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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】
Ⅰ 10-1. Side E
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10-1.
「リュシアンは何処!?」
「…先触れも無しの訪問とは、神子殿は王宮における作法も知らぬと見える」
「神官長は、神殿のものよ!何の権限において、リュシアンを王宮に留め置くつもり!?」
故意にあげつらった揶揄の言葉も、アリアーヌの耳に届くことはなく、怒りを露にする女は、その矛先を曲げるつもりは無いらしい。
「…神官長リュシアン・フルーリーには、王族を謀った嫌疑がかけられている」
「馬鹿なことを言わないで!」
「…清めの儀について、お前も、あの男も、語っておらぬことがあるだろう?」
「…何ですって?」
柳眉を逆立て不快を露にする女を、睨め付ける。
「ディオの清めとミレイユの清めでは、明らかに内容が異なる。ミレイユを妨害するために情報を秘匿している、違うか?」
「そんなことをして、何になるというの?私はディオ・ジラールが神子となることを認めているのよ?ミレイユだけ排除することに、一体、何の意味があると言うの?」
「そうだな。私もその意味が知りたい」
確かにそうなのだ。実際に、ディオは神子としての清めを、未だ僅かとは言え、行ったのだと言う。では、気に入らないミレイユを排除し、ディオだけを取り込むつもりなのかと思えば、それにしては、ディオへの阿りが全く感じられない。だから、
「そうした理由も含めて、秘匿していることを全て明らかにしろと言っているのだ。リュシアンはそれを拒んだ。それを、王族への背信行為だと判断して捕らえたまでのこと」
「…それは…、それをリュシアンが口にすることは、許されない」
「ふん。本人もそう言っていたがな」
「…リュシアンはどこなの?」
尚も、リュシアンの安否を気遣うアリアーヌの姿に違和感を覚える。
「牢に入れていたが、」
「っ!?何と言うことをっ!?」
「今は王宮の客室にいる」
「許さないわ!さっさと、リュシアンを解放しなさい!」
「…食事を断っていたらしく、昨日倒れた。意識が戻るまで安静が必要だ。…今は、ミレイユが付き添っている」
「っ!」
憤怒に燃えるアリアーヌの表情に、初めて彼女と対面した時の姿を思い出す。父親を思い、こちらへの憎しみを滾らせていたあの日の姿。
「何故、リュシアンにそこまで拘る?お前とリュシアンは敵対しあっていたのではないのか?」
これではまるで、リュシアンに重きを置いているようではないか、少なくとも、疎んじているようには見えない―
「…清めの義について、知りたいと言うのなら、真実を話すわ。だから、リュシアンを返しなさい」
「ふん、漸くか。まあ、いいだろう。ならば、話せ」
「先にリュシアンの無事を確かめてからよ」
「…ついてこい」
己の言葉に大人しく従ったアリアーヌは、黙してこちらについてくる。アリアーヌを警戒したディオが、彼女に貼り付く様にその背後に立ったが、それに反発することもなく。
異様な沈黙のまま訪れた部屋。扉を開ければ、寝台の隣、リュシアンに付き添っていたミレイユが振り返った。驚いたように立ち上がり、部屋に入ってきた人間を見回して、そこにアリアーヌの姿を認め、リュシアンを庇うように寝台の前に立ち塞がった。
「お兄様!?これはどういうことですか!?何故、アリアーヌ様がここに!?」
「退きなさい」
短く発した言葉、ミレイユを押し退けて寝台へと近づいたアリアーヌ。寝台の上、眠ったままのリュシアンの頬に、その手が触れる。その手付きが、アリアーヌの眼差しが―
「…リュシアン、いつまでこんなところでいじけているつもりなの?さっさと起きなさい、帰るわよ」
死んだように眠る男。それを見つめるアリアーヌの目つきが、愛する者に向けるそれに思えて、二人を直視することが出来なくなる。
暫くそうしていたアリアーヌだったが、漸く満足したのだろう、振り向いた彼女が、口を開いた。
「…いいわ、約束だから、清めの儀について話をしましょう」
一体、どんな話が飛び出してくるのか。予測できないそれに、知らず、身体に緊張が走った。そんなこちらの思いなど気に止めた様子もなく、アリアーヌが淡々と言葉をつむぐ。
「清めの儀に、正しい手順なんて元から存在しないの。神子それぞれにやり方はあるけれど、『泉に入って、祈りを捧げる』という基本は、誰がやっても変わらない。本当に、ただそれだけ。だから。ディオがやったこともミレイユがやったことも基本は同じ、違いはないわ」
「ディオの時には、お前の補助があったと聞いている」
「あれは…、ディオが帰って来られるように手助けをしただけ、万が一にも、ディオを失うわけにはいかないから…。清めの儀自体は、ディオ一人でも行えたわ。実際、私が初めて清めの儀を行った時だって、ミレイユのように一人で泉に浸かり、祈りを捧げただけよ」
「では、何故…何が違うと言うのだ…?ミレイユとディオ、お前とで、何が違った?」
「…簡単なことよ。あなた達兄妹、というよりも、ドラクローには、始まりの神子の血が流れていない―」
「リュシアンは何処!?」
「…先触れも無しの訪問とは、神子殿は王宮における作法も知らぬと見える」
「神官長は、神殿のものよ!何の権限において、リュシアンを王宮に留め置くつもり!?」
故意にあげつらった揶揄の言葉も、アリアーヌの耳に届くことはなく、怒りを露にする女は、その矛先を曲げるつもりは無いらしい。
「…神官長リュシアン・フルーリーには、王族を謀った嫌疑がかけられている」
「馬鹿なことを言わないで!」
「…清めの儀について、お前も、あの男も、語っておらぬことがあるだろう?」
「…何ですって?」
柳眉を逆立て不快を露にする女を、睨め付ける。
「ディオの清めとミレイユの清めでは、明らかに内容が異なる。ミレイユを妨害するために情報を秘匿している、違うか?」
「そんなことをして、何になるというの?私はディオ・ジラールが神子となることを認めているのよ?ミレイユだけ排除することに、一体、何の意味があると言うの?」
「そうだな。私もその意味が知りたい」
確かにそうなのだ。実際に、ディオは神子としての清めを、未だ僅かとは言え、行ったのだと言う。では、気に入らないミレイユを排除し、ディオだけを取り込むつもりなのかと思えば、それにしては、ディオへの阿りが全く感じられない。だから、
「そうした理由も含めて、秘匿していることを全て明らかにしろと言っているのだ。リュシアンはそれを拒んだ。それを、王族への背信行為だと判断して捕らえたまでのこと」
「…それは…、それをリュシアンが口にすることは、許されない」
「ふん。本人もそう言っていたがな」
「…リュシアンはどこなの?」
尚も、リュシアンの安否を気遣うアリアーヌの姿に違和感を覚える。
「牢に入れていたが、」
「っ!?何と言うことをっ!?」
「今は王宮の客室にいる」
「許さないわ!さっさと、リュシアンを解放しなさい!」
「…食事を断っていたらしく、昨日倒れた。意識が戻るまで安静が必要だ。…今は、ミレイユが付き添っている」
「っ!」
憤怒に燃えるアリアーヌの表情に、初めて彼女と対面した時の姿を思い出す。父親を思い、こちらへの憎しみを滾らせていたあの日の姿。
「何故、リュシアンにそこまで拘る?お前とリュシアンは敵対しあっていたのではないのか?」
これではまるで、リュシアンに重きを置いているようではないか、少なくとも、疎んじているようには見えない―
「…清めの義について、知りたいと言うのなら、真実を話すわ。だから、リュシアンを返しなさい」
「ふん、漸くか。まあ、いいだろう。ならば、話せ」
「先にリュシアンの無事を確かめてからよ」
「…ついてこい」
己の言葉に大人しく従ったアリアーヌは、黙してこちらについてくる。アリアーヌを警戒したディオが、彼女に貼り付く様にその背後に立ったが、それに反発することもなく。
異様な沈黙のまま訪れた部屋。扉を開ければ、寝台の隣、リュシアンに付き添っていたミレイユが振り返った。驚いたように立ち上がり、部屋に入ってきた人間を見回して、そこにアリアーヌの姿を認め、リュシアンを庇うように寝台の前に立ち塞がった。
「お兄様!?これはどういうことですか!?何故、アリアーヌ様がここに!?」
「退きなさい」
短く発した言葉、ミレイユを押し退けて寝台へと近づいたアリアーヌ。寝台の上、眠ったままのリュシアンの頬に、その手が触れる。その手付きが、アリアーヌの眼差しが―
「…リュシアン、いつまでこんなところでいじけているつもりなの?さっさと起きなさい、帰るわよ」
死んだように眠る男。それを見つめるアリアーヌの目つきが、愛する者に向けるそれに思えて、二人を直視することが出来なくなる。
暫くそうしていたアリアーヌだったが、漸く満足したのだろう、振り向いた彼女が、口を開いた。
「…いいわ、約束だから、清めの儀について話をしましょう」
一体、どんな話が飛び出してくるのか。予測できないそれに、知らず、身体に緊張が走った。そんなこちらの思いなど気に止めた様子もなく、アリアーヌが淡々と言葉をつむぐ。
「清めの儀に、正しい手順なんて元から存在しないの。神子それぞれにやり方はあるけれど、『泉に入って、祈りを捧げる』という基本は、誰がやっても変わらない。本当に、ただそれだけ。だから。ディオがやったこともミレイユがやったことも基本は同じ、違いはないわ」
「ディオの時には、お前の補助があったと聞いている」
「あれは…、ディオが帰って来られるように手助けをしただけ、万が一にも、ディオを失うわけにはいかないから…。清めの儀自体は、ディオ一人でも行えたわ。実際、私が初めて清めの儀を行った時だって、ミレイユのように一人で泉に浸かり、祈りを捧げただけよ」
「では、何故…何が違うと言うのだ…?ミレイユとディオ、お前とで、何が違った?」
「…簡単なことよ。あなた達兄妹、というよりも、ドラクローには、始まりの神子の血が流れていない―」
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