41 / 44
Ⅲ【完結】迎えに来てくれる人【19,450字】
Ⅲ 5.
しおりを挟む
この世界に来てから、三十二度目の夜。毎日、祈るように数えるその数が、向こうの世界でのひと月を超えた。あちらでの自分の扱いがどうなっているのか、失踪か、それとも存在そのものが無かったことになってしまったのか。
何も分からない不安の中、ベッドの上、天蓋を見上げながら浮かんだ弱音―
「…帰りたい。」
言葉にしてしまった。
「っ!」
してしまった瞬間、寂しくて、悲しくて、ただ一人、私の存在を、私がここに居ることを知っている存在にすがる。
(黒龍さま…)
大丈夫、大丈夫―
戻って来ると、連れて帰ってくれると、約束した。相手は黒龍さま、神様なのだから、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、眠りに落ちようと目を閉じた時、
「っ!誰っ!?」
前触れなく開いたドアのきしむ音、そこに居る誰かの気配に、上掛けを手繰り寄せて身を守る。
(まさか、まさか!)
最悪な予感。この時間、後宮の私の部屋に入ってこれる存在なんて。近づいてくる男の影に、吐き気を覚える。
「…聖女様、どうか、お静かに。」
「!?」
聞こえたのは、思っていた相手とは違う声。だけど、この場所に居ることはあり得ないはずの人で、緊張に身が固くなる。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。…聖女様をお助けするために参りました。協力を得るのがこのような時間になってしまい…」
「…助ける?」
何を言っているのかと男を見上げる。暗闇の中、その表情はうかがい知れない。だけど、私は知っている。
(あなたが、この状況を生んだ!私をこの世界に呼んだ原因のくせにっ!)
いつだったか、あの男が自慢げに語って聞かせた「聖女召喚」。それを成功させた自身の魔力を誇っていた男が口にした、その「召喚陣」を作ったという魔導士。今までに、何度となく、調査と称して私に屈辱を強いた―
「…出てって。」
「聖女様。どうか、落ち着いてお聞き下さい。このままでは、あなたはこの場所で潰えてしまう。王は、あなたを正妃に迎えるつもりはないのです。」
「…」
「何の後ろ盾もお持ちではないあなたでは、この場所で生き抜くことさえ難しい。…どうか、私の手をお取りください。必ず、あなたをお救いしてみせます。
「…何を、馬鹿なこと言ってるの…?」
この男に私を「救う」ことなど出来ない。私を救ってくれるのはただ一人。この男であろうとなかろうと、私がこの世界の人間の手を取ることはない。
「あなたに出来ることなんて何も無いから、出てって。」
「ヴィエルジュ様!?私は!私はあなたをお救いしたいだけなのです!」
言いながら距離をつめてくる男に恐怖が募る。ベッドから飛び降りて、男から距離をとろうとするけれど、
「私はあなたを!」
手を伸ばしてくる男、よけきれずに腕をつかまれてしまう。掴まれた腕を振り払う寸前―
「っ!?」
「なっ!?
「…ほぉ?これは一体、どういうことだ?ヴィエルジュ、マチアス。」
突然、勢いよく開かれた扉、そこに立つ男の声は、嫌になるくらい聞きなれてしまった声。目の前の男の身体がフラリと揺れて、掴まれた腕が離された。
「陛下、何故、…何故、ここに…」
「何故、だと?ここは俺の後宮、俺が居ることに何の問題がある?」
「しかし、今日は、アゼルダ様の寝所に…」
言った男の視線が、扉近く、仁王立ちする男の後ろへと向けられ、
「っ!?アゼルダ様!何故!?…っ!私を裏切ったのですか!?」
「裏切る?おかしなことをおっしゃらないで。私の愛も忠誠も、すべて陛下にお捧げするもの。…逆臣の存在を進言するのも、陛下の妃である私の務めですわ。」
「っ!」
どうやら、側妃の一人に嵌められた様子の男が、息をのんだ。けれど、それ以上は逆らう気もなかったのか、項垂れ、沈黙してしまった。
「…捕らえろ。」
男の一言に、それまで扉の外で控えていたらしい衛兵たちが部屋に雪崩込み、男を床に抑え込んだ。
その様子を最後まで見守った男が、こちらへと近づいて来る。
「…さて、ヴィエルジュ、次はお前への処罰を考えねばな。」
「!?」
「後宮に身を置く立場でありながら他の男と通じるなど、到底許されるものではない。…後宮での不義密通は死罪と決まっている。」
「っ!?陛下!お待ちください!此度のことは私の独断によるもの!聖女様は何も!」
「…黙れ。貴様の発言は許しておらん。」
切り捨てた男の瞳、暗闇に慣れ始めた視界に映るそれは、愉悦に輝いていて―
「…なぁ、聖女よ。」
「…」
「俺は随分とお前の勝手を許してきた。…お前も、わかっているであろう?」
男の手が伸びてくる。避けようとして、逃げられなかった腕を捕らえられた。
「だがな、ここまで虚仮にされて、これ以上、お前の我儘を許するつもりはない。」
「…」
「選べ。この場で、このまま俺に抱かれるか。死か。」
「っ!?」
「選ばせてやろうではないか、なぁ、聖女よ?」
足が、震える。
情けない。けど、大人の、男の、こんな雰囲気。こんな風に扱われたことなんてない。力ずくではなくても、人を脅して、思い通りに動かそうとする男の怖さ。こんなの―
「さぁ?どうする…?」
「っ!」
最低だ―
こんな、こんな男に。
(でも、だけど…っ!)
約束した―
待っているって、絶対に、待っているって。その約束だけは、何があっても守るって決めている。だから―
「っ!私は…、」
何も分からない不安の中、ベッドの上、天蓋を見上げながら浮かんだ弱音―
「…帰りたい。」
言葉にしてしまった。
「っ!」
してしまった瞬間、寂しくて、悲しくて、ただ一人、私の存在を、私がここに居ることを知っている存在にすがる。
(黒龍さま…)
大丈夫、大丈夫―
戻って来ると、連れて帰ってくれると、約束した。相手は黒龍さま、神様なのだから、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、眠りに落ちようと目を閉じた時、
「っ!誰っ!?」
前触れなく開いたドアのきしむ音、そこに居る誰かの気配に、上掛けを手繰り寄せて身を守る。
(まさか、まさか!)
最悪な予感。この時間、後宮の私の部屋に入ってこれる存在なんて。近づいてくる男の影に、吐き気を覚える。
「…聖女様、どうか、お静かに。」
「!?」
聞こえたのは、思っていた相手とは違う声。だけど、この場所に居ることはあり得ないはずの人で、緊張に身が固くなる。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。…聖女様をお助けするために参りました。協力を得るのがこのような時間になってしまい…」
「…助ける?」
何を言っているのかと男を見上げる。暗闇の中、その表情はうかがい知れない。だけど、私は知っている。
(あなたが、この状況を生んだ!私をこの世界に呼んだ原因のくせにっ!)
いつだったか、あの男が自慢げに語って聞かせた「聖女召喚」。それを成功させた自身の魔力を誇っていた男が口にした、その「召喚陣」を作ったという魔導士。今までに、何度となく、調査と称して私に屈辱を強いた―
「…出てって。」
「聖女様。どうか、落ち着いてお聞き下さい。このままでは、あなたはこの場所で潰えてしまう。王は、あなたを正妃に迎えるつもりはないのです。」
「…」
「何の後ろ盾もお持ちではないあなたでは、この場所で生き抜くことさえ難しい。…どうか、私の手をお取りください。必ず、あなたをお救いしてみせます。
「…何を、馬鹿なこと言ってるの…?」
この男に私を「救う」ことなど出来ない。私を救ってくれるのはただ一人。この男であろうとなかろうと、私がこの世界の人間の手を取ることはない。
「あなたに出来ることなんて何も無いから、出てって。」
「ヴィエルジュ様!?私は!私はあなたをお救いしたいだけなのです!」
言いながら距離をつめてくる男に恐怖が募る。ベッドから飛び降りて、男から距離をとろうとするけれど、
「私はあなたを!」
手を伸ばしてくる男、よけきれずに腕をつかまれてしまう。掴まれた腕を振り払う寸前―
「っ!?」
「なっ!?
「…ほぉ?これは一体、どういうことだ?ヴィエルジュ、マチアス。」
突然、勢いよく開かれた扉、そこに立つ男の声は、嫌になるくらい聞きなれてしまった声。目の前の男の身体がフラリと揺れて、掴まれた腕が離された。
「陛下、何故、…何故、ここに…」
「何故、だと?ここは俺の後宮、俺が居ることに何の問題がある?」
「しかし、今日は、アゼルダ様の寝所に…」
言った男の視線が、扉近く、仁王立ちする男の後ろへと向けられ、
「っ!?アゼルダ様!何故!?…っ!私を裏切ったのですか!?」
「裏切る?おかしなことをおっしゃらないで。私の愛も忠誠も、すべて陛下にお捧げするもの。…逆臣の存在を進言するのも、陛下の妃である私の務めですわ。」
「っ!」
どうやら、側妃の一人に嵌められた様子の男が、息をのんだ。けれど、それ以上は逆らう気もなかったのか、項垂れ、沈黙してしまった。
「…捕らえろ。」
男の一言に、それまで扉の外で控えていたらしい衛兵たちが部屋に雪崩込み、男を床に抑え込んだ。
その様子を最後まで見守った男が、こちらへと近づいて来る。
「…さて、ヴィエルジュ、次はお前への処罰を考えねばな。」
「!?」
「後宮に身を置く立場でありながら他の男と通じるなど、到底許されるものではない。…後宮での不義密通は死罪と決まっている。」
「っ!?陛下!お待ちください!此度のことは私の独断によるもの!聖女様は何も!」
「…黙れ。貴様の発言は許しておらん。」
切り捨てた男の瞳、暗闇に慣れ始めた視界に映るそれは、愉悦に輝いていて―
「…なぁ、聖女よ。」
「…」
「俺は随分とお前の勝手を許してきた。…お前も、わかっているであろう?」
男の手が伸びてくる。避けようとして、逃げられなかった腕を捕らえられた。
「だがな、ここまで虚仮にされて、これ以上、お前の我儘を許するつもりはない。」
「…」
「選べ。この場で、このまま俺に抱かれるか。死か。」
「っ!?」
「選ばせてやろうではないか、なぁ、聖女よ?」
足が、震える。
情けない。けど、大人の、男の、こんな雰囲気。こんな風に扱われたことなんてない。力ずくではなくても、人を脅して、思い通りに動かそうとする男の怖さ。こんなの―
「さぁ?どうする…?」
「っ!」
最低だ―
こんな、こんな男に。
(でも、だけど…っ!)
約束した―
待っているって、絶対に、待っているって。その約束だけは、何があっても守るって決めている。だから―
「っ!私は…、」
16
お気に入りに追加
489
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる