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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】

Ⅰ 11-1. Side D

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11-1.


リュシアンに付き添うため、アリアーヌが王宮に通うようになって三日目。寝台に身を起こせるまでに回復したリュシアンの隣、険しい顔のアリアーヌに、エドモンが一つの提案を告げた。

「…私に、あなたの子を産めと?妻とするではなく、ただ、子だけを産めと?」

「そうだ…、前王の娘であるお前を正式に妃とするわけにはいかないからな。それでは、民が納得すまい。…だが、お前の血は必要だ」

苦渋の決断。病床の公爵閣下を訪問したエドモンが、憔悴しきった様子で口を開いたのが二日前。公爵は明言しなかったものの、どうやらアリアーヌが口にした「疑い」は、公爵も否定出来るものではなかったらしい。何も知らされていなかったエドモンの衝撃は如何ばかりのものだったろうか。

神殿にも赴き、清めの儀にも挑んではみたが、それも、アリアーヌの言葉を否定するには到らず。結局、悩んだ末の結論は、オランドとドラクローの統合、アリアーヌに、自身の子を産ませることだった。

(…胸糞悪い)

エドモンに無い非で、彼が苦しみ、アリアーヌに助力を請わねばならないなど―

それでも、誠心誠意、礼を尽くす主の姿を見守っていれば、

「無理よ」

一刀のもとに切り捨てた女に、拳を握る。それでも、エドモンに引く様子はなく、

「今日はこちらの意思、提案を伝えに来ただけだ。返事は改めて貰いに来る。それまで、考えておいてくれ。…条件があれば、ある程度は飲むつもりでいる」

「何度来られても、無理なものは無理よ」

「…」

とりつく島の無いアリアーヌの返答に、エドモンが表情を歪めた。明かされた事実にふさぎがちなエドモンが、ここまで譲歩しているというのに。ここで己が暴れれば、主の我慢を無駄にすることになる、その思いだけで、怒りを飲み込んだ。

嘆息したエドモンが、今度こそ、部屋を出ようとするのに従ったところで、

「…ディオ」

呼ばれた名に立ち止まる。エドモンも、足を止めて振り返った。

「今後について、だけれど。現状、始まりの神子の血が流れているのは私達二人だけということになるわ。あなたには、神子としての務めを果たしてもらう必要があるの」

「…子ども達は…?」

「え?」

神子を必要としながら、「神子は自分達二人だけだ」と言うアリアーヌの言葉が、引っ掛かった。

「神子見習いの、お前の弟妹達だ」

「ああ」

その、気のない反応に、或いはと抱いていた懸念が大きくなる。

「…あの子達には無理よ、父の血が流れていないから」

「…」

やはり―

アリアーヌの今までの態度、反応から、そんな気はしていたが。

「…何故、黙っていた」

「…既に一度、この手で拒絶した子達なのよ?その子どもらに態々、お前達の父親が誰かはわからない。お前達の母親は、王を謀り、他の男と通じていたとでも言えば良かったの?」

「…」

「第一、私の言葉なんて、誰も信じなかったでしょう?」

「…では、何故、子どもらの母親達を神殿から追い出すような真似をした?お前の神子としての立場を脅かすものでなかったと言うのなら、彼らを神殿で保護すべきだったのではないか?王を謀ったと言うが、それが本人達の意思によるものかは、わからんだろう?」

実際、力無き母親達が、自分達だけで事を成したとは思えない。当時は、狂王に取り入らんとする奸臣が多かった。立場の弱い女達を利用し、王を謀ってでも、地位を獲んとするような輩が。

「…お前が母親達を追い出したことで、失なわれた命がある」

子どもらの行方を追っていてわかったこと。たどり着いた命が失われていた時に感じた無力感、そこから来る怒りをアリアーヌへと向ける。

「…」

黙り込んだ女の姿に、流石のアリアーヌも、自身が招いた子どもの死は堪えたかと、一時、胸のすく思いがした。だが、今さらだ。今さらの悔恨が何になるというのだ。失われた命は戻らない。そう言ってやろうとしたところで、

「…アリアーヌ様には、何の責もございません」

「…リュシアン」

口を挟んだリュシアンの、冷めた眼差しが向けられる。

「…国王補佐殿は、当時六つ、命を危険に晒しながら、神子であり続けたアリアーヌ様の責を問うおつもりですか?…救えなかった命の責を問われるべきは、神官長である私でしょう」

その言葉に、一瞬だけ、答えに迷った。だが、

「追い出したのはこいつだ。お前がそう言ったんだろ?」

「私は、アリアーヌ様が母親達を神殿から『出した』と言ったはずですが?追い出したのではありません、逃がしたんです。神殿から、私から…」

「…何だと?」

「神殿に来た女達は、必死でしたから。神子としての役目に積極的なものも多かった。…私にとっては、大変、都合の良いことに」

「…」

「お伝えしたでしょう?七つに満たぬ子どもは、神に愛されると。…腹の子も同じです」

「!?」

「王の子だろうが、他の男の子だろうが、関係なかった。腹の子らは、十分に神子としての役目を果たしていたでしょう。そうすれば、どれだけ、」

「そこまでよ、止めなさい」

アリアーヌの制止に、リュシアンの言葉が止まった。それでも、その澱んだ視線は、濁った滓を色濃く残したまま、狂気を孕んで己を絡めとらんとしている―

「…リュシアン、お前は、そうしなかったでしょう?それに、これからだってさせないわ。…私が、神子である限り、お前の好きにはさせない」

「…アリアーヌ様の、御心のままに…」

息をつき、そう、力なく答えたリュシアンに、アリアーヌが嘆息し、振り返る。

「…ディオ、そういうことだから、子を宿している間、私は神子としての務めを果たせない。血を絶やさないためにも、あなたの協力は不可欠だわ。…覚えておいて」

告げられた血の義務の重さ、返す言葉を失った―




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