巫女であるあなたの役目!」
「そう。じゃあ、あなたは何をしたの?何をするの?」
怒りに赤く染まったドロテアの顔を見つめれば、今日、初めて会ったばかりの男が口を開いた。
「巫女様、ドロテア様は子ども達の元へ通い、孤児院へ多くの寄進を行って下さっています」
「…それで?子ども達が救われた?」
「っ貴様!先程から、どれだけ義姉上を愚弄すれば!」
「聞いているだけ。それだけなの?って。子ども達を救いたいって思ってるのは、あなたでしょう?」
必死に怒りを抑え込んでいるのか、きつく引き結ばれたドロテアの口から、答えは返ってこない。
「聖都に入れてあげれば?」
「?どういう?」
「子ども達を。憐れだって思うんでしょう?聖都に呼んで、あなたの家で養ってあげればいいじゃない」
「!?…それは、」
拒絶している人間に強要する前に、自分達ですべきこと、出来ることがあるはず。
「自分達に出来ることをしないで、この世界に関係ない人間に、この世界の問題を押し付けないで」
「っそのようなつもりは!」
どんなつもりかなんて、知らない。だけど、あなた達が私に、代々の巫女達にしてきたことは、そういうことだ。
その役目に納得した人も、愛する人ができて折り合いをつけた人もいる。だけど、最後まで泣きながら耐えて、自分の世界に帰っていった人だっている。
そして、どれだけ泣き叫んでも帰れなかった人も―
「巫女様、ドロテア様が案じていらっしゃるのは、今、目の前で瘴気に苦しむ子ども達のことなのです。只人の私達にはどうしようもなく、巫女様のお力にすがるしかないのです」
「目の前の苦しみがなくなったら?何かするの?努力も対策も何もしないで、また瘴気が増えたら、誰かを拐うんじゃないの?」
「…しかし、力無き私達に出来ることなど」
それなら、この世界はここまでということ。数千年の間、百に近い異世界の人間を犠牲にして、一歩も前に進まない世界なんて、滅んでしまえばいい。
「帰って」
「っ!お待ちください!巫女様!」
「…ドロテア様」
まだ何か言いたそうなドロテアを、司祭の男がなだめている。しばらく男に説得されていたドロテアが、うながされて、不承不承立ち上がった。辞去を告げ、部屋の扉から出ていく彼女が最後に言い捨てた―
「…巫女様の無慈悲な理屈で、一体どれだけの無辜之民の命が失われるのでしょうね?」
また、勝手に押し掛けてきたドロテアが、巫女の部屋に堂々と居座っている。私を巫女だと称えるくせに、ここでは私の意思など尊重されない。自由がきくことなんてほとんどなくて、公務以外では、神殿から一歩も出られないくらいなのだから。
「巫女様、私の義弟、フリッツ・ケルステンは既にお見知り置き下さっているかと思いますが、本日は、ネーエの街から司祭のクラウス様にもお越しいただきました」
こちらの反応など気にもせず、連れてきた人達の紹介を始めたドロテアの言葉、『ネーエ』という街の名前に心臓が軋む。ネーエ、私が彼らに捕まった場所。ヴォルフと引き離された―
「クラウス様は、ネーエで孤児院を営まれていらっしゃいます」
ドロテアの紹介に続いて、男達それぞれが挨拶を口にするのを聞き流した。それが終われば、再びドロテアが口を開く。
「巫女様もご存知かとは思いますが、ネーエは聖都の結界の外、その恩恵を受けられない場所にあります。当然、瘴気の被害は聖都よりも深刻、」
つらつらと、瘴気の被害について語るドロテアの両隣、左右の男性達は、そんな彼女を眩しいものでも眺めるように、恍惚とした表情で見つめている。
「…巫女様、聞いておられますか?」
「…最初に言ったでしょう。あなた達の話を聞くつもりは無いって」
「っ貴様!?」
ドロテアの左隣、彼女の弟だと名乗っていた男が激昂して立ち上がる。確か、彼は巫女の守護者として紹介されたはずなのだが。初めて会った時からそうだ。彼の言動は、自身の姉の守護者のそれとしか思えない。
「フリッツ、やめなさい」
「しかし、義姉上!」
「フリッツ…」
ドロテアに諌められたフリッツは、悔しそうにしながらも、ソファへと腰を下ろし直した。その視線は、忌々し気にこちらを睨んだままではあるけれど。
「…巫女様、ですので一度、孤児院への慰問を、」
「絶対に、いや」
「っな!?」
驚愕に見開かれる目、その左右からは侮蔑の視線を向けられる。
「巫女様!どうか、子ども達の、」
「いや」
見たくないものを見せようとするドロテアの言葉に腹が立つ。見たくないのに、考えたくないのに、会ったこともない子ども達の姿が脳裏に浮かぶ。
―汝、世界を愛せよ
知らないはずの光景、これは私の記憶じゃない。先代か、先々代か、或いは、もっと昔の。
流れ込む不快感が、また増えた―
「子ども達を憐れとは思って頂けないのですか!?」
声を荒げるドロテア。左右からの視線にも剣呑なものが混じっている。
―本当に、ろくでもない
「…だったら、あなたがやればいい。あなたが、子ども達を救ったら?」
「っ!私は巫女ではありません!子ども達を、世界を救うのは巫女であるあなたの役目!」
「そう。じゃあ、あなたは何をしたの?何をするの?」
怒りに赤く染まったドロテアの顔を見つめれば、今日、初めて会ったばかりの男が口を開いた。
「巫女様、ドロテア様は子ども達の元へ通い、孤児院へ多くの寄進を行って下さっています」
「…それで?子ども達が救われた?」
「っ貴様!先程から、どれだけ義姉上を愚弄すれば!」
「聞いているだけ。それだけなの?って。子ども達を救いたいって思ってるのは、あなたでしょう?」
必死に怒りを抑え込んでいるのか、きつく引き結ばれたドロテアの口から、答えは返ってこない。
「聖都に入れてあげれば?」
「?どういう?」
「子ども達を。憐れだって思うんでしょう?聖都に呼んで、あなたの家で養ってあげればいいじゃない」
「!?…それは、」
拒絶している人間に強要する前に、自分達ですべきこと、出来ることがあるはず。
「自分達に出来ることをしないで、この世界に関係ない人間に、この世界の問題を押し付けないで」
「っそのようなつもりは!」
どんなつもりかなんて、知らない。だけど、あなた達が私に、代々の巫女達にしてきたことは、そういうことだ。
その役目に納得した人も、愛する人ができて折り合いをつけた人もいる。だけど、最後まで泣きながら耐えて、自分の世界に帰っていった人だっている。
そして、どれだけ泣き叫んでも帰れなかった人も―
「巫女様、ドロテア様が案じていらっしゃるのは、今、目の前で瘴気に苦しむ子ども達のことなのです。只人の私達にはどうしようもなく、巫女様のお力にすがるしかないのです」
「目の前の苦しみがなくなったら?何かするの?努力も対策も何もしないで、また瘴気が増えたら、誰かを拐うんじゃないの?」
「…しかし、力無き私達に出来ることなど」
それなら、この世界はここまでということ。数千年の間、百に近い異世界の人間を犠牲にして、一歩も前に進まない世界なんて、滅んでしまえばいい。
「帰って」
「っ!お待ちください!巫女様!」
「…ドロテア様」
まだ何か言いたそうなドロテアを、司祭の男がなだめている。しばらく男に説得されていたドロテアが、うながされて、不承不承立ち上がった。辞去を告げ、部屋の扉から出ていく彼女が最後に言い捨てた―
「…巫女様の無慈悲な理屈で、一体どれだけの無辜之民の命が失われるのでしょうね?」
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