召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第二章 巫女という名の監禁生活

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また、勝手に押し掛けてきたドロテアが、巫女の部屋に堂々と居座っている。私を巫女だと称えるくせに、ここでは私の意思など尊重されない。自由がきくことなんてほとんどなくて、公務以外では、神殿から一歩も出られないくらいなのだから。

「巫女様、わたくし義弟おとうと、フリッツ・ケルステンは既にお見知り置き下さっているかと思いますが、本日は、ネーエの街から司祭のクラウス様にもお越しいただきました」

こちらの反応など気にもせず、連れてきた人達の紹介を始めたドロテアの言葉、『ネーエ』という街の名前に心臓が軋む。ネーエ、私が彼らに捕まった場所。ヴォルフと引き離された―

「クラウス様は、ネーエで孤児院を営まれていらっしゃいます」

ドロテアの紹介に続いて、男達それぞれが挨拶を口にするのを聞き流した。それが終われば、再びドロテアが口を開く。

「巫女様もご存知かとは思いますが、ネーエは聖都の結界の外、その恩恵を受けられない場所にあります。当然、瘴気の被害は聖都よりも深刻、」

つらつらと、瘴気の被害について語るドロテアの両隣、左右の男性達は、そんな彼女を眩しいものでも眺めるように、恍惚とした表情で見つめている。

「…巫女様、聞いておられますか?」

「…最初に言ったでしょう。あなた達の話を聞くつもりは無いって」

「っ貴様!?」

ドロテアの左隣、彼女の弟だと名乗っていた男が激昂して立ち上がる。確か、彼は巫女の守護者として紹介されたはずなのだが。初めて会った時からそうだ。彼の言動は、自身の姉の守護者のそれとしか思えない。

「フリッツ、やめなさい」

「しかし、義姉上あねうえ!」

「フリッツ…」

ドロテアに諌められたフリッツは、悔しそうにしながらも、ソファへと腰を下ろし直した。その視線は、忌々し気にこちらを睨んだままではあるけれど。

「…巫女様、ですので一度、孤児院への慰問を、」

「絶対に、いや」

「っな!?」

驚愕に見開かれる目、その左右からは侮蔑の視線を向けられる。

「巫女様!どうか、子ども達の、」

「いや」

見たくないものを見せようとするドロテアの言葉に腹が立つ。見たくないのに、考えたくないのに、会ったこともない子ども達の姿が脳裏に浮かぶ。

―汝、世界を愛せよ

知らないはずの光景、これは私の記憶じゃない。先代か、先々代か、或いは、もっと昔の。

流れ込む不快感が、また増えた―

「子ども達を憐れとは思って頂けないのですか!?」

声を荒げるドロテア。左右からの視線にも剣呑なものが混じっている。

―本当に、ろくでもない

「…だったら、あなたがやればいい。あなたが、子ども達を救ったら?」

「っ!わたくしは巫女ではありません!子ども達を、世界を救うのは巫女であるあなたの役目!」

「そう。じゃあ、あなたは何をしたの?何をするの?」

怒りに赤く染まったドロテアの顔を見つめれば、今日、初めて会ったばかりの男が口を開いた。

「巫女様、ドロテア様は子ども達の元へ通い、孤児院へ多くの寄進を行って下さっています」

「…それで?子ども達が救われた?」

「っ貴様!先程から、どれだけ義姉上あねうえを愚弄すれば!」

「聞いているだけ。それだけなの?って。子ども達を救いたいって思ってるのは、あなたでしょう?」

必死に怒りを抑え込んでいるのか、きつく引き結ばれたドロテアの口から、答えは返ってこない。

「聖都に入れてあげれば?」

「?どういう?」

「子ども達を。憐れだって思うんでしょう?聖都に呼んで、あなたの家で養ってあげればいいじゃない」

「!?…それは、」

拒絶している人間に強要する前に、自分達ですべきこと、出来ることがあるはず。

「自分達に出来ることをしないで、この世界に関係ない人間に、この世界の問題を押し付けないで」

「っそのようなつもりは!」

どんなつもりかなんて、知らない。だけど、あなた達が私に、代々の巫女達にしてきたことは、そういうことだ。

その役目に納得した人も、愛する人ができて折り合いをつけた人もいる。だけど、最後まで泣きながら耐えて、自分の世界に帰っていった人だっている。

そして、どれだけ泣き叫んでも帰れなかった人も―

「巫女様、ドロテア様が案じていらっしゃるのは、今、目の前で瘴気に苦しむ子ども達のことなのです。只人の私達にはどうしようもなく、巫女様のお力にすがるしかないのです」

「目の前の苦しみがなくなったら?何かするの?努力も対策も何もしないで、また瘴気が増えたら、誰かを拐うんじゃないの?」

「…しかし、力無き私達に出来ることなど」

それなら、この世界はここまでということ。数千年の間、百に近い異世界の人間を犠牲にして、一歩も前に進まない世界なんて、滅んでしまえばいい。

「帰って」

「っ!お待ちください!巫女様!」

「…ドロテア様」

まだ何か言いたそうなドロテアを、司祭の男がなだめている。しばらく男に説得されていたドロテアが、うながされて、不承不承立ち上がった。辞去を告げ、部屋の扉から出ていく彼女が最後に言い捨てた―

「…巫女様の無慈悲な理屈で、一体どれだけの無辜之民むこのたみの命が失われるのでしょうね?」




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