召喚巫女の憂鬱

リコピン

文字の大きさ
上 下
10 / 78
第一章 突然始まった非現実

9.

しおりを挟む
9.

こちらの世界に来て二十日、八ヶ所目に立ち寄った『ベギアデ』という街の大きさに驚いた。今までに見た街は、小説や映画に出てくるような中世ヨーロッパという雰囲気の街ばかりだった。それが、突如、見上げるような高い壁に周囲を囲まれた要塞のような巨大都市が現れて、唖然としてしまった。

「…初めて見ると驚くかもな。ベギアデは、古代遺跡を元に作られた街だ。今の技術では造れない設備も残っている」

『ベギアデ』という単語が聞こえたから、街の説明をしてくれたのかもしれないけれど、ヴォルフが平然としているということは、この世界では、こういう街も普通に存在するのかもしれない。歩き出したヴォルフの後を、慌てて追った。

たどり着いたのは、いつもより少し大きな宿で、泊まる部屋もいつもより少し広い印象がある。二つ並んだベッドの一つに、ヴォルフが腰かけた。

「…トーコ」

『はい?』

呼ばれて、もう一つのベッドに、ヴォルフと向かい合うようにして腰かけた。向かいのヴォルフが黙って取り出したのは、預かってくれている振袖。たまに、こうして出して私に持たせてくれているから、それだろうかと手を伸ばしたら、首を振られた。

「この街に、腕のいい縫製師がいるそうだ。織物の評判もいい工房で、汚れ落としもしてくれる。これを預けてみないか?」

ヴォルフが、穴の空いた箇所や、泥の汚れを指差しているから、多分、修繕?クリーニングかな?してくれるということだろうか。修繕はともかく―もう遅いかもしれないけれど―汚れは早く落としておきたいから、それならとても助かる。

言葉の意味については確信出来ないけれど、ヴォルフの顔をじっと見て、彼のことは信頼できると思った。

『お願いします』

大きく、伝わるようにうなずいた。それに、ヴォルフもうなずいて返してくれる。振袖を再びしまって、立ち上がったヴォルフ。彼はまだ、マントのような外套を脱いでいない。

「…工房に寄ってから、ギルドに顔を出してくる。待っていろ」

今までのパターンだと、多分、お仕事を貰いに行くのだろう。うなずいて、彼を見送るために立ち上がった。

『行ってらっしゃい』

「…行ってくる」

彼が出て行った後も、ドアを細く開けて、その背を見送る。廊下の向こうに彼が消えてから扉を閉め、内から鍵をかけた。これは、ヴォルフに何度もジェスチャーで言われたこと。私自身、一人になると不安だから、きっちりと鍵をかけて、彼の帰りを待つ。お仕事を貰いに行くだけだから、お仕事の時と違って、帰りは早いはず。今までにも何度もあったこと。だから、一人の留守番が不安なのは確かだけれど、

いつも通りだと、そう思っていた―

ここで、彼を待っていればいいのだと。まさか、彼に『お帰り』が言えないなんて、そんなこと思いもせずに。




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...