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一章

4 悪役令嬢14歳

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─ジェイク、ごめんね。今度は、今回ばかりは、私、一人で成し遂げなくちゃいけないことなの…


「…お嬢様。」

目に強い覚悟の光を宿し、一人旅立って行かれたお嬢様。目的を明かすことは決して無かったものの、行き先も、お帰りになる日もきちんと告げられていた。だからこそ、大切なお嬢様の旅立ちを見守ることが出来た。けれど、今はその判断を心から後悔している─

(お嬢様、お約束の時は、もうとっくに過ぎておられますよ…)

主を思い、見つめる先に広がるのは、どこまでも続く青い青い海。お嬢様が残されたメモにあった目的地、それは、この目の前に広がる海の底。人の身では、到底、追って行くことさえ出来ぬ場所。

それでも─

「…お嬢様、これ以上、お待ち申し上げることは出来ません。…辛抱の効かない下僕めを、どうぞお許し下さい。」

言って唱えるのは、風魔法と結界魔法の複合魔法。海の底にある主君を追うために、ここ数ヵ月で何とか編み出すことの出来た己の魔術。

(…お嬢様、只今参ります!)

風で作った球状の結界、己の身を完全に覆うそれで、宙に舞う。そのまま、微かに、感じとることの出来るお嬢様の魔力を頼りに、深い海へと潜った。

(…一体何故、お嬢様はこのような場所へ…?)

以前、お嬢様が魔剣を取りに向かわれた時にも、同じ様な思いを抱いた。あの時は、王太子殿下との関係に思い悩んだ上の行動だったということが後に判明したが、では、今回は?と考えると、その答えは容易には出てこない。

(そもそも、ここ一年、お嬢様は王太子殿下にお会いになってもいない…)

各々、王太子とその妃としての教育に追われ、茶会の時間をとることさえ儘ならないという現状。これでは、深まる仲も無いだろうとは思うのだが、お嬢様がそれを「是」とする以上、一臣下に過ぎぬ自分が何を言えるというのか。どこまでも歯痒い思いを抱えながら、お側に侍るしかない。

「…あれ、は?」

暗い海の底、掲げた灯りにぼんやりと浮かび上がる人工物らしき建物。

「…家?いや、宮殿、でしょうか?」

海底に堂々と聳え立つ石造りの建物。近づいて、その扉らしきものに触れると、

「なっ!?」

吸い込まれるようにして導かれたのは、建物の内部。と、同時に気づく。

「…空気が。」

海の底にありながら、水の入り込まぬ空間。結界を解いて周囲を見回す。

(…ある、お嬢様の魔力の気配。お嬢様は、ここにいらっしゃるのですね。)

壁自体が発光しているのか、ぼんやりと明るい廊下を、お嬢様の気配を頼りに歩き出した。

「…お嬢様、お嬢様、お迎えにあがりました。どちらにいらっしゃるのですか?」

呼び掛けに応える声は無い。それでも、確かに近づいた気配に、扉の一つを開けた。部屋の中央にある石造りの寝台。そこに横たわるのは─

「っグフッォ!?お、お、お、お嬢さまぁぁぁああああっ!!?」






のんびりと読書中。普段あまり目にする機会の無い、所謂「恋愛小説」を貪るように読み耽るという贅沢に溺れていた最中。

─は、裸!?お、お嬢様!?な、なんで、全裸で寝て!?

「ん?」

─お、お嬢様!起きて!起きて下さい!あ!?いや、待って、待って、起きないで下さい!その前に服!服を!!

聞きなれた、だけど、こんなところで聞くはずの無い声に導かれて書庫を出る。

「あ、ジェイクだ。来てたの?」

「えっ!?あ!お、お嬢様が二人!?」

「ああ。」

ジェイクが慌てふためく原因がわかって、頷いた。

「そっくりでしょう?というか、こっちも私というか、うーん、何て言えばいいんだろ?私の身体のパーツを使ったお人形?って言えばいいのか。」

「な、お嬢様の身体!?だ、誰がそのようなおぞましいことを!?」

「え、魔女。」

「魔女!?」

「そうそう。この海底神殿に住んでる人なんだけどねー。ちょっと、変わってる人で。」

恋愛至上主義、恋バナ大好き、ついでにお節介も大好きな魔女様だったりする。

「な、何故、そのような者を、お嬢様は訪ねられたのです?」

「んー、胸が。」

「は?」

「胸が欲しくて。」

「は?」

「オッパイだよ!オッパイ!こう、バイーンとした!」

「お、お嬢さまぁぁぁああああ!!そ、そのようなはしたない言葉を使っては駄目です!」

「…はしたないって…」

私の中で、ジェイクの「彼女居ない歴=年齢」説が確定した。

そのジェイクがアワアワしながら─

「お、お嬢様、む、胸が欲しいなどと、な、なぜです?お、お嬢様はそのままで十分に、」

「ジェイク。」

あまりにも危険な発言をするジェイクに、この時ばかりは私も心穏やかではいられなかった。

「ジェイク…、私はあなたの主として、これだけは言っておかなくちゃいけないと思ってる。…優しい嘘っていうのはね?時として人を傷つける刃にすら成り得るんだよ?あなたには、そこのところをしっかりと理解した上で、自分の発言にはきちんと責任を持って欲しいの。」

「…」

「…で、私の胸がなんだって?」

「…申し訳…」

「…まあ、私だってね?別に、本当は自分の胸に不満があるわけじゃないんだよ。ただ、ギャレン様がねー。」

「…王太子殿下、ですか?」

「そう。ギャレン様、巨乳好きなんだよねー。」

「…それは、本当でしょうか?王太子殿下が、そうおっしゃったのですか?」

「いやー、本人は言わないけど。でも、ギャレン様はね、学園で再会したエンジェちゃんに実は一目惚れだったって独白するの。んで、エンジェちゃんのキャラ絵、巨乳なの。…制作会社は何を考えてあんな設定を…?悪役令嬢に抵抗する武器?武器なのか?」

残念ながら、そこんところを小一時間問い詰める機会はもう訪れない。

「…では、お嬢様は、ここに、魔女様に、その、胸を…」

「そうそう。胸を大きくしてもらいに来たんだけどね?魔女の秘薬ってのを飲んだんだけど、膨らんだのなんて一瞬で、直ぐに戻っちゃうんだよねー。」

「…このお嬢様の人形、身体は、一体、何のために?」

「ああ。これはね、魔女への対価。」

「対価、でございますか?」

「うん。薬のお代に、一番最初は、を渡したんだけど、声は直ぐに戻っちゃって。んで、次に髪とか目とか順番に渡してったら、まあ、最終的に身体丸ごと一個分になったと…」

なので、パーツ的には本当に、寸分の狂いなく「私」だったりするのだが、先ほどからジェイクは、その「私」の身体を視界に入れないよう、明後日の方向を向いている。

「…お嬢様に、その、お怪我は無いのですか?」

「ああ!そう!それ!流石、魔女様って感じでね?渡しても、全っ然、痛くなかったんだよ!」

「…それは、良ろしゅうございました」

「うん!」

本当にね。色々覚悟してたから、それは本当にラッキー。

「あ、でも、ジェイクが迎えに来たっとことは、私、結構、ここに長居しちゃってた?」

「はい。お嬢様がお出掛けになられてから、半年ほど、」

「はんとっ!?え!?マジで!?え!?私、まだ一ヶ月は経ってないって思ってた。…何このウラチャン展開、人魚だと思ってたらウラシマ…」

「…お嬢様、お帰りになられますか?」

「ああ、うん、そうだね。あ、でもちょっと待ってて。忘れ物取ってくる。」

「忘れ物?」

「うん。魔女に貰った豊胸の秘薬のレシピ。いくら飲ませても直ぐに戻るから、『もう、自分で作れ』って、もらっちゃった。これで、いくらでも作り放題!帰ったら、早速作ってみよう!」

(そして、売りに出そう!)

「…」

どうやら思惑は筒抜けのようで、ジェイクがまた何とも言えない微妙な顔に。

「そう言えば、ジェイク、どうやってここまで来たの?」

「…海底に潜れるよう、新しい魔術式を考案しました。」

「えっ!?スゴッ!それ、スゴくない!?」

「いえ、間に合せの荒削りなものですので、そこまでお褒め頂けるものでは。…あの、そう言うお嬢様こそ、こちらへはどのような方法で?」

「それはもちろん、シンプルに溺れながら。」

「え?溺れそうになりながら?…泳いで?」

「違う違う。本当に、溺れながら。」

「え…?」

「ジェイクは、溺れたことある?」

「いえ、幸いにして、そのような経験は未だ…」

「そう。溺れるのってねー、苦しいのよー。息が出来なくて、苦しくて、意識がとんだかと思ったら、また苦しくて目が覚めて。それを、まあ、ここまで繰り返してたどり着いたんだけど。」

「…」








「…ギャレン様、お久しぶりでございます。」

「ナディア・シュタイラート、お前、なんだ、その、何か雰囲気が変わった、か…?」

「いえ、特には。」

見てる見てる。メッチャ見てるよ、胸の詰め物。流石、青少年。これが正しい反応だよ。ジェイクはちょっと清廉過ぎるな。

「…その、何だ。中庭を散歩するくらいは、付き合ってやってもいい。」

と、胸元ガン見しながら言われてもなー。

「お心遣い、ありがとうございます。」

「ん。」

シレッと腕まで差し出してきやがって。

いいか、こいつは詰め物だ。おまけにコルセットでガッチガチだ。期待するような弾力は無いからな?

「…」

「…」

(ほらな?)

「ギャレン様?」

「…別に、何でもない。」

散歩は三分で終了した。本当、何て分かりやすい。





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