上 下
22 / 44
Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】

Ⅰ 10-1. Side E

しおりを挟む
10-1.


「リュシアンは何処!?」

「…先触れも無しの訪問とは、神子殿は王宮における作法も知らぬと見える」

「神官長は、神殿のものよ!何の権限において、リュシアンを王宮に留め置くつもり!?」

故意にあげつらった揶揄の言葉も、アリアーヌの耳に届くことはなく、怒りを露にする女は、その矛先を曲げるつもりは無いらしい。

「…神官長リュシアン・フルーリーには、王族を謀った嫌疑がかけられている」

「馬鹿なことを言わないで!」

「…清めの儀について、お前も、あの男も、語っておらぬことがあるだろう?」

「…何ですって?」

柳眉を逆立て不快を露にする女を、睨め付ける。

「ディオの清めとミレイユの清めでは、明らかに内容が異なる。ミレイユを妨害するために情報を秘匿している、違うか?」

「そんなことをして、何になるというの?私はディオ・ジラールが神子となることを認めているのよ?ミレイユだけ排除することに、一体、何の意味があると言うの?」

「そうだな。私もその意味が知りたい」

確かにそうなのだ。実際に、ディオは神子としての清めを、いまだ僅かとは言え、おこなったのだと言う。では、気に入らないミレイユを排除し、ディオだけを取り込むつもりなのかと思えば、それにしては、ディオへの阿りが全く感じられない。だから、

「そうした理由も含めて、秘匿していることを全て明らかにしろと言っているのだ。リュシアンはそれを拒んだ。それを、王族への背信行為だと判断して捕らえたまでのこと」

「…それは…、それをリュシアンが口にすることは、許されない」

「ふん。本人もそう言っていたがな」

「…リュシアンはどこなの?」

尚も、リュシアンの安否を気遣うアリアーヌの姿に違和感を覚える。

「牢に入れていたが、」

「っ!?何と言うことをっ!?」

「今は王宮の客室にいる」

「許さないわ!さっさと、リュシアンを解放しなさい!」

「…食事をっていたらしく、昨日倒れた。意識が戻るまで安静が必要だ。…今は、ミレイユが付き添っている」

「っ!」

憤怒に燃えるアリアーヌの表情に、初めて彼女と対面した時の姿を思い出す。父親を思い、こちらへの憎しみを滾らせていたあの日の姿。

「何故、リュシアンにそこまで拘る?お前とリュシアンは敵対しあっていたのではないのか?」

これではまるで、リュシアンに重きを置いているようではないか、少なくとも、疎んじているようには見えない―

「…清めの義について、知りたいと言うのなら、真実を話すわ。だから、リュシアンを返しなさい」

「ふん、漸くか。まあ、いいだろう。ならば、話せ」

「先にリュシアンの無事を確かめてからよ」

「…ついてこい」

己の言葉に大人しく従ったアリアーヌは、黙してこちらについてくる。アリアーヌを警戒したディオが、彼女に貼り付く様にその背後に立ったが、それに反発することもなく。

異様な沈黙のまま訪れた部屋。扉を開ければ、寝台の隣、リュシアンに付き添っていたミレイユが振り返った。驚いたように立ち上がり、部屋に入ってきた人間を見回して、そこにアリアーヌの姿を認め、リュシアンを庇うように寝台の前に立ち塞がった。

「お兄様!?これはどういうことですか!?何故、アリアーヌ様がここに!?」

退きなさい」

短く発した言葉、ミレイユを押し退けて寝台へと近づいたアリアーヌ。寝台の上、眠ったままのリュシアンの頬に、その手が触れる。その手付きが、アリアーヌの眼差しが―

「…リュシアン、いつまでこんなところでいじけているつもりなの?さっさと起きなさい、帰るわよ」

死んだように眠る男。それを見つめるアリアーヌの目つきが、愛する者に向けるそれに思えて、二人を直視することが出来なくなる。

暫くそうしていたアリアーヌだったが、漸く満足したのだろう、振り向いた彼女が、口を開いた。

「…いいわ、約束だから、清めの儀について話をしましょう」

一体、どんな話が飛び出してくるのか。予測できないそれに、知らず、身体に緊張が走った。そんなこちらの思いなど気に止めた様子もなく、アリアーヌが淡々と言葉をつむぐ。

「清めの儀に、正しい手順なんて元から存在しないの。神子それぞれにやり方はあるけれど、『泉に入って、祈りを捧げる』という基本は、誰がやっても変わらない。本当に、ただそれだけ。だから。ディオがやったこともミレイユがやったことも基本は同じ、違いはないわ」

「ディオの時には、お前の補助があったと聞いている」

「あれは…、ディオが帰って来られるように手助けをしただけ、万が一にも、ディオを失うわけにはいかないから…。清めの儀自体は、ディオ一人でも行えたわ。実際、私が初めて清めの儀を行った時だって、ミレイユのように一人で泉に浸かり、祈りを捧げただけよ」

「では、何故…何が違うと言うのだ…?ミレイユとディオ、お前とで、何が違った?」

「…簡単なことよ。あなた達兄妹、というよりも、ドラクローには、始まりの神子の血が流れていない―」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

捨てられ妻ですが、ひねくれ伯爵と愛され家族を作ります

リコピン
恋愛
旧題:三原色の世界で 魔力が色として現れる異世界に転生したイリーゼ。前世の知識はあるものの、転生チートはなく、そもそも魔力はあっても魔法が存在しない。ならばと、前世の鬱屈した思いを糧に努力を続け、望んだ人生を手にしたはずのイリーゼだった。しかし、その人生は一夜にしてひっくり返ってしまう。夫に離縁され復讐を誓ったイリーゼは、夫の従兄弟である伯爵を巻き込んで賭けにでた。 シリアス―★★★★☆ コメディ―★☆☆☆☆ ラブ♡♡―★★★☆☆ ざまぁ∀―★★★☆☆ ※離婚、妊娠、出産の表現があります。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

処理中です...