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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】
Ⅰ 10-2.
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10-2.
「っ!?貴様!」
膨れ上がる怒気。溢れるに任せ、剣の柄に手を掛けた。
「言うに事欠いて、そのような戯れ言を!」
何よりも誇りとし、尊んできた己が身に流れる血を侮辱された怒りに、柄を握る手が震える。
「私は真実を言っているわ」
「貴様!本気で死にたいか!?」
激昂のまま、抜こうとした剣の手をディオに止められた。
「エドモン、落ち着け!」
「離せ!ディオ!」
「冷静になれ!一応は貴重な神子だ。アリアーヌを今ここで失うわけにはいかん」
「っ!」
沸騰した血が、ぐるぐると体内を暴れまわる。落ち着けだと?冷静になど、なれるわけもない―
「…アリアーヌ様、何故、そのような嘘をついてまで、私が神子になることを阻まれるのですか?」
同じ怒りを抱えるだろうミレイユが、震える声、しかし、真っ直ぐにアリアーヌを見据えて問い質す。
「嘘ではないわ。実際、お前の祈りは神々に届いてないでしょう?」
「それは、アリアーヌ様が邪魔をなさるからでしょう?きちんとした手順を教えて下されば、私も神子としての、」
「無理だと言っているのよ」
ミレイユの言葉を容赦なく切り捨てるアリアーヌに、吐き気を覚える。殺してやりたいほどの嫌悪。いっそのこと、本当に―
「『きちんとした手順』なんてものは元から存在しないわ。始まりの神子に連なる者が清めの泉に入れば、何もせずとも呼ばれてしまう。そこで祈りを捧げれば、穢れは祓われるし、帰る意思を失えば、天に召されてしまう。ただ、それだけのことよ」
「信じられません。あなたの言葉なんて…」
「ならば、神殿の文献でも何でも調べてみればいいのよ。口伝が基本とはいえ、儀式そのものについて記した本はいくらでもあるのだから」
「…」
黙り込んだミレイユが、その視線をすがるように寝台へと向けたのがわかった。意識を失ったままのリュシアン。膨大な量だと言う神殿の保有する資料の中、そこにある真実を知っているはずの男―
「…では反対に、お前は何故、確信しているの?」
「え?」
ミレイユが声を漏らした。アリアーヌの唐突な問いに、自身、虚をつかれる。
「お前が、始まりの神子の血を引いていると信じる根拠は何?」
「…それは、だって、信じるも何も…」
根拠など、改めて問われるまでもない。自明ゆえに答えられぬミレイユに、アリアーヌが小さく嘆息した。
「私は神子よ。神に仕えし身だから、神々に寵愛されている人間がわかるわ」
その視線が、ディオへと向けられる。
「…初めてディオに会った時、彼がサイラント伯父上の息子だとわかったのは、彼が神の寵愛を受けていたから」
「…何を…」
言い出したのか。神の寵愛がわかる?本当に、この女は、何を―
「…有り体に言ってしまえば…そうね、輝いて見えるのよ。その人を取り巻く神の恩寵が…」
「…」
ディオを眩しそうに見て、落ち着き払った女は、気が狂っているようにも、騙っているようにも見えない。
身が震えた―
ディオが、アリアーヌにのまれそうになりながらも、口を開く。
「…何を、適当なことを。俺には、お前が…お前をそんな風には…」
「こればかりは、神子としての経験の差ね。これから神子としての務めを果たしていけば、ディオにもわかるようになるはずよ。…嫌でも、神々の世界に近しくなってしまうから」
「…」
「信じられないと言うのなら、ディオが力をつけるのを待てばいいわ。ディオに神の恩寵が見えるようになれば、私の言葉の真偽もわかるでしょう?」
何故、アリアーヌはここまで自信に満ちていられるのだろう。己の虚偽を、完全に隠し通す自信があるからなのか、それとも、本当に―?
「…そもそもの話、何故ダヴィド王が、あなた達の祖父、第一王子だったアドルフに王位を譲らなかったのか。その理由をあなた達は伝え聞いてはいないの?」
「!?」
アリアーヌの、呆れたようなため息、
「庶子でしかなかった私のお祖父様が王位についたのは、つまり、そういうことでしょう?」
「…馬鹿な。馬鹿な、そんな…」
「王家の崩壊を防ぐため、秘匿された事実ではあるけれど、当事者であるはずのあなた達がその事実を知らないなんて、その方がむしろ不思議よ。…アドルフは不義の子だった、ダヴィド王の血は流れていない」
「…」
何をどう受け止め、何を考えればいいのかわからずに、言葉を失う。言い返せ、と思う心と裏腹に、アリアーヌを封じる言葉が出てこない。
「ああ、でも、私の言葉は信じないのだったわね。まあ、いいわ。何れディオが明らかにしてくれるでしょう」
言ったアリアーヌが、ふと、何かに気づいたように、その目を寝台に向け、
「…やっと目を覚ましたわね、リュシアン」
「…アリアーヌ様、私は…」
「黙りなさい、リュシアン。黙って先ずは、身体を治してしまいなさい。それまでは、お前の話を聞くつもりは、一切ないわ」
痩けた男の土気色の頬に、アリアーヌの手が伸びる。
「…さっさと元気になって、神殿に帰るわよ」
「…御意…」
聞こえたリュシアンの声、視界の隅、身を翻して部屋を飛び出していく後ろ姿―
「っ!ミレイユ!?」
追おうとしたディオを、引き止める。
「…待て、ディオ。良い、私が行く」
「エドモン…」
「…すまん。暫く、私も一人になりたい…」
吐露した本音。ここでは纏まりそうにない思考を整理するため、部屋を逃げ出す。今は、信あるディオの視線さえ、恐ろしくて振り返ることが出来ない―
「っ!?貴様!」
膨れ上がる怒気。溢れるに任せ、剣の柄に手を掛けた。
「言うに事欠いて、そのような戯れ言を!」
何よりも誇りとし、尊んできた己が身に流れる血を侮辱された怒りに、柄を握る手が震える。
「私は真実を言っているわ」
「貴様!本気で死にたいか!?」
激昂のまま、抜こうとした剣の手をディオに止められた。
「エドモン、落ち着け!」
「離せ!ディオ!」
「冷静になれ!一応は貴重な神子だ。アリアーヌを今ここで失うわけにはいかん」
「っ!」
沸騰した血が、ぐるぐると体内を暴れまわる。落ち着けだと?冷静になど、なれるわけもない―
「…アリアーヌ様、何故、そのような嘘をついてまで、私が神子になることを阻まれるのですか?」
同じ怒りを抱えるだろうミレイユが、震える声、しかし、真っ直ぐにアリアーヌを見据えて問い質す。
「嘘ではないわ。実際、お前の祈りは神々に届いてないでしょう?」
「それは、アリアーヌ様が邪魔をなさるからでしょう?きちんとした手順を教えて下されば、私も神子としての、」
「無理だと言っているのよ」
ミレイユの言葉を容赦なく切り捨てるアリアーヌに、吐き気を覚える。殺してやりたいほどの嫌悪。いっそのこと、本当に―
「『きちんとした手順』なんてものは元から存在しないわ。始まりの神子に連なる者が清めの泉に入れば、何もせずとも呼ばれてしまう。そこで祈りを捧げれば、穢れは祓われるし、帰る意思を失えば、天に召されてしまう。ただ、それだけのことよ」
「信じられません。あなたの言葉なんて…」
「ならば、神殿の文献でも何でも調べてみればいいのよ。口伝が基本とはいえ、儀式そのものについて記した本はいくらでもあるのだから」
「…」
黙り込んだミレイユが、その視線をすがるように寝台へと向けたのがわかった。意識を失ったままのリュシアン。膨大な量だと言う神殿の保有する資料の中、そこにある真実を知っているはずの男―
「…では反対に、お前は何故、確信しているの?」
「え?」
ミレイユが声を漏らした。アリアーヌの唐突な問いに、自身、虚をつかれる。
「お前が、始まりの神子の血を引いていると信じる根拠は何?」
「…それは、だって、信じるも何も…」
根拠など、改めて問われるまでもない。自明ゆえに答えられぬミレイユに、アリアーヌが小さく嘆息した。
「私は神子よ。神に仕えし身だから、神々に寵愛されている人間がわかるわ」
その視線が、ディオへと向けられる。
「…初めてディオに会った時、彼がサイラント伯父上の息子だとわかったのは、彼が神の寵愛を受けていたから」
「…何を…」
言い出したのか。神の寵愛がわかる?本当に、この女は、何を―
「…有り体に言ってしまえば…そうね、輝いて見えるのよ。その人を取り巻く神の恩寵が…」
「…」
ディオを眩しそうに見て、落ち着き払った女は、気が狂っているようにも、騙っているようにも見えない。
身が震えた―
ディオが、アリアーヌにのまれそうになりながらも、口を開く。
「…何を、適当なことを。俺には、お前が…お前をそんな風には…」
「こればかりは、神子としての経験の差ね。これから神子としての務めを果たしていけば、ディオにもわかるようになるはずよ。…嫌でも、神々の世界に近しくなってしまうから」
「…」
「信じられないと言うのなら、ディオが力をつけるのを待てばいいわ。ディオに神の恩寵が見えるようになれば、私の言葉の真偽もわかるでしょう?」
何故、アリアーヌはここまで自信に満ちていられるのだろう。己の虚偽を、完全に隠し通す自信があるからなのか、それとも、本当に―?
「…そもそもの話、何故ダヴィド王が、あなた達の祖父、第一王子だったアドルフに王位を譲らなかったのか。その理由をあなた達は伝え聞いてはいないの?」
「!?」
アリアーヌの、呆れたようなため息、
「庶子でしかなかった私のお祖父様が王位についたのは、つまり、そういうことでしょう?」
「…馬鹿な。馬鹿な、そんな…」
「王家の崩壊を防ぐため、秘匿された事実ではあるけれど、当事者であるはずのあなた達がその事実を知らないなんて、その方がむしろ不思議よ。…アドルフは不義の子だった、ダヴィド王の血は流れていない」
「…」
何をどう受け止め、何を考えればいいのかわからずに、言葉を失う。言い返せ、と思う心と裏腹に、アリアーヌを封じる言葉が出てこない。
「ああ、でも、私の言葉は信じないのだったわね。まあ、いいわ。何れディオが明らかにしてくれるでしょう」
言ったアリアーヌが、ふと、何かに気づいたように、その目を寝台に向け、
「…やっと目を覚ましたわね、リュシアン」
「…アリアーヌ様、私は…」
「黙りなさい、リュシアン。黙って先ずは、身体を治してしまいなさい。それまでは、お前の話を聞くつもりは、一切ないわ」
痩けた男の土気色の頬に、アリアーヌの手が伸びる。
「…さっさと元気になって、神殿に帰るわよ」
「…御意…」
聞こえたリュシアンの声、視界の隅、身を翻して部屋を飛び出していく後ろ姿―
「っ!ミレイユ!?」
追おうとしたディオを、引き止める。
「…待て、ディオ。良い、私が行く」
「エドモン…」
「…すまん。暫く、私も一人になりたい…」
吐露した本音。ここでは纏まりそうにない思考を整理するため、部屋を逃げ出す。今は、信あるディオの視線さえ、恐ろしくて振り返ることが出来ない―
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