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Ⅲ【完結】迎えに来てくれる人【19,450字】
Ⅲ 4.
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「まあ!ヴィエルジュ様!このような場所で何をなさっておいでなのです!?間も無く、陛下がお見えになるのですよ!さぁ、急ぎ支度をなさいませんと。」
「…」
知らない名前で私を呼ぶ、私の侍女だという女が、力任せに腕を引く。部屋に連れ帰られ、三人がかりでの強制的な身支度、終わればまた、「お茶会」と称してあの男が現れる中庭へと連行されてしまう。
(…本当に、最っ悪。)
黒龍さまがこの地を去ったあの日、目が覚めてから知らされた「異界の聖獣が死んだ」という言葉に、私はまた泣いた。泣いて泣いて、どん底まで落ち込んでから、黒龍さまとの約束を思い出した。
―必ず戻って来る
そう言ってくれた黒龍さまの言葉だけを信じることにして、まず、水を飲んだ。それから、徐々に食事も口にするようにして、漸く、人並みに体力が回復した頃、私はまた、あの男によって地獄に叩き落とされることになった。
―聖女を、後宮に入れる
男のその一声で、私は、既に三人の側妃を持つ男の後宮に入れられることになった。「聖女を保護するため」という建前の元、私が男に「妻」としての役目を求められることは無かったけれど―
「…あら?ヴィエルジュ様、漸くお見えですの?」
「陛下をこれだけお待たせするなんて、異界では、そんな不敬が許されるんですのね?」
「…」
後宮の中庭、私に会いに来たはずの男を取り囲むように、テーブルにつく三人の女。誰も彼もが、あからさまな敵意を向けてくる。
(権力だろうが、正妃の座だろうが、私に関係無いところで争ってよ!)
現状、この国の王だという男に一番の寵愛を受けているのが私だという認識の女達は、こういう時だけは示し合わせたようにして私だけを攻撃してくる。
(…それに、この男も…)
「ヴィエルジュ、どうした?座らぬのか?」
「…」
名乗ることを拒否した私に「ヴィエルジュ」という名前を勝手につけた男の口元には、ずっと、愉快でたまらないという笑みが浮かんでいる。
(…最っ低。)
他の女三人に攻撃される私を、いつも、この男は楽しそうに眺めるだけ。眺めて、待っているのだ。彼女たちの攻撃に耐えきれなくなった私が、男に助けを乞い、許しを求めるのを。男だけを頼り、私が自ら男のものになることを―
(…そんなこと、絶対にしない。)
「…陛下、陛下は何をお考えでいらっしゃるのですか?」
「ふん。何を考えているとは?どういう意味だ?」
「…聖女様のことでございます。」
優秀な為政者でありながら、時に気まぐれで周囲をかき乱す王。その所業に慣れたつもりではあったが、聖女を己の後宮に入れると言い出し、周囲の反対を押し切ってそれを成した己の主に問うた。
「現在までの調査で、聖女様に何らかのお力があるという兆候は見られません。聖女様を国母に望まれるのは、」
「ハッ!面白いことを言う。俺が、あの娘を国母に望むと?」
「…恐れながら、聖女様を後宮にお入れになったのは、それが目的かと…」
「馬鹿を申すな。あれは、異界の者ではあっても中身はただの娘。この国の町娘と変わらぬ。国母になど、望むべくもないだろう。」
「では、何故…」
少女が困難な立場に立たされると分かっていて、彼女を後宮になど入れたのか。聖女を保護する目的であれば、他にいくらでも方法はあったはず。それを―
「あれは、面白いであろう?」
「は?」
「この国の、俺の庇護無しにはこの世界に生きることさえ叶わぬ身でありながら、王たるこの俺に精一杯、歯向かおうとする。」
「…」
「己の非力を知るが故に、閉じ込められた檻から抜け出すことも、牙を剥くこともなく、だが、膝を折ることも良しとしない。…面白いではないか。あの娘がいつ己の意志で俺の下へ堕ちてくるのか。」
笑って、「楽しみで仕方ない」という主の思考が信じられずに、返す言葉を失った。
(そんなもののために―)
己がこの世界に招いた、何よりも得難き存在。その身を害する真似を平気で行う男に、言い知れぬ思いが沸き上がる。
「…御前、失礼いたします。」
何とか口から吐き出した言葉。浮かぶのは、死に瀕していた少女の姿。それを、彼女の命を繋いだ男だからこそ、その身を任せたというのに。
(…私は、間違っていたのか…?)
「…」
知らない名前で私を呼ぶ、私の侍女だという女が、力任せに腕を引く。部屋に連れ帰られ、三人がかりでの強制的な身支度、終わればまた、「お茶会」と称してあの男が現れる中庭へと連行されてしまう。
(…本当に、最っ悪。)
黒龍さまがこの地を去ったあの日、目が覚めてから知らされた「異界の聖獣が死んだ」という言葉に、私はまた泣いた。泣いて泣いて、どん底まで落ち込んでから、黒龍さまとの約束を思い出した。
―必ず戻って来る
そう言ってくれた黒龍さまの言葉だけを信じることにして、まず、水を飲んだ。それから、徐々に食事も口にするようにして、漸く、人並みに体力が回復した頃、私はまた、あの男によって地獄に叩き落とされることになった。
―聖女を、後宮に入れる
男のその一声で、私は、既に三人の側妃を持つ男の後宮に入れられることになった。「聖女を保護するため」という建前の元、私が男に「妻」としての役目を求められることは無かったけれど―
「…あら?ヴィエルジュ様、漸くお見えですの?」
「陛下をこれだけお待たせするなんて、異界では、そんな不敬が許されるんですのね?」
「…」
後宮の中庭、私に会いに来たはずの男を取り囲むように、テーブルにつく三人の女。誰も彼もが、あからさまな敵意を向けてくる。
(権力だろうが、正妃の座だろうが、私に関係無いところで争ってよ!)
現状、この国の王だという男に一番の寵愛を受けているのが私だという認識の女達は、こういう時だけは示し合わせたようにして私だけを攻撃してくる。
(…それに、この男も…)
「ヴィエルジュ、どうした?座らぬのか?」
「…」
名乗ることを拒否した私に「ヴィエルジュ」という名前を勝手につけた男の口元には、ずっと、愉快でたまらないという笑みが浮かんでいる。
(…最っ低。)
他の女三人に攻撃される私を、いつも、この男は楽しそうに眺めるだけ。眺めて、待っているのだ。彼女たちの攻撃に耐えきれなくなった私が、男に助けを乞い、許しを求めるのを。男だけを頼り、私が自ら男のものになることを―
(…そんなこと、絶対にしない。)
「…陛下、陛下は何をお考えでいらっしゃるのですか?」
「ふん。何を考えているとは?どういう意味だ?」
「…聖女様のことでございます。」
優秀な為政者でありながら、時に気まぐれで周囲をかき乱す王。その所業に慣れたつもりではあったが、聖女を己の後宮に入れると言い出し、周囲の反対を押し切ってそれを成した己の主に問うた。
「現在までの調査で、聖女様に何らかのお力があるという兆候は見られません。聖女様を国母に望まれるのは、」
「ハッ!面白いことを言う。俺が、あの娘を国母に望むと?」
「…恐れながら、聖女様を後宮にお入れになったのは、それが目的かと…」
「馬鹿を申すな。あれは、異界の者ではあっても中身はただの娘。この国の町娘と変わらぬ。国母になど、望むべくもないだろう。」
「では、何故…」
少女が困難な立場に立たされると分かっていて、彼女を後宮になど入れたのか。聖女を保護する目的であれば、他にいくらでも方法はあったはず。それを―
「あれは、面白いであろう?」
「は?」
「この国の、俺の庇護無しにはこの世界に生きることさえ叶わぬ身でありながら、王たるこの俺に精一杯、歯向かおうとする。」
「…」
「己の非力を知るが故に、閉じ込められた檻から抜け出すことも、牙を剥くこともなく、だが、膝を折ることも良しとしない。…面白いではないか。あの娘がいつ己の意志で俺の下へ堕ちてくるのか。」
笑って、「楽しみで仕方ない」という主の思考が信じられずに、返す言葉を失った。
(そんなもののために―)
己がこの世界に招いた、何よりも得難き存在。その身を害する真似を平気で行う男に、言い知れぬ思いが沸き上がる。
「…御前、失礼いたします。」
何とか口から吐き出した言葉。浮かぶのは、死に瀕していた少女の姿。それを、彼女の命を繋いだ男だからこそ、その身を任せたというのに。
(…私は、間違っていたのか…?)
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