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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】

Ⅰ 9. Side A

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9.


「…セシル、リュシアンはどうしているの?」

子どもを呼び戻すために私が倒れたあの日から、リュシアンとは全く顔を合わせていない。私が寝込んでいた数日の間はずっと側についていたらしいのだが、目を覚ました途端、さっさと自室に引きこもってしまったのだと言う。

(全く、難儀な…)

ただ、まあ、今回は理由が明確なだけに、彼ばかりを責めるわけにもいかないが。

「さあ?そう言えば、最近見かけておりませんね?」

「…セシル…」

自身の兄のことだというのに。そんな、気のない返事をするセシルを睨む。

「気になるのでしたら、神子様が直接、お会いになればいいのでは?」

「…」

セシルの言葉に戸惑う。

私とリュシアン、二人の関係、起きた過去の出来事を思えば、それはずっと、許されざることのような気がしていて、

「…神子様、あれから十年です」

「…」

十年。

父という神子が失われ、神子の職務を果たす者が誰も居なくなってしまった時。父に、腹違いの兄がいることだけはわかっていたものの、既に居場所どころか、生死さえもわからぬ有り様で。始まりの神子の血が流れているとはいえ、私は、当時まだ六歳。神子となる決意も出来ずに、ただ、成す術なく追い詰められていた日々。

それでも、穢れは待ってくれなかった―

穢れが泉から溢れる寸前、既に神官長の座を継いでいたリュシアンが下した決断は、自身の妹であるセシルを神子にすること。当時、七歳だったセシル。死に行くことが定められた神子、実質、神々へ捧げられる贄として。

それは、神子であらねばならぬはずの私が、神の御許に召されないための決断―

「神子様が兄の所業に憤って下さったことは、本当に感謝していますし、とても嬉しかった…。ですが、それでも、あの時も申し上げた通り、私は納得して神子になるつもりでおりました」

「…当時七つのお前に、そんな判断が出来てたまるものですか。出来たとして、それは先代神官長…お前の父親による洗脳だわ」

「…そうでしょうか?何度も申し上げますが、あれからもう十年なのです」

「…」

「十年経って、私も十七になりました。それでも、あの時の兄の、いえ、私達兄妹の選択は間違っていたとは思いません。神子様をお守りするには、ああするしかなかった」

「…」

「もしも今、同じ選択を迫られたとしても、私はまた、同じ答えを出します」

「…そんなことはさせないわ」

「はい、そうですね。私達が何を画策しようと、望もうと、きっと神子様は私達の思惑を飛び越えていってしまわれるのでしょう。…十年前、たった六つの神子様が、そうしてくださったように」

日頃、表情の少ないセシルの艶やかな笑顔に、返す言葉を失う。

正直なところ、当時は清めの度に、何度も死にそうな思いを繰り返していた。実際に何度か死にかけて、その度にリュシアンとセシルの二人には、恐ろしい思いをさせてしまったと思う。

それでも、自分しかいなかったのだ―

一度ひとたび、自分の命が失なわれてしまえば、次は、多くの子が命を失うことになるとわかっていた。そして、最初に失われるのは、―友だと思っている―目の前の少女の命だということも。そう思えばこそ、踏み留まることが出来たのだ。私は、神の御許へは行けない
と―

「…兄を、お許しいただけませんか?」

「…お前も、言ったでしょう?リュシアンを許せば、また同じ状況になった時、リュシアンはきっと、同じ選択をしようとする」

「はい。間違いなく」

そう即答してしまえる危うさを、この兄妹は全くわかっていない。だから、私はリュシアンを許さないし、許しては、駄目なのだ。皆が…神子とされかけたセシル本人が、許したとしても、私だけはリュシアンを許すわけにはいかない。

私が、神子なのだから―

「…ですが、兄が何を望もうと、神子様がお止め下さるのでしょう?真に神子様のお心に添わないことを、神子様がお許しになるはずがありませんもの」

「…」

「それとも、今回の件が許せませんか?また、子どもが天に召されかけたことが」

「…今回の件は、不幸な事故だったわ。防げたはずだけれど、私も確認するのを怠ったし、リュシアン一人のせいではないと思っている」

「ありがとうございます。では、今回の件だけでも、兄に一言許すと言ってやって下さいませ。そうすれば、一人でいじけている兄も、きっと部屋から出て来るでしょうから」

それくらいなら、これ以上放っておくのも、心の中、色々と言い訳して、

「…リュシアンのところへ、行くわ」

答えた途端、嬉しそうに笑ったセシルの笑顔が妙に気恥ずかしくて、フイと視線を逸らした。足早に部屋を出て、神官長へと与えられた部屋へと赴く。

けれど、おとないに返事を返したのは、リュシアンではなく、彼付きの神官。

―神官長は三日前より、王宮から帰還していない

神官の言葉に、心が一気に怒りに染め上げられた。





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