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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】
Ⅰ 3-4.
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3-4.
「話せ」
短く命じた声に、男が口を開く。
「…十年前、前王陛下の後宮には、多くの女性が召し上げられました…」
「ああ、覚えている」
当時、自身は十五。既に、己の立場を理解していたが故に、前王を狂王足らしめた一連の出来事については、よく見知っていた。
愛する妃を病で喪った前王は、その悲哀を埋めるが如く、後宮へ次々と女を囲い続けた。その相手は、貴族令嬢だけに留まらず、王宮で働く侍女や女官、果ては市井から連れてきたらしき、何処の生まれかもわからぬような者達まで。その数、実に、百とも二百とも言われている。
当初は、正妃の後釜を狙おうとしていた貴族達も、この事態にあって、娘を差し出すことを躊躇した結果、前王に新たな妃が立つことはなかった。この前王の乱心が治まるまでに、実に一年の時を要している。それだけ王が狂い続けることが出来た裏には、王に取り入るために女を差し出し続けた奸臣達の存在もあったのだが―
しかし、それだけの数の女に手を出していたにも関わらず、
「…前王の子を孕んだ者が居るという話は、聞いたことがない」
実際には、正気でなかったが故に、既に女を抱くことすら出来なくなっていたのではないかいう噂が真しやかに流れていたくらいなのだ。それが、
(誤りだった?秘匿されていたというのか?何のために―?)
「…子を宿したとされる段階で、女性達は秘密裏に神殿へと送られて来ました」
「…何故だ?」
「…腹に『神子』が宿る間、母親に『神子』の務めをさせよという王の命があったからです」
「…馬鹿な。そんなことが可能なのか?しかも、何故それを秘匿する必要がある?」
「…可能かというお話であれば、可能です。秘匿する理由については、ただ『王命であった』としか、お答え出来ません」
秘匿する理由、王の子であるが故の継承権絡みか?庶子とは言え、それを担ぎ上げる者が皆無とは限らない。しかし、本当に、神子たる子を宿したというだけで、母体である母親が神子たりえると―?
「…それで、実際に穢れは祓われたのか?」
「…いえ。アリアーヌ様がそれをお許しになりませんでしたので」
「!」
確かに―
実際に、母親達が神子として立つことが出来ていれば、ひいては産まれた子ども達が神子と成り得たのならば、今現在、神殿の神子がアリアーヌ一人だという事態はあり得ない。
「王命に、逆らったというのか…?」
「…はい。女達は全て、アリアーヌ様の命で神殿の外へ出されました」
「出された女達はどうなった?」
「可能な者は家へと帰しましたが、その他の者は…」
「くそっ!」
黙ってリュシアンの話を聞いていたディオが毒づく。女達の行く末を思えば、己とて同じ思いに到る。
「…この、女達の名は?どうやって手に入れた?」
「…その一覧は、アリアーヌ様がお作りになられたものです」
「っ!?」
「…当時は神殿も混乱しておりました。結果、女性達のことにまで手が回らず…。そちらは、ある程度の時間が経ってから、アリアーヌ様が記憶を頼りに作られたものです」
「…アリアーヌが何故?何のために作った?。それに、なぜ、お前がこれを持っている?」
アリアーヌの目的も気になるが、作ったのが彼女というだけで、その信頼性も疑わねばならなくなった代物。それを、こちらに渡したリュシアンの真意を問えば、
「…アリアーヌ様は、お父上の血をひく者、自身の異母姉弟を、神子に迎えるつもりでいらっしゃいました。私に、一覧の女性達を探すよう、命じられたのです」
「っ!」
「…元の一覧には、更に何名かの名があったのですが、調査の結果、既に亡くなった者やそもそも妊娠していなかった者もいたため、現在まで、前王の御子は見つかっておりません」
「…では、これは未だ調査の及んでいない者達の名か?」
「…はい。元の残り半分。私の力及ばず、たどり着けていない者達の名です」
「なるほど…」
そう、返しはしたが、実際のところ、リュシアンがこれと同数の調査を既に終えているという話に密かに感嘆した。一覧を見た限り、女の名と、有っても、女を推薦した者の名しか書かれていない。たったこれだけの情報を頼りに、神殿の外に及ぶ力を持たないはずの男が、独自の調査で十近い数の人間の足取りを追ったのだという。それも、十年も前に行方がわからなくなった者達の。
(…執念、か)
それが、何に対するものなのかはわからない。神殿での、己の立場を確かにするためか。かつて神子として立てることの叶わなかったという妹の代わりなのか―
「…残りの者達を、陛下のお力で、探し出して頂きたいのです」
「探して、どうする?」
「…前王の御子が見つかれば、神子として、神殿でお育てしたいと考えております」
「それでは、アリアーヌの手駒を増やすことにならないか?」
「…」
恐らくは何か考えが有ってのことだろう。己の手駒として、リュシアンが自ら育て上げるつもりなのかもしれない。だが、実際に何を考えているのか。黙り込んだリュシアンに、ディオが口を開いた。
「いや、悪くないな。前王の子を探そう」
「何故だ?アリアーヌに益があっては、危険だろう?」
問いかけに、ディオが一つ頷いて、
「まあ、アリアーヌに取り込まれてしまったら、な」
「ならば、」
「よく考えてみろ、相手はあのアリアーヌだぞ?あの女が、半分血が繋がっているとはいえ、母親の違う弟妹を可愛がるような女に見えるか?」
「…それは、まあ、確かに…」
敵対しているからとは言え、従兄であるディオへのかつての態度を思えば、アリアーヌのそうした姿は想像しにくい。
「子どもらを見つけ出せば、俺達が先に接触することになるだろう?無理強いまでするつもりはないが、望めば保護して、取り込んでしまえばいいだけの話。母親が、仮にも神子として認められていたんだぞ?それを、アリアーヌのせいで神殿を追い出されたってんなら、恨んでいるやつだっているだろうしな」
ディオの言うとおり、父親を持たぬ、明かせぬ子を身籠った女、その苦労は容易く想像出来てしまう。
「利用するような形になるが、神子となれば、本人達への恩恵も大きい。全くの搾取ということにはならんだろうから、悪い話ではないだろう?」
「まあ、な…」
「取り敢えずは見つけ出して、話をしてみればいいさ。それで、神子になることを望むなら、庇護してやろう。アリアーヌが、手懐けられない弟妹をどう扱うかはわからんが、将来的に、神殿にはもっと多くの神子が必要になる」
「…」
ミレイユの、個人の犠牲に成り立つ現状。ここにディオが加わったとしても、個としての負担が大きいことに変わりはない。ミレイユや神殿のため、ひいては国のためにも、確かに神子は必要だ。
ディオの言葉に頷いた―
「話せ」
短く命じた声に、男が口を開く。
「…十年前、前王陛下の後宮には、多くの女性が召し上げられました…」
「ああ、覚えている」
当時、自身は十五。既に、己の立場を理解していたが故に、前王を狂王足らしめた一連の出来事については、よく見知っていた。
愛する妃を病で喪った前王は、その悲哀を埋めるが如く、後宮へ次々と女を囲い続けた。その相手は、貴族令嬢だけに留まらず、王宮で働く侍女や女官、果ては市井から連れてきたらしき、何処の生まれかもわからぬような者達まで。その数、実に、百とも二百とも言われている。
当初は、正妃の後釜を狙おうとしていた貴族達も、この事態にあって、娘を差し出すことを躊躇した結果、前王に新たな妃が立つことはなかった。この前王の乱心が治まるまでに、実に一年の時を要している。それだけ王が狂い続けることが出来た裏には、王に取り入るために女を差し出し続けた奸臣達の存在もあったのだが―
しかし、それだけの数の女に手を出していたにも関わらず、
「…前王の子を孕んだ者が居るという話は、聞いたことがない」
実際には、正気でなかったが故に、既に女を抱くことすら出来なくなっていたのではないかいう噂が真しやかに流れていたくらいなのだ。それが、
(誤りだった?秘匿されていたというのか?何のために―?)
「…子を宿したとされる段階で、女性達は秘密裏に神殿へと送られて来ました」
「…何故だ?」
「…腹に『神子』が宿る間、母親に『神子』の務めをさせよという王の命があったからです」
「…馬鹿な。そんなことが可能なのか?しかも、何故それを秘匿する必要がある?」
「…可能かというお話であれば、可能です。秘匿する理由については、ただ『王命であった』としか、お答え出来ません」
秘匿する理由、王の子であるが故の継承権絡みか?庶子とは言え、それを担ぎ上げる者が皆無とは限らない。しかし、本当に、神子たる子を宿したというだけで、母体である母親が神子たりえると―?
「…それで、実際に穢れは祓われたのか?」
「…いえ。アリアーヌ様がそれをお許しになりませんでしたので」
「!」
確かに―
実際に、母親達が神子として立つことが出来ていれば、ひいては産まれた子ども達が神子と成り得たのならば、今現在、神殿の神子がアリアーヌ一人だという事態はあり得ない。
「王命に、逆らったというのか…?」
「…はい。女達は全て、アリアーヌ様の命で神殿の外へ出されました」
「出された女達はどうなった?」
「可能な者は家へと帰しましたが、その他の者は…」
「くそっ!」
黙ってリュシアンの話を聞いていたディオが毒づく。女達の行く末を思えば、己とて同じ思いに到る。
「…この、女達の名は?どうやって手に入れた?」
「…その一覧は、アリアーヌ様がお作りになられたものです」
「っ!?」
「…当時は神殿も混乱しておりました。結果、女性達のことにまで手が回らず…。そちらは、ある程度の時間が経ってから、アリアーヌ様が記憶を頼りに作られたものです」
「…アリアーヌが何故?何のために作った?。それに、なぜ、お前がこれを持っている?」
アリアーヌの目的も気になるが、作ったのが彼女というだけで、その信頼性も疑わねばならなくなった代物。それを、こちらに渡したリュシアンの真意を問えば、
「…アリアーヌ様は、お父上の血をひく者、自身の異母姉弟を、神子に迎えるつもりでいらっしゃいました。私に、一覧の女性達を探すよう、命じられたのです」
「っ!」
「…元の一覧には、更に何名かの名があったのですが、調査の結果、既に亡くなった者やそもそも妊娠していなかった者もいたため、現在まで、前王の御子は見つかっておりません」
「…では、これは未だ調査の及んでいない者達の名か?」
「…はい。元の残り半分。私の力及ばず、たどり着けていない者達の名です」
「なるほど…」
そう、返しはしたが、実際のところ、リュシアンがこれと同数の調査を既に終えているという話に密かに感嘆した。一覧を見た限り、女の名と、有っても、女を推薦した者の名しか書かれていない。たったこれだけの情報を頼りに、神殿の外に及ぶ力を持たないはずの男が、独自の調査で十近い数の人間の足取りを追ったのだという。それも、十年も前に行方がわからなくなった者達の。
(…執念、か)
それが、何に対するものなのかはわからない。神殿での、己の立場を確かにするためか。かつて神子として立てることの叶わなかったという妹の代わりなのか―
「…残りの者達を、陛下のお力で、探し出して頂きたいのです」
「探して、どうする?」
「…前王の御子が見つかれば、神子として、神殿でお育てしたいと考えております」
「それでは、アリアーヌの手駒を増やすことにならないか?」
「…」
恐らくは何か考えが有ってのことだろう。己の手駒として、リュシアンが自ら育て上げるつもりなのかもしれない。だが、実際に何を考えているのか。黙り込んだリュシアンに、ディオが口を開いた。
「いや、悪くないな。前王の子を探そう」
「何故だ?アリアーヌに益があっては、危険だろう?」
問いかけに、ディオが一つ頷いて、
「まあ、アリアーヌに取り込まれてしまったら、な」
「ならば、」
「よく考えてみろ、相手はあのアリアーヌだぞ?あの女が、半分血が繋がっているとはいえ、母親の違う弟妹を可愛がるような女に見えるか?」
「…それは、まあ、確かに…」
敵対しているからとは言え、従兄であるディオへのかつての態度を思えば、アリアーヌのそうした姿は想像しにくい。
「子どもらを見つけ出せば、俺達が先に接触することになるだろう?無理強いまでするつもりはないが、望めば保護して、取り込んでしまえばいいだけの話。母親が、仮にも神子として認められていたんだぞ?それを、アリアーヌのせいで神殿を追い出されたってんなら、恨んでいるやつだっているだろうしな」
ディオの言うとおり、父親を持たぬ、明かせぬ子を身籠った女、その苦労は容易く想像出来てしまう。
「利用するような形になるが、神子となれば、本人達への恩恵も大きい。全くの搾取ということにはならんだろうから、悪い話ではないだろう?」
「まあ、な…」
「取り敢えずは見つけ出して、話をしてみればいいさ。それで、神子になることを望むなら、庇護してやろう。アリアーヌが、手懐けられない弟妹をどう扱うかはわからんが、将来的に、神殿にはもっと多くの神子が必要になる」
「…」
ミレイユの、個人の犠牲に成り立つ現状。ここにディオが加わったとしても、個としての負担が大きいことに変わりはない。ミレイユや神殿のため、ひいては国のためにも、確かに神子は必要だ。
ディオの言葉に頷いた―
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