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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】
Ⅰ 8. Side M
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8.
「お兄様!リュシアン様を牢に入れたというのは本当ですか!?」
「…ディオ、お前が話したのか?」
「すまん。どうしても神殿に行くと言って、聞かなかったから」
苦い顔をする兄とディオが目配せし合う姿に、自身の子ども扱いを感じて、どうしようも無い憤りを感じる。
「神殿のことにしてもそうです!神子としての務めを果たしたいと言っても止められるだけ!お兄様は、理由を教えても下さらない!一体、何がどうなっているのですか!?」
「…お前の、身の安全のためだ。リュシアンは、我々を謀っていた」
「そんな!?」
まさか、そんなはずがない。浮かぶのは、いつも静かに、そっと側に寄り添ってくれた彼の姿。あれが嘘だったなんて。そんなの絶対にあり得ない。
「…残念ながら、本当だ。最初からそのつもりだったのかはわからんが、あの男には嘘が多すぎる」
「そんなはず無いです!リュシアン様は、私が神子になることを応援してくれていました!」
「…全てが嘘だったとは言わん。それでも、リュシアンは、語るべきを語っていない。そんな男を、これ以上、お前の側に置く危険は冒せない」
「…リュシアン様と、話をさせて下さい」
何か、あるのだ、きっと。彼が、「語らない」というのなら、「語れない」理由がきっとある。そうでなければおかしいではないか。だって彼は、今までずっと―
「駄目だ。お前に、リュシアンを近づけるわけにはいかない」
「お兄様っ!お兄様は、私を神子にしたいのでしょう!?それは、私がお兄様に守られる存在ではなく、お兄様を支える存在になるためだと思っていました!違うのですか!?」
「…それは、その通りだ。だが…」
「…お願いです、お兄様。リュシアン様と話をさせて。彼が何を考えているのか、何を望んでいるのか、私はそれが知りたいんです」
逡巡する兄を見つめる。どうか、この願いが届くようにと。
「ミレイユ、一つ、確かめておきたい。お前のその、『リュシアンに会いたい』という願いは、神子としではなく、お前個人としての思いではないのか?」
「…それも、確かにあります。だけど、私は、リュシアン様や見習いの子達と一緒に神殿を変えたいと、心から願っているんです。誰か一人のための神殿ではなく、正しく国民のための場所に。そのために、私には、リュシアン様のお力が必要なんです」
偽りない私の思い。一つずつ、リュシアンと重ねてきたものが、私を神子として立たせてくれているのだ。それを、失いたくない―
「…わかった」
「エドモン!?」
兄の判断を認めないディオが、抗議の声を上げたが、兄が制して、
「ディオ、お前もついていけ。ミレイユを頼む」
「…」
渋々だという表情を隠しもせず、ディオが頷いた。改めて礼を述べてから、兄の執務室を後にし、ディオの案内で王宮の奥、始めて足を踏み入れる場所へと進んでいく。
「…ミレイユ、俺は、お前がリュシアンに心傾けることに、反対だ」
「…」
「あの男は、かなり危うい。お前のことも利用、或いは、」
「ディオ様、もう止めて」
「ミレイユ…」
わかっている。ディオの発言が、私の身を案じてくれてのものだと。だけど、それでも、リュシアンを貶める言葉に、耳を貸したくはない。
流れる沈黙の中、王宮の中庭を突き抜けて辿り着いた場所。存在さえ知らなかった薄汚れた灰色の建物の階段を、ディオについて降りていった。
灯りの乏しい階段、通路を抜け、何の匂いなのか、建物全体に染み付いているようなそれに耐え、並ぶ格子の前を通り過ぎていく。
(リュシアンが、こんな場所に入れられているなんて…!)
兄達には兄達の判断があったのだろう。だけど、リュシアンは、決して、こんな場所に置かれていい人ではない。
憤りを感じながらも、前を行くディオの背を追う。その背が、漸く足を止めた場所、檻越しのそこに、床の上に座り込んだリュシアンの姿を見つけた。
「リュシアン様!!」
「…」
名前を呼んでも、全く反応しないリュシアンに、ゾッとする。
(まさか、そんな!?)
暗がりの中、俯いた顔は痛々しいほどに頬がこけ、肌には血の気が感じられない。閉じたままの目蓋がピクリともしないことに、恐怖が募る中、
「おい、リュシアン、起きろ!話がある!」
「…」
ディオが、リュシアンに大声を浴びせた。リュシアンへのぞんざいな態度に腹が立ち、一言言ってやろうとしたところで、視界の隅、リュシアンがゆっくりと顔を上げる。
「リュシアン様!?」
「…」
「リュシアン様!?ご無事ですか!?ああ、本当に、こんな!酷い!」
「…リュシアン、ミレイユからお前に話がある。ちゃんと、起きて聞け」
「ディオ様!」
これだけ弱っている相手に、何てことを言うのだと、抗議をこめてその名を呼べば、ディオが嫌そうに顔をしかめた。ただ、それ以上は何も言わずに一歩引いた彼のことは放って、リュシアンへと向き直る。
「リュシアン様、兄が、このようなこと、本当に申し訳ありません」
「…」
「兄によれば、リュシアン様が私達を謀っているとのことでしたが、私にはどうしてもそれが信じられません。もし、もし仮に、リュシアン様が何かを隠されている、お話になれないのでしたら、せめて、その理由をお話し下さいませんか?」
少し顔を上げ、だけど、視線は床を向いたまま、微動だにしない彼に必死に話しかける。何か、彼をここから連れ出すための何か、話を。彼が話せないことがあるとしたら、話すことを、禁じられているのだとしたら、それは、きっと―
「…アリアーヌ様、ですか?」
「…」
彼の瞳が、微かに揺れた気がした。
(やっぱり…)
あの人、なのだ。リュシアンを、ここまで追い詰め、苦しめる存在。彼女故に、リュシアンが辛い思いをせねばならない。
(おかしい、そんなの、絶対におかしい!)
「っ!リュシアン様!お話し下さい!私に!」
「…」
「リュシアン様をお助けしたいのです!リュシアン様が、アリアーヌ様に何かを強いられているのだとしたら、私が、必ずリュシアン様をお守り致します!だからどうか!」
心からの言葉、私の叫びが、想いが、通じたのだろうか―
「…リュシアン様?」
ゆっくりと、こちらへ顔を向けたリュシアン。今は曇ってしまっているけれど、泣き出しそうなほど懐かしい碧の瞳が、真っ直ぐにこちらを向いて。
彼の口が開く。ゆっくりと、小さな音が吐き出される。
「…お捨て置き、下さい…」
「リュシアン様!?」
グラリと傾いた身体、そのまま、剥き出しの床の上に崩れ落ちていく―
「っ!?イヤァァァアア!!リュシアン!?様リュシアン様!?」
「っ!」
開かれた鉄格子、檻の中へと飛び込むディオの背中が見えて、それから、世界が暗転した。
「お兄様!リュシアン様を牢に入れたというのは本当ですか!?」
「…ディオ、お前が話したのか?」
「すまん。どうしても神殿に行くと言って、聞かなかったから」
苦い顔をする兄とディオが目配せし合う姿に、自身の子ども扱いを感じて、どうしようも無い憤りを感じる。
「神殿のことにしてもそうです!神子としての務めを果たしたいと言っても止められるだけ!お兄様は、理由を教えても下さらない!一体、何がどうなっているのですか!?」
「…お前の、身の安全のためだ。リュシアンは、我々を謀っていた」
「そんな!?」
まさか、そんなはずがない。浮かぶのは、いつも静かに、そっと側に寄り添ってくれた彼の姿。あれが嘘だったなんて。そんなの絶対にあり得ない。
「…残念ながら、本当だ。最初からそのつもりだったのかはわからんが、あの男には嘘が多すぎる」
「そんなはず無いです!リュシアン様は、私が神子になることを応援してくれていました!」
「…全てが嘘だったとは言わん。それでも、リュシアンは、語るべきを語っていない。そんな男を、これ以上、お前の側に置く危険は冒せない」
「…リュシアン様と、話をさせて下さい」
何か、あるのだ、きっと。彼が、「語らない」というのなら、「語れない」理由がきっとある。そうでなければおかしいではないか。だって彼は、今までずっと―
「駄目だ。お前に、リュシアンを近づけるわけにはいかない」
「お兄様っ!お兄様は、私を神子にしたいのでしょう!?それは、私がお兄様に守られる存在ではなく、お兄様を支える存在になるためだと思っていました!違うのですか!?」
「…それは、その通りだ。だが…」
「…お願いです、お兄様。リュシアン様と話をさせて。彼が何を考えているのか、何を望んでいるのか、私はそれが知りたいんです」
逡巡する兄を見つめる。どうか、この願いが届くようにと。
「ミレイユ、一つ、確かめておきたい。お前のその、『リュシアンに会いたい』という願いは、神子としではなく、お前個人としての思いではないのか?」
「…それも、確かにあります。だけど、私は、リュシアン様や見習いの子達と一緒に神殿を変えたいと、心から願っているんです。誰か一人のための神殿ではなく、正しく国民のための場所に。そのために、私には、リュシアン様のお力が必要なんです」
偽りない私の思い。一つずつ、リュシアンと重ねてきたものが、私を神子として立たせてくれているのだ。それを、失いたくない―
「…わかった」
「エドモン!?」
兄の判断を認めないディオが、抗議の声を上げたが、兄が制して、
「ディオ、お前もついていけ。ミレイユを頼む」
「…」
渋々だという表情を隠しもせず、ディオが頷いた。改めて礼を述べてから、兄の執務室を後にし、ディオの案内で王宮の奥、始めて足を踏み入れる場所へと進んでいく。
「…ミレイユ、俺は、お前がリュシアンに心傾けることに、反対だ」
「…」
「あの男は、かなり危うい。お前のことも利用、或いは、」
「ディオ様、もう止めて」
「ミレイユ…」
わかっている。ディオの発言が、私の身を案じてくれてのものだと。だけど、それでも、リュシアンを貶める言葉に、耳を貸したくはない。
流れる沈黙の中、王宮の中庭を突き抜けて辿り着いた場所。存在さえ知らなかった薄汚れた灰色の建物の階段を、ディオについて降りていった。
灯りの乏しい階段、通路を抜け、何の匂いなのか、建物全体に染み付いているようなそれに耐え、並ぶ格子の前を通り過ぎていく。
(リュシアンが、こんな場所に入れられているなんて…!)
兄達には兄達の判断があったのだろう。だけど、リュシアンは、決して、こんな場所に置かれていい人ではない。
憤りを感じながらも、前を行くディオの背を追う。その背が、漸く足を止めた場所、檻越しのそこに、床の上に座り込んだリュシアンの姿を見つけた。
「リュシアン様!!」
「…」
名前を呼んでも、全く反応しないリュシアンに、ゾッとする。
(まさか、そんな!?)
暗がりの中、俯いた顔は痛々しいほどに頬がこけ、肌には血の気が感じられない。閉じたままの目蓋がピクリともしないことに、恐怖が募る中、
「おい、リュシアン、起きろ!話がある!」
「…」
ディオが、リュシアンに大声を浴びせた。リュシアンへのぞんざいな態度に腹が立ち、一言言ってやろうとしたところで、視界の隅、リュシアンがゆっくりと顔を上げる。
「リュシアン様!?」
「…」
「リュシアン様!?ご無事ですか!?ああ、本当に、こんな!酷い!」
「…リュシアン、ミレイユからお前に話がある。ちゃんと、起きて聞け」
「ディオ様!」
これだけ弱っている相手に、何てことを言うのだと、抗議をこめてその名を呼べば、ディオが嫌そうに顔をしかめた。ただ、それ以上は何も言わずに一歩引いた彼のことは放って、リュシアンへと向き直る。
「リュシアン様、兄が、このようなこと、本当に申し訳ありません」
「…」
「兄によれば、リュシアン様が私達を謀っているとのことでしたが、私にはどうしてもそれが信じられません。もし、もし仮に、リュシアン様が何かを隠されている、お話になれないのでしたら、せめて、その理由をお話し下さいませんか?」
少し顔を上げ、だけど、視線は床を向いたまま、微動だにしない彼に必死に話しかける。何か、彼をここから連れ出すための何か、話を。彼が話せないことがあるとしたら、話すことを、禁じられているのだとしたら、それは、きっと―
「…アリアーヌ様、ですか?」
「…」
彼の瞳が、微かに揺れた気がした。
(やっぱり…)
あの人、なのだ。リュシアンを、ここまで追い詰め、苦しめる存在。彼女故に、リュシアンが辛い思いをせねばならない。
(おかしい、そんなの、絶対におかしい!)
「っ!リュシアン様!お話し下さい!私に!」
「…」
「リュシアン様をお助けしたいのです!リュシアン様が、アリアーヌ様に何かを強いられているのだとしたら、私が、必ずリュシアン様をお守り致します!だからどうか!」
心からの言葉、私の叫びが、想いが、通じたのだろうか―
「…リュシアン様?」
ゆっくりと、こちらへ顔を向けたリュシアン。今は曇ってしまっているけれど、泣き出しそうなほど懐かしい碧の瞳が、真っ直ぐにこちらを向いて。
彼の口が開く。ゆっくりと、小さな音が吐き出される。
「…お捨て置き、下さい…」
「リュシアン様!?」
グラリと傾いた身体、そのまま、剥き出しの床の上に崩れ落ちていく―
「っ!?イヤァァァアア!!リュシアン!?様リュシアン様!?」
「っ!」
開かれた鉄格子、檻の中へと飛び込むディオの背中が見えて、それから、世界が暗転した。
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