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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】

Ⅰ 4-2.

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4-2.


十年前――

母を喪った父は、王としての職務とともに、神子としての義務も放棄してしまった。当時、唯一の神子であった父が、神殿に足を運ぶことさえなくなり、折しも、神官長は代替わりしたばかり。それまで、父について神殿を訪れるだけだった私が神子となる覚悟を決め、どうにか神子としての最初の数ヶ月を乗り越えた頃、最初の女が神殿を訪れた。

国王陛下の御子を宿している―

それだけでも、当時六つの私の容量を遥かに越えた言葉であったのに、更に女は言い募ったのだ。

腹の子が産まれるまで、母たる自身が神子となる。これは王命だ、と。

吐き気がした。目眩を覚え、実際に倒れそうになった私を支えてくれたのはリュシアンだった。そして、女を見る彼の目に見つけた焔に悟った。ここで自身が倒れるわけにはいかない、と。リュシアンが、当時の私を神子として認めていないことはわかっていた。いつでも、私を神子の座から引き摺りおろす機会をうかがっていた彼に、弱みを見せるわけにはいかない。

だから、女を追い出した―

けれど、最初の女を追い出したところで、悪夢は終わりではなかった。それからも、次々と送りこまれてくる、父の寵愛を受け、父の子を身籠っているという女達。送り込まれるそばから女達を追い出し続け、やがて、彼女達の誰もが、亡き母と同じ黒の髪、黒の瞳を持つことに気づいた時、私は、決して癒されぬ父の悲哀を知った。

それでも、神子としての立場を主張する女達を認めるわけにはいかずに、神殿から遠ざけ続けた日々。帰る場所が無いという者には幾ばくかの金を持たせはしたが、後ろ楯のない、腹に子を抱えた女が、外の世界でどう生きることになるのか。目先のことに気をとられ、そこまでの考えが及ばなかったことだけは、今でも深く悔いている、己の罪。

そうやって、追い出し続けた女の数が十を越える頃には、私はもう、認めるしかなかった。父の狂気を、壊れた彼の心を。そこにはもう、私の愛した父は居ないのだと―

あの時より十年。父の、私の成した罪の証が、今、目の前に立っている。

目の前、立ち並ぶ子ども達を一人一人確かめる。その目に浮かぶのは憎悪、ただ、それだけ。僅かに期待していた自分に自嘲して、ため息をついた。

「…では、アリアーヌ。君には、改めて、紹介しよう。彼らは、神殿の新たな神子候補だ」

「…必要ないわ。この子達を神子にはしない」

チラリと向けた視線の先は、リュシアン。たった一言で、私は、彼のここまでの努力を全て否定してしまったのだ。労うことすらせずに―

抱いた罪悪感を無かったことにしたくて、盗み見た彼の姿。だけど、いつも通り、彼の顔には怒りも、失望さえもうかがえない。

代わりに、鋭い声を上げたのは、子ども達の一人、

「ふざけるな!」

一番小柄な男の子が、全身を怒りに震わせて叫ぶ。

「王宮からも、神殿からも要らないって追い出されて!なのに、今さらこんなところに連れてこられて、力を貸せとか、やっぱり要らないとか!いい加減にしろ!」

「…」

「父親が居ないってだけで、俺達がどんだけ苦労したと思ってんだ!」

叫び出したその子に呼応するように、他の子ども達が、次々と怨嗟を口にする。

「…父親が、あの狂王だって知られたら、もっと酷い目に会うからって、ただ、黙って耐えるしかない地獄が、あんたにわかるか?」

「俺達は、陛下に見つけてもらった。自分たちで話をして、陛下の力にはなってもいいと思ってる。だけど、母さんを追い出して不幸にした、あんたの手助けだけは、死んでもごめんだ」

「お前が神子を辞めろよ!そしたら、俺達全員が、神子になってやる!」

口々に言い募る子ども達を眺める。

(…五人、か)

当時、神殿を訪れた女の数の四分の一。それでも、これだけの人数を見つけ出せたのは、それだけの力が、王宮にはあるということ。神殿の外に力及ばない私とは違う。私の、持ち得ない力。溢れそうになるため息を飲み込む。

わかっている―

神子が私一人では、もう、どうにもならない。いつかは行き詰まる。だから、居るとも知れない父の子を、雲を掴むような話だと思いながらも、探し出そうとしていたのだから。

神子の立場を、誰かに委ねるつもりはない。だけど―

「ディオ・ジラール」

「…」

呼んだ名に、返事はない。

「あなたは?神子になる気はあるの?」

一瞬、訝しんだディオだったが、その視線が、部屋の隅、ミレイユを認めて、

「俺は、それがこの身に流れる血の義務だって言うんなら、やらんことはない」

「…」

この男は父の仇であるエドモンの部下。その男を許せるかと問われれば、絶対に無理だと答える。ただそれでも、これが、私に残された唯一の道だと言うのなら―

「…わかったわ、ディオ。お前を神子として認めるわ。時間がある時に、神殿を訪ねなさい」

言って、立ち上がる。自分が口にした言葉を、今すぐ訂正したくなる気持ちを圧し殺して、部屋を出ようとすれば、

「待て!話はまだ済んでいない!」

「私の話は済んだわ」

「待てよ!お前本当に何様だ!」

最初に噛みついてきた男の子が、声をあげる。それを見据えて、

「…お前は、神子になるつもりはないのでしょう?」

そう、指摘すれば、

「っ!?お前のためには、頼まれてもやらねーよ!!だけどな!こんなところまで呼び出して、またさっさと追っ払うつもりかよ!」

「…それは、そこの男。お前を呼び出した国王に言いなさい」

「待て、神子。勝手は許さん」

「勝手?神子である私には、新たな神子を決める権限があるわ。決めるのは私よ」

「ふん。確かにな。お前にその権利はある。だが同時に、国王である私にも神子を任じる権利は認められている」

だから何だと言いたい。この子らを使って、この男が何をしたいのか、漠然とだが、わかってはいる。それは恐らく、神子である私の立場を脅かす行為。だから、認めるわけなどない。なのに、

「…子ども達は、私が預かります」

「っ!リュシアン!?」

それまで、全く口を挟まなかった男が、告げた言葉。その、真意はわからない。ただ、彼の労を踏みにじった罪悪感、犯した罪への悔恨、そうしたものが積み重なって、言葉が溢れた。

「…勝手にしなさい」

「待て、アリアーヌ。母親は異なるが、お前と同じジュール王の血を引く子どもらだ。手を出すことは許さん」

今度こそ本当にもう、それ以上を聞いていられずに、彼ら全てに背を向けた。




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