異世界 恋愛短編 シリアス

リコピン

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Ⅲ【完結】迎えに来てくれる人【19,450字】

Ⅲ 5.

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この世界に来てから、三十二度目の夜。毎日、祈るように数えるその数が、向こうの世界でのひと月を超えた。あちらでの自分の扱いがどうなっているのか、失踪か、それとも存在そのものが無かったことになってしまったのか。

何も分からない不安の中、ベッドの上、天蓋を見上げながら浮かんだ弱音―

「…帰りたい。」

言葉にしてしまった。

「っ!」

してしまった瞬間、寂しくて、悲しくて、ただ一人、私の存在を、私がここに居ることを知っている存在にすがる。

(黒龍さま…)

大丈夫、大丈夫―

戻って来ると、連れて帰ってくれると、約束した。相手は黒龍さま、神様なのだから、きっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせて、眠りに落ちようと目を閉じた時、

「っ!誰っ!?」

前触れなく開いたドアのきしむ音、そこに居る誰かの気配に、上掛けを手繰り寄せて身を守る。

(まさか、まさか!)

最悪な予感。この時間、後宮の私の部屋に入ってこれる存在なんて。近づいてくる男の影に、吐き気を覚える。

「…聖女様、どうか、お静かに。」

「!?」

聞こえたのは、思っていた相手とは違う声。だけど、この場所に居ることはあり得ないはずの人で、緊張に身が固くなる。

「驚かせてしまい、申し訳ありません。…聖女様をお助けするために参りました。協力を得るのがこのような時間になってしまい…」

「…助ける?」

何を言っているのかと男を見上げる。暗闇の中、その表情はうかがい知れない。だけど、私は知っている。

(あなたが、この状況を生んだ!私をこの世界に呼んだ原因のくせにっ!)

いつだったか、あの男が自慢げに語って聞かせた「聖女召喚」。それを成功させた自身の魔力を誇っていた男が口にした、その「召喚陣」を作ったという魔導士。今までに、何度となく、調査と称して私に屈辱を強いた―

「…出てって。」

「聖女様。どうか、落ち着いてお聞き下さい。このままでは、あなたはこの場所で潰えてしまう。王は、あなたを正妃に迎えるつもりはないのです。」

「…」

「何の後ろ盾もお持ちではないあなたでは、この場所で生き抜くことさえ難しい。…どうか、私の手をお取りください。必ず、あなたをお救いしてみせます。

「…何を、馬鹿なこと言ってるの…?」

この男に私を「救う」ことなど出来ない。私を救ってくれるのはただ一人。この男であろうとなかろうと、私がこの世界の人間の手を取ることはない。

「あなたに出来ることなんて何も無いから、出てって。」

「ヴィエルジュ様!?私は!私はあなたをお救いしたいだけなのです!」

言いながら距離をつめてくる男に恐怖が募る。ベッドから飛び降りて、男から距離をとろうとするけれど、

「私はあなたを!」

手を伸ばしてくる男、よけきれずに腕をつかまれてしまう。掴まれた腕を振り払う寸前―

「っ!?」

「なっ!?

「…ほぉ?これは一体、どういうことだ?ヴィエルジュ、マチアス。」

突然、勢いよく開かれた扉、そこに立つ男の声は、嫌になるくらい聞きなれてしまった声。目の前の男の身体がフラリと揺れて、掴まれた腕が離された。

「陛下、何故、…何故、ここに…」

「何故、だと?ここは俺の後宮、俺が居ることに何の問題がある?」

「しかし、今日は、アゼルダ様の寝所に…」

言った男の視線が、扉近く、仁王立ちする男の後ろへと向けられ、

「っ!?アゼルダ様!何故!?…っ!私を裏切ったのですか!?」

「裏切る?おかしなことをおっしゃらないで。私の愛も忠誠も、すべて陛下にお捧げするもの。…逆臣の存在を進言するのも、陛下の妃である私の務めですわ。」

「っ!」

どうやら、側妃の一人に嵌められた様子の男が、息をのんだ。けれど、それ以上は逆らう気もなかったのか、項垂れ、沈黙してしまった。

「…捕らえろ。」

男の一言に、それまで扉の外で控えていたらしい衛兵たちが部屋に雪崩込み、男を床に抑え込んだ。

その様子を最後まで見守った男が、こちらへと近づいて来る。

「…さて、ヴィエルジュ、次はお前への処罰を考えねばな。」

「!?」

「後宮に身を置く立場でありながら他の男と通じるなど、到底許されるものではない。…後宮での不義密通は死罪と決まっている。」

「っ!?陛下!お待ちください!此度のことは私の独断によるもの!聖女様は何も!」

「…黙れ。貴様の発言は許しておらん。」

切り捨てた男の瞳、暗闇に慣れ始めた視界に映るそれは、愉悦に輝いていて―

「…なぁ、聖女よ。」

「…」

「俺は随分とお前の勝手を許してきた。…お前も、わかっているであろう?」

男の手が伸びてくる。避けようとして、逃げられなかった腕を捕らえられた。

「だがな、ここまで虚仮にされて、これ以上、お前の我儘を許するつもりはない。」

「…」

「選べ。この場で、このまま俺に抱かれるか。死か。」

「っ!?」

「選ばせてやろうではないか、なぁ、聖女よ?」

足が、震える。

情けない。けど、大人の、男の、こんな雰囲気。こんな風に扱われたことなんてない。力ずくではなくても、人を脅して、思い通りに動かそうとする男の怖さ。こんなの―

「さぁ?どうする…?」

「っ!」

最低だ―

こんな、こんな男に。

(でも、だけど…っ!)

約束した―

待っているって、絶対に、待っているって。その約束だけは、何があっても守るって決めている。だから―

「っ!私は…、」




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