召喚巫女の憂鬱

リコピン

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第一章 突然始まった非現実

6.

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6.

ユラユラと心地よい揺れを感じていた気がする。安心出来る温かさに身を任せていたあれは、夢だったのだろうか。

閉じた目蓋に眩しい光を感じて、意識が覚醒し始める。無防備に開いた―何の心構えもしていなかった―視界に飛び込んできたのは、目の前にせまる男の人の胸元。服の上からでもわかる厚い胸元にぎょっとして、視線をあげれば、髭に覆われた顔、髪の隙間からのぞく鋭い眼光と目があった。

「っ!?」

驚きで固まってしまった体とは裏腹に、一瞬で目覚めた頭は、状況を理解しようと高速で回転し始める。そして思い出した。自分の身に起きたこと。自分がどこに居るのか。無表情に見おろすこの男の人が誰だったか。

全て思い出して、悪夢みたいな出来事が現実だということに胸が重くなっていく。よみがえった不安と恐怖に、また押し潰されそうになったところで、頭上から声がふってきた。

「…泣くな。何もしていない。安心しろ」

抑揚の無い声に、そう言えば、と今の状況のおかしさに気づく。確か、昨日は大泣きしてしまって、その後の記憶が無いから、多分、そこで寝てしまったんだろうけれど。なぜ、この人と一緒に寝ているのかがわからない。

見ず知らずの、昨日出会ったばかりの男の人相手に、自分がとった行動。その危うさにようやく思いいたり、血の気がひいた。私が寝てしまった後、一体何があったのだろうか。

「…目が覚めたのなら、手を離せ。腹に何か入れたら、直ぐに出発する」

何かを言ったヴォルフの視線が下りた先。つられて目で追えば、さっきは気づかなかったけれど、ヴォルフの胸元、その部分の服をしっかりと握りしめているのは自分の手で―

『!?ごめんなさい!』

「…」

慌てて手を離したけれど、服にはしっかりと引っ張られた跡。一体いつの間に?どれだけの力でしがみついていたんだろう。

こちらが手を離した途端、さっさと起き上がったヴォルフはそれ以上は何も言わずに、焚き火の後始末を始めた。慌てて自分も起き上がるが、何をどうすれはいいのか。とりあえず、敷かれていた毛布を畳んでヴォルフに手渡した。

「…ああ」

受け取ったヴォルフがそれを腰のポーチにしまうのを見て、ハッとした。

『お姉ちゃんの振袖!?』

「?」

持ってない!慌てて周囲を見渡してみるけど、どこにもない。泣きそうになりながら、ヴォルフを見上げた。首をかしげたヴォルフが、思い至ったように、ポーチから取り出してくれたのは、探していた振袖。差し出されたそれをギュッと抱き締めた。

『ありがとう!』

見上げたヴォルフは無表情のままだけれど。今の自分にとって一番大事な振袖を、大切にしまってくれていた。彼の優しさが本当に嬉しかった。

「…納得したか?盗ろうというわけではない。移動の邪魔になるから収納しておくだけだ」

ヴォルフが自分のポーチと振袖を交互に指差して説明してくれている。やっぱり預かってくれるということなんだろう。今度は素直にうなずいて、彼に振袖を渡した。スルスルとポーチに吸い込まれていくのを最後まで見守って、ヴォルフを見上げる。

『ありがとう、ヴォルフ。私、足手まといだろうけど、頑張ります。よろしくお願いします』

何とか感謝を伝えたくて、頭を下げた。

「…とりあえず、腹ごしらえだ」

通じてはいなさそうだけど、ヴォルフに促されて地面に腰を下ろした。渡されたのは黒いパン。硬いそれは、歯をたてるだけでも一苦労する。思いっきりかじりついてもなかなか噛みきれずに四苦八苦していれば、ヴォルフの視線を感じて、顔を上げた。

『ヴォルフ?』

「…待っていろ」

急に立ち上がったヴォルフに、慌てて自分も立ち上がろうとするのを、手で制される。再び腰を下ろしたところで、ヴォルフが森の方へと歩きだした。

急にどうしたんだろう?ここに居ろということなんだろうけれど。

ヴォルフの姿が森の中へ消えてしまい、不安が募る。置いていかれたのではない、はず。そんな雰囲気では無かったと思うのだけれど。不安でじっとしていられずに、立ち上がる。でも、勝手に動いたら迷惑をかけてしまうかも。再び地に腰を下ろす。恐い。立てた膝を抱え込んで、顔を埋めた。

どのくらい、そうしていたのだろう―

「…どうした?何かあったか?」

『!?ヴォルフ!』

頭上から突然降ってきた声に弾かれて、顔をあげる。直ぐ目の前に立つヴォルフ。こんなに近づくまで、彼が戻ってきたことに全く気づかなかった。足音だって全然聞こえなかった。

ヴォルフがしゃがみこんで、何かを差し出す。これは?果物?黄色い林檎みたいな何かと、ヴォルフの顔を交互に眺める。

「食べろ」

握ったままだった黒パンを取り上げられて、代わりにその果物を持たされた。食べろということなのだろうか?近くの大きな岩に腰を下ろしたヴォルフが、私のかじりかけの黒パンに歯を立てる。あの硬いパンを普通に食べられることにも驚きだけれど、それよりも、

―わざわざ、採ってきてくれた?

私が、パンを食べるのに苦労していたから?探してきてくれた?

正直、そんなことをしてくれるような人には見えないし。会ったばかりの相手にそこまでしてくれるなんてと驚いてしまった。恐る恐る口に運んだ果物は、少し酸味の強い林檎みたいな味がした。美味しくて、それに何より、食べやすい。あっという間にきれいに食べきった。

―やっぱり、私のため、何だろうな

水筒に口をつけているヴォルフをチラリと見る。一瞬だったのに、その視線に気づいたヴォルフと目が合った。

「…何だ?まだ、食べるか?」

『ヴォルフ、本当にありがとう』

お礼を言ったら、ポーチから更に果物が出てきて渡されそうになったけど。今度は首を振ってそれを断った。気にした様子もなく果物を引っ込めたヴォルフが立ち上がる。出発するのだろう。彼に続いて、自分も立ち上がった。それを確かめたヴォルフが、背を向けて歩き出す。彼の背を追いながら、思う。

信じられない状況で、家に帰る方法もわからない。気を抜くと、またすぐに不安に押し潰されそうになるけれど、

―ヴォルフで良かった

出会えたのが、私を拾ってくれたのが彼で。絶望的な状況で、前を向ける。まだ不安でたまらないけど、それでも、何とか家に帰る方法を見つけようって思えるようになっている。彼の見せる優しさに、救われている。




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